▼ 【3-9-2】代理でデリバリー
朝まで仕事して、眼鏡外してタイだけ緩めてベッドにひっくり返って。起きたらもう昼過ぎだった。
ベッドから抜け出し、パソコンのフタを開けてメールをチェックする。昨夜開きっ放しにしておいたテキストファイルが目に入る。
なんか、気になるな。寝る直前に書いた文章だから、微妙にガタガタだ。
手直しを始めてそのまま数時間。
なんだか妙にふらふらするなと思ったらうっかり飯を食うのを忘れていた。
仕事に集中しているとよくあることだ。
時計を見るともう夜の九時を回っていた。どうりで暗いはずだ。カーテンをしめて、部屋の明かりをつけた。
さて、今日最後に固形物を口にしたのは……いつだったろう。それ以前に、誰かと直接、話をしただろうか?
電話でもなく。メールでもなく。
それ以前に俺、太陽の光浴びたかな。
こうしてみると、晩飯だけでも上で食ってるってのは生活の中で確実に一つの区切りになってたんだな。
とりあえず、糖分と水分だけでも補給しとくか。
冷蔵庫を開けると、ボトルウォーターと牛乳と、缶ビールとマヨネーズしか入っていなかった。
水をのどに流し込むと、体中の細胞がむさぼるように水分を吸収しているような気がした。
よし、水分補給完了。
リンゴ……は今朝、最後の一つを食っちまったし。チョコバーまだあったかな。
上着のポケットをひっかきまわしてると呼び鈴が鳴った。
がーっと原稿に集中していた余波が残っていて、まだ微妙に体の動きと意識が合っていない。
まず体が動いて、その後を少し遅れて意識が着いて行く。
浮遊する意識を引っぱりながら玄関まで歩いてゆき、ドアを開けると目の前に壁があった。
「生きてたか」
「……よお」
ディフだった。
「何か用か?」
ずいっと目の前に四角いタッパーがさし出される。
肉と野菜のにおいがした。
ぐぎゅーっと腹が鳴る。
「食え」
「いいのか?」
「シエンがな。お前にこれ持ってってもいいかって言うんだよ。滅多にこうしたいって言わないあの子が」
問答無用で手の中に押し付けられる。まだほんのりと温かい。
「……だから。代理だ」
「すまん」
「謝るな」
「すまん」
ディフは軽く拳を握って、とん、と胸を突いてきた。ふらっと体が揺れる。
「ったく。謝るなっつったろうが」
「……うん」
ゆるく握った拳で同じように胸を叩く。
びくともしねえ。
「ありがとな。今日始めてのまともな食い物だよ」
「ったく。お前は不健康すぎだ。せめて野菜ジュースだけでも飲んどけ」
「気が向いたらな」
やれやれ、と肩をすくめてる。今まで何十回もくり返された会話だ。俺も素直に飲むつもりはないし、向こうもそれぐらいは百も承知。
高校時代、寮の同じ部屋に住んでた時はこんな会話の後は決まって野菜ジュースのボトルが冷蔵庫に入ってた。(しかも特大だ)
今はそこまではしない。
お互いの間にきっちり境界線ができている。『ここまで』って。大人になったってことなのかな、これが。
「それじゃ、おやすみ。シエンに…………よろしくな」
「ああ。伝えとく」
本命は、言えなかった。
次へ→【3-9-3】ヒウェル出所前夜
ベッドから抜け出し、パソコンのフタを開けてメールをチェックする。昨夜開きっ放しにしておいたテキストファイルが目に入る。
なんか、気になるな。寝る直前に書いた文章だから、微妙にガタガタだ。
手直しを始めてそのまま数時間。
なんだか妙にふらふらするなと思ったらうっかり飯を食うのを忘れていた。
仕事に集中しているとよくあることだ。
時計を見るともう夜の九時を回っていた。どうりで暗いはずだ。カーテンをしめて、部屋の明かりをつけた。
さて、今日最後に固形物を口にしたのは……いつだったろう。それ以前に、誰かと直接、話をしただろうか?
電話でもなく。メールでもなく。
それ以前に俺、太陽の光浴びたかな。
こうしてみると、晩飯だけでも上で食ってるってのは生活の中で確実に一つの区切りになってたんだな。
とりあえず、糖分と水分だけでも補給しとくか。
冷蔵庫を開けると、ボトルウォーターと牛乳と、缶ビールとマヨネーズしか入っていなかった。
水をのどに流し込むと、体中の細胞がむさぼるように水分を吸収しているような気がした。
よし、水分補給完了。
リンゴ……は今朝、最後の一つを食っちまったし。チョコバーまだあったかな。
上着のポケットをひっかきまわしてると呼び鈴が鳴った。
がーっと原稿に集中していた余波が残っていて、まだ微妙に体の動きと意識が合っていない。
まず体が動いて、その後を少し遅れて意識が着いて行く。
浮遊する意識を引っぱりながら玄関まで歩いてゆき、ドアを開けると目の前に壁があった。
「生きてたか」
「……よお」
ディフだった。
「何か用か?」
ずいっと目の前に四角いタッパーがさし出される。
肉と野菜のにおいがした。
ぐぎゅーっと腹が鳴る。
「食え」
「いいのか?」
「シエンがな。お前にこれ持ってってもいいかって言うんだよ。滅多にこうしたいって言わないあの子が」
問答無用で手の中に押し付けられる。まだほんのりと温かい。
「……だから。代理だ」
「すまん」
「謝るな」
「すまん」
ディフは軽く拳を握って、とん、と胸を突いてきた。ふらっと体が揺れる。
「ったく。謝るなっつったろうが」
「……うん」
ゆるく握った拳で同じように胸を叩く。
びくともしねえ。
「ありがとな。今日始めてのまともな食い物だよ」
「ったく。お前は不健康すぎだ。せめて野菜ジュースだけでも飲んどけ」
「気が向いたらな」
やれやれ、と肩をすくめてる。今まで何十回もくり返された会話だ。俺も素直に飲むつもりはないし、向こうもそれぐらいは百も承知。
高校時代、寮の同じ部屋に住んでた時はこんな会話の後は決まって野菜ジュースのボトルが冷蔵庫に入ってた。(しかも特大だ)
今はそこまではしない。
お互いの間にきっちり境界線ができている。『ここまで』って。大人になったってことなのかな、これが。
「それじゃ、おやすみ。シエンに…………よろしくな」
「ああ。伝えとく」
本命は、言えなかった。
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