▼ 【3-15-15】ほほ笑みに近い一葉を
気がつくと二次会でバーテン役をやらされていた。
店を借り切ったのはいいんだが、人数が多すぎてバーテンの数が足りなかったから、必然的に。
祝福の『ばか騒ぎ』は夜中まで続き、どうやって部屋まで帰ったのかは記憶になかった。
それでも日曜は昼前に起きた。
オレンジジュースとチョコバーを腹に収めて血糖値を高め、シャワーを浴びて。しゃっきりしてから暗室にこもり、ひたすら昨日写した写真を現像した。
何枚か覚えのない写真が混じっていたが、アレックスの写したものだとすぐにわかった。バグパイプを演奏するディフと並んで歌ってる俺自身の写真を発見した時は、正直うろたえたね。
俺ってこんな顔してたのか! と。
最後に四人で写した『家族写真』を焼いた。
連続した写真の中で、オティアが一生懸命、笑おうと努力しているのがわかった。目を細めて、口の両端をあげて。けれど、結局笑うことができずに終わっている。
何度も何度も見直して、比較的おだやかな表情をした一枚を選んで引き伸ばしてみる。
「………あれ?」
紺色の上着の肩にひとひら、白い羽根がついていた。
これがいい。これにしよう。
これが一番、ほほ笑みに近い。
一枚は写真立てに収めてレオンの部屋に届けて、もう一枚はレオンのお袋さんに送って。あとの一枚は……パネルにして、俺の部屋に。
※ ※ ※ ※
月曜日。
日本に帰るヨーコを車に乗せ、空港まで送って行った。
出発ロビーで手続きをする合間に彼女はコーヒーをおごってくれた。空港のコーヒースタンドの奴で俺の基準からすればかなり薄口だが、とにもかくにもコーヒーだ。
「……薄い」
「あなたの基準が濃すぎるんだ」
きっぱり言い切ってから、ヨーコはにこっとほほ笑みかけてきた。
「ありがとうね、ヒウェル。タクシーでもよかったのに」
「いや、いや、わざわざ日本から来てもらったんだし、これぐらいはね。俺はフリーだから時間の自由がきくし?」
「………らしくないな。そんな殊勝な言葉」
赤いフレームの眼鏡の奥でアーモンド型の瞳が細められる。透き通った濃いかっ色の中に束の間、色のない光が閃いたような気がした。
「何か、言いたいことがあるはずよ、あなた。だからわざわざ送ってくれたんでしょ?」
参ったね……お見通しか。
思い切って聞いてみる。ずっと気になっていたことを。
「ほんとは君……見えてたんだろ? 俺たちにあったこと、何もかも全部……」
「さあてね?」
「だったら教えてくれ。これから俺は、どうしたらいいんだ」
手をさしのべたら、ぺしっと払われた。相変わらず手厳しい。だが、それでも払いのける手つきにどこか優しさがある。
それ故にわかるのだ。決して拒絶されたのではない、見捨てられたのではないと。
「ヒウェル。他者から見えるのは痕跡に過ぎない」
滑るように一歩近づいて、逆に彼女から手を伸ばしてきた。華奢な手のひらが頬を包む。
「行き先を決めるのは、あなたよ……目を開き、心を研ぎ澄ませなさい」
どこか違う場所から、俺たちとは違う流れを見通す瞳が見上げてくる。すっと耳元に顔を寄せて囁かれた。
「見えすぎるのも善し悪しなのよ。影に引きずられるからね」
「……えっ?」
何事もなかったように彼女は離れて、小さな投げキッスを一つ。手をふって歩き出した。
「それじゃ、またね。サクヤをよろしく」
手をふって見送った。
人ごみの中にヨーコの後ろ姿が紛れて見えなくなるまで。
……まだ、夢を見ているような気がする。
冷めたコーヒーの残りを喉に流し込み、空港を出た。
一歩建物を出た瞬間、かあっと照りつける直射日光にいっぺんに目がさめた。
「……行くか」
肩をそびやかして歩き出す。パーキングに停めた車に向かって。
さあ、休暇は終わり。現実の始まりだ。
せいぜい目を開き、心を研ぎ澄ますとしようじゃないか。
煙草をくわえて、カキっと愛用のオイルライターで火をつける。刻まれた真っ赤なグリフォンが、夏の陽射しを反射してぎらりと光った。
「あ……いけね」
レースのハンカチ、返すの忘れてた。
(サムシング・ブルー後編/了)
そして……
(第三話:ローゼンベルク家のお品書き/了)
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