▼ 【3-14-6】ドライマティーニ
「腹減ったー。今日の飯、何?」
久しぶりに夕飯をたかりに行くと、レオンはちゃんと家に居た。
ほっと胸を撫で下ろす。何っとなーくにらまれたような気がしないでもないが。
微妙にオティアの方を気にしつつアレックスの作ってくれた料理を食う。久々に人間らしい食い物を口に入れた気がした。
時折シエンが話しかけてくれるものの、食卓の空気は未だに堅い。
そしてオティアの視線は俺を素通り。どうやらまた俺の存在レベルは『空気』に逆戻りしてしまったらしい。
(ディフが誘拐されてた時はけっこう話してたような気がするんだけどなあ)
夕食が終わると、レオンは居間の片隅に設えられたバーカウンターへすたすたと。何の迷いも無く歩いて行き、棚から透明な液体の満たされた瓶を取り出した。
「つきあうかい? いいスピリタスがあるよ」
なるほど、そうか、そう言うことか。今夜は家で飲むことにしたって訳か!
昨日、あれだけ飲んだ後だってのに……。
軽く目眩を覚え、額に手を当てた。
予想すべき展開だった。こいつの辞書に『休肝日』なんぞと言う殊勝な言葉は存在しない。
「だから……何でそーゆー強い酒ばっかり……」
「嫌かい。しょうがないなぁ」
「いいですか、あなたが酒に強いのは百も承知ですがね。んーな引火しそうな酒ばっかがばがば飲むのはっ」
「はいはい、わかってる。それじゃ、君のおすすめでいいよ」
肩をすくめて腕をまくり、バーカウンターの内側に入ると酒瓶の列に目を走らせる。
スピリタスにウォッカにアクアビット、スコッチ、バーボン、その他リキュール各種。シェーカー、ミキシンググラス、ステア用のマドラスetc……カクテルを作るのに必要な道具は全てそろってる。家庭用にしちゃ過ぎた品ぞろえだ。
おそらく管理してるのはアレックスだろう。さすが、パーフェクトだぜ。
有能執事の手腕に感心しつつ、キッチンに必要な材料を調達に行く。
お、いいね。グレープフルーツがあるじゃないか……よし、こいつを使うとしよう。
軽く湿らせたグラスの縁にざらりと塩をまぶしてウォッカを注ぐ。絞ったばかりのグレープフルーツのジュースと氷を浮かべてステアして、カットしたレモンをグラスの縁に飾り付ける。
ソルティドッグ。
レオンと初めて学校の外で顔を合わせた時に作った酒だ。どんっとカウンターに乗せて一言、告げる。
「一気飲みはご容赦」
「カクテルなんて飲むのは久しぶりだ」
「……俺も久しぶりに作りました」
言われた通りにちびちびと、塩をなめながら飲んでいる。
ウォッカとオレンジジュースを3対1で混ぜ合わせ、自分用にスクリュードライバーを作って付き合った。
「どうぞ。食いながら飲まないと胃によくない」
ついでに台所で調達してきたクラッカーにスライスしたチーズとキュウリを乗せて出してみるが……。
気乗りしない様子でもそもそと、一つだけ食って、後が続かない。
そう言や夕飯もほとんど口にしてなかったよな。
あー、まったく。ディフといいレオンといい、こいつらほんっとに離れるとダメだ!
あきらめて、ライムにグレープフルーツにオレンジ……とにかく柑橘系のジュースを使ったカクテルを出してビタミンを補給させようと試みる。
しかし二杯ほど出した所で言われてしまった。
「ジュースはやめてくれ」
ええい、この、ザルがっ!
「はいはい……じゃ、マティーニでも」
ジンとベルモットを取り出した。あいにくとオリーブがなかったのでレモンの皮をすりおろす。
「ドライで頼むよ」
「やたらとドライにすりゃいいってもんじゃないんですけどね……お好みなら、ドライで」
「エクストラドライでもいいんだが」
ぴくりと左の眉が跳ね上がる。
実話かフィクションだか定かじゃないが、ベルモットの瓶を横目で見ながらジン飲んでた奴がいたらしいな。正視すると甘口すぎる、とか抜かして。
「いっそベルモットの瓶だけ眺めてますか?」
「ベルモットは嫌いじゃないよ」
「そりゃよかった…」
ちょい、とジンとベルモットの味を見てから12対1のかなりドライな奴を調合し、仕上げにレモンの皮を絞って加えた。
「……どうぞ。もっとドライがお好みなら次はベルモットは氷につけただけで流します」
一口すするとレオンは小さくうなずいた。微妙なタイミングだ。Yesか、Noか、どっちだ?
「いや……これでいい」
「そーっすか」
ほっと一息。どうやら柄にも無く緊張していたらしい。
「こればっかりはやたらといろんなレシピ覚えちまってね。何せ店に来る客がいちいち俺流をご教授してくださったから」
「マティーニはアレンジが効くからね。ウォッカベースのも飲んだことがあるな」
「ああ。あるある」
「カクテルは店によって……いや、バーテンによってかわるけど、マティーニは特に色々ある」
並ぶ酒瓶のうち、引き延した水滴のような細長い流線型のボトルに目を留める。
ラズールのグレープフルーツリキュールだ。透き通った青い酒。
「あれを入れると色がキレイなんだよな……かなり変則的だけど」
「一度……どこだったかな、紫色のを見たことがあるが……あれは何が入ってたんだろうな」
「んー……そうですね。ここにある酒で作るなら……」
茶色の四角い瓶に入ったチェリーのリキュールを見つけた。デンマーク生まれの透き通った赤い酒。ちょいと甘口だが色はこれ以上ないってくらいに理想的だ。
青いリキュールとジン、そしてベルモットに赤いリキュールを加えてシェイクする。こころもち青を多めに。
できあがった淡い藤色のカクテルを冷やしたグラスに満たした。
「……こんなとこかな。あまりドライじゃありませんけど」
「将来、酒が飲める歳になったら、つくってあげたらいい」
一瞬、彼の言葉の意味が理解できなかった。
改めてグラスの中味を見る。シェイクされてほんのりスモークのかかった紫色……どこか夜明けの空の色にも似て。
(ああ、なんだ。そう言うことか)
「…………そう……ですね……いつか」
「いつか……ね」
グラスの縁を指で弾く。澄んだいい音がした。
「でもね。これ、そもそもあいつのリクエストで作ったんですぜ? あなたの色だ、とかわけわかんない事言って」
「理由はわからないけど……薄い紫色がイメージらしいよ。どうしてだろうね」
「あなたが奴を天使だとか言うのと同じ理由じゃないすかね……」
自分用にもう一杯作る。
今度はチェリーのリキュールを数滴増やし、ほんの少し赤を濃くした。
「オティアなら、こんな感じかな」
レオンはそれ以上何も言わない。黙ってグラスを掲げ、藤色のカクテルを飲み干した。
次へ→【3-14-7】おかえり
久しぶりに夕飯をたかりに行くと、レオンはちゃんと家に居た。
ほっと胸を撫で下ろす。何っとなーくにらまれたような気がしないでもないが。
微妙にオティアの方を気にしつつアレックスの作ってくれた料理を食う。久々に人間らしい食い物を口に入れた気がした。
時折シエンが話しかけてくれるものの、食卓の空気は未だに堅い。
そしてオティアの視線は俺を素通り。どうやらまた俺の存在レベルは『空気』に逆戻りしてしまったらしい。
(ディフが誘拐されてた時はけっこう話してたような気がするんだけどなあ)
夕食が終わると、レオンは居間の片隅に設えられたバーカウンターへすたすたと。何の迷いも無く歩いて行き、棚から透明な液体の満たされた瓶を取り出した。
「つきあうかい? いいスピリタスがあるよ」
なるほど、そうか、そう言うことか。今夜は家で飲むことにしたって訳か!
昨日、あれだけ飲んだ後だってのに……。
軽く目眩を覚え、額に手を当てた。
予想すべき展開だった。こいつの辞書に『休肝日』なんぞと言う殊勝な言葉は存在しない。
「だから……何でそーゆー強い酒ばっかり……」
「嫌かい。しょうがないなぁ」
「いいですか、あなたが酒に強いのは百も承知ですがね。んーな引火しそうな酒ばっかがばがば飲むのはっ」
「はいはい、わかってる。それじゃ、君のおすすめでいいよ」
肩をすくめて腕をまくり、バーカウンターの内側に入ると酒瓶の列に目を走らせる。
スピリタスにウォッカにアクアビット、スコッチ、バーボン、その他リキュール各種。シェーカー、ミキシンググラス、ステア用のマドラスetc……カクテルを作るのに必要な道具は全てそろってる。家庭用にしちゃ過ぎた品ぞろえだ。
おそらく管理してるのはアレックスだろう。さすが、パーフェクトだぜ。
有能執事の手腕に感心しつつ、キッチンに必要な材料を調達に行く。
お、いいね。グレープフルーツがあるじゃないか……よし、こいつを使うとしよう。
軽く湿らせたグラスの縁にざらりと塩をまぶしてウォッカを注ぐ。絞ったばかりのグレープフルーツのジュースと氷を浮かべてステアして、カットしたレモンをグラスの縁に飾り付ける。
ソルティドッグ。
レオンと初めて学校の外で顔を合わせた時に作った酒だ。どんっとカウンターに乗せて一言、告げる。
「一気飲みはご容赦」
「カクテルなんて飲むのは久しぶりだ」
「……俺も久しぶりに作りました」
言われた通りにちびちびと、塩をなめながら飲んでいる。
ウォッカとオレンジジュースを3対1で混ぜ合わせ、自分用にスクリュードライバーを作って付き合った。
「どうぞ。食いながら飲まないと胃によくない」
ついでに台所で調達してきたクラッカーにスライスしたチーズとキュウリを乗せて出してみるが……。
気乗りしない様子でもそもそと、一つだけ食って、後が続かない。
そう言や夕飯もほとんど口にしてなかったよな。
あー、まったく。ディフといいレオンといい、こいつらほんっとに離れるとダメだ!
あきらめて、ライムにグレープフルーツにオレンジ……とにかく柑橘系のジュースを使ったカクテルを出してビタミンを補給させようと試みる。
しかし二杯ほど出した所で言われてしまった。
「ジュースはやめてくれ」
ええい、この、ザルがっ!
「はいはい……じゃ、マティーニでも」
ジンとベルモットを取り出した。あいにくとオリーブがなかったのでレモンの皮をすりおろす。
「ドライで頼むよ」
「やたらとドライにすりゃいいってもんじゃないんですけどね……お好みなら、ドライで」
「エクストラドライでもいいんだが」
ぴくりと左の眉が跳ね上がる。
実話かフィクションだか定かじゃないが、ベルモットの瓶を横目で見ながらジン飲んでた奴がいたらしいな。正視すると甘口すぎる、とか抜かして。
「いっそベルモットの瓶だけ眺めてますか?」
「ベルモットは嫌いじゃないよ」
「そりゃよかった…」
ちょい、とジンとベルモットの味を見てから12対1のかなりドライな奴を調合し、仕上げにレモンの皮を絞って加えた。
「……どうぞ。もっとドライがお好みなら次はベルモットは氷につけただけで流します」
一口すするとレオンは小さくうなずいた。微妙なタイミングだ。Yesか、Noか、どっちだ?
「いや……これでいい」
「そーっすか」
ほっと一息。どうやら柄にも無く緊張していたらしい。
「こればっかりはやたらといろんなレシピ覚えちまってね。何せ店に来る客がいちいち俺流をご教授してくださったから」
「マティーニはアレンジが効くからね。ウォッカベースのも飲んだことがあるな」
「ああ。あるある」
「カクテルは店によって……いや、バーテンによってかわるけど、マティーニは特に色々ある」
並ぶ酒瓶のうち、引き延した水滴のような細長い流線型のボトルに目を留める。
ラズールのグレープフルーツリキュールだ。透き通った青い酒。
「あれを入れると色がキレイなんだよな……かなり変則的だけど」
「一度……どこだったかな、紫色のを見たことがあるが……あれは何が入ってたんだろうな」
「んー……そうですね。ここにある酒で作るなら……」
茶色の四角い瓶に入ったチェリーのリキュールを見つけた。デンマーク生まれの透き通った赤い酒。ちょいと甘口だが色はこれ以上ないってくらいに理想的だ。
青いリキュールとジン、そしてベルモットに赤いリキュールを加えてシェイクする。こころもち青を多めに。
できあがった淡い藤色のカクテルを冷やしたグラスに満たした。
「……こんなとこかな。あまりドライじゃありませんけど」
「将来、酒が飲める歳になったら、つくってあげたらいい」
一瞬、彼の言葉の意味が理解できなかった。
改めてグラスの中味を見る。シェイクされてほんのりスモークのかかった紫色……どこか夜明けの空の色にも似て。
(ああ、なんだ。そう言うことか)
「…………そう……ですね……いつか」
「いつか……ね」
グラスの縁を指で弾く。澄んだいい音がした。
「でもね。これ、そもそもあいつのリクエストで作ったんですぜ? あなたの色だ、とかわけわかんない事言って」
「理由はわからないけど……薄い紫色がイメージらしいよ。どうしてだろうね」
「あなたが奴を天使だとか言うのと同じ理由じゃないすかね……」
自分用にもう一杯作る。
今度はチェリーのリキュールを数滴増やし、ほんの少し赤を濃くした。
「オティアなら、こんな感じかな」
レオンはそれ以上何も言わない。黙ってグラスを掲げ、藤色のカクテルを飲み干した。
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