▼ 【3-14-2】双子と執事とライオンと
マクラウドさまが入院してから今日で三日目になる。
メイリールさまは毎日警察に呼ばれている。今回は積極的に証言し、捜査に協力なさっているらしい。いつもほとんど表立って動かないあの方が。
その分、レオンさまが心置きなく病室に付き添えるようにとのお心遣いだろう。
オティアさまとシエンさまのお世話は私に任されている。
お二人とも熱心に勉強し、家事もよく手伝ってくださる。ただ、時折そわそわと落ちつかなかったり。びくっと何かに怯えるような素振りを見せることがあるのが気がかりだ。
おそらく他人の目から見てもほとんどわからないくらいの(オティアさまは特に)些細な揺らぎではあるのだが……。
おやつの仕度をしようとキッチンに行くと、食堂でかすかに人の気配がした。
シエンさまがぽつんと食卓に座っておられた。いつもご自分が座る席ではない。マクラウドさまの席に座り、ぺたりとつっぷしてテーブルの表面を手のひらで撫でている。
見ていて胸がしめつけられた。
そっと息をひそめて見守っていると、リビングからオティアさまが入ってきてシエンさまの肩に手を置いた。
やはりお二人とも心細いのだ。
エプロンを身につけて、静かに食堂に入る。
「アレックス」
「……」
オティアさまが何か言いたげな表情をしている。デイビットさまからいただいた白いエプロンを見ると、いつもこんなお顔をする。
「何か、作るの?」
「はい。マドレーヌを焼こうと思いまして」
シエンさまが立ち上がり、いそいそとご自分のストライプのエプロンを身につけた。
「手伝うよ」
「ありがとうございます。少し、多めに作りますので、助かります」
「そんなに沢山、どうするの?」
貝殻型の焼き型に薄くバターを塗る。
「マクラウドさまにお届けしようかと思いまして」
「あ、そっか、ディフ、好きだものね、これ」
「はい。焼き上がったら、お見舞いに参りましょう。よろしければ、ごいっしょに」
「…………うん」
シエンさまは、はにかみながらも嬉しそうにほほ笑んだ。その隣でオティアさまが何も言わずに冷蔵庫から牛乳と卵を取り出していた。
「あのね、アレックス。ディフの部屋から持ってきてほしいものがあるんだ」
※ ※ ※ ※
「シエン……オティア!」
お二人の顔を見て、マクラウドさまは嬉しそうにほほ笑んだ。
ベッドに半身を起こしてレオンさまの手を握ったまま。まだ少しやつれてはいるが、それでも子犬を見守る母犬のような穏やかな笑顔だった。
「ディフ……これ」
ベッドの傍らに歩み寄ると、シエンさまは大事そうにかかえてきたぬいぐるみを手渡した。
白いライオンと、少し古びた茶色のクマ。二匹のぬいぐるみを膝に乗せると、マクラウドさまは恥ずかしそうに頬を染め、「ありがとう」と囁いた。
「ちゃんと飯食ってるか?」
「うん」
「ベランダの鉢植えに水やってるか?」
「うん」
「勉強は?」
「大丈夫」
「洗濯……と、掃除は心配ないよな。アレックスがいるんだから」
「おそれ入ります」
一礼して、まだほんのりとあたたかいマドレーヌの入った袋をさし出した。
「サンキュ、アレックス。助かったよ、病院の飯は味気なくってさ」
「お弁当つくってこようか?」
にこにこしながらシエンさまがおっしゃった。
※ ※ ※ ※
マクラウドさまに会ったことでシエンさまは少し落ちつかれたようだった。
マクラウドさまも、お二人と話す間に(ほとんど話しているのはシエンさまで、オティアさまはうなずいておられるだけだったが)少しずつ、だが確実に活力を取り戻して行くのがわかった。
病室を出るとシエンさまがおっしゃった。
「アレックス、帰りにベーカリーに寄ってくれる? パン、買いたいんだ。サンドイッチ用の」
「かしこまりました」
「……レオンも、ディフと一緒なら、食べてくれるよね」
レオンさまは最近、ほとんど食事を召し上がらない。
案じておられるのだ。優しいお子だ。
親子。兄弟。友人。
どんな言葉で彼らの繋がりを表すべきかは判らないが……。
やはりお二人にはレオンさまとマクラウドさまの存在が必要なのだ。
レオンさまとマクラウドさまにとっても、オティアさまとシエンさまが必要であるように。
※ ※ ※ ※
事件の後、病院に運ばれてからディフはそのまま入院した。
去年の時ほど体の傷は重くはなく、検査が終われば一週間ほどで退院できると言う話だった。
レオンは日中はほとんど病室でつきっきりで、面会時間が終わってから帰って来る。仕事にも行っていないらしい。
何となく邪魔するのが気が引けて見舞いに行けずにいると、三日目の夜、俺の携帯に電話がかかってきた。
公衆電話からだ。
「ハロー」
「よお、ヒウェル」
「お前……どこから?」
「病院からだよ。携帯は使えないからな」
「レオンは?」
「もう帰った」
時間を確認する。
確かに面会時間はもう終わっていた。
「ちょっと持ってきてほしいものがあるんだ。頼まれてくれるか?」
「クマか?」
「それは、もうシエンが持ってきてくれた」
…………いつの間に。
もう、俺なんかよりあいつらの方がずっとディフに近い存在になっちまってるんだな。
ほっとするような、ちとさみしい様な、微妙な気分になる。
「頼みたいのは、肩掛け用のブランケットだよ。けっこう寒いんだ、病院」
「わーったよ。色の希望は?」
「できるだけ濃いめの」
電話を切ってから、ほっと息を吐く。
そう言や、奴が誘拐されて、救出されてからまともに言葉をかわしたのは初めてだった。
『お前、どこから?』
『クマか?』
我ながらまぬけなやり取りだ。
最初に何て声をかけりゃいいのか、いろいろ悩んでいたはずなんだけどなあ。
まあ、現実はこんなもんだろ。
さて、ここはネタに走ってショッキングピンクを持って行くべきだろうか。それとも、無難に茶系にしとくべきだろうか?
……迷うね。
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