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ローゼンベルク家の食卓

【3-10-2】色柄物は混ぜちゃいけない

2008/04/26 0:53 三話十海
 その日は珍しく二人ともオフだった。
 ヒウェルは……まあ、彼は年中オンでありオフであるようなものだ。
 天気が良かったから、一気に家中のシーツとカバーを洗おうとディフが言い出した。ところが、いざ洗おうとすると、ちょっと困ったことが起こった。
 洗濯機に全部入り切らなかったのだ。
 干す場所も、到底家のスペースだけでは足りそうにない。乾燥機を使えば、と言ったがディフはガンとして聞かなかった。

「太陽の光に当てるから意味があるんだよ。においも手触りもいいし……第一、時間がかかりすぎるだろ」

 もっともだ。

「よし、俺の部屋の洗濯機も使おう」
「手伝うよ」
「ありがとう。助かる!」

 そして、二人で洗濯物を抱えて隣の部屋へとやってきた。

「あ、その赤いランチョンマットは脇によけといてくれ。シーツがピンク色に染まる」
「……わかった」

 そうだったのか。初めて知った。

 ディフの指示に従って、抱えてきたものを洗濯機に放り込む。
 色の濃いものはよけて、脇に積む。
 入れ終わると、彼はきっちり洗剤を計って、柔軟剤をセットしていた。慣れた手つきだ。

「助かったよ。ありがとな。居間で休んでてくれ。俺もすぐ行くから」
「ああ」

 居間に戻った所で、電話が鳴った。発信者表示は「テキサス:マクラウド」。なにげなく受話器をとると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「ハロー、ディー?」

 やはりそうか。Mrs.マクラウド、ディフの母親だ。

「ハロー、あなたの息子ではありませんが」
「……あら、レオン? 元気?」
「はい。今丁度、ディフは洗濯してますよ」
「そう! 育ち盛りの男の子が二人だから…洗濯もたいへんでしょう」
「ええ。二人ともどちらかというと大人しい子なんですけどね」
「まあ、そうなの? 少しは私の苦労も味わってくれるとよかったのに」

 くすくす笑っている。少年時代の彼を思えば納得も行く。
 洗濯も繕いものも、叱られる前に自分でどうにかしようとして覚えたと言っていた。

「そちらはおかわりなく?」
「ええ、こっちは皆元気よ………………」

 ひとしきり挨拶をさえずってからMrs.マクラウドはぽつりと言った。少しだけ声のトーンを落して。

「あの、それでね、レオン」
「はい」
「あの子……大丈夫かしら?」
「それは、どういう意味で?」
「この間、聞いたのよ。あなたがオティアとシエンを引き取ったから自分も世話しに通ってるって…とても嬉しそう。でもはしゃぎ過ぎてて気になって。言いたくても言えない時、はしゃぐのよね、ディー」
「ああ。そうですね」
「ま、親に言えない事は友だちに言う子だし。それとなく気をつけてやってくれる? 世話押し付けちゃって申し訳ないんだけど、あの子あなたの言うことは素直に聞くから」
「はい。もちろん」

 少しだけ考えてから、口にする。心の中に浮かんだ理由の中で一番、無難な答えを。

「……今は……子供たちとの接し方で悩んでいるんだと思います。はじめてのことですから」
「そうね……末っ子だから……」

 電話の向こうで小さく笑う気配がした。

「ふふっ、なんだか高校の夏休み思い出したわ。いきなり言われたのよ。『母さん、ミートパイの作り方教えてくれる?』って」
「今でも作ってくれますよ、ミートパイ」
「ほんとに? すっかりマメになっちゃって」

 今度はころころと声をたてて笑い出した。声の高さはまるで違うのに、笑い方がディフにそっくりだ。
 同じメーカーのシャツみたいだな。
 型も色も材質も同じでサイズだけ違う。ディフがメンズのLサイズなら、彼女はレディスのSサイズって所だろうか。

「料理のレパートリーも増えてますね、子供に食べさせているから。すっかり一家の主婦ですよ」
「そう………んー、なんだかあまりびっくりする気がしないのが不思議ね。あの子けっこう世話好きさんだから……タフガイぶってるけどね」
「いや、実際、彼は丈夫(タフ)ですよ。それに、俺は料理はさっぱりだから、助かってます」
「助かってるのは……ディーの方かもしれないわよ? ありがとうね、レオン、あなたと話せてなんだか安心しちゃった。あの子によろしく伝えておいて」

 そして電話が切れる。結局、息子と話さないで終わってしまった。
 よかったのかな。
 彼女と話すといつもこうなる。

「あれ、電話だったのか」

 ディフが戻ってきた。
 まくりあげたシャツの袖口が少し濡れている。

「洗濯してたはずじゃなかったのかい?」
「あー、うん、ちょっと洗面台にホコリたまってたからな。ついでに掃除してた。それで、電話、誰から?」
「Mrs.マクラウドから」
「……………………お袋から?」
「この間の電話で、君が妙にはしゃいでたから気になったそうだよ」
「………う……………」

 軽く手を握って口のとこに当ててる。考え込む時のお決まりの仕草だ。

「まだ言ってなかったのかい。俺達のことは」

 静かに問いかける。Mrs.マクラウドには言えなかった、第一候補の答えを。

「……ああ」
「無理することはないさ。驚かれるだろうしね」
「優しいな。小言の一つ二つくれてもおかしかない真似してるのに」
「……俺は最初から女性を愛せないとわかっていたけど……君はそうじゃないだろ?」

 眉を寄せ、ぐっと堅く拳を握って左の胸に押し当てると彼は掠れた低い声で。しかし、きっぱりと言い切った。

「俺は…俺が愛してるのは……お前だ、レオン」
「ああ。わかってる。君の家族が、サンフランシスコに住んでいるんだったら、別に悩むこともないんだけどね」

 ディフは顔をくしゃっと歪ませてから両腕を広げ、俺を抱きしめた。いつものように、胸の中にすっぽりと包み込むようにして。

 子どもみたいに泣きそうな顔をして、母親みたいに抱きしめてくれる。(俺にはこんな風に温かく、母の腕に抱かれた記憶はないけれど)
 不思議な人だ。
 可愛い人だ。

「ちゃんと…伝える。お前とのこと。家族にも隠さずに。ただ、もう少しだけ……時間が欲しいんだ」
「焦らなくてもいいんだ。……むしろ君のご家族には申し訳ないけれど、ね」
「そんなこと言うな! 俺は、お前を愛したことも、恋人同士になったことも後悔してない」


 真っすぐな言葉に微笑んで答える。

「嬉しいよ」


 頬にキスされた。


「お前だけだ、レオン」
「誰の許可がいるわけでもないけれど……それでも家族から反対されるのはつらいからね……君みたいな人は特に」
「言うな。泣きそうになる。なんでお前、そう……優しいんだ」
「うん、本当のことを言うと」
「ん……?」
「俺も言ってない、まだ、直接には。だから同罪かな」

 抱きしめる腕に力がこもり、くしゃくしゃと髪の毛をなで回された。

「ばか言うな。俺が許す」
「俺なんかより。君のほうがずっと優しい。君が言い出せないでいるのは…家族のことを思っているからだ」
「親父が怖いだけ、かもしれないぞ?」
「それなら、そもそも言おうとして悩んだりしないよ」
「参った。かなわん」

 彼は肩をすくめてから口をへの字に曲げて。眉をひそめてにらんで来た。
 だまされないよ。頬のあたりがほんのり赤いし……首筋の火傷の跡も、淡く浮かびあがっているじゃないか。

「それ以上恥ずかしいこと言ったら……その口、ふさいじまうぞ?」
「遠慮はいらないよ」
「……そうかよ」


 ぐいっと引き寄せられ、キスされた。
 強引な動きとは裏腹に、羽毛でくすぐるような優しい口づけ。
 肩に手をかけ、応えた。


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