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【5-6-2】魔女ヨーコ

2012/10/30 23:24 五話十海
 
 その日から五人は放課後、被服室に通ってせっせと衣装を作った。
 もちろん、ちゃんと先生に許可をもらって。ハロウィンの仮装衣装を作りますと言ったらあっさり通った。割とよくある事らしい。

 Tシャツに着替えたヨーコの体を採寸し、型紙を起こす。
 カリーンの指示通りに布を切り、ヨーコの体に合わせて仮縫いし、ミシンをかけて、装飾を手で縫い付けて……。

 そして土曜日の午後。

「でーきたっ! ささ、ヨーコ、着て、着て!」
「う、うん」
「半袖で寒いから、下にこのカットソー着てね」
「わかった、ありがとう!」

 着替えを終えたヨーコが姿を現した瞬間、少女たちはほうっと感嘆のため息をついた。

「Fantastic!(すてきー!)」
「So,cute!(やーん、かわいい!)」
「Cool!(かっこいい!)」
「Pretty!(きれーい!)」

 黒い布と模様入りの布を交互にはぎ合わせ、きゅうっと裾をしぼったバルーンスカート。カボチャのように丸くふくらみ、丈はひざのはるか上。
 トップスはフリルをたっぷりつけた、白いふわっとしたパフスリーブの半袖ブラウスと黒の長袖カットソーの重ね着。ウェストは黒い編み上げコルセットできゅっと締めて。

「信じらんない、これ、全部あのお古の衣装でできてるの?」
「作ってるとこ自分で見たじゃん」
「だって、こんなにひらっひらでふわふわで……」
「布はたっぷりあったからね!」
「あ、これゴーストのシーツ?」
「イエーッス! Tシャツの上に縫い付けたの」
「すごい、全然わかんない!」
「回って、ヨーコ、くるっと回って!」
「う、うん」

 リクエストに答え、ぎこちない動きでくるっと一回転。背中で一対の黒い羽根が揺れる。

「あ、コウモリの羽根ついてる」
「それ私が持ってきたデビルの衣装のやつね! 小学生の時の!」
「その通り!」

 小学生の子供に合わせて作られた仮装用のコウモリの羽根は、高校生の少女にはやや小さめ。だがそれがかえってかっこいい。大げさすぎず、丁度良い。

「そんでもって仕上げにはい、これ」
「わあ、魔女のとんがり帽子」
「さ、被ってみて。このピンでぱちっと留められるようになってるから」

 子供用の魔女帽子もまた、ピンで留めればお洒落なアクセサリーになる。
 ヨーコは言われるままに帽子を着け、もじもじしながら問いかけた。

「どう?」
「いいねー」
「ナイトメア・ビフォアクリスマス風?」
「サイズもぴったり!」
「うん、すごく素敵………でも……私、私」

 かーっとヨーコの顔が赤くなる。それこそ耳まで真っ赤だ。

「こんな可愛いの着て授業受ける自信ないよ! スカート短いしーっ!」

 ゆらり、とジャニスが前に出る。両手を広げて瞳を半分閉じたその姿は、さながら悠久のガンジスの流れのほとりに佇むかの如く厳かで、思わずヨーコは息を呑んだ。

「いいことヨーコ。悠久の時の流れの中では花の盛りはあっと言う間なのよ。こんな格好してかわいかろう美しかろうと言われる時期は短いの」
「う……うん」

 ジャニスは急にくわっと目を見開き、一喝。

「今満喫せずしてどうする!」

 びくっとヨーコはすくみあがった。
 確かに一理ある。でも、でも。
(やっぱり恥ずかしいよぉっ)
 結城羊子16歳。実際には10年後もきっちり似合うような外見のままだ、と言うことはまだ知る由も無い。

「ねえ、ヨーコ」

 うつむくヨーコに、慈愛に満ちたほほ笑みでモニークが助け船を出す。

「足が寒いんだったらスパッツを履けばいいじゃない」
「うん!」
「さ、これを使って」
「ありがとう!」

 ヨーコはモニークの手からスパッツを受け取り、カーテンの陰でいそいそと履いた。が。出てきた彼女の顔は明らかに混乱していた。

「モニーク……これ、左右の足の色が……ってか模様が全然違うよぉ」

 然り。そのスパッツは右足は紫とオレンジの縞模様、左足は黒に赤の水玉模様だったのだ。

「カリーンゆってたじゃん、モチーフは『つぎはぎ魔女だ』って」
「うん、ほんとは左右別模様のニーハイソックス履かせたかったけど自粛した」
「これなら自動的にアンシンメトリーになるでしょ?」
「GJ。モニーク、GJ!」

 サムズアップで拳を突き合わせ、白い歯を見せにかっとほほ笑む。モニークとカリーンを見ながらヨーコは思った。
(謀られたー!)
 ぼう然とする彼女の背後に、カレンがすすすっと忍び寄る。あっと思った時は髪を留めるバレッタが外されていた。

「んじゃ仕上げはヘアメイクね!」
「ほえ?」
「はーい動かない動かないー。あ、ちょっとの間帽子外そうね。あ、眼鏡もねー」

 カレン、はてきぱきとヨーコの髪を左右二つに分けて、三つ編みにして行く。さらにくるくるとデニッシュのように巻いて、顔の両側でお団子にしてピンで留めた。

「はい、出来上がり!」

 ぱっちん、と再び魔女帽子が留められる。
 ちょうどタイミング良く、ジャニスががらごろと足に車輪のついた移動式の姿見を持ってきて、ヨーコの前に置いた。

「ほわぁ……」

 眼鏡をかけ直し、ヨーコは鏡に映った己の姿をまじまじと見つめた。
 継ぎはぎの魔女。バルーンスカートにふわふわのブラウス、黒い編み上げコルセット。髪の毛もお団子にして、まるで自分じゃないみたい。
 巫女さんでもない。結城神社のお嬢さんでもない。普段の『ヨーコ』とも違う!
(嬉しい。楽しい。すっごく楽しい!)

「ありがとうっ」

 不思議だ。嬉しくて、楽しくてたまらないのに、涙がにじんで来る。手足がむずむずして、じっとしていられない。

「ありがとうっ! ほんとに、ありがとうっ! 大好き!」

 ヨーコは目をうるうるさせたまま級友たちに飛びつき、次々と頬にキスをした。
 四人のアメリカンガールにとって、いつもヨーコは落ち着いて、大人びたミステリアスな少女だった。それが、こんな風に全身で喜びを表現するなんて。しかもキスまで!

「いやん、もう可愛いんだから!」
「喜んでくれて私も嬉しいよ!」
「ハロウィンが楽しみだね!」
「うん、すっごく楽しみ!」

 手を広げてぎゅーっとハグを交わし、お返しにとばかりにヨーコの頬にキスを降らせるのだった。

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【5-6-3】吸血鬼ランドール

2012/10/30 23:26 五話十海
 
「ハッピーハロウィーン!」

 サンフランシスコ市内のとあるスーパーマーケット。ハロウィンセールたけなわの店内で、ひときわ目を引く二人組が居た。
 二人とも抜きんでて背が高く、しっかりした体つきの若い男。
 片方は黒髪に青い瞳、物腰柔らかで礼儀正しい紳士。片方はブルネットに緑の瞳の快活で陽気なノリノリ男。タイプは違うがそろってハンサムと来れば、行き交う女性も、場合によっては男性も目が惹き付けられようと言うものだ。
 増して、ハロウィンが待ちきれないのか、早々に凝った仮装をしていれば尚更の事。

 黒髪の紳士はクラシカルな仕立ての黒のスーツにそろいのマント、裏地は目の覚めるような赤、口元からはちらりと牙がのぞく。
 片やブルネットのハンサムガイは全身もこもこの狼の着ぐるみ姿。
 顎の下に細かいネット状の布が張られた顔を出す窓が開いていて、さらに狼の口がぱくぱく開閉し、耳や目まで動く優れもの。
 どちらの衣装も気楽に着られて動きやすく、そのまま仮装パーティーに行っても充分楽しめる作りになっている。

 で、このドラキュラと狼男の二人組が何をしているのかと言えば、手に下げたジャック・ランタン型のバケツに山盛りに入ったお菓子を配っているのだった。
 肩にかけたタスキには、でかでかとこんな文字が印刷されていた。

『ハロウィンのお菓子はデントン・ナッツで。コスチュームはランドール紡績で!』

 カボチャバケツの中味はデントン・ナッツの試供品。身に着けている衣装はランドール紡績のコスチューム。
 カルヴィン・ランドールJrとチャールズ・デントンは、体を張って二社合同の販促活動の真っ最中なのだった。
 市内のスーパーやショッピングモールでは、両社から派遣された二人組がサンプルを配っている。もちろん、仮装して。
 この種の仕事はとかく体力勝負、若くて活きのいい社員にお鉢が回ってくるのがお約束。社長の御曹司と言えどもその例外ではない。
 いきなり経験の浅い息子を社長に据えるほど、どっちの父親も甘い人間じゃなかったのだ。

 決して楽な仕事ではない。しかしながら、ランドールもチャーリーも張り切っていた。何となれば今回の共同販促キャンペーンは二人でアイディアを出した企画だったからだ。

「ハッピー・ハロウィン、お嬢さん。デントン・ナッツのお菓子はいかがですか?」
「まあ、ありがとう吸血鬼さん」
「こちらはサンプルです。お気に召しましたら、そちらの商品をどうぞ」

 大声ではしゃぎながら飛び回る狼男に何ごとかと人が集まってくる。そこですかさず本場ルーマニアの血を引くイケメン吸血鬼が礼儀正しくサンプルを勧めれば、断る女性はまず、いなかった。

「あの……一緒に写真とっていただけますか?」
「どうぞ、喜んで」

 一方で狼男チャーリーもただの客寄せパンダ(狼だが)では終わらない。

「やあ、君たち! デントン・ナッツのピーナッツバターは好きかな!」

 遊園地の着ぐるみもかくや、と言わんばかりの派手なアクションで子供たちに近づき、話しかける。

「すき!」
「大好き!」

 毎日食べてるおなじみの商品名とロゴマークに、男の子も女の子も勢い良く頷く。

「ありがとう! じゃあ感謝をこめて、お菓子をプレゼントしちゃうぞ! ピーナッツバターのチョコバーとグレープジェリーのクッキーサンド、好きな方をどうぞ!」
「いやっほう!」
「さんきゅー狼さん!」

 ……完璧だ。
 子供らは目を輝かせて試供品を受け取り、ついでに狼にしがみついてもふもふの毛皮の感触にうっとりしている。

「はっはっは、どーいたしましてー。ハッピーハロウィーン! トリックオアオリート!」

 客足が途切れた所で、カルヴィン・ランドールはぼそりと親友に声をかけた。

「なあチャーリー。自分たちで企画しておいて何だが……これは逆なんじゃないか? ハロウィンのお菓子を配る方が仮装するなんて」

 チャーリーはくるっと片足を軸にして一回転。ジョン・トラボルタさながらにびしっとポーズを決める。

「いいじゃん、お祭りなんだからさ? お客さんも喜んでるし!」

(いや、一番楽しんでるのは君だろう)

 もふもふの着ぐるみは、とても手触りがいい。もこもこの着ぐるみ狼さんに対しては、本来女性が男性に抱く警戒心も自ずと薄れる。
 何のかのと言いつつ、チャーリーは小さな子供と同じくらい、女性客からも言われているのだ。

「さわっていいですか?」
「もちろん!」
「なでていいですか?」
「喜んで!」

 販促用の衣装を選ぶ時、チャーリーは爽やかに言ったものだ。

『僕は狼で行こうと思うんだ。カルは赤頭巾ちゃんと吸血鬼どっちがいい?』
『えらく限られた選択肢だねチャーリー』
『だって山羊と豚には人数が足りないだろ?』

 いっそ赤頭巾を選んでやろうかとも思ったが、社会人としての良識が歯止めをかけた。結果、こうなった、と。
 ぴょこぴょこ揺れる狼のしっぽを見守りながらランドールは思った。
 子供時代、ハロウィンにはあまり良い思い出が無い。特にジュニア・ハイ時代は最悪だ。だが同時にそれは少年カルヴィンの戦いと勝利の記憶でもある。
 とは言え、若干のしこりは残った。
 こんな風に自分から積極的にハロウィンに参加できるのも、この底抜けに陽気な相棒のお陰だ。

 今年の仮装パーティーもきっと、あの格好で行くのだろう。
 せめてタスキは外すよう、忠告すべきか。
 こめかみに手を当てて考え込んでいると……。

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【5-6-4】狼男チャールズ

2012/10/30 23:28 五話十海
 
「おおっ、ターゲットロックオン! 行ってくるぜカル!」

 しっぽをなびかせ狼男がすっ飛んでくその先には、男の子の手を引く母親の姿があった。しかも、見事な黒髪だ。

(ああ)

 ランドールは眉を寄せ、ふっとため息とも苦笑ともつかぬ息を吐いた。
 チャールズ・デントンは黒髪の女性に目が無い。大学に入学し、初めて会った時も真っ先に言われたもんだ。

『やあ、僕はチャールズ。チャールズ・デントンだ。ところで君、お姉さんか妹はいる?』

 一人っ子だと言うと露骨にがっかりしたものだが、家に招待して家族に紹介した途端、チャーリーは飛び上がって大はしゃぎ。

『君の母上は美人だね! 美しいね! きれいだね!』

 相手がいくつであれ行動指針のブレない親友に、ランドールはある種の畏敬の念すら覚えていた。そして今、まさにこの瞬間。狼チャーリーは華麗なステップで親子に近づき、アイスダンサーもかくやと言う勢いでつま先立ちで一回転。
 しゅたっと跪き、少年の目の前に手提げジャック・ランタンを掲げ持った。

「ハッピーハロウィーン! デントン・ナッツのお菓子をどうぞ!」

 黒髪の母親は突然、現われた狼男に目を丸くしてびっくり。
 一方で男の子はジャックランタンの中に山盛りになったお菓子に大喜び。

「ママ! 狼さんがお菓子くれるって! もらっていい?」
「あら……」

 デントンナッツのロゴを見て、母親は表情をくもらせる。

「ごめんなさい、うちの子、ピーナッツアレルギーなの。せっかくだけど」

 男の子がくしゃっと顔を歪め、がっくりと肩を落とす。すかさずチャーリーは相棒を振り返り、アイコンタクト。
 ランドールは素早く自分のバケツからクッキーを二つ取り出し、投げた。
 狙いたがわず。速度も角度も絶妙のタイミングだった。チャーリーはぱしっぱしっと器用に着ぐるみの手でキャッチ。
 その動きに思わず男の子と母親は目を丸くして、次いでぱちぱちと拍手した。

「心配ご無用ですお母様! こちらのグレープジェリークッキーは、ピーナッツを一切使っていません!」
「ほんと?」

 少年が顔をあげる。うるんだ瞳にはきらきらと、希望の光が揺れていた。

「ほんとだよ! しかも工場ではピーナッツ製品とは別のラインで作っているんだ!」
「まあ、だったら安心ね!」
「ええ、もちろんですお母様! さ、どうぞ」
「ありがとうございます」

 チャーリーはうやうやしく少年にクッキーサンドを贈り、次いで母親の手にもお菓子を乗せる。
 その瞬間、しっかり彼女の手を(着ぐるみ越しではあったが)握るのをランドールは見逃さなかった。

「ありがとう、狼さん!」

 少年はチャーリーに抱きつき、もふもふの毛皮に顔をうずめる。

「わあ、ふかふかふか……」
「ほんとう、ふかふかね!」

 母親もまた嬉しそうに頬を染め、チャーリーの頭を撫でた。着ぐるみ越しだったけど、とにかく撫でた。
 チャーリーはご満悦だ。

「ありがとう! ふかふかの着ぐるみはランドール紡績のハロウィン・コスチュームです! お菓子はデントン・ナッツをよろしく! ハロウィン限定パッケージのお徳用サイズもありますよ!」

     ※

 意気揚々と戻ってくるチャーリーに、ランドールはボトル入りの水を差し出した。

「お疲れさん」
「サンクス!」

 ぐびぐびと水分を補給する親友の肩を、ぽんっとランドールは叩いた。

「君の言う通りだ。試供品用のお菓子を二種類準備して正解だったな」
「だろ? 選べるって楽しいじゃないか。それに、これならピーナッツアレルギーの子も安心して食べられる」

 サンプルを配るのは、主力商品のピーナッツバター入りチョコバーだけで良いのでは無いか? 企画会議ではそんな意見も出された。しかし臆する事無く、チャールズ・デントンは強い意志で自らのアイディアを貫いた。
 配るサンプルは二種類。うち一種類はピーナッツを使用しない商品を。でなければ意味がない、と。

「自分だけもらえないってのは寂しいからね。小麦アレルギーの子のためにノングルテンのクッキーも開発中なんだぜ!」

 ぱちっとウィンクする親友の額に浮かぶ汗は、とても眩しい。
 自分も子供の頃は体が弱かった。他の子が嬉しそうに食べている物を、自分だけ食べられない寂しさはよくわかる。

「それは素晴らしい試みだね、チャーリー」
「少しでも多くの子供に食べる楽しみを! 笑顔を届けたい! それが僕の願いさ!」

 さすがデントン・ナッツの次期社長、崇高な心がけだと言いたい所だが。
 二人は大学時代からの親友だ。互いの腹の内側も外側も通じ合っている。

「なあチャーリー。ひょっとして君、今……保母さんと付き合ってるんじゃないか?」
「何でわかった?」

 チャーリーは目をぱちくりしてのけ反った。別に芝居用のオーバーアクションじゃない。いつも通りのリアクションだ。

「すごいなカル、君はエスパーか!」
「チャールズ……君のそう言う所が好きだよ」

 そう言ってカルヴィン・ランドール・Jrは懐からハンカチを取り出し、親友の汗を拭うのだった。
 
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【5-6-5】カウボーイディフと…

2012/10/30 23:29 五話十海
 
 10月31日、火曜日の朝。いつものように二人で朝食を食べて、いつものように食器を洗い、いつものように学校に行く仕度をする。ガブリエル寮の四階の角の部屋では、滞りなくいつもの日課が進行していた。
 ……かに見えたが。

「?」

 レオンハルト・ローゼンベルクは首を傾げた。ルームメイトのディフォレスト・マクラウドがさっきからしきりと鏡をのぞき込んで何やらごそごそしている。
 普段はほとんど身なりに気を使わない彼が、いったいどうした風の吹き回しか。雨でも降るんだろうか?

「何をしてるんだ、マクラウド?」
「ん? ほら今日はハロウィンだろ?」

 くるっと振り向き、こちらを見て胸を張っている。
 青いチェックのネルのシャツにジーンズ、これはわかる。いつもの通りだ。大きな星を打ち出した銀色の大きめのバックルもいつも通り。
 だが、何故か今日は襟元に赤いバンダナを巻いて、革のベストを着ている。
 さらにくりんくりんの赤毛頭の上には、生成りのテンガロンハット……いつも壁にかかってたやつだ……を被り、胸元には銀色のバッジが光っていた。
 銀の輪に囲まれた星の形。西部劇の保安官バッジに似ているが、あれよりもっと古びている。ただの仮装用小道具じゃなさそうだ。

「どうだ、何に見える?」

 無視しようかと思ったが、妙に得意げな顔でじーっとこっちを見てる。熱気がむんむん伝わってきて暑苦しい。
(これは、答えるまでまといつかれるな)
 うっとおしい。さっさと追い払ってしまおう。仕方なく答える。

「……カウボーイ、かな」
「当たり!」

 うれしそうにウィンクして親指なんか立てている。やれやれと安心する暇もなくこんなことを聞いて来た。

「レオンは何の仮装するんだ?」
「しない」
「へ? どうして。学校公認行事なんだろ?」
「仮装することが、単に学校に認められているだけだ。義務じゃない」
「そうなのか」
「ああ。それじゃ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」

 がっかりしているルームメイトの顔から目をそらすと、レオンは足早に部屋を出た。
 挨拶をするなんて二週間前までは考えられなかった事だったが、この時点では彼は自分の変化にまだ気付いていなかった。
 そう、この時は、まだ。
 
     ※
 
「ふへーっ」

 レオンを見送ってから、ディフは深々とため息をついた。

(てっきりレオンも仮装すると思ったんだけどなあ)

 膨らんでいた気持ちが、ぷしゅーっと潰れる。さながらヨークシャープディングみたいにぺしゃんこに。と同時に不安になってきた。

(盛り上がってるのは俺一人だったら?)
(他のみんなは冷静だったりしたらどうしよう!)

 内心、どきどきしながら廊下に出たが。その瞬間、分かってしまった。心配するだけ無駄だったって。
 ぼろぼろの服を着て顔を青緑にぬりたくったゾンビが居る。
 黒のスーツにマントを羽織った吸血鬼が目の前を通りすぎる。ゴムのマスクを被ったフランケンシュタインの怪物、ぺったんぺったんと水かきのついた足で歩いて行くアマゾンの半漁人、目と口を描いたシーツを被ったオーソドックスなゴーストは5人ほど。
 カウボーイと海賊に至ってはいちいち数えていられない。
 ガッションガッションとやかましい音を立てて歩いてるのは、トランスフォーマーかガンダムか。それともロボコップ?
 移動距離が短いからってんで、ここぞとばかりに動きづらいコスチュームを着込んでいるようだ。

「おはよーう」
「やべ、課題忘れてた」
「おはよう」

 いつもと違う格好をして、いつもと同じように行動しているせいで、強烈な違和感が漂っていた。

「やあマクラウド!」
「マイク先輩!」

 一見いつも通りの人がいた、と思ったのも束の間、ぎょっとなった。

「どうしたんですかその頭は!」

 マイク寮長の頭には、見事にざっくりと斧が刺さっていた。しかもご丁寧に額に血糊までついている。

「ああ、これね。こうなってるんだ」

 すぽっと外すと斧は頭の形に窪んでいて、ヘッドバンドで固定する仕掛けになっていた。

「派手ですね」
「うん、三年生は今回がラストだからね。悔いがないように騒ぐんだ」
「なるほどー」
「一年生は今年が始めてだからはしゃぐし、二年生は二回目で慣れて来たからやっぱり騒ぐ」
「……つまり三年間騒ぐってことですね」
「だってハロウィンだよ?」

 ちょっと安心した。寮を出て、校舎に向う。途中で自宅通学の生徒たちと行き合ったが、やはりほぼ全員、仮装していた。
 一見普通の格好でも、角や耳のついたカチューシャを着けたり、しっぽを生やしていたりする。中には、ジャック・オ・ランタンを被っている強者もいる。ダースベイダーとジェダイの騎士が並んで歩いてる。パワーレンジャーに至っては5チームぐらい余裕でできそうな人数だ。
 あの格好で外を歩いてきたのか。バスに乗ってきたのか!
 ある意味、通学組の方が、すごい。

(何でレオンは、仮装しないのかな)

 ついつい考えてしまう。レオンなら何が似合うかなって。

(やっぱりタキシードだな。それも白だ。黒じゃなくて白!)

 白いタキシードのレオン。あいつ、意外にぶきっちょだから蝶ネクタイを結ぶのに苦労するかもしれない。
 だったら俺が結んでやろうかな。スコットランド式の盛装で、蝶ネクタイを結ぶのは慣れているから……。
 想像してると何だか心臓がばくばく言い出した。顔が、妙に火照る。

(何考えてんだ、俺)

 ぶるっと頭を揺すって悩ましい想像を払いのけると、ディフは顔をあげ、のっしのっしと歩き出した。さながら西部劇のガンマンのように。
 
     ※
 
 所変わってこちらは教室。続々と登校してくるクラスメートは一人残らず仮装している。教室内の飾り付けは、昨日から今日にかけてわずか一日の間にどっと増えていた。
 皆家から何かしら持ち寄って取り付けるからだ。特に多いのはやはりカボチャのランタン。プラスチック製のやつから発泡スチロールに色を塗ったもの、カボチャをくりぬいた本物まで。
 ずらりと並んだジャックども。一つ一つ微妙に表情が違っていて面白い。

「すっごーい」

 魔女姿のヨーコは目を丸くして全てを見ていた。何一つ、見逃したくなかった。

「でしょ? でしょ?」

 緑のチュニックにバックルと羽飾りのついたとんがり帽子。妖精レプラコーンに扮したカレンが得意げに胸を張る。

「でも毎年一人はいるんだよねー。ネタ切れして、学校のトイレからトイレットペーパーくすねてぐるぐる巻きにしてミイラーってやる男子」
「まっさかー」

 メイド姿のジャニスがころころ笑いながら首を振った。

「高校でさすがにそれはないっしょ」

 正にその瞬間。教室に入って来た男子がいた。腕に、足に、顔に、ぐるぐるとトイレットペーパーを巻き付けたヒウェルがさっそうと。

「ハッピーハロウィーン! ミイラ男だぞー」
「うわ、居た」
「居たね……」
 
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【5-6-6】猫耳ヒウェル

2012/10/30 23:30 五話十海
 
 しーんっと静まり返った教室に、合唱で鍛えられたボーイソプラノが響き渡る。

「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」

 カボチャの形をしたバケツを差し出すヒウェルにてこてことカレンが近づき、ぺちっと後ろ頭を張り倒す。

「小学生か、あんたは!」
「いてっ」
「手ー抜きすぎ!」
「手抜きじゃないぞ! 俺は、ジャーナリストとして今日のイベントを記録する使命がある! 仮装に回すエネルギーが惜しいのだ」
「それ、たった今考えた理由でしょ」
「ふふーん、言ってろ言ってろ」

 その間にヨーコはすすーっと足音も立てずに移動していた。はっとヒウェルが気付いた時は既に至近距離に魔女の顔があった。

「な、何だよ」

 じーっと見て一言。

「衣装、持ってきてるんでしょ?」
「っ、な、何でわかった!?」

 ヒウェルの口元が引きつった。
 彼女の言葉は、正しい。本当は、養母ウェンディがちゃんと衣装を一そろい持たせてくれた。けれど恥ずかしくて、着られなかったのだ。
 にこりともせずヨーコが答える。

「視ればわかるよ。視ればね」

 眼鏡の向うに光る瞳は深い褐色。ひたとこちらを見据えていささかの揺らぎもなく、心の奥底まですうっと見透かされそうだ。

(これは仮装なんかじゃない)

 たらりとヒウェルの背筋を冷たい汗が伝い落ちる。同時に彼はこの瞬間、はっきりと確信した。この間のアレは見間違いじゃなかったんだ、と。

(やっぱりこいつ、魔女なんだ……)

「持ってるなら着なさい」
「そーよ、着なさい!」

 はたと我に返ると、女子に包囲されていた。皆してじとーっと睨んでる。どうにもこう、旗色が悪い。

「わーったよ、着ればいいんだろ、着ればっ」

 渋々とヒウェルはトイレットペーパーを外し、改めてリュックからひざ上丈のブーツを取り出して履いた。さらに、黒い猫の耳のついたカチューシャを着けて、手には肉球つきのグローブをはめ、仕上げにしっぽを着ければ……

「これでよろしいでしょうか」
「長靴を履いた猫だ」
「何それ似合う」
「うわームカつくほどに似合うわ」

 実際、黒猫の衣装はヒウェルの愛らしい顔立ちを引き立て、よく似合っていた。
 しみじみ見つめる魔女ヨーコ。不吉なものを感じてヒウェルはたじっと一歩後ずさり。
 にまあっとヨーコが笑った。にこっ、ではない。あくまで、にまぁっと。

「……花の命は短いんだよね、ジャニス」
「そーね、満喫しないとね」
「な、な、何なの君ら」
「カレン、メイク道具貸して」
「どーぞ」
「ちょっ、ちょっとまっ、わーっ!」

 パフが踊り、チークが弾み、アイペンシルが走り、口紅が舞う。

「はい、できあがりっ!」

 実に手際よく、ヒウェルの顔には化粧が施されていた。
 差し出された手鏡に映るのはそれこそ少女と見紛う愛らしい姿。

「まあ、これが私………とか言う訳ゃねーだろっ」

 真っ赤になって怒る姿がまた妙に可愛らしい。

「悔しいけど、ヒウェルってば化粧映えするなあ」
「素地がいいのよねー」
「中味がひねくれてるけどねー」
「君ら……自分でやっといてそりゃねえだろっ」
「写真とろ、写真! ヒウェル、カメラ貸して」
「屈辱だーっ!」

 ぱしゃり、ぱしゃりとやってる所に、ぬぼっとカウボーイが入ってきた。

「おはよう」
「おはよーマックス」
「よ、ヒウェル。何、お前化粧してるの?」
「さ、れ、た、ん、だ!」

 じとーっとヒウェルは目を半開きにしてディフを睨め付ける。
 ブルーのチェックのネルシャツに、ジーンズ。いつもの格好に革ベストとテンガロンハットをプラスしただけ。一応、小道具として投げ縄も持っているが、ほとんど普段通りの服装だ。

「カウボーイか」
「うん、カウボーイだ」

 さすがテキサスっ子、似合ってる。似合ってはいるが。

「これは手抜きじゃないのか! 納得行かねぇっ」
「…………マックス」
「よう、ヨーコ! 魔女か! 可愛いな!」
「サンクス」

 ヨーコはじいっとディフを見上げ、手を伸ばし、軽く触れた。革ベストの左胸に輝く銀のバッジに。

「これ、どうしたの?」
「……二代目のテキサスレンジャーのバッジ。ひいじいちゃんからもらったアンティーク」

 途端に教室の中がどよめいた。

「うお、すげえ本物だ!」
「本物だね」
「手抜きじゃないね」

 黒猫ヒウェルはがっくりと肩を落とし、敗北を認めるしかなかった。

「……恐れ入りました」

(ハロウィンGO!GO!/了)

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