▼ 【5-6-5】カウボーイディフと…
10月31日、火曜日の朝。いつものように二人で朝食を食べて、いつものように食器を洗い、いつものように学校に行く仕度をする。ガブリエル寮の四階の角の部屋では、滞りなくいつもの日課が進行していた。
……かに見えたが。
「?」
レオンハルト・ローゼンベルクは首を傾げた。ルームメイトのディフォレスト・マクラウドがさっきからしきりと鏡をのぞき込んで何やらごそごそしている。
普段はほとんど身なりに気を使わない彼が、いったいどうした風の吹き回しか。雨でも降るんだろうか?
「何をしてるんだ、マクラウド?」
「ん? ほら今日はハロウィンだろ?」
くるっと振り向き、こちらを見て胸を張っている。
青いチェックのネルのシャツにジーンズ、これはわかる。いつもの通りだ。大きな星を打ち出した銀色の大きめのバックルもいつも通り。
だが、何故か今日は襟元に赤いバンダナを巻いて、革のベストを着ている。
さらにくりんくりんの赤毛頭の上には、生成りのテンガロンハット……いつも壁にかかってたやつだ……を被り、胸元には銀色のバッジが光っていた。
銀の輪に囲まれた星の形。西部劇の保安官バッジに似ているが、あれよりもっと古びている。ただの仮装用小道具じゃなさそうだ。
「どうだ、何に見える?」
無視しようかと思ったが、妙に得意げな顔でじーっとこっちを見てる。熱気がむんむん伝わってきて暑苦しい。
(これは、答えるまでまといつかれるな)
うっとおしい。さっさと追い払ってしまおう。仕方なく答える。
「……カウボーイ、かな」
「当たり!」
うれしそうにウィンクして親指なんか立てている。やれやれと安心する暇もなくこんなことを聞いて来た。
「レオンは何の仮装するんだ?」
「しない」
「へ? どうして。学校公認行事なんだろ?」
「仮装することが、単に学校に認められているだけだ。義務じゃない」
「そうなのか」
「ああ。それじゃ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
がっかりしているルームメイトの顔から目をそらすと、レオンは足早に部屋を出た。
挨拶をするなんて二週間前までは考えられなかった事だったが、この時点では彼は自分の変化にまだ気付いていなかった。
そう、この時は、まだ。
※
「ふへーっ」
レオンを見送ってから、ディフは深々とため息をついた。
(てっきりレオンも仮装すると思ったんだけどなあ)
膨らんでいた気持ちが、ぷしゅーっと潰れる。さながらヨークシャープディングみたいにぺしゃんこに。と同時に不安になってきた。
(盛り上がってるのは俺一人だったら?)
(他のみんなは冷静だったりしたらどうしよう!)
内心、どきどきしながら廊下に出たが。その瞬間、分かってしまった。心配するだけ無駄だったって。
ぼろぼろの服を着て顔を青緑にぬりたくったゾンビが居る。
黒のスーツにマントを羽織った吸血鬼が目の前を通りすぎる。ゴムのマスクを被ったフランケンシュタインの怪物、ぺったんぺったんと水かきのついた足で歩いて行くアマゾンの半漁人、目と口を描いたシーツを被ったオーソドックスなゴーストは5人ほど。
カウボーイと海賊に至ってはいちいち数えていられない。
ガッションガッションとやかましい音を立てて歩いてるのは、トランスフォーマーかガンダムか。それともロボコップ?
移動距離が短いからってんで、ここぞとばかりに動きづらいコスチュームを着込んでいるようだ。
「おはよーう」
「やべ、課題忘れてた」
「おはよう」
いつもと違う格好をして、いつもと同じように行動しているせいで、強烈な違和感が漂っていた。
「やあマクラウド!」
「マイク先輩!」
一見いつも通りの人がいた、と思ったのも束の間、ぎょっとなった。
「どうしたんですかその頭は!」
マイク寮長の頭には、見事にざっくりと斧が刺さっていた。しかもご丁寧に額に血糊までついている。
「ああ、これね。こうなってるんだ」
すぽっと外すと斧は頭の形に窪んでいて、ヘッドバンドで固定する仕掛けになっていた。
「派手ですね」
「うん、三年生は今回がラストだからね。悔いがないように騒ぐんだ」
「なるほどー」
「一年生は今年が始めてだからはしゃぐし、二年生は二回目で慣れて来たからやっぱり騒ぐ」
「……つまり三年間騒ぐってことですね」
「だってハロウィンだよ?」
ちょっと安心した。寮を出て、校舎に向う。途中で自宅通学の生徒たちと行き合ったが、やはりほぼ全員、仮装していた。
一見普通の格好でも、角や耳のついたカチューシャを着けたり、しっぽを生やしていたりする。中には、ジャック・オ・ランタンを被っている強者もいる。ダースベイダーとジェダイの騎士が並んで歩いてる。パワーレンジャーに至っては5チームぐらい余裕でできそうな人数だ。
あの格好で外を歩いてきたのか。バスに乗ってきたのか!
ある意味、通学組の方が、すごい。
(何でレオンは、仮装しないのかな)
ついつい考えてしまう。レオンなら何が似合うかなって。
(やっぱりタキシードだな。それも白だ。黒じゃなくて白!)
白いタキシードのレオン。あいつ、意外にぶきっちょだから蝶ネクタイを結ぶのに苦労するかもしれない。
だったら俺が結んでやろうかな。スコットランド式の盛装で、蝶ネクタイを結ぶのは慣れているから……。
想像してると何だか心臓がばくばく言い出した。顔が、妙に火照る。
(何考えてんだ、俺)
ぶるっと頭を揺すって悩ましい想像を払いのけると、ディフは顔をあげ、のっしのっしと歩き出した。さながら西部劇のガンマンのように。
※
所変わってこちらは教室。続々と登校してくるクラスメートは一人残らず仮装している。教室内の飾り付けは、昨日から今日にかけてわずか一日の間にどっと増えていた。
皆家から何かしら持ち寄って取り付けるからだ。特に多いのはやはりカボチャのランタン。プラスチック製のやつから発泡スチロールに色を塗ったもの、カボチャをくりぬいた本物まで。
ずらりと並んだジャックども。一つ一つ微妙に表情が違っていて面白い。
「すっごーい」
魔女姿のヨーコは目を丸くして全てを見ていた。何一つ、見逃したくなかった。
「でしょ? でしょ?」
緑のチュニックにバックルと羽飾りのついたとんがり帽子。妖精レプラコーンに扮したカレンが得意げに胸を張る。
「でも毎年一人はいるんだよねー。ネタ切れして、学校のトイレからトイレットペーパーくすねてぐるぐる巻きにしてミイラーってやる男子」
「まっさかー」
メイド姿のジャニスがころころ笑いながら首を振った。
「高校でさすがにそれはないっしょ」
正にその瞬間。教室に入って来た男子がいた。腕に、足に、顔に、ぐるぐるとトイレットペーパーを巻き付けたヒウェルがさっそうと。
「ハッピーハロウィーン! ミイラ男だぞー」
「うわ、居た」
「居たね……」
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