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ローゼンベルク家の食卓

【5-6-6】猫耳ヒウェル

2012/10/30 23:30 五話十海
 
 しーんっと静まり返った教室に、合唱で鍛えられたボーイソプラノが響き渡る。

「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」

 カボチャの形をしたバケツを差し出すヒウェルにてこてことカレンが近づき、ぺちっと後ろ頭を張り倒す。

「小学生か、あんたは!」
「いてっ」
「手ー抜きすぎ!」
「手抜きじゃないぞ! 俺は、ジャーナリストとして今日のイベントを記録する使命がある! 仮装に回すエネルギーが惜しいのだ」
「それ、たった今考えた理由でしょ」
「ふふーん、言ってろ言ってろ」

 その間にヨーコはすすーっと足音も立てずに移動していた。はっとヒウェルが気付いた時は既に至近距離に魔女の顔があった。

「な、何だよ」

 じーっと見て一言。

「衣装、持ってきてるんでしょ?」
「っ、な、何でわかった!?」

 ヒウェルの口元が引きつった。
 彼女の言葉は、正しい。本当は、養母ウェンディがちゃんと衣装を一そろい持たせてくれた。けれど恥ずかしくて、着られなかったのだ。
 にこりともせずヨーコが答える。

「視ればわかるよ。視ればね」

 眼鏡の向うに光る瞳は深い褐色。ひたとこちらを見据えていささかの揺らぎもなく、心の奥底まですうっと見透かされそうだ。

(これは仮装なんかじゃない)

 たらりとヒウェルの背筋を冷たい汗が伝い落ちる。同時に彼はこの瞬間、はっきりと確信した。この間のアレは見間違いじゃなかったんだ、と。

(やっぱりこいつ、魔女なんだ……)

「持ってるなら着なさい」
「そーよ、着なさい!」

 はたと我に返ると、女子に包囲されていた。皆してじとーっと睨んでる。どうにもこう、旗色が悪い。

「わーったよ、着ればいいんだろ、着ればっ」

 渋々とヒウェルはトイレットペーパーを外し、改めてリュックからひざ上丈のブーツを取り出して履いた。さらに、黒い猫の耳のついたカチューシャを着けて、手には肉球つきのグローブをはめ、仕上げにしっぽを着ければ……

「これでよろしいでしょうか」
「長靴を履いた猫だ」
「何それ似合う」
「うわームカつくほどに似合うわ」

 実際、黒猫の衣装はヒウェルの愛らしい顔立ちを引き立て、よく似合っていた。
 しみじみ見つめる魔女ヨーコ。不吉なものを感じてヒウェルはたじっと一歩後ずさり。
 にまあっとヨーコが笑った。にこっ、ではない。あくまで、にまぁっと。

「……花の命は短いんだよね、ジャニス」
「そーね、満喫しないとね」
「な、な、何なの君ら」
「カレン、メイク道具貸して」
「どーぞ」
「ちょっ、ちょっとまっ、わーっ!」

 パフが踊り、チークが弾み、アイペンシルが走り、口紅が舞う。

「はい、できあがりっ!」

 実に手際よく、ヒウェルの顔には化粧が施されていた。
 差し出された手鏡に映るのはそれこそ少女と見紛う愛らしい姿。

「まあ、これが私………とか言う訳ゃねーだろっ」

 真っ赤になって怒る姿がまた妙に可愛らしい。

「悔しいけど、ヒウェルってば化粧映えするなあ」
「素地がいいのよねー」
「中味がひねくれてるけどねー」
「君ら……自分でやっといてそりゃねえだろっ」
「写真とろ、写真! ヒウェル、カメラ貸して」
「屈辱だーっ!」

 ぱしゃり、ぱしゃりとやってる所に、ぬぼっとカウボーイが入ってきた。

「おはよう」
「おはよーマックス」
「よ、ヒウェル。何、お前化粧してるの?」
「さ、れ、た、ん、だ!」

 じとーっとヒウェルは目を半開きにしてディフを睨め付ける。
 ブルーのチェックのネルシャツに、ジーンズ。いつもの格好に革ベストとテンガロンハットをプラスしただけ。一応、小道具として投げ縄も持っているが、ほとんど普段通りの服装だ。

「カウボーイか」
「うん、カウボーイだ」

 さすがテキサスっ子、似合ってる。似合ってはいるが。

「これは手抜きじゃないのか! 納得行かねぇっ」
「…………マックス」
「よう、ヨーコ! 魔女か! 可愛いな!」
「サンクス」

 ヨーコはじいっとディフを見上げ、手を伸ばし、軽く触れた。革ベストの左胸に輝く銀のバッジに。

「これ、どうしたの?」
「……二代目のテキサスレンジャーのバッジ。ひいじいちゃんからもらったアンティーク」

 途端に教室の中がどよめいた。

「うお、すげえ本物だ!」
「本物だね」
「手抜きじゃないね」

 黒猫ヒウェルはがっくりと肩を落とし、敗北を認めるしかなかった。

「……恐れ入りました」

(ハロウィンGO!GO!/了)

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