▼ 【5-6-4】狼男チャールズ
「おおっ、ターゲットロックオン! 行ってくるぜカル!」
しっぽをなびかせ狼男がすっ飛んでくその先には、男の子の手を引く母親の姿があった。しかも、見事な黒髪だ。
(ああ)
ランドールは眉を寄せ、ふっとため息とも苦笑ともつかぬ息を吐いた。
チャールズ・デントンは黒髪の女性に目が無い。大学に入学し、初めて会った時も真っ先に言われたもんだ。
『やあ、僕はチャールズ。チャールズ・デントンだ。ところで君、お姉さんか妹はいる?』
一人っ子だと言うと露骨にがっかりしたものだが、家に招待して家族に紹介した途端、チャーリーは飛び上がって大はしゃぎ。
『君の母上は美人だね! 美しいね! きれいだね!』
相手がいくつであれ行動指針のブレない親友に、ランドールはある種の畏敬の念すら覚えていた。そして今、まさにこの瞬間。狼チャーリーは華麗なステップで親子に近づき、アイスダンサーもかくやと言う勢いでつま先立ちで一回転。
しゅたっと跪き、少年の目の前に手提げジャック・ランタンを掲げ持った。
「ハッピーハロウィーン! デントン・ナッツのお菓子をどうぞ!」
黒髪の母親は突然、現われた狼男に目を丸くしてびっくり。
一方で男の子はジャックランタンの中に山盛りになったお菓子に大喜び。
「ママ! 狼さんがお菓子くれるって! もらっていい?」
「あら……」
デントンナッツのロゴを見て、母親は表情をくもらせる。
「ごめんなさい、うちの子、ピーナッツアレルギーなの。せっかくだけど」
男の子がくしゃっと顔を歪め、がっくりと肩を落とす。すかさずチャーリーは相棒を振り返り、アイコンタクト。
ランドールは素早く自分のバケツからクッキーを二つ取り出し、投げた。
狙いたがわず。速度も角度も絶妙のタイミングだった。チャーリーはぱしっぱしっと器用に着ぐるみの手でキャッチ。
その動きに思わず男の子と母親は目を丸くして、次いでぱちぱちと拍手した。
「心配ご無用ですお母様! こちらのグレープジェリークッキーは、ピーナッツを一切使っていません!」
「ほんと?」
少年が顔をあげる。うるんだ瞳にはきらきらと、希望の光が揺れていた。
「ほんとだよ! しかも工場ではピーナッツ製品とは別のラインで作っているんだ!」
「まあ、だったら安心ね!」
「ええ、もちろんですお母様! さ、どうぞ」
「ありがとうございます」
チャーリーはうやうやしく少年にクッキーサンドを贈り、次いで母親の手にもお菓子を乗せる。
その瞬間、しっかり彼女の手を(着ぐるみ越しではあったが)握るのをランドールは見逃さなかった。
「ありがとう、狼さん!」
少年はチャーリーに抱きつき、もふもふの毛皮に顔をうずめる。
「わあ、ふかふかふか……」
「ほんとう、ふかふかね!」
母親もまた嬉しそうに頬を染め、チャーリーの頭を撫でた。着ぐるみ越しだったけど、とにかく撫でた。
チャーリーはご満悦だ。
「ありがとう! ふかふかの着ぐるみはランドール紡績のハロウィン・コスチュームです! お菓子はデントン・ナッツをよろしく! ハロウィン限定パッケージのお徳用サイズもありますよ!」
※
意気揚々と戻ってくるチャーリーに、ランドールはボトル入りの水を差し出した。
「お疲れさん」
「サンクス!」
ぐびぐびと水分を補給する親友の肩を、ぽんっとランドールは叩いた。
「君の言う通りだ。試供品用のお菓子を二種類準備して正解だったな」
「だろ? 選べるって楽しいじゃないか。それに、これならピーナッツアレルギーの子も安心して食べられる」
サンプルを配るのは、主力商品のピーナッツバター入りチョコバーだけで良いのでは無いか? 企画会議ではそんな意見も出された。しかし臆する事無く、チャールズ・デントンは強い意志で自らのアイディアを貫いた。
配るサンプルは二種類。うち一種類はピーナッツを使用しない商品を。でなければ意味がない、と。
「自分だけもらえないってのは寂しいからね。小麦アレルギーの子のためにノングルテンのクッキーも開発中なんだぜ!」
ぱちっとウィンクする親友の額に浮かぶ汗は、とても眩しい。
自分も子供の頃は体が弱かった。他の子が嬉しそうに食べている物を、自分だけ食べられない寂しさはよくわかる。
「それは素晴らしい試みだね、チャーリー」
「少しでも多くの子供に食べる楽しみを! 笑顔を届けたい! それが僕の願いさ!」
さすがデントン・ナッツの次期社長、崇高な心がけだと言いたい所だが。
二人は大学時代からの親友だ。互いの腹の内側も外側も通じ合っている。
「なあチャーリー。ひょっとして君、今……保母さんと付き合ってるんじゃないか?」
「何でわかった?」
チャーリーは目をぱちくりしてのけ反った。別に芝居用のオーバーアクションじゃない。いつも通りのリアクションだ。
「すごいなカル、君はエスパーか!」
「チャールズ……君のそう言う所が好きだよ」
そう言ってカルヴィン・ランドール・Jrは懐からハンカチを取り出し、親友の汗を拭うのだった。
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