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ローゼンベルク家の食卓

【5-6-3】吸血鬼ランドール

2012/10/30 23:26 五話十海
 
「ハッピーハロウィーン!」

 サンフランシスコ市内のとあるスーパーマーケット。ハロウィンセールたけなわの店内で、ひときわ目を引く二人組が居た。
 二人とも抜きんでて背が高く、しっかりした体つきの若い男。
 片方は黒髪に青い瞳、物腰柔らかで礼儀正しい紳士。片方はブルネットに緑の瞳の快活で陽気なノリノリ男。タイプは違うがそろってハンサムと来れば、行き交う女性も、場合によっては男性も目が惹き付けられようと言うものだ。
 増して、ハロウィンが待ちきれないのか、早々に凝った仮装をしていれば尚更の事。

 黒髪の紳士はクラシカルな仕立ての黒のスーツにそろいのマント、裏地は目の覚めるような赤、口元からはちらりと牙がのぞく。
 片やブルネットのハンサムガイは全身もこもこの狼の着ぐるみ姿。
 顎の下に細かいネット状の布が張られた顔を出す窓が開いていて、さらに狼の口がぱくぱく開閉し、耳や目まで動く優れもの。
 どちらの衣装も気楽に着られて動きやすく、そのまま仮装パーティーに行っても充分楽しめる作りになっている。

 で、このドラキュラと狼男の二人組が何をしているのかと言えば、手に下げたジャック・ランタン型のバケツに山盛りに入ったお菓子を配っているのだった。
 肩にかけたタスキには、でかでかとこんな文字が印刷されていた。

『ハロウィンのお菓子はデントン・ナッツで。コスチュームはランドール紡績で!』

 カボチャバケツの中味はデントン・ナッツの試供品。身に着けている衣装はランドール紡績のコスチューム。
 カルヴィン・ランドールJrとチャールズ・デントンは、体を張って二社合同の販促活動の真っ最中なのだった。
 市内のスーパーやショッピングモールでは、両社から派遣された二人組がサンプルを配っている。もちろん、仮装して。
 この種の仕事はとかく体力勝負、若くて活きのいい社員にお鉢が回ってくるのがお約束。社長の御曹司と言えどもその例外ではない。
 いきなり経験の浅い息子を社長に据えるほど、どっちの父親も甘い人間じゃなかったのだ。

 決して楽な仕事ではない。しかしながら、ランドールもチャーリーも張り切っていた。何となれば今回の共同販促キャンペーンは二人でアイディアを出した企画だったからだ。

「ハッピー・ハロウィン、お嬢さん。デントン・ナッツのお菓子はいかがですか?」
「まあ、ありがとう吸血鬼さん」
「こちらはサンプルです。お気に召しましたら、そちらの商品をどうぞ」

 大声ではしゃぎながら飛び回る狼男に何ごとかと人が集まってくる。そこですかさず本場ルーマニアの血を引くイケメン吸血鬼が礼儀正しくサンプルを勧めれば、断る女性はまず、いなかった。

「あの……一緒に写真とっていただけますか?」
「どうぞ、喜んで」

 一方で狼男チャーリーもただの客寄せパンダ(狼だが)では終わらない。

「やあ、君たち! デントン・ナッツのピーナッツバターは好きかな!」

 遊園地の着ぐるみもかくや、と言わんばかりの派手なアクションで子供たちに近づき、話しかける。

「すき!」
「大好き!」

 毎日食べてるおなじみの商品名とロゴマークに、男の子も女の子も勢い良く頷く。

「ありがとう! じゃあ感謝をこめて、お菓子をプレゼントしちゃうぞ! ピーナッツバターのチョコバーとグレープジェリーのクッキーサンド、好きな方をどうぞ!」
「いやっほう!」
「さんきゅー狼さん!」

 ……完璧だ。
 子供らは目を輝かせて試供品を受け取り、ついでに狼にしがみついてもふもふの毛皮の感触にうっとりしている。

「はっはっは、どーいたしましてー。ハッピーハロウィーン! トリックオアオリート!」

 客足が途切れた所で、カルヴィン・ランドールはぼそりと親友に声をかけた。

「なあチャーリー。自分たちで企画しておいて何だが……これは逆なんじゃないか? ハロウィンのお菓子を配る方が仮装するなんて」

 チャーリーはくるっと片足を軸にして一回転。ジョン・トラボルタさながらにびしっとポーズを決める。

「いいじゃん、お祭りなんだからさ? お客さんも喜んでるし!」

(いや、一番楽しんでるのは君だろう)

 もふもふの着ぐるみは、とても手触りがいい。もこもこの着ぐるみ狼さんに対しては、本来女性が男性に抱く警戒心も自ずと薄れる。
 何のかのと言いつつ、チャーリーは小さな子供と同じくらい、女性客からも言われているのだ。

「さわっていいですか?」
「もちろん!」
「なでていいですか?」
「喜んで!」

 販促用の衣装を選ぶ時、チャーリーは爽やかに言ったものだ。

『僕は狼で行こうと思うんだ。カルは赤頭巾ちゃんと吸血鬼どっちがいい?』
『えらく限られた選択肢だねチャーリー』
『だって山羊と豚には人数が足りないだろ?』

 いっそ赤頭巾を選んでやろうかとも思ったが、社会人としての良識が歯止めをかけた。結果、こうなった、と。
 ぴょこぴょこ揺れる狼のしっぽを見守りながらランドールは思った。
 子供時代、ハロウィンにはあまり良い思い出が無い。特にジュニア・ハイ時代は最悪だ。だが同時にそれは少年カルヴィンの戦いと勝利の記憶でもある。
 とは言え、若干のしこりは残った。
 こんな風に自分から積極的にハロウィンに参加できるのも、この底抜けに陽気な相棒のお陰だ。

 今年の仮装パーティーもきっと、あの格好で行くのだろう。
 せめてタスキは外すよう、忠告すべきか。
 こめかみに手を当てて考え込んでいると……。

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