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ローゼンベルク家の食卓

風見&ロイ編

2009/02/03 19:10 番外十海
 明日はイブ。ユニオン・ストリートはいつになくごった返している。クリスマスの贈り物、あるいはパーティーのごちそう、装うための服やアクセサリーを買い求める人々が、ゆるやかな波となり、あるいは動く壁となり流れて行く。
 目的を定めて一目散に、あるいは道すがら目に入るものを楽しむようにしてゆったりと。

 大手デパートの壁面には一面、クリスマスのイルミネーションがきらめいていた。リボンの着いたベル、星、十字架、サンタクロースにトナカイ。おなじみのモチーフを点滅するライトが次々に描き出す。
 そして、広場には巨大なクリスマスツリーがそびえていた。木の先端は二階建ての家の屋根に届くのではなかろうか。ここまでのサイズには日本ではなかなかお目にかかれない。

 ロイ・アーバンシュタインは雑踏の中に立ち、背筋を伸ばした。
 本来なら座禅を組みたいところだがさすがにそれは目立つ。目を閉じて、精神をとぎすまし……普段は眠らせているもう一つの感覚を呼び覚ます。

 探すのは子どもの声。
 不安に震え、泣いている声。

 周囲を行き交う人や物の発する音、クリスマスのBGM、車のエンジン音、クラクション、ケーブルカーの音。耳に入る音が、分厚い壁を一枚通したように鋭さを失い、拡散する。
 本当は急ぎたい。だが焦りは心を曇らせる。海原に釣り糸を流すようにゆるりと感覚の波を広げた。

 風見はすぐ隣に立ち、油断なく辺りに目を配り耳をすませる。空は厚い雲に閉ざされている。いつ、また魔女が襲ってくるかわからない。
 視界の中にちらりと走る赤い色に身を堅くする。

「ホーッホッホッホ、メリー・クリスマス!」

 ……なんだ、サンタクロースか。考えてみれば今、この界隈に流れているクリスマスソングのうちほとんどはもともと賛美歌だ。クリスマスの飾り付けのモチーフで十字架もたくさんかかっている。ビビの苦手とするものが今、町の中にあふれているのだ。

 どれほどの効果があるのかわからないけれど。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 090128_1220~01.JPG ※月梨さん画「探索者2人」
 
 
 2人は互いの能力を合わせていなくなった3人の子どもたちを探していた。
 風見がまず、ダウジングで大まかな位置を割り出す。魔女の妨害のせいで詳しい場所はわからないが、それでもおよその検討はつく。
 後はロイが頼りだ。少しずつ探査を繰り返しながら移動して行く。

 移動にはレンタルサイクル(アメリカではレンタルバイクと言う呼び方が一般的だった)を使った。フィッシャーマンズ・ワーフの近くで自転車を一台ずつ。レンタル料は24時間で28ドル。
 ほとんどの利用客がゴールデンゲートブリッジを目指す中、2人は市内に向かった。

 途中で日本の蒼太からメールが送られてきた。呪いの解除法をリストにしてくれたのだ。自転車を止め、2人で風見の携帯をのぞきこむ。
 寄せ合う顔の近さにロイの心臓は否が応でも高鳴ったが……多大な努力を払って意識をメールに向けた。

 解除法候補、その一。『熱い鉄に触れる』

「……火傷しちゃうよ」

 その二、『鉄のナイフで指先から血を流させる』

「小太刀でもいいのかな」
「これも痛そうだネ」

 その三、『海の水を浴びる』

「この季節はつらいだろうな……」
「でも海辺の町でよかったよ。内陸部だったらと思うト」

 その四、『月の光を浴びる』

「これは、夜になれば試せるね」
「偶然浴びることもありそうだネ。でも……」

 夜は魔女の活動時間でもある。呪いが解けるのと、魔女が襲って来るの、どちらが早いだろう?

 その五、『王子様のキス』

「アメリカのどこに王子がいると……」
「いきなりハードル高くなったなあ」
「どこかの王子様が留学してたりしないカナ。カリフォルニア大学あたりに」

 以下、『教会の祭壇に触れる』『トネリコの樹液を額に塗る』『四葉のクローバーに触れる』。
 一通りの条件の後、末尾に備考が添えられていた。

『複合条件も有り。とにかくできそうなものを片っ端から試してみろ』

「一気に条件が増えたネ」
「……がんばろう」

 何はなくとも本人を見つけ出さないことには始まらない。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「……あ」

 ぴくっとロイが顔を上げ、耳をすました。

「どうした、ロイ」
「ちっちゃな子が……泣いてる」
「よし、行ってみよう」
「こっちだヨ」

 駐輪所に自転車を止め、ショッピングセンターの中に入った。

「ママーッ!」

 確かに子どもが泣いていた。ショッピングセンターの雑踏の中で途方に暮れて。褐色の肌にくりくりにカールした黒い髪の女の子。

 また、別の子だった。これで何人目だろう?

 なだめすかして店のサービスカウンターに連れて行き、迎えに来たその子の両親にはとてもとても感謝された。
 しっかりと父親の腕に抱かれて帰って行く道すがら、女の子はまだ赤い目でこっちを振り返り、ほてほてと手を振った。
 ほっとして笑みを返して手を振った。

 探し人ではなかったけれど、無駄ではなかった。
 
「なあ……ロイ」
「何だい、コウイチ?」
「サクヤさんが今、泣いてるとしたら、『よーこちゃん』だよ、な」
「そうだネ」
「ランドールさんなら、『ママ』……あ、でも今は『くぅ〜ん』、か」
「子狼だからネ」
「でも、ヨーコ先生は…………だれを呼ぶんだろう」
「あ………」

 ちょっと、想像がつかない。あの人はチームの中で最も戦歴の長いハンターで、ちっちゃくなってさえ『お姉ちゃん』だった。
 
 09128_238_Ed.JPG ※月梨さん画「お姉ちゃんだから」
 
 一人になっても歯を食いしばって歩いてるんだろうか……。

「コウイチ」
「何だい、ロイ?」
「このまんまじゃボクら、シスコ中の迷子をお助けしてしまうヨ」
「あー、そうだね……」
「到底、日没までには間に合わない。だから……」

 ロイはポケットから携帯を取り出し、軽くゆすった。ストラップの先端で金色の鈴がちりん、と鳴った。

「ターゲットを『これ』に絞ろうと思うんだ」
「あ………あ……あーっ!」

 ぺちっと風見は己の額を叩いた。

「そうだ。そうだよ、何のために『夢守の鈴』を持たせたんだっ! うっかりしてたーっ」
「Calm down,落ち着いて、コウイチ!」

 頭を抱えておろおろする風見の背中をぱふぱふとロイが叩く。

「鈴を持たせてあったからこそ、ここまで捜査範囲が絞り込めたのかもしれないしっ」
「そ、そうかな」
「ソウダヨ! きっと! 次からは鈴を探す。さっきよりずっと精度が上がるはずだ。きっと見つかるよ」

 そうだ。まだ遅くはない。目標が定まったことで新たな気力がわいてくる。

「……行こう」
「うん」

 自転車にまたがり、ふたたび走り出す。上り坂はきつい。だが、ペダルにこめる力を緩めるつもりはなかった。

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