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ローゼンベルク家の食卓

ヨーコ編

2009/02/03 19:12 番外十海
 十字路には魔が潜むと言う。
 かつて偉大なギタリストが悪魔との契約と引き換えに比類なきギターの腕を得たとか何とかそんな伝説もあるくらいだ。
 
 クリスマスを二日後に控えた十二月の夕方、ストックトン通り(Stockton.St)の交差点で俺が出くわした『魔』はちっちゃな女の子の姿をしていた。
 しかもそいつは皮肉なことに俺が密かに『魔女』と呼んでる同級生と同じ名前だったんだ。
 こいつをただの偶然で片付けちまっていいものなんだろうか?

 その日、行き着けの古本屋で珍しい物を見つけた。見慣れない絵柄の表紙だったが描かれてるのはおなじみの奴だった。
 まるまる太ったグリフィン、名前はフィフニア、趣味は火を吹くこと、食べる事、そして昼寝……「オオブタクサの呪い」のペーパーバック、しかも日本語版。読めやしないがついコレクター魂がうずいてお買い上げした。
 看板猫と店主に挨拶して店を出る。

「よいクリスマスを」
「あなたも。マックスとレオンにもよろしくお伝えください。オーレとMr.セーブルにも」
「ああ、伝えとくよ」
「にゃ」

 その後、何ぞよきものはないかとシスコの町をぶらつき行き着けのリンゴ印のコンピューターストアにまで足をのばした。
 9月に発売されたばかりの色鮮やかなアルミ筐体の携帯音楽プレイヤーなんか物色してみたりして。

『あなたの親しい方に音楽を贈りませんか?』
『無料でお好きなメッセージやお名前を刻印します』

 薄いし平べったいし機能的、初期型の発売当初に比べりゃ価格もお手頃になってきた。あいつの好きそうな色もある。この際、売り手の販売戦略に乗ってみるのも一つの手か。
 あいつ音楽、聞くのかな。
 あれば聞くかもしれないな。
 そーいやオーディオブックも読めるんだっけ、これ……どうかな。それとも携帯ゲーム機のが向いてるか? 料理のレシピソフトも出ていたし。

 ……。
 この期に及んで俺はまだ、シエンにもいい顔しようとしてるのか。悩んだ挙げ句結局、手ぶらで店を出て、メトロの降り口から吐き出された人並みをやり過ごす。
 歩きで帰るか、それともケーブルカーにしようか、どーすっかなあ……。
 ぼんやりしながら胸ポケットから煙草を一本引き抜き、くわえて。ライターを取り出そうとしたそのときだ。

「こらっ」

 ぺちっと手の甲をひっぱたかれた。ちっぽけな手、力は大してこもっちゃいない。だが痛みがどうとか言うのよりまず叩かれたことそのものにビクっとした。

「何?」
「歩き煙草、いけない。ちっちゃい子が火傷したらどーすんの?」

 もしもし?
 思わず目が点になる。こいつぁ何の冗談だ。えらそうに言ってる当人がその『ちっちゃい子』なんですが。
 白いとっくりのセーターに水色のジャンパースカート、左胸に白い羊のアップリケ。赤い眼鏡に赤い靴、胸元でアルファベットのgみたいなqみたいな形のピンクのペンダントがゆれている。横についてる金色の鈴はどっかで見たようなことがある。
 つやのあるふわっとした黒髪に濃い茶色の瞳、象牙色の肌……東洋系か。年の頃は5つか6つ、えっらい気の強そうな女の子。
 口をへの字に結んできっとこっちをにらんでる。

「あー、その……お嬢ちゃん」
「しまいなさい。それとも水ぶっかけられたい?」

 やりかねん、この子なら。
 渋々ライターをしまいこんだ。

「えーっと……お家の方はどこかな? もしかして迷子?」
「迷子よ」
「そっか、じゃあポリスマンに」
「だめ」
「何で」
「聞きたい?」
「説明してほしいね」
「OK、それじゃあ」

 女の子はくいっとすぐそばのホットドックの屋台を指差した。

「………情報料ってことですね、はいはい……」

 ちゃっかりしてるぜ。

「Hey,Mr! ホットドッグ一つ、ケチャップとオニオンはたっぷりピクルスとマスタードはちょっぴりね。お願い!」
「OK、お嬢ちゃん。そっちの兄ちゃんは?」
「ヒウェル、何食べる?」
「んー、ああ、コーヒーだけでいいよ」
「コーヒーだって。クリームも砂糖もいれないブラックで死ぬほど濃いやつね」
「兄ちゃん体壊すぞ?」
「……お心遣いどーも……」

 苦笑いしつつ金を払い、コーヒーを受け取ってはたと気づく。
 何でこの子は知ってるんだ?
 俺の名前はおろかコーヒーの好みまで!

「いっただっきまーす」

 改めて足下を見下ろし、一心不乱にホットドックにかぶりついてるちび魔女を観察する。
 あむあむと山盛りのオニオンをこぼしもせず器用に口に入れて行く。このちっこい体のどこに入るのやら。

(あれ?)

 妙だな。何か、俺もこの子を知ってるような気がする……。

「……一口食べる?」
「いや、お気になさらず」

 ホットドックを残さず平らげると、女の子はペーパーナプキンで口をふいてまんぞくげにため息をついた。

「ふぅ……ごちそーさま」
「どーいたしまして。んで、君のご家族はどこにいるのかな。まさか日本ってこたぁないよな?」
「何で、ジャパニーズだってわかった?」
「イタダキマスっつったろ、食う前に」
「さすが。いいカンしてる」
「ありがとさん……で?」

 さりげなく質問の答えをうながしてみる。女の子はしぱしぱとまばたきしてからちょこんと首をかしげた。

「ねえ、マリーナへはどう行けばいいの?」
「そーだな、こっからだとパウエル-ハイド線でずーっと北上してフランシスコ通りでバスに乗り換えかな。そこに居るのか? 家族」
「うん」
「はぐれたのか」
「まあね」
「こっちは南だぞ?」
「ちょっとまちがえた」

 体のサイズの割にスケールがでかいっつーか、大雑把なお嬢さんだ。なーんか、そこはかとなーくだれかを思い出すなあ。

「名前は?」
「ヨーコ」

 ぞわわっと鳥肌が立った。額にじっとりいやぁな汗がにじみ出す。
 落ち着け、落ち着け、日本人にはよくある名前だ。ジョン・レノンのカミさんだってヨーコじゃないか。偶然だ。ただの偶然に決まってる!

「そ……そうか……じゃあヨーコ、ポリスマンに迷子になっちゃったから助けてってお願いしにゆこっか」
「ダメ」

 またかよ!

「何で?」
「わたしね、こう見えても繊細なの」

 どーだか。見ず知らずの男にホットドッグおごらせといてペロリと平らげたお子様が、どの面下げて繊細とかおっしゃいますか。ええ?

「お巡りさんの前に出たらむちゃくちゃ緊張しちゃって……何言おうとしてるのかわかんなくなっちゃうかもしれない」

 ちろりと斜めに俺の顔を見上げると、ヨーコはこの上もなくあどけない表情でにっこり笑った。

「よくわかんないけど、気がついたらこの人といっしょにあるいてましたー、とか……言っちゃうかもよ?」

 このっ、このガキは、イノセントな顔してさらっととんでもないこと口走りやがったよ!

「俺を犯罪者にする気かーっ!」
「た、と、え、ば、の話よ? できればそう言う不幸な結果は避けたいよね、ヒウェル?」

 ぞわわっと背筋に冷たいモノが走った。この女……やっぱり魔女だ。

「OK……君は俺にどうして欲しいんだ?」
「マリーナまでつれてって」
「わかった」
「できれば携帯も貸してほしいな」
「それは、ダメ」
「何で?」
「見ず知らずのお子様に、携帯いじらすほど俺は不用心な男じゃないんだよ……壊されたらコトだし、どこに電話されるかわかったもんじゃねーしな」
「むー」

 ふくれっつらでにらんで来た。どうする? 愛想つかして走ってくかそれとも大人しく条件を飲むか?

「OK」

 ……よし。

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