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ローゼンベルク家の食卓

カル編

2009/02/03 19:08 番外十海
 サクヤのアパートを出た後、テリーはぶらぶらと所在なげに近所をぶらついていた。

 久しぶりにちっちゃい子と遊ぶのは、大変だが楽しかった。しかし名前が同じだと顔や性格も似てくるのかな。それと、あの青い目のちび……こっちをにらんでたなあ。
 嫌われたわけじゃなさそうだが、何が気に食わなかったんだろう。

 さて、これからどうしたもんか。兄貴は恋人とクリスマスのデート、帰った所で今日は一人だ。
 帰る前に軽く何か食ってくか? ……だったら学校近くの店がいい。学生相手だから安くて量も多い。
 そんなことを考えながら歩いていると。

「きゃいんっ」
「ん?」

 犬だ。それも子犬の悲鳴。きょろきょろと見回すと、道ばたのゴミ捨て場に転がる段ボール箱の一つがもぞもぞ動いている。
 近づくと、にゅっと短い鼻面がつきだされた。
 やっぱり子犬だ。体毛は黒っぽい灰色、ピンとたった大きな耳、がっしり太い足に尻尾。シェパードかハスキー犬だろうか?

「くぅうん……」

 箱のふちに前足をかけて見上げてくる。濃いネイビーブルーの瞳いっぱいに嬉しさをにじませて。

「お前、迷子か? それとも捨て犬か?」

 膝をついてそっと下から手をさしのべる。顔を寄せてぺろぺろなめてきた。人懐っこいやつだ。用心しながら触れてみる。顎、背中、そして頭。
 ……よし、警戒しないな。
 首輪はないがネックレスを下げていた。長めのチェーンの先端に十字架と銀色の鈴、そして奇妙な形の青いアクセサリーと金色の鈴が下がっている。こっちの鈴は、何となく見覚えがあるな。どこで見たんだっけ。
 とにかく、こんなものを身につけてるってことは飼い犬らしい。注意深く全身を調べる。脇腹の毛が一カ所、チリチリにこげて堅くなっている。触れると「きゃん!」と鳴いてすくみあがった。

「おっと、ごめんよ。火傷かな」

 そっと抱き上げる。傷に触れないよう、細心の注意を払って。

「運がいいな。俺、獣医なんだ……まだ見習いだけどな」

 子犬は尻尾をふって顔をなめてきた。本当に人懐っこいやつだ。もし捨て犬だったら……飼い主は容赦しねえ。絶対に、シメる!

「待ってろ。すぐ手当してやるからな」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 クリスマス休暇中の大学は人も少なく、がらんとしている。
 幸い、拾った子犬の火傷は軽そうだ。これぐらいなら、動物病院まで行かなくても研究室で十分手当できそうだ。
 カギを開けて中に入る。

 片手に抱えたもこもこの体をそっと台の上に降ろした。

「じっとしてろよ。すぐすむからな?」

 むにっと唇をめくりあげると予想外に鋭い歯が現れた。頑丈な顎にがっつり根を張って、根元は太く、先端は尖っている。子犬のくせに何て立派な牙だ。まるで、犬と言うよりは……。
 はっと気づいて全身の骨格を確かめる。胸、頭の形、背骨、足。ついでに尻尾を持ち上げてお尻の穴をチェックしようとしたら……

「きゃうんっ!」
「あ、こら、暴れるな」

 いきなり後足で蹴ってきたので断念。
 仕方が無いので肉球を調べてみる。傷は、無し。腫れてもいない。もう片方もOK。続いて左右の前足も異常なし。
 まぶたをめくって充血していないかどうか確かめて、仕上げに耳の中をチェックする。うん、申し分のない健康体だ。

 だが、こいつは……。

「お前、もしかして狼?」
「きゅ?」

 ちょこん、と首をかしげて無邪気な目で見上げてくる。尻尾をぱたぱたと左右に振って。

「………まさかな。ウルフドッグだよな。うん、そうに決まってる」
「くぅうん」

 ウルフドッグ。狼と犬の交配種でペットとして飼育するのは普通の犬より困難だ。運動能力がとんでもなく優れていて知能も高い。
 忠誠心が高いことで知られるがその反面野生の本能も強く、飼い主がリーダーシップをとってびしっと監督しなければ御するのは容易ではない。
 サンフランシスコのような都会で飼うにはあまり向いていない犬種だ。

 狼に憧れて飼ってみたのは良いが、躾に手こずって捨てたのだろうか。
 
「よしよし……心配すんな。お前の面倒は俺が見てやる」
「きゅっ」

 お湯でしぼったタオルで全身を軽く拭き、脇腹のこげた毛をはさみでちょきちょきとカットする。
 体毛がみっしり生えていて、やせ形ではあるが筋肉がしっかりついているのがわかる。かなり狼の血が濃そうだ。
 傷の方は軽い火傷ってとこか。ヒーターにでも触ったかな。消毒し、薬を塗って、上からワセリンで軽く保護する。
 包帯は……いいか。
 活発そうなちびだ。きっとすぐとれてしまう。絆創膏はかえってストレスになりそうだし。

「ほい、これでおしまい。よくがんばったな、ちび」

 ごほうび用のクッキーを取り出し、顔の前にかかげる。何も言わないうちにきちっと座った。それなりにきちんと躾られているらしい。
 やっぱり迷子か?

「OK。食べていいぞ」

 わっさわっさと尻尾を振ってこりこり食べている。あっと言う間にたいらげて、『もっと』って顔して見上げてきた。

「だーめ。食いすぎると胴体にくびれがなくなっちまうぞ? いいのか? 狼の子孫」
「きゅーううううう」

 ころんとひっくり返してうりうり、となで回しながら考える。
 今日は土曜日。アニマルポリスもペットシェルターももう閉まっている時刻だ。病院に預けて行こうかとも思ったが、この時期は旅行で留守にする飼い主から預かるペットがたくさん来ているはずだ。

 ごそごそと戸棚をひっかきまわし、パピー用のフードを取り出して鞄に入れる。手作りしてやってもいいがこの年頃の子犬の栄養管理は難しい。
 総合栄養食が一番安心できる。

「よし、来い、ちびウルフ。今夜は俺んとこにお泊まりだ」

 両手で抱き上げ、懐につっこんだ。ジャケットの襟元から顔を出し、ちょこんと前足をかけて体を支えている。
 頭をなでるとビロードのような耳がぱたぱたと動き、ジャケットの中で太い尻尾がもぞもぞと揺れた。

 何となく嬉しかった。今夜は一人ぼっちじゃない。

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