▼ 【ex1】有能執事かく語れりpart1
ぼっちゃまが恋していらっしゃる。
お相手は高校時代の後輩。
性格も真面目で面倒見もいい。私の目から見てもまっすぐで気持ちのいい気性の持ち主だ。体も健康そのもの、料理も上手い。
きちんとした家のお子さんで(父上はテキサスで警察署長をしておられると聞いた)実に申し分のない相手と言っていいだろう。
だが……。
『 男 』だ 。
※ ※ ※ ※
私の名はアレックス・J・オーウェン。
職業は執事。
父祖の地ヨーロッパに居る頃より代々、ローゼンベルク家に付き従ってきた一族の末裔である。
現在はローゼンベルク家のご嫡男にして唯一の直系跡継ぎ、レオンハルトさまにお仕えしている。
初めてレオンさま(もったいなくもこうお呼びすることを許されている)にお会いしたのは20歳の時だった。
※月梨さん画『レオンぼっちゃま』の肖像
当時ぼっちゃまはまだ五つ。ぱっちりしたかっ色の瞳にさらりとしたライトブラウンの髪、幼いながらも端正な顔立ち。さすがクラリッサお嬢さまの血を引いていらっしゃるだけのことはある。
さながら遠き独逸の湖畔に建つ城の窓辺にたたずむ、貴族の姫君を思わせるようなたいへん愛くるしいお子さまだった。
滅多に笑わず、誰にも心を許さない、気の難しいお子でもあったが……私の前ではほんの少しだけ、閉ざされた心の扉を開いてくださった。
そんなレオンさまが高校に進学なさる時、本家を離れたいとおっしゃった。
しばらく一人になりたいのだと。
そこで、ローゼンベルクのご嫡男が通うにしては格式はいささか劣るものの、寮設備の整った伝統ある学校を探し出した。
原則二人一部屋と言うことだったが、特別に一人で使えるように手配した。レオンさまが気兼ねなくお一人で過ごせるように。
寮に入っておられる間は定期的に連絡をとり、必要なものはないかとマメに確認し、学校の様子もお聞きした。
最初の一年目は何事もなく平穏無事に過ぎたのだが、二年目の十月に変化が訪れた。
何か必要なものはないかと電話した際、滅多に不満を口になさらないレオンさまがおっしゃったのだ。
「同室にガサツな男がはいってきた」
何と言うことだ! せっかく一人部屋を確保したのに!
学校の近くに部屋を借りた方がよいのではないか。いや、いっそ転校を……。
いろいろ思い悩んでいる間に月日は流れ、いつしかレオンさまは同室の男に対する不満を口になさらなくなって行った。
じっと耐えておられるのだろうか。おいたわしい。
そして、次の年の夏休み。
「本家には戻らない。このまま寮ですごす」
「さようでございますか」
「昼間は図書館に行くから、何か軽くつまめそうな物をもってきてくれ」
「かしこまりました」
滅多に『こうしてほしい』とおっしゃらないあの方が。珍しいこともあるものだ。
心をこめてマドレーヌやマフィン、クッキーを焼いてお届けした。
「アレックス。次はマドレーヌを多めにしてくれないか? 気に入ったみたいだ」
「それはようございました」
はて。今、微妙に主語が省かれていたような……。
※ ※ ※ ※
高校の寮は州外から来ている生徒が多いこともあり、夏休みも閉まることはない。
それを幸い、郊外の牧場でバイトを始めた。家畜の世話も厩舎の掃除も、伯父の家の手伝いで慣れている。
空いてる時間は自由に馬に乗っていいってのも気に入った。
何より新鮮な卵や牛乳、バターを分けてもらえるのが嬉しい。朝飯に使うとレオンが喜んでくれるから。
「ただいま」
「お帰り、ディフ……焼けたね」
「一日中外で動いてるからな。お前は相変わらず白いよな」
「図書館にいるからね……今お茶を入れるよ」
「うん!」
紅茶もコーヒーも、レオンがいれてくれるのが一番美味い。味も香りもクリアでミルクを入れるのがもったいないくらいだ。
滅多に外でコーヒーを飲みたいと思わなくなった。
紅茶と一緒に焼き菓子が出てきた。伏せた貝殻の形をしたやつ。この間初めて食った時、あまり美味くてびっくりした。
「美味いな、これ、ほんと! ありがとな、レオン」
「いや……。気に入ってくれてよかったよ。まだたくさんあるから」
確かにたくさんある。だがこいつは自分で食べるのはせいぜい一つか二つで後は全部俺にくれる。
いいのかな。
これ、店で売ってるのとは違う。ホームメイドだよな。レオンのために心をこめて焼いたんだ。そう言う味がする。
でも……誰が作ってるんだろう?
※ ※ ※ ※
高校を卒業するまでの二年間、レオンさまは穏やかでよいお顔をなさっておられた。
このままシスコ市内に住み続けたい。大学で法律を学び、将来は弁護士になりたいとおっしゃるので部屋を用意した。
必要最小限の物を、との仰せだったが不自由な思いはさせられない。
幸い、ノブヒルのグレース大聖堂の近くにローゼンベルク家の所有する数多い不動産の一つがあった。
庭付きのコンドミニアム、6階建て。
土地から建物まで全てレオンさまの名義に変更し、最上階の部屋数件分を改築して6ベッドルーム、4バスルームのお住まいを用意して。応接セットも客間も遊戯室も書斎も全て整えた。
本家のお屋敷には遠く及ばないものの、仮住まいの役目は充分果たしてくれるに違いない。
「ご苦労さま、アレックス」
「おそれ入ります」
「夏休みにしばらく友人を招待したい。準備してくれ」
お友達!
レオンさまにお友達が………。
胸の内が熱くなったが執事たるもののつとめ。表面にはちらとも出さず、ただ静かにうなずく。
ああ、クラリッサお嬢さまがこのことを知ったらどんなにかお喜びになられるだろう……。
「かしこまりました」
※ ※ ※ ※
「んが」
すとん、と落ちた顎がもどらない。
ノブヒルのマンションに引っ越したとレオンは言っていた。
大学に通うのに便利だからと。
だけどこいつは……。
絶対、学生が学校に通うためにちょいと借りるような部屋とはランクが違う。(ってそもそも借りたとも言ってなかったような?)
急に不安になってきた。
のこのこ入ってったら俺、ドアマンにつまみ出されるんじゃなかろうか。
おそるおそる入り口に立ち、インターフォンで教えられた番号の部屋を呼び出す。
『はい』
レオンの声じゃない。落ちついた大人の男の人だ。一気に緊張がピークに跳ね上がる。
「あーその……レオンに……。高校ん時の友だちでマクラウドって言います」
『うかがっております。どうぞ、奥のエレベーターで最上階にお進みください、マクラウドさま』
「りょっ、了解っ」
さまって。
生まれて初めてだ、そんな風に呼ばれたの。
背中が何だかむずがゆい。
裏返った声で返事をして、ブリキの木こりみたいにギクシャクした動きでエレベーターに乗った。
※ ※ ※ ※
呼び鈴が鳴った瞬間、レオンさまはぱっと立って玄関に走って行かれた。
いささかとまどっておられたようだが、無事にマクラウドさまが着いたらしい。
「うわ……マンションの中に屋敷がある…」
「大げさだよ。そんなに大したもんじゃない」
「映画やドラマだと執事が出てきそうだよな……わ」
「いらっしゃいませ」
骨組みのしっかりした頑丈そうな体つき。背丈はレオンさまと同じくらいだろうか。
顔立ちはまだあどけない。ゆるくウェーブのかかった赤毛にヘーゼルの瞳、頬にうっすら散ったそばかすはそろそろ消え始めている。
「ほんものだ……」
「アレックスだよ。アレックス、こちらディフォレスト・マクラウドだ」
「そうか、あなたがアレックスだったのか」
「はい、これからはお会いすることも多いと思いますので、お見知りおきを」
「あ、いや、いえ、俺の方こそっ、よ……よろしくお願いします」
いささか空回りの感はあるが礼儀正しい。何よりレオンさまに対して実に誠実、かつ好意的だ。
ああ、よかった。
よいお友達がいて。
「え? 一人で住むのか? こんな広いとこに」
「ああ」
しばらく彼は手を握って口元に当て、考え込んでいた。
「……さみしくないか、レオン」
「慣れてるよ」
「こんなでっかい食卓で…一人で飯食うのか?」
ぽん、と手のひらでダイニングテーブルの表面を叩いた。
北欧から取り寄せたウォールナットの無垢材で作った一点もののオーダーメイド。
「余裕で7人ぐらい座れそうだ」
「……そうだな」
しばらくレオンさまの顔をじっと見てから、彼は跳ねるような足どりでキッチンまで歩いて行った。
「キッチンも広いよな! わ、こんなにでっかいオーブンまでついてる」
はしゃいでいる。台所の設備を見てはしゃぐハイティーンの男子と言うのも珍しい。
そんな彼を見守るレオンさまの笑顔の何と幸せそうなことか。
「何でも作れそうだ」
「好きに使っていいよ。……君の時間のある時に」
「サンキュ、レオン。またミートパイ焼くよ。それともミートローフの方がいいか? あれ、パイ皮がない分作るの楽だからな!」
ミートパイやらミートローフを焼くハイティーンの男子と言うのも……かなり、珍しい。
「すげえ、ダッチオーブンまである。何でもそろってるな、ここの台所」
彼が背を向けた瞬間、レオンさまの表情が微妙に……揺らいだ。
ほとんど無意識なのだろう。くっと拳が握られる。まるで何かを懸命に堪えておられるように。
まさか。
これは……。
いや、そんなことは、あるはずがない。
あってはならない!
※月梨さん画『マクラウドさまとぼっちゃま』2ショットの図
※ ※ ※ ※
その後、マクラウドさまがお帰りになられると、レオンさまは大変お寂しそうにため息をついておられた。
滅多にご自分の感情を表に現すことのないレオンさまが。
まちがいない。
レオンさまは恋をしていらっしゃる。
いささか大雑把な所はあるが礼儀正しいし、性根も真っすぐで料理も上手い。何よりレオンさまに対してこの上もなく誠実だ。
ああ、神よ。
これで……彼が男でさえなければ!
幸いマクラウドさまはまだレオンさまの想いに気づいていない様子。
これは………見守るしかないのだろうか。
以前、父から言われた言葉を思い出す。「主をお諌めして、正しい道に導くのも執事のつとめ」と。
私の名はアレックス・J・オーウェン。
レオンハルト・ローゼンベルクさまにお仕えする執事である。
(有能執事かく語れりpart1/了)
トップヘ
お相手は高校時代の後輩。
性格も真面目で面倒見もいい。私の目から見てもまっすぐで気持ちのいい気性の持ち主だ。体も健康そのもの、料理も上手い。
きちんとした家のお子さんで(父上はテキサスで警察署長をしておられると聞いた)実に申し分のない相手と言っていいだろう。
だが……。
『 男 』だ 。
※ ※ ※ ※
私の名はアレックス・J・オーウェン。
職業は執事。
父祖の地ヨーロッパに居る頃より代々、ローゼンベルク家に付き従ってきた一族の末裔である。
現在はローゼンベルク家のご嫡男にして唯一の直系跡継ぎ、レオンハルトさまにお仕えしている。
初めてレオンさま(もったいなくもこうお呼びすることを許されている)にお会いしたのは20歳の時だった。
※月梨さん画『レオンぼっちゃま』の肖像
当時ぼっちゃまはまだ五つ。ぱっちりしたかっ色の瞳にさらりとしたライトブラウンの髪、幼いながらも端正な顔立ち。さすがクラリッサお嬢さまの血を引いていらっしゃるだけのことはある。
さながら遠き独逸の湖畔に建つ城の窓辺にたたずむ、貴族の姫君を思わせるようなたいへん愛くるしいお子さまだった。
滅多に笑わず、誰にも心を許さない、気の難しいお子でもあったが……私の前ではほんの少しだけ、閉ざされた心の扉を開いてくださった。
そんなレオンさまが高校に進学なさる時、本家を離れたいとおっしゃった。
しばらく一人になりたいのだと。
そこで、ローゼンベルクのご嫡男が通うにしては格式はいささか劣るものの、寮設備の整った伝統ある学校を探し出した。
原則二人一部屋と言うことだったが、特別に一人で使えるように手配した。レオンさまが気兼ねなくお一人で過ごせるように。
寮に入っておられる間は定期的に連絡をとり、必要なものはないかとマメに確認し、学校の様子もお聞きした。
最初の一年目は何事もなく平穏無事に過ぎたのだが、二年目の十月に変化が訪れた。
何か必要なものはないかと電話した際、滅多に不満を口になさらないレオンさまがおっしゃったのだ。
「同室にガサツな男がはいってきた」
何と言うことだ! せっかく一人部屋を確保したのに!
学校の近くに部屋を借りた方がよいのではないか。いや、いっそ転校を……。
いろいろ思い悩んでいる間に月日は流れ、いつしかレオンさまは同室の男に対する不満を口になさらなくなって行った。
じっと耐えておられるのだろうか。おいたわしい。
そして、次の年の夏休み。
「本家には戻らない。このまま寮ですごす」
「さようでございますか」
「昼間は図書館に行くから、何か軽くつまめそうな物をもってきてくれ」
「かしこまりました」
滅多に『こうしてほしい』とおっしゃらないあの方が。珍しいこともあるものだ。
心をこめてマドレーヌやマフィン、クッキーを焼いてお届けした。
「アレックス。次はマドレーヌを多めにしてくれないか? 気に入ったみたいだ」
「それはようございました」
はて。今、微妙に主語が省かれていたような……。
※ ※ ※ ※
高校の寮は州外から来ている生徒が多いこともあり、夏休みも閉まることはない。
それを幸い、郊外の牧場でバイトを始めた。家畜の世話も厩舎の掃除も、伯父の家の手伝いで慣れている。
空いてる時間は自由に馬に乗っていいってのも気に入った。
何より新鮮な卵や牛乳、バターを分けてもらえるのが嬉しい。朝飯に使うとレオンが喜んでくれるから。
「ただいま」
「お帰り、ディフ……焼けたね」
「一日中外で動いてるからな。お前は相変わらず白いよな」
「図書館にいるからね……今お茶を入れるよ」
「うん!」
紅茶もコーヒーも、レオンがいれてくれるのが一番美味い。味も香りもクリアでミルクを入れるのがもったいないくらいだ。
滅多に外でコーヒーを飲みたいと思わなくなった。
紅茶と一緒に焼き菓子が出てきた。伏せた貝殻の形をしたやつ。この間初めて食った時、あまり美味くてびっくりした。
「美味いな、これ、ほんと! ありがとな、レオン」
「いや……。気に入ってくれてよかったよ。まだたくさんあるから」
確かにたくさんある。だがこいつは自分で食べるのはせいぜい一つか二つで後は全部俺にくれる。
いいのかな。
これ、店で売ってるのとは違う。ホームメイドだよな。レオンのために心をこめて焼いたんだ。そう言う味がする。
でも……誰が作ってるんだろう?
※ ※ ※ ※
高校を卒業するまでの二年間、レオンさまは穏やかでよいお顔をなさっておられた。
このままシスコ市内に住み続けたい。大学で法律を学び、将来は弁護士になりたいとおっしゃるので部屋を用意した。
必要最小限の物を、との仰せだったが不自由な思いはさせられない。
幸い、ノブヒルのグレース大聖堂の近くにローゼンベルク家の所有する数多い不動産の一つがあった。
庭付きのコンドミニアム、6階建て。
土地から建物まで全てレオンさまの名義に変更し、最上階の部屋数件分を改築して6ベッドルーム、4バスルームのお住まいを用意して。応接セットも客間も遊戯室も書斎も全て整えた。
本家のお屋敷には遠く及ばないものの、仮住まいの役目は充分果たしてくれるに違いない。
「ご苦労さま、アレックス」
「おそれ入ります」
「夏休みにしばらく友人を招待したい。準備してくれ」
お友達!
レオンさまにお友達が………。
胸の内が熱くなったが執事たるもののつとめ。表面にはちらとも出さず、ただ静かにうなずく。
ああ、クラリッサお嬢さまがこのことを知ったらどんなにかお喜びになられるだろう……。
「かしこまりました」
※ ※ ※ ※
「んが」
すとん、と落ちた顎がもどらない。
ノブヒルのマンションに引っ越したとレオンは言っていた。
大学に通うのに便利だからと。
だけどこいつは……。
絶対、学生が学校に通うためにちょいと借りるような部屋とはランクが違う。(ってそもそも借りたとも言ってなかったような?)
急に不安になってきた。
のこのこ入ってったら俺、ドアマンにつまみ出されるんじゃなかろうか。
おそるおそる入り口に立ち、インターフォンで教えられた番号の部屋を呼び出す。
『はい』
レオンの声じゃない。落ちついた大人の男の人だ。一気に緊張がピークに跳ね上がる。
「あーその……レオンに……。高校ん時の友だちでマクラウドって言います」
『うかがっております。どうぞ、奥のエレベーターで最上階にお進みください、マクラウドさま』
「りょっ、了解っ」
さまって。
生まれて初めてだ、そんな風に呼ばれたの。
背中が何だかむずがゆい。
裏返った声で返事をして、ブリキの木こりみたいにギクシャクした動きでエレベーターに乗った。
※ ※ ※ ※
呼び鈴が鳴った瞬間、レオンさまはぱっと立って玄関に走って行かれた。
いささかとまどっておられたようだが、無事にマクラウドさまが着いたらしい。
「うわ……マンションの中に屋敷がある…」
「大げさだよ。そんなに大したもんじゃない」
「映画やドラマだと執事が出てきそうだよな……わ」
「いらっしゃいませ」
骨組みのしっかりした頑丈そうな体つき。背丈はレオンさまと同じくらいだろうか。
顔立ちはまだあどけない。ゆるくウェーブのかかった赤毛にヘーゼルの瞳、頬にうっすら散ったそばかすはそろそろ消え始めている。
「ほんものだ……」
「アレックスだよ。アレックス、こちらディフォレスト・マクラウドだ」
「そうか、あなたがアレックスだったのか」
「はい、これからはお会いすることも多いと思いますので、お見知りおきを」
「あ、いや、いえ、俺の方こそっ、よ……よろしくお願いします」
いささか空回りの感はあるが礼儀正しい。何よりレオンさまに対して実に誠実、かつ好意的だ。
ああ、よかった。
よいお友達がいて。
「え? 一人で住むのか? こんな広いとこに」
「ああ」
しばらく彼は手を握って口元に当て、考え込んでいた。
「……さみしくないか、レオン」
「慣れてるよ」
「こんなでっかい食卓で…一人で飯食うのか?」
ぽん、と手のひらでダイニングテーブルの表面を叩いた。
北欧から取り寄せたウォールナットの無垢材で作った一点もののオーダーメイド。
「余裕で7人ぐらい座れそうだ」
「……そうだな」
しばらくレオンさまの顔をじっと見てから、彼は跳ねるような足どりでキッチンまで歩いて行った。
「キッチンも広いよな! わ、こんなにでっかいオーブンまでついてる」
はしゃいでいる。台所の設備を見てはしゃぐハイティーンの男子と言うのも珍しい。
そんな彼を見守るレオンさまの笑顔の何と幸せそうなことか。
「何でも作れそうだ」
「好きに使っていいよ。……君の時間のある時に」
「サンキュ、レオン。またミートパイ焼くよ。それともミートローフの方がいいか? あれ、パイ皮がない分作るの楽だからな!」
ミートパイやらミートローフを焼くハイティーンの男子と言うのも……かなり、珍しい。
「すげえ、ダッチオーブンまである。何でもそろってるな、ここの台所」
彼が背を向けた瞬間、レオンさまの表情が微妙に……揺らいだ。
ほとんど無意識なのだろう。くっと拳が握られる。まるで何かを懸命に堪えておられるように。
まさか。
これは……。
いや、そんなことは、あるはずがない。
あってはならない!
※月梨さん画『マクラウドさまとぼっちゃま』2ショットの図
※ ※ ※ ※
その後、マクラウドさまがお帰りになられると、レオンさまは大変お寂しそうにため息をついておられた。
滅多にご自分の感情を表に現すことのないレオンさまが。
まちがいない。
レオンさまは恋をしていらっしゃる。
いささか大雑把な所はあるが礼儀正しいし、性根も真っすぐで料理も上手い。何よりレオンさまに対してこの上もなく誠実だ。
ああ、神よ。
これで……彼が男でさえなければ!
幸いマクラウドさまはまだレオンさまの想いに気づいていない様子。
これは………見守るしかないのだろうか。
以前、父から言われた言葉を思い出す。「主をお諌めして、正しい道に導くのも執事のつとめ」と。
私の名はアレックス・J・オーウェン。
レオンハルト・ローゼンベルクさまにお仕えする執事である。
(有能執事かく語れりpart1/了)
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