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ローゼンベルク家の食卓

【短編】

2008/03/11 5:16 短編十海

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kitten's eyes

2008/03/11 5:19 短編十海
 あたしは猫。
 まっしろの体に一つだけ、お腹にカフェオーレ色のぶちがある。
 だからオーレって呼ばれてる。

 生まれたのは本がいっぱいある静かなところ。
 兄弟がいっぱいいたけどちょっとずつ他所にもらわれてって、最後にあたしの番が来て。

 そして、オティアの家に来た。

 オティアの肩の上は最高に見晴らしがよくて、あったかくて、安心できる。
 あたしだけの特等席なの。
 
 このお家に来る時に、なんだかあったかくて狭くて気持ちいい場所にいたような気がするんだけど…
 忘れちゃった。

 ヒウェルは割と好きかな? いっぱい遊んでくれるし。
 でもオティアが一番。

 毎朝、オティアと一緒に出勤するの。
 所長さんはお家にいるときとちょっと感じが違うけど、なで方が上手だからけっこう好き。
 でもオティアが一番。
 あたしも事務所の一員なのよ。ちゃんとお仕事もしてるんだから!

 オティアと所長さんがお出かけするときは上の法律事務所にアルバイトに行くの。
 お世話はアレックスとシエンがしてくれるわ。
 アレックスはシャンプーさえしなければいい人。
 シエンはオティアの兄弟だから好き。このごろちょっと仲良くなれたし。

 でもオティアが一番。

 法律事務所に行くとあたし専用のお席に座るの。
 本棚の上よ。
 そこから事務所を見守るのがお仕事。
 
 時々うるさい人がくるから油断できないの。デイビットと、レイって呼ばれてる人。
 身体がおっきくて、がしゃがしゃ動いて声がすごーくうるさいの!
 もう、やんなっちゃう。

 レオンは静か。
 とっても静か。
 あたしを見ても何も言わない。
 それはそれでちょっと寂しい。

 やっぱりオティアが一番。

 お仕事が終わるとオティアが迎えにくるの。
 あたしは尻尾をぴーんと立てて報告に行くわ。

『ちゃんとお仕事したよ!』って。

 そして下の事務所に戻って、夕方までまたそっちでお仕事。
 お客様のお相手もちゃんとするわ。みんなあたしを見てこう言うの。

『まあ、真っ白。なんて可愛い子猫ちゃん』

 でもオティアが一番。

 お家に帰ると一緒にご飯をたべに隣に行くの。
 エリックが来る時はエビが出るからうれしい。
 でもあたしはスープだけ。身は食べさせてもらえない。
 
 ひとくちでいいから食べたいのにぃ。

 最近ちょっとあたしはヒウェルがきらい。
 だって夜になるとオティアにひどいことするんだもの。
 よくわかんないけど、あんなに声出してるんだから、きっとそう。

 オティアをいぢめたら許さないんだから!(かぷ)

 かぢかぢかぢかぢかぢ

「オーレ…そんなに美味いか、俺の手」

 かぢかぢかぢかぢかぢ

「いや、いいけどさ…」


 足を踏ん張って冷蔵庫の上からにらみつける。
 どう、この迫力!
 オティアはあたしが守るんだから(ふんっ)

「敵だと思われてないか」
「なんか…そんな気がしてきた」

 ヒウェルがじーっと見上げて話しかけてくる。

「やれやれ、君をこの部屋にお連れしたのはいったい誰だとお思いか」

 そんな優しい声出したって、ごまかされないんだからね!

「ったく…何やったんだ。ほら、来いオーレ」

「にゃああん」

 ヒウェルの頭を踏み台に、オティアの肩までひとっ飛び。
 オティアはしっかりあたしをだっこして、優しく優しくなでてくれる。
 あたしはぐいぐい身体をすりよせて、喉をごろごろ鳴らす。

 やっぱり、世界でいちばん、オティアが好き…。

Image397.jpg

(kitten's eyes/了)

★うたたね

2008/03/11 5:21 短編十海
 ロスからの出張の帰り道。

 飛行機が水平飛行に入ってまもなく。ディフが小さくあくびをした。少しうるんだ目をしばたかせて、眠そうな声でささやいてくる。

「少し、眠っても……いいかな」

 レオンはほほ笑み、うなずいた。
 さすがに疲れたのだろう。ほぼ不眠不休で調査をして、朝一番で証拠品を持ってロスまで飛んできたのだ。

 おかげで裁判はペリー・メイスンのTVドラマさながらにさくさくと決着し、帰りは二人一緒の便に乗ることができた。

「いいよ。着いたら起こしてあげよう」
「ありがとう。おやすみ」

 しばらくすると、すやすやとおだやかな寝息が聞こえてくる。と思ったら、まもなく右の肩にぽふっと温かいものが寄りかかって来た。

 もう眠ったのか。

 ちらりと横を見て、一瞬レオンは硬直した。

 肩にこてんと頭を預けて眠っている。それは、いい。何ら問題はない。

 しかし……これは……。

 普段はラフな服装の多いディフだが、レオンと出かける際にはそれなりにきちんとした服を着るようになっていた。

 今回のように法廷に顔を出す時はなおさらだ。
 従って今も、それなりに仕立てのよいスーツを身につけている。濃いめのグレイのスーツに警官時代の制服を思わせる紺色のシャツ。タイもベストも着けず、ボタンは上一つだけ開けている。

 肩甲骨のあたりまで伸ばした赤毛もきちんと一つに束ねられている。

 いささかカジュアルな印象を残してはいるが、申し分のない服装と言っていい。

 そのはずなんだが。

 意識の束縛から解放された手足が。
 肩から背中、腰にかけて描き出されたゆるやかなラインが。
 束ねた髪の下からのぞく首筋が。

 文字通り『判事の目の前に出てもおかしくない』くらいきちんと服を着ているはずなのに、妙に艶かしくて……目のやり場に困る。

 愛を交わした後、一糸まとわぬ姿でシーツに包まって添い寝している時と同じ空気を醸し出しているのだ。
 ストレートの男女ならほとんど気づくまいが、ゲイの男への吸引力たるや、いかばかりのものか……想像に難くない。

 まったくこの子は、相変わらずと言うか……しょうがないなあ。

 さりげなく機内を見回す。
 既にちらちらと何気ない風を装いつつ、彼に視線を向けている男が何人かいた。

 シスコ行きの便だ、さもありなん。
 さて、どうしたものか。
 
 すっかり安心しきって身を預け、すやすや寝息を立てている『可愛い人』を起こすにはしのびない。
 さりとてこんな姿を他の男の目に晒すのは……我慢できない。あと一秒だってお断りだ。

 速やかにボタンを押し、キャビンアテンダントを呼び寄せた。

「すまないが毛布を持ってきてもらえるかな」
「はい、かしこまりました……どうぞ」
「ありがとう」

 ぱふっと毛布を被せ、首から下を隠した。

「ん……」

 目を閉じたまま、小さな声を出すとディフはきゅっと袖をつかんできた。

 手をにぎる。

 毛布の下で、そっと。

 すぐににぎり返してきた。

 ……あたたかい。元々、ディフは体温が高いのだから当然なのだが、こんな時は子どものように思えてしまう。

(もっとも、子どもならこんな風に無防備に色気をふりまくこともないだろうが)

 さて、シスコに着くまでの間、右手は使えないな。
 どうしたものか。

 ディフの顔にふっと、かすかな笑みが浮かぶ。よほど楽しい夢を見ているのだろうか。握り合わせた手に力が入れられる。

 離すなよ、とでも言わんばかりに。
 
 ……そうだな。このままでも問題はない。
 君の寝顔を眺めていればすぐに着いてしまうだろうから。


(うたたね/了)