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ローゼンベルク家の食卓

【3-5】★★★退院祝い(前編)

2008/03/26 21:09 三話十海
 キスだけで体が疼くことがある。
 
 ずっと、ただの慣用句だと思っていた。恋愛小説だのソープドラマの決まり文句。

(それだけで燃え上がってりゃ世話ないぜ!)
 
 ただのファンタジーだと思っていた。
 レオンとベッドを共にするまでは。

 触れあう肌の熱さ、流れる汗、すぐそばで聞こえる息づかい、彼の手、指、髪……舌。温かいだけじゃない、濡れて艶めくかっ色の瞳。それらの記憶がキスを引き金に再生され、体中の細胞の一つ一つに触れあった時の感触を呼び覚ます。

 そうなると……。
 火が灯って、消えない。
 体に刻まれた記憶と同じか、もっと強い刺激が与えられるまで欲しがり続けるのだ。いつまでも。いつまでも。


 ※  ※  ※  ※


「お帰り!」
「ただ今」

 病院から戻ってきたレオンを出迎えた。
 入院していたのは俺の方なのだが、保険やら何やらの手続きに必要な書類をとってきてくれたのだ。

「なんだか立場があべこべだね」
「いいじゃねえか。細かい事は気にすんな!」

 笑みを交わし、親しみをこめて肩を叩く。本当はこのまま抱き合い唇を重ねたい。重ねるだけじゃ終わらない。もっと深く。もっと強く。だが……今はまだ日が高い。

 その程度の事、大した抑制効果がある訳じゃないんだが。
 最大の問題は同じ部屋の中にオティアと、シエンと、何故かヒウェルまでいるってことだろう。
 肩を並べて居間に入る。並んで腰を降ろして、話をする。飽きることなくレオンに見入る。わずかな表情の変化にも胸が踊る。
 
 面会時間はいつまでか、なんてもう気にしないでいいんだ。
 
「あ……」
「ん……」

 また、目が合った。さっきからやけに目が合う。
 もしかして俺のことずっと見てるのか? お前も。

 まただ。
 にこっとほほ笑みかけてきた。ちらりと白い歯の奥にピンク色の舌がひらめくのが見えてしまった。
 まいったね。何て可愛い顔してやがる。もしも今、二人っきりだったら……日が高かろうが、ここが居間のソファの上だろうが、かまうもんか。迷わず押し倒してる。

 軽く下唇を内側に吸い、歯で押さえる。

 キスだけで体が疼く。
 それ以前に、キスの記憶だけで疼く時もあるんだ……な。

 
 ※  ※  ※  ※


 夕食の後、双子と話し、コートを買いにでかける約束をとりつける。
 部屋に戻る二人を見送りながらほっと胸をなでおろした。オティアが一緒に来てくれるかどうか、正直不安だったんだ。
 良かった。

 そっと後ろから肩を押さえられ、耳元で囁かれる。

「今夜は泊まって行くんだろう?」

 それだけの事なのに、温かな吐息とともに吹き込まれる低い声が、耳から体の奥まで伝わり、じわじわと広がって行く。
 肌の表面が細かく波打つような感触に背筋が震え、気がつくとうなずいていた。

(ったく何がっついてんだ!)

 気恥ずかしさをごまかしたくて、わざと明るい声を出す。

「あ、そうだ、パジャマとってこないとな。ジーンズで添い寝すると固いって文句言うだろ、お前」
「……そんなもの、必要無い」

 肩に置かれた手が首筋をなであげ、そのままするりと頬を撫でられた。

「っ!」

 やばい……もう限界だ。レオンを引き寄せ、夢中でキスしていた。
 重ねた唇の間に情けないくらいに激しくなった自分の呼吸が響く。もう、止まらない。
 病室でもキスはした。けれど少し深くしようとすると、いつもレオンにやんわりとさえぎられてしまった。

(後が……つらいだろう?)

 言葉より雄弁に瞳が語る。
 勝ち目のない反対尋問なんざ、しかける余裕は到底なかった。

 ここはもう病院じゃない。
 誰も見ていない。

 それでも何やらいけないことをしているようで、柄にも無くどぎまぎしながら舌を差し入れる。
 
「ぅうっ?」

 逆に捕まり、吸い上げられた。
 ゆるく頬に添えられていた指先で髪の毛をかきあげられる。毛先がうなじを滑る感触に思わずびくん、とすくみあがっていた。

「んんっ」

 やばい……声、出ちまった。

 そのまましばらく弄ばれてからやっと唇が解放される。さんざん絡み合った舌と舌の間につーっと透明な糸が垂れる。
 なんだかひどく淫らな眺めで、いたたまれず目をそらす。
 頭の芯がぼうっと痺れている。膝に力が入らない。今にも足元からふわっと浮き上がり、どこかに吸い込まれて行きそうな気分だ。
 いかん……酸素が足りない。

「は……はぁ……はぁっ……」

 必死で息を整えていると、わずかに笑いを含んだ声でささやかれた。

「最初の勢いはどうしたのかな」
「う……うるさい……お前のキスが……エロすぎるんだよっ」
「褒め言葉だと思っておくよ」


 レオンは思った。


 クリーム色がかった明るい茶色。ミルクティをそのまま透明にしたような瞳が、うっすら緑を帯びている。本来の温かさを保ったまま……いや、さらに熱く濡れ溶けてつやつや光っている。

 いい具合に蕩けてるね。可愛くてたまらないよ。

「ベッドに行こう」

 答えを聞くより早く彼の背に手を回し、肩から上着をすべり落す。
 シャツの上から触れる体は既に熱く火照り、細かく震えていた。そのままダンスでも踊るような格好で歩き始めると、彼の喉の奥から小さなうめき声がこぼれた。

 少し……強引だったかな。

 この前、ベッドを共にしたのは一ヶ月ほど前。余韻に浸る間もなく君は飛び出して行った。まさか、あの後あんなことになるなんて。
 ずいぶんと長い事お預けを食らってしまったね……君も。俺も。

「ぁ」

 もつれあって倒れこんだ体が二人分。ベッドがかすかに軋る。
 優しく横たえる余裕がなかった。
 腕の下、白いシーツの上にゆるくウェーブのかかった赤い髪が乱れて広がる。前に抱き合った時は首筋を覆い肩に軽くつく程度だったが……今は先端が肩を通り越し、少し背中にかかっている。
 まるでちっちゃな翼でも広げたみたいだ。
 片手でシャツの襟元を押さえている。もしかして、恥ずかしいのかい?

(君の体のことなんか、君自身よりよく知っているのに)

「なんだかこの眺めも、すごく、久しぶりな気がするね」
「……そうだな……あの日以来か」
「無事に退院できてよかった。おめでとう」

 シーツの上にひろがる髪を一房すくいとり、キスした。もとより髪の毛に感覚などありはしない。動きが皮膚に伝わるだけなのだが。ディフにとっては、それさえも充分な刺激になってしまうらしい。

「んっ……………」

 目を細めて、ぴくりと震えた。

「ごめんな、心配かけて。ありがとう……」

 手を伸ばし、頬を撫でてきた。

「嬉しいよ。お前の傍に戻って来られて」
「君がいないと……やっぱり、だめだ」


 レオンの言葉を聞いた瞬間、胸の奥がずきりと小さく疼いた。


 同じ言葉を以前も聞いた。その時、俺はお前への気持ちを認めることができなくて。
 気づいていながら気づかないふりをして、まだ目をそらしていた。

 お前は、自分の気持ちを何度も伝えてくれていたのに。
 とっくにお前のことしか見えていなかったのに。

 くしゃっとレオンの髪を撫で、そのまま引き寄せ、胸に抱きしめる。

「お前だけだ……レオン」

 素直に抱かれてくれた。あずけられた肌の温もりと確かな重さに安堵する。
 絹みたいにさらさらしたライトブラウンの髪をかきわけ、額に口付けた。

「こうして触れたいのも。触れられたいのも。お前だけだ、レオン……愛してる……」
「愛してるよ」

 唇が重なる。
 どちらからともなく。もう誰も止めない。止める必要もない。

 キスだけで体が疼く。今がその時だ。


 ※  ※  ※  ※


「ん…ぅ…っ……んんっ」

 最初のうち、ディフは目を細めて嬉しそうにキスを受けていた。今はもう違う。
 四週間の入院生活の間に本来の白さを取り戻した肌に、うっすらと紅が入っている。

 赤毛の彼はブルネットの自分に比べて色素が薄いのだ。
 ほんの、少しだけ。
 こうして重ねてみるとよくわかる。

 喉の奥から漏れる艶めいた吐息に誘われるようにして服に手をかけ、はだけてゆく。露になった肌に唇を這わせると、焦れたような悲鳴があがった。

 体をよじる。
 布がこすれる。
 また、声が上がる。どんどん追いつめられて行くようだ。

 まいったな、別に苛めている訳じゃないのに。

 ああ、すっかり乳首が固く尖っている。まだ全然触っていないんだけどなあ。

「どこ……見て……る」

 小さく笑って顔を寄せ、舌先で突いた。

「ぁんっ」

 妙に可愛い声が聞こえた。歯を食いしばって声を殺す、その余裕すら無くなっているらしい。

「い……いきなり何しやがるっ」

 それはもしかして睨んでいるのか。それとも誘っているのかな?
 乱れた髪の合間にのぞく左の首筋に、薔薇の花びらほどの大きさの火傷の痕が、ほんのり赤く浮び上がっている。

(今は、怒っているせいじゃない)
(知っているのは……俺だけだ)

「いきなりじゃなきゃいいのかな。……これから、ほら。この尖ってきてるところに触るよ?」
「ぃっ」

 言われてる間に直視できなくなってしまったのだろう。ぷい、と横を向いてしまった。
 けれどすぐに横目でちらっと見上げきて、それから小さくうなずく。

「可愛いな。君は」

 耳元に囁きながら予告した通りに指先でつまむ。

「あっ」

 背中が反り返り、片手がつかまる場所を探してシーツの上をさまよっている。
 何を迷っている? 俺にすがりつけばいいのに。

「か……可愛いとか………言う……な…」
「それじゃあ……なんて言ってほしい?」

 耳たぶを口に含み、そっと歯を当てる。

「うぁっ……あっぁっ……」

 びくびくと陸に挙げられた魚みたいに震えてから、ディフはレオンの肩に手をかけ、目を見あげ……言った。
 すっかり乱れた呼吸にともすれば途切れそうになる声を懸命に繋げて。

「言わせろ。お前は……最高に……可愛い」

 ふっと、涼しげな目元が細められる。

(笑った?)

「すぐに喋ることもできなくなるから……今のうちに言っておくといい」
「なっ………」

(俺は何をされてしまうんだろう?)

 ぞくっと背筋に震えが走る。

(何をされてもいい。レオンになら)

 既にシャツのボタンは全て外され、下のTシャツもまくり上げられ、ジーンズのジッパーも降ろされていた。
 ゆるめられ、もはやほとんど体を覆う役目をはたしていなかった服を自分の手で取り去る。
 身につけたものを一枚残らず脱ぎ捨て、ともすれば体を隠そうとする両手を広げて全てをさらけだした。

 レオンの目の前に。

「お前が欲しい。今、すぐに」
「それは君だけじゃない……」

 彼の体が離れて行く。シャツに手をかけて、脱ぎ始めた。その時になって初めてレオンがまだきちんと服を着ていたことに気づき、今更ながら恥ずかしくなってきた。

 が……正直なもので、目が離せない。
 既に半分ほど起ちあがっていた足の間の"息子"にはどんどん熱い血流が集まって行く。

「きれいだな……」

 ほとんどため息のような声が漏れた。
 服を着てるとわかりづらいがレオンは意外に筋肉質だ。高校の頃は俺よりずっと細かったが今は違う。
 鹿狩りの猟犬にも似たしなやかな体躯はいつまで見ていても飽きない。もちろん、触れても。

 そんなことを考えていたら、すっかり脱ぎ終わったレオンがのしかかって、キスしてきた。
 唇と唇が触れあうだけの軽いキス。だが互いの体が直に触れあう。
 ざわりと肌が泡立ち、皮膚の内側に炭酸のはじけるような刺激が染み込んで行く。たまらず、もじもじと身をよじっていた。
 手が下に滑り降りて行く。

(あ、ちょっと待てお前、どこに触ってるんだ!)


後編に続く
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【3-6】★★★退院祝い(後編)

2008/03/26 21:12 三話十海
 細くしなやかな指が痛いほど堅く張りつめた逸物をくすぐり、思わず目を閉じた。すぐに指が離れて行く。
 ほっと息をついたその瞬間、指とはまるで違った何かがこすりつけられてくる。もっと熱くて、太くて、濡れていて……堅い。

(まさか、お前、自分のでっ!)

「あ……何を……んっ…あんっ」
「ああ。言うのを忘れたかな……」



 おや、腰がひいてるじゃないか。逃げないでくれ、可愛い人。
 肩を押さえる手にわずかに力を込める。
 あまり感じやすいのも考えものだね……。

「ほら、もっと擦るよ」
「もっとって……」

 視線が左右に泳いだ。

「だ、だめだ、そんなことされたらっ」
「嫌?」
「ち……が……」

 息が荒くなっている。摺り合わせている物も何やら堅さを増して、脈打ちはじめているようだ。先端からは透明な雫が溢れて、とろとろと伝い落ちている。

「出そ……う…ずっと…してなくて……」

 切なげに目を細めて、それでも目線はそらさず、じっと見上げてくる。強すぎる刺激に、ともすれば体が逃げそうになるのを懸命にこらえているのだろう。
 震えながらも手をのばしてすがりついてくる。
 恥じらう表情とストレートな物言い。何という矛盾。だがかえって身の内にたぎる欲情が煽られる。

「構わないよ……俺も、そうだから……」

 自分と、彼と。脈打つペニスを重ねてにぎり、勢い良く擦りあげる。

「あ、あ、あ、あっ、レオンっ、よせ、あ、もっ…出る……んんっ」

 堅く目を閉じたまま髪を振り乱し、足の先までピン、と体を突っ張らせて。勢いよく白いどろりとした精を吐き出した。
 かなり濃い。
 本当に……我慢してたんだな。
 自分一人でどうにかしようなんて、欠片ほども考えなかったのだろうね、君は。

「くっ……あぁ、可愛い……よ、んぅ…っ」

 二人分の『ミルク』が彼の体を汚して行く。

「ふ…あ………」

 顔まで白い飛沫で汚しながらディフは恍惚とした表情を浮かべ、細かく身を震わせた。うっすらと目を開き、見上げて……口元がかすかにほころんだ。一筋噛みしめられていた赤い髪が解放され、はらりとシーツにこぼれ落ちる。

 ふとイタズラ心がわきあがり、胸に飛び散る雫に手を伸ばして、塗り広げてみた。

「は……あぁ……」


 粘度の高い熱い雫がほとばしる。浴びた瞬間、頭の中で何かが弾けた。余韻に浸る間もなくレオンの指がぬるりとしたそれを塗り広げて行く。
 楽しそうな目、してる。
 あの顔してる時に逃げると、きっと手をひいてしまう。今、ここで放り出されたら……考えただけで気が狂いそうだ。
 また、体が逃げそうになる。片手でシーツぎっちり握って耐えた。
 
「足……開いて」

 震えながらうなずく。だめだ、もうレオンの顔がまともに見られない。目を伏せながらもそろりと足を開く……少しだけ。
 恥ずかしかった。
 果てたばかりの前を見られるのが。
 既に別の刺激を期待してひくついている後ろを晒すのが。
 想像しただけで身が縮み……火照る。

 太ももを撫でられる。どんなに静かに息をしようとしても、レオンの手が動くたびに喉が震える。あえいでしまう。
 膝の裏に手が入ってきて、キスされた。関節の内側、薄い皮膚の交差する場所を狙って。

「あうっ」

 抗議しようとしたはずが、実際に出たのはかすれた悲鳴。びくっと背中が反り返る。

(何度目だろう?)

「こんなところも感じるんだね……」
「ち……が……お前が……触る…から」

 舌が足先に下がって行く。肌の上にひやりとしたラインを描いて。

「よ……せ……そんなとこ………」

 嘘だ。
 
「は……あ……んっ」

 さっきありったけの熱を吐き出したはずの獣が、もう半分ほど首をもたげている。
 足首を掴んで持ち上げられる……こんどはふくらはぎのほうに舌が滑って行く。

「な……んで……足なんか……んんっ」

 たまらず身をよじる。が、がっちり掴まれて逃げられない。

「ほら、こっちも……」
 
 さっきとは反対側の足にもキスされた。

「や……あっ」

 嘘……だろ。
 足にキスされてるだけで、なんで、こんなに熱くなるんだ。
 ああ、もう、痛いほど堅くなってる。信じらんねぇ、さっきイったばかりなのに!

 レオンの唇がじりじりと内股に降りて行く。
 見られている……。
 思っただけで、堅く張りつめたペニスがぴくりと震えた。

「あ」

 ふっとキスが離れた。思わず詰めていた息を吐き出す。

「はぁ……あぁ……」

 全力疾走した後のようにぜいぜいと大きく息をつく。目を閉じたまま、何度も。
 不意に足の間にとろりとした液体が滴り落ちてきた。

「ひっ、な、何だっ」
「ローションだよ……久しぶりだから、忘れちゃったかな」

 熱い疼きが走り抜ける。ローションを塗り付けられた所から頭のてっぺんまで。通りすぎる場所をことごとく赤く染めながら。

「わ……忘れるわけ……な……い……」
「ちゃんとほぐさないと…いけないから」

 たっぷりローションを絡められた指が、後ろの入り口を撫でる。
 言葉にならない悲鳴がほとばしる。

「まだこれからだよ、ディフ」

 低い声が囁く。
 俺をディフと呼ぶのはごく限られた人間だけだ。
 ヒウェルと。オティアと、シエン……そしてレオン。
 
 ベッドの中で呼ぶのは、レオンただ一人。


 目をぎゅっとつぶって首を横にふる。後ろの口が震えて息でもするように開閉し、撫でさするレオンの指にキスしている。

(ずっと、そこに触って欲しかった)

「力を抜いて」
「ぅ…わ……かった……」

 息を吐いて、力を抜こうとする。焦っているせいか、なかなか上手く行かない。
 数度目にやっと成功すると、待ちかねたようにレオンの指がするりと中に忍び込んできた。

「あうぅっ」
 
 ペニスの根本から先端にかけて甘美な刺激が走る。懸命にこらえたが、先走りがちょろりとにじむ。
 見られたろうか……。
 気づかないはずがない。あんな近くから見ているのだから。

「もう我慢できないのかな……」

 さぐるように指が動く。

「は…あ……あっ……そ……こ……」

 お前の言う通りだ、レオン。もう我慢できない。もっと欲しい。
 後ろがひくつき、うねり、指をくわえこんで吸い込む。もっと奥を。もっと強く触って欲しい。
 かき回して欲しい。

(いっそ言ってしまった方がいいんだろうか?)


 だめだ。淫らな所作をねだる自分の声を、自分の耳で聞くなんて……そんなの想像しただけで恥ずかしくて頭がおかしくなりそうだ。

「我慢しなくてもいいよ」

 優しく囁かれ、後ろを弄る指が増やされる。

「くっ、う………あ……ひっ、んっ、う、あっ、ぁあっ」

 もう、止まらない。
 腰をくねらせ、自分からレオンの指を抜き差しするようにして動いていた。
 丹念に後ろを弄られながら、喉から首筋の傷跡まで丁寧にキスされる。

 皮膚の薄い火傷の跡の上を吸われた瞬間、我慢も恥じらいもプライドも臨界点を突破した。

「も……だめ…だ……指じゃ……っ」

 言葉とは裏腹にアヌスは熱心に指に絡み付き、キャンディでもしゃぶるみたいにまとわりついている。
 少し笑った気配がして、ゆっくり引き抜かれた。

「ぁあうっ」

 背中が反り返って、イきそうになるのを必死で堪えた。足の間に意識が持って行かれる。心臓が降りてきたみたいにその部分が激しく脈打っている。

(これ以上焦らされたら……きっと、俺はどんな淫らな願いもためらわずに口にしてしまうだろう)

「ディフ。挿れるよ……」

 失われた指を求めてなおも狂おしく蠢く場所に、ようやく熱い塊が押し付けられた。
 はっと息を飲み瞼をひらく。目の前の景色が雨の日の窓越しの景色みたいにぼうっとにじんでいる。

「来てくれ…レオン」



 潤み切ったヘーゼルブラウンの瞳。混じる緑の色合いがさっきよりも濃くなっている。
 とろけるような、そのくせあどけない表情でほほ笑みかけてきた。

 笑み返し、ぐい、とひと息に彼の中に押し入る。
 甲高い悲鳴が上がり、しがみついてきた。

「ぁ………く…う……」
「ああ……ディフ……君は、最高だ……」



 名前を呼ばれるたびにアヌスが蠢き、迎え入れたレオンを更に奥へと誘う。そこだけ、別の生き物が体内に棲みついたように。

 しがみつく腕に力が入る。震えながらレオンの胸に顔をうずめ、ちろりと舐めた。

 病室で一人で寝ている間、一晩ごとに彼の肌身の記憶がおぼろになるようで……寂しかった。

(そうだ、この味だ)

 かっ色の瞳が細められ、引き締まった身体がゆっくりと動き始める。灼熱の塊が抉る。体の中のもっとも柔らかく、鋭敏な場所を。

「んっ…あ……あぁ……俺も……お前がいないと……ダメ…だ。自分の半分を…どこかに……忘れたみたいで……ぁ」
「ディフ……っ」
「寂しかった……」

 一段と強く抱きしめられる。
 彼は俺の中に居て、俺は彼の中に居る。そのことが、たまらなく嬉しかった。

「愛してる……君が、俺のすべてだよ……」
「俺から離れるなよ、レオン」
「もちろん」
「病室で何度もお前の夢見てた……」

 なめらかな肌が汗ばみ、いつもきちんと整えられているライトブラウンの髪が乱れて額や頬に張り付いている。
 たまらなく淫らで、息をのむほど美しい。

「それは……あとで、ゆっくり聞かせて……もらうよ」

 それは……ちょっと、困る。心臓がどくんと脈打ち、一緒になって後ろがきゅっと締まった。

「く……」

 こみ上げる何かを耐えるようにレオンが眉を寄せ、呻いた。その声にまた後ろが締まる。
 ぐい、と押さえ込まれ、堰を切った様に動きが激しくなった。

「あっ、あっ、あっあっあっっ…レオンっ……そんなにっ……あっ、あぁっ!」

 にじんでいた涙が後から後から沸き出して、ぼろぼろと溢れる。体の下でシーツがよじれる。肌が擦られ、また新たな疼きがわき上がる。
 無防備な鳴き声をあげながら夢中になってレオンの動きに合わせて腰をくねらせていた。
 少しでも彼を感じたい。逃したくない。
 離れたくない。
 重なり合った体の間でペニスが擦られる。前と後ろから攻め立てられ、意識が……溶ける。

「ディフ……ディフ、くぅ‥‥っ」

 名前を呼ばれ、深々と奥までつきあげられた瞬間。完全に理性を手放した。

「レオン……っっ」

 びくびくと痙攣しながらレオンの背中に爪を立て、しがみつく。
 熱い、粘つく衝撃が体の中心を駆け抜け、ペニスの先端からほとばしる。
 体のありとあらゆる部分が束縛から解き放たれて行く。

 ぶるっとレオンが震えて、また俺の名前を呼んだ。掠れた声で。
 
 ああ、お前も今、イってるんだな。
 わかるよ。
 お前の吐き出した熱が俺の中に溢れて広がって……すごくあったかい。

「ふ……ぁ………………」



 またディフが震えている。本当に感じやすいな、君は……。
 ここまで感度が磨かれてしまったのは、持って生まれた体質だろうか。それとも俺のせいだろうか?

 うっすら涙を浮かべて、しあわせそうにほほ笑んでいる。

 天使のほほ笑み……と言うには、いささか艶がありすぎるかな。

(君のその顔は俺だけのものだ)

 汗ばむ背に腕を回して抱きしめ、そっと指先でなぞる。背中に走る真新しい傷跡を。

「ん……」

 子猫のようにすり寄り、胸に顔を埋めてきた。

 いっそ鎧でも着せておきたい。二十四時間、目の届く所に置いておきたい。だが、そんなことをしたら君を潰してしまうだろう。

「すっかり汚れてしまったね。もう少し落ちついたら、一緒にシャワーを浴びよう」

 黙ってこくこくと頷いている。汗の雫の浮いた首筋の火傷の跡が、赤い。まるで露を含んだ薔薇の花びらだ。

 ほんとうに、正直だな、君は。

 体も。
 心も。

「レオン……愛してる」
「ああ。俺も、愛してるよ」



  ※  ※  ※  ※


 真夜中を少し過ぎたころ。
 のどの乾きを覚え、オティアはリビングにやってきた。
 ソファの上に何やら黒い生き物がうずくまっている。一瞬、ぎょっとした。

 目をこらすと、何のことはない。
 まだ新しいスタンディングカラーのライダースジャケット、色は黒。ソファの上に無造作に脱ぎ捨てられている。
 肩から落してばさりと置いた形がそのまま残っていた。

 この光景は以前にも見たことがある。ディフの『抜け殻』だ。

「……またかよ」

 キッチンで水を飲み、灯りを消して部屋に戻る。

 今度は電話は鳴らなかった。


(退院祝い/了)


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