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ローゼンベルク家の食卓

【4-12-6】ジンジャーブレッドマン

2009/07/24 0:12 四話十海
 
「にゃおおう」

 ぴーんと尻尾を立ててオーレはテリーの前ににゅうっと顔を突き出した。

(もう、さっきっから男の子たちばかりで話してて、ずるい。私も仲間に入れて!)

「よう、オーレ」

 ひょいと手を伸ばして白い子猫をなでながら、テリーはあれっと首をかしげた。

「どうしたの、テリー」

 ちらっとサリーを振り返ると、テリーは指先で青い首輪の先にゆれる金色の鈴をつまんでみせた。

「この鈴……」
「ああ、それ、うちの神社のお守りなんだ。地元ではけっこう数が出てるし」
「そう……か」
「ほら、この携帯ストラップもおそろい」

 サリーの携帯には確かに赤い紐の先で同じ金色の鈴がゆれている。
 その隣ではコウイチとロイが同じように携帯を掲げていた。ちょっとストラップのデザインは違うものの、やはり同じ鈴だ。

「そう……か」

(あのちび狼がこれと同じようなの着けてたな……)

 けっこうポピュラーなものらしいから、あいつの飼い主がどこかで入手してたってこともあるんだろう。

「…………」
「どうしたの、テリー」

 眉をしかめて考え込むテリーにサリーが声をかけた。

「あ、いや、こないだの夕方、迷子の子犬を拾ったんだ」

 慎重に言葉を選んだ。夢と現実をごちゃごちゃにしないように。
 どこから夢でどこまでが現実だったのか、ひどく境目はあいまいだ。床に倒れたはずなのに、目をさましたら自分はベッドの中にいて、あのちび狼はいなくなっていた

 角の生えた魔女も。
 自分を見下ろしていた、裸の………。

「ううっ」

 ぞくっと背筋が震える。
 ええい、思い出したくもない!

「ちょっと目を離してる隙にいなくなっちまって」
「大丈夫だよ。きっと、飼い主の所に戻ってるよ」
「……そうかな」
「うん」

 何故かはわからないけど、サクヤがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。こいつのほんわかした顔見てるとそんな気がしてくる。
 

「次は何になさいますかー」
「んー、それじゃ、店長のおすすめパン」
「OK」

 プレイ・ドーを使った作品は順調にその数を増やしていた。そしてディーン店長が最大級の(サイズもできばえも)傑作を作ったところで材料が品切れとなった。

「オプティマス・プライム!」
「わお、トランスフォーマー」
「うわー、コンボイ長官だ」

 コウイチが目をきらきらさせて見ている。

「うんうん、やっぱりTVシリーズ派としちゃそっちがピンとくるよな、でも風見」
「はい?」
「何で、そんな古い話知ってんだ」
「ケーブルTVで再放送やってますし」
「コウイチもトランスフォーマー好きっ?」
「うん、大好きだよ。かっこいいよな」
「うんっ!」

 シエンは首をかしげた。
 うーん、どうやらわかっていないのは自分だけらしい。何なんだろう……。
 ディーンの「作品」をしみじみと観察してみる。人間っぽい形をしてるけど、角張っていて、どっちかって言うと機械みたいだ。

「えーと、ロボット?」
「オートボット!」

 正解。(多分)
 もはやパンじゃなくなっているけれど、細かいことを気にしてはいけない。

「材料がなくなっちゃったね。残念、もう店じまいかな」
「まだあるよ?」
「え?」
「こっち、こっち」

 ディーンはちょい、ちょい、と手招きすると、とことことテーブルの方へと歩いて行く。
 てっきり予備のプレイ・ドーが置いてあるのかと思ったら、皿の上にきちんと並んでいたのは四角いジンジャー・ブレッドだった。

「本物………?」
「ママが焼いた! 絵、描いたの、俺!」

 なるほど。ショウガの香りが立ちのぼる濃い茶色の堅焼きパンには、アイシングで絵が描かれていた。
 お星様。丸。ハート。にこにこの笑顔に混じって、何やら見覚えのある顔がある。
 丸に眼鏡、そしてびよん、びよんと尻尾みたいに飛び出た髪の毛。

「これ……もしかして……」

 シエンとヨーコは同時に同じ名前を口にしていた。
 
  genger.jpg
 illustrated by Kasuri 
 
「ヒウェル!」
「んー、呼んだか?」

 にゅうっと顔をつっこんできた本人と見比べる。

「うーわー、こりゃ見事に特徴とらえてるわ……」

 何事かと他の人たちもわらわらと集まってきて、ジンジャー・ブレッドの似顔絵と本人を見比べて口々に作者をほめたたえた。

「すごいな」
「似てる」
「うん、確かにヒウェルだね」
「ディーン、天才?」
「天才だな!」
「そうか? 俺、こんな顔してるか?」
「……」

 しばしの沈黙の後、その場の全員がうなずいた。

「Yes!」
「にゃ!」
「たはっ、参ったなあ……もーちょっといい男だと思ったんだけどなあ……」
「阿呆か」

 一方、ディーンはほめられたのがうれしかったらしい。愛用の「らくがきちょう」を開いて他の作品をお披露目した。

 いずれも顔をあらわす丸に針金をねじったような手足と胴体、髪の毛とおぼしき数本の線、口、目もしくは眼鏡を描いただけのいたってシンプルな似顔絵だったが、モデルの特徴をよくとらえていた。

 pict01.jpg
 illustrated by Kasuri

「これは……オティアとシエンね」
「あ、オーレもいる」
「サクヤさんもイマス」
「じゃあ、これはテリーか」
「こっちのうねっとした長髪はディフだな」
「じゃあ、隣にいるのはレオンか」
「あ、アレックスみつけた」
「細かいなー、口のとこに皺がある」
「恐れ入ります」
「この三角巾かぶってるのは?」
「ソフィアだろ、店にいるときはその格好してる」

 一通りその場にいるモデルと似顔絵を見比べてから、ヒウェルはなにげなく未知の似顔絵の一つを指差した。

「この、くせっ毛真ん中分けの人は?」

 すかさず、ディーンはうれしそうに答えた。
 
 pict02.jpg
 illustrated by Kasuri
 
「Mr.ランドール!」

 唐突に発せられたその名前は、一瞬にして一部の人々を凍りつかせた。

「あ」
「あ」
「あ〜……」

 ヨーコはじーっとディーンの「らくがきちょう」を見つめていた。身じろぎもせず、じっと。

 やばいかもしれない。
 声には出さず、風見とロイ、サリーは互いに目くばせし、次の瞬間に確実に襲って来るであろう嵐に備えて身構えた。つとめて平常心で。あくまで自然体で。

 そう、何も起きないはずはないのだ。
 
 やがてヨーコは目を伏せると静かに手を伸ばし、ランドールの似顔絵をそっと撫でた。

「……そっか……これ、カルなんだ」

 日本語だった。

 おそらく、彼女のつぶやきの意味することに気づいた者はいないだろう。
 この場のほとんどの人々にとってカルヴィン・ランドール・Jrはあくまで『Mr.ランドール』として認識されているのだから。

「ヨーコ?」

 ちょこんとディーンが首をかしげる。

「うん、そっくり」

 ヨーコは顔を上げてディーンに笑いかけた。眉がまだ八の字になっていたけれど、それでもほほ笑んで、くしゃくしゃと茶色の髪の毛を撫でた。

「ディーン、上手ね」

 ディーンはうれしそうにぱちぱちとまばたきをして、大きくうなずいた。

「サンクス、ヨーコ!」

(よかった、何事もなかった……)

 風見とロイ、サリーはほっと胸をなでおろすのだった。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「よいお年を……」

 プレゼントを抱えてアレックス一家は階下の自宅へと帰って行く。
 ほぼ時を同じくして、双子もおやすみの挨拶をして、それぞれの部屋へと引き上げて行った。
 
「急に静かになったな」
「ああ。ディーンとオーレがいないから……かな?」
「ちがい無い」

 残された大人たちは何とはなしに部屋のすみっこのバーカウンターに集まっていた。

「何か作ろうか?」
「えーっと、それじゃカンパリ……」

 言いかけたところで、サリーはぐいっとテリーに肩を押さえられた。

「おまえはやめとけ」
「えー」

 テリーに引っ張って行かれるサリーを見送ると、ヒウェルは苦笑しながらウィスキーグラスを取り出した。

「どうせお前ら、割る気ないだろ」
「良い酒はストレートで味わうもんだぞ?」
「同感」

 にゅっとヨーコが顔を突き出した。

「でも、こう言う時でなきゃカクテル飲めないのよね。外ではお酒売ってもらえないし……」
「パスポート見せても?」
「それ以前の問題」
「サンフランシスコ市民の良識に感謝しとけ」
「おだまり」

 ぺちっと華奢な手のひらでおでこを叩かれ、ヒウェルは肩をすくめた。

「……何ぞリクエストあれば承りますぜ」
「ソルティドッグ」
「は! いきなりウォッカベースかよ! もーちょっと可愛げのあるもの頼もうって選択肢はないのか、年頃の娘が」
「おだまり」

 にっこりほほ笑むヨーコの背後に、めらっと色のない炎が燃え上がる。

「今、無性にしょっぱいものが飲みたい気分なの」

 電光石火、ヒウェルは引きつり笑顔で手を動かした。
 グラスの縁に塩をつけて、グレープフルーツを絞り、ウォッカを注ぎ、氷を入れてステアして……またたくまに黄色いとろりとしたカクテルを作り上げ、とんっとカウンターに乗せた。

「はいっ、ソルティドッグ、お待ち!」

 くいーっと一息に流し込み、たんっと空のグラスが置かれる。

「そーゆー飲み方する酒じゃないっすよ、それ!」
「おだまり。次、エンジェル・フェイスもらおっか」
「だから、どーしてそう強烈なのばっかり……」

 名前こそ可愛らしいが、リンゴのブランデーと杏子のリキュールをドライ・ジンで割ったとんでもなくアルコール度数の高いカクテルだ。空腹時に飲むのは避けた方が賢明、とまで言われている。

「ヒウェル?」
「………へい、かしこまりっ」

 着々と杯を重ねるヨーコの隣では、弁護士と探偵の夫婦がすました顔でスコッチを流し込んでいた。

 もちろん、ストレートで。


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