▼ グリどこ行った?
- 2012年辰年、新春ご挨拶短編。月梨さんの新春お祝いイラストと一緒にどうぞ。
- ヒウェルの大事にしているライターには、真っ赤な幻獣がペイントされている。故郷のウェールズの国旗にも描かれているアレが、ある朝忽然と消え失せてしまった!
- 大慌てで探し回っていると……
わが輩はドラゴンだ。色は赤。全身真っ赤。
8年前、さるアーティストの手で銀色のオイルライターの表面に念入りにペイントされた。
我が創造主がとある紳士に「ウェールズの国旗の赤いアレを描いてくれ」と頼まれて、そしてわが輩が生まれたと言う訳だ。
土台となったライターは量産品。なれどわが輩は、オーダーメイドで描かれた一点ものなのだ。オンリーワンなのだ。
紳士は独り立ちする息子への贈り物として、わが輩を買い求めたのだった。
リボンをほどき、箱を開けてわが輩を一目見るなり、息子は叫んだ。
「わお、これって、もしかして、ウェールズの国旗のアレかっ!」
「そうだよ、ヒウェル。お前のご先祖の国の象徴だ」
「嬉しいよ。すっげえ嬉しい。ありがとな、ピーター。大事にする、この赤いグリフォン!」
……え?
ちょっと待て、今、グリフォンって言いました?
わが輩はドラゴン、ドラゴンなんですけど!
非常に不本意ながら我が持ち主殿は、わが輩を………グリフォンと信じているらしい。
だが、とても大事にしてくれた。毎日ピカピカに磨いて、うっかり無くした時なんかは必死になって探してくれた。
崩れた建物の下敷きになった時は、さすがにもうダメかと諦めたもんだが……
幸い、今もこうしてカチカチと煙草に火を灯し、時にはケーキのロウソクとか、バーベキューの火だねとか、色んなものに火を着けている。
相変わらず、グリフォンって呼ばれているけれど。
「あー、そのヒウェル。ライターに描いてあるそれ、な………」
「うん、ウェールズの象徴、赤いグリフォンだ!」
「それ、ドラゴン」
ご友人が、正しい情報を教えてくれた事があるのだが、それでも我が持ち主は一向に改める気配はなく。
「うるさい、知ったことか、グリフォンつったらグリフォンなんだーっ!」
開き直った。
そこまで言い張るか! やれやれ困ったもんだ。
どこまで頑固なのか。
ここは一つ、思い知らせてやる必要があるな、うん。
※
「んー……」
ヒウェルの朝は遅い。
仕事をするのは主に夜。人々が寝静まった夜中から、かっきーんと冷え込む夜明けにかけての時間が最も集中できるのだ。
夜通しパソコンに向かってキーボードを打ち続け、時にメモ帳にがりがりと線やら丸やら文字を書きなぐる。そして東の空がうっすらと白くなる頃、力尽きてベッドに倒れ込む。
今日も今日とて、いつものように昼近くまで眠りこけ、むっくりと起き上がる。
ぼーっとしたまま洗面所に行き、ぼーっとしたまま顔を洗ってヒゲを剃り、この辺でようやく目が開く。
よれりよれりと部屋に戻り、机の上に転がる煙草の箱から一本引き抜く。口にくわえて愛用のオイルライターのフタをかっきと開けて火をつけて、目覚めの一服を深々と吸い込む。
ぷはーっとミントの香る息と煙を吹き出し、いつものようにライターに描かれた赤いグリフォンにおはようの挨拶をしようとして……
凍りつく。
「は?」
いない。
真っ赤なグリフォンの姿が、忽然と消え失せてる。
「んなアホなっ!」
眼鏡をかけて、まじまじとライターを観察する。
上蓋にある傷。
ライターをもらう時に養父がガチっと机の角にぶつけてつけた、『唯一の傷』はしっかり存在している。
見覚えのある形、触りなれた深さ。見た目も、指で触れた感触も間違いない。
これは、確かに俺のライターだ。
じゃあ、どうしてグリフォンが。グリフォンだけが、いないんだ?
「ん? んんんんーっ?」
ライターの表面に、見慣れぬ文字が刻まれていた。まるでちっちゃな、鋭い爪で引っかいたような文字が。
『探さないでください』
ヒウェルは目をぱちくり。
何てお約束な書き置きだろう。
「つまり……アレか………家出しちゃったのか、グリ!」
あんなに大事にしてきたのに。苦しい時も楽しい時も、いつも一緒だったのに! そりゃ、たまには踏んずけたり、置きわすれたり、崩れた倉庫の下敷きにしちゃったりもしたけど。
こぼしたコーヒーとか、溶けたチョコレートとかガムをべったりくっつけた事もあったけど!
(あ、ちょっと家出したくなるかもしれない)
じわあっと不覚にも涙がにじむ。
「グリーっ! 何が不満なんだよっ! どこ行っちゃったんだよーっ」
部屋中に散らばる本を。服をひっくり返して探し回るが、どこにもいない。
「グリー!」
※
ふん、これで少しは懲りただろう。
窓の外でホバリングしながら、部屋をのぞき込む。
持ち主がわんわん泣きながらわが輩を探し回っているが、けしからんことに相変わらず『グリ』だ。
やれやれ、全然反省してないじゃないか! これじゃ、当分帰る訳には行かないなあ。
ふわっと舞い上がり、マンションの上の階のベランダで一休み。日当たりのいい手すりの上にうずくまり、日なたぼっことしゃれ込んだ。
カリフォルニアの太陽はぽかぽかと心地よい。
つい、うとうとしてしまった。
どれほど眠っていただろう?
「すっげぇえええ!」
甲高い、透き通った声で目を覚ました。
ぱちりと目を開けると、おやおや。鳶色の髪の小さな男の子が一人、目をまんまるにしてこっちを見てる。
「ドラだ!」
そう、それだよ!
ばさっと翼を広げる。
「ほんものの、ドラだ!」
イエス! イエス! イエス! なかなか見どころのある子じゃないか!
ばささーっと翼を広げる。体がむくむくと膨れ上がる。
元が絵だから、大きさなんか自由自在なのだ。
「おっきくなった! ドラ、おっきくなった!」
男の子は両手の拳を握りしめ、頬を真っ赤に染めて、小刻みに震えている。
ちょい、ちょい、と手招きした。
素直に近づいてくる。うんうん、いいね。この年ごろの子供は、いちばん付き合いやすい。
男の子に背中を向けてうずくまった。
言いたいことは、すぐに伝わった。
「えっ、乗ってもいいの?」
ゆっくり頷く。男の子はよじよじとわが輩の背中によじ登り、しっかりしがみついてきた。
さあ、行こう!
翼を広げて舞い上がる。
「すごい! すごい、ドラすごーいっ」
※クリックで拡大します。
ばさばさと羽ばたきして、持ち主の部屋の窓の前を通り過ぎる。
このサイズだとさすがに気付いたか。
慌てて飛び出してきた。
こっちを見てる。
「ディーンっ?」
男の子が手をふった。
「ヒウェルー!」
「う、うそだろ………グリ?」
ベランダの手すりを掴んで、ぐっと身を乗り出してきた。
「グリー! 俺が悪かった。お願いだ、帰ってきてくれーっっ!」
あーあーあー、いい年こいた大人が、涙ぼろぼろこぼしちゃって。
仕方ないなあ。
ぶーんっと旋回して、男の子を元居た階のベランダに降ろす。
「さんきゅー、ドラ! またねっ!」
ぶいぶい手を振って見送ってくれた。しっぽを振って返事をして、空に飛び立ち、しゅるしゅると縮む。元通り、ライターの中にすっぽり収まるくらいに小さく小さく縮んで……
三階の窓から飛び込んだ。
持ち主の手の中にライターにぼすっと勢い良く。
「うわあっ!」
ちょっと、強過ぎたかな? 持ち主はソファにひっくり返り、上から積み上げられた雑誌やら本やらシャツや靴下がどさどさどさーっと雪崩のように降り注ぐ。
「むぎゅううう」
あーあ、目を回しちゃったよ。
やりすぎたかな?
※
はっと目を覚ます。
目の回りがカビカビ固まってる。咽の奥が妙にしょっぱい。
「あー……」
ソファにひっくり返ってた。起き上がると、上に乗っかってた本や雑誌がばさばさと床に散らばった。
ソファで寝るのはよくあるが、さすがに本や雑誌を毛布がわりとか……どんだけぼんやりしてたんだ、俺。
寝心地は最悪。そのせいか、やたらと悲しい夢を見ちまったような気がする。
ごそごそとテーブルの上をまさぐる。
何はなくとも、目覚めの一服だ。
煙草を一本抜き出してくわえ、何故かしっかと右手に握っていたライターをカキっと開けて……
「いるよな、グリ?」
火をつける前に、思わず確かめてしまう。
赤いグリフォンは、確かにそこに居た。
「あぁ……良かった………」
煙草を吸うのも忘れて、両手でぎゅっと握りしめた。
銀色のオイルライター。巣立ちの日に養い親から贈られた、大事な大事なプレゼントを。
「探したぞ。もう家出なんかしないでくれよ、グリっ!」
※
わが輩はドラゴンである。
ドラゴンなんだけど……名前は、グリ。
そう、グリって名前だってことにしとこう。
(グリどこ行った?/了)
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