▼ 【2-13】たからさがし
「奇跡ですね」
金髪の科学捜査官から言われたが、曖昧に笑ってやり過ごした。
崩れた壁やら天井の下敷きになって、それでも命に関わる怪我を負わずにすんだのは奇跡なんかじゃない。
双子が守ってくれたからだ。
瓦礫の下から引っ張り出されて俺とディフはそのまま病院に直行して入院。
消耗しきってぐったりしていたものの、『奇跡的』にかすり傷だった(おそらくお互いに怪我を治療したのだろう)双子は一晩だけ検査のために入院し、翌日、無事にレオンのマンションに引き上げて行った。
ディフは俺たちを引っ張り出したくせに、一番重症だった。
文字通り体を張って盾になったのだ。
(無茶と言うか。無謀と言うか。ほんっとにつくづく後先考えないおせっかいな暴走野郎だよ、あの男は!)
(……だから放っとけねえっつの)
背中に打撲傷、裂傷、数知れず。中でもとりわけジャケットを切り裂いてざっくり来たのがけっこう深かった。
おそらく跡が残るだろう。
「サムライみたいだな。後ろからってのがちとしまらないが」
当人は笑い飛ばしていたが、レオンは少し辛そうな顔をしていた。
時々、双子がレオンに連れられて見舞いに来るたびにほんの少しずつ体が楽になって行った。
隠れて治してくれていたようだ。
おかげで一週間ほどで俺は退院し、現場検証にも立ち会うことができた。
※ ※ ※ ※
冗談みたいに晴れた日だった。
カリフォルニアの冬は他の土地に比べて温暖だと言うが、物心ついた時からこの土地に住んでる身としては、やはりそれなりに寒い。
今日みたいに風の強い日はなおさらだ。
薄手のトレンチコートではいささか役不足。気取らずダウンジャケット羽織ってくりゃ良かったか。
空は青い。
磨きぬいたターコイズみたいにどこまでも青く、鋭く、見上げていると目に染みる。
オティアを苦しめた『撮影所』は、地上からきれいさっぱり消え失せていた。
今となってはへしゃげた鉄骨やくだけたガラス、板切れ、木切れ、金属片、その他雑多なガラクタの山と成り果てて。
いずれ真っ平らな更地になるだろう。
まだあちこちに絆創膏が残っているが、ようやく包帯とはおさらばした体を引きずり、予備の眼鏡をかけて瓦礫の中をうろつき回る。
チカっと足元で何かが銀色に光る。屈み込んで掘り出した。
……外れ。
しゃくに障るほどぴかぴかの、半分に欠けたナットが一つ。
ぽい、と放り出す。ま、期待はしてなかったがね。
「……あーこれはもう…見つかんねーかもなあ…」
「なにやってんだ」
「んー……ライター……さすがに携帯は無理だろうけど、残ってないかなーとか思ってな」
「ライター……ああ、赤い模様のついた、あれか」
「ああ。携帯と一緒に取り上げられちまってな」
そう言えばこいつと初めて会った時も、目の前で火ぃつけたっけな。
さすがに記憶力がいい。
Zippoのオイルライター、ウェールズを象徴する赤いグリフォンの紋様入り。イニシャルさえ彫ってない、どうってことない量産品だが……里親の家を出る時、親父から贈られた、記念の品だ。
若い頃軍隊に居た人らしく、ガツンと机の縁にぶつけて『唯一の傷』をつけてから渡してくれた。
それまで注がれた愛情と温もりの記憶が全て凝縮した、大事な贈り物。
(親と言うより友だちみたいな間柄だったけど、俺にとっては最高の両親だった)
「やたら頑丈だから、もしかしたら潰れず残ってないかなって……」
オティアはぐるりとあたりを見回して、すたすたと歩き出した。
「あ、おい、どこ行くんだ?」
「こっちが俺らが居た部屋…だからこっちが事務所のあと」
「わかるのかっ?」
「…確率の問題だ。あるとしたらこのへん…」
言われた場所にひざまずき、掘り始める。
犬みたいに素手で。
細かい破片をとりわけ、指先でまさぐって。
「……CSIにひろわれてねぇ?」
尖った釘や針金、ガラスや金属の欠片で皮膚が切り裂かれる。けれど手を止めるつもりはなかった。
※ ※ ※ ※
……だめだ、こいつ、聞いてねえ。
軽く肩をすくめると、オティアはその辺りを適当にほじくり返した。
すぐにシエンも走って来る。
三人で物も言わずに瓦礫の山を掘り返した。たった一つの『たからもの』を探して。
「…あった」
「……え?」
ヒウェルは立ち上がり、よれよれとオティアに近づいた。黙ってさし出された手の中には、四角い銀色のライター。
少しばかり擦り傷が増えていたが、間違いない。
赤いグリフォンの紋様。
思い出の傷。
「あった……………」
傷だらけの手で受けとった。ぽとり、とライターの上に雫が落ちる。
※月梨さん画「見つけた!」
「……りが……と…………ありがとう……オティア…ありがとう…」
「……あぁ」
両手でぎゅっとライターを握りしめて、ヒウェルは泣いていた。レオンでさえ初めて見るような、心の底から無防備な泣きっぷりで。
オティアは少し離れてシエンと一緒に見ていた。
こいつでも、こんな風に泣くことがあるのか。
シエンが小さな声で「よかったね」とつぶやく。
ヒウェルはうなずき、ぐいっと袖口で涙を拭うとハンカチでライターを拭い、大事そうに左胸のポケットに入れた。
にぃっと口もとがつり上がり、にやけた笑いをかたちづくる。
「さぁて……殴られた借りは返しとかないとな。じっくりしっかり書かせていただくぜ」
(永久(とわ)に消さんこの忌まわしき場所を/了)
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