▼ 秘密の花園
- 夢見る青年社長ランドールさんの少年時代。
カルの家には素敵な庭がある。
ママが大切に育てる庭には、どこまでもずうっと向こうにまで広がるような木立と、自由気ままに咲き乱れる沢山のハーブ。
そして、ママが思い付くまま植えた色んな種類のバラの花。好き勝手に生い茂り、毎年きれいな花をつける。
ゆったりした空間に好きな物をいっぱい詰め込んだ、宝箱みたいな庭の奥。小花のバラが絡んだ背の低い木の下の、秘密の空間が、カルのお気に入り。
昼と夜のすき間。お日様が沈み、月が輝きを増すひととき。
毛布とランタンを持って潜り込むと、甘い緑の香りに誘われて、小さなお友達がやって来る。
それは透き通った鱗の小さな蛇だったり、何処から迷い込んだのか知れない、毛並みの綺麗な子猫だったり。
時には、蜻蛉の羽根を閃かせた、小さな小さな女の子だったり。
カルは毎日、新しく出会った友達の話を大好きなママにだけ、こっそり教えてあげては、内緒だよ、と念をおす。
「本当に本当に、内緒だよ」
ママは優しくほほ笑みうなずく。
「わかったわ。カルとママの秘密ね」
※ ※ ※ ※
それは6月の半ばを少しすぎた頃、月の綺麗な夜だった。
いつもの様に薔薇の下の秘密の部屋へ潜り込むと、低い木の根の檻の奥がほんのりと、明るく光っていた。
ふんわり優しく霞む明かりに近寄ると、向こうが少し、透けていた。
何だろう?
もっと近寄って目をこらす。
変だな。あの茂みの向こう側にはもう、石の塀しかない筈なのに……ずうっと広い、明るい野原が広がっている!
わくわくと胸が踊り始める。カルは一歩、また一歩とそちらへ近付いていった。
天井の低い茂みの中、膝をついて、両手もついて、兎みたいにひたすら前へ。
もう少し……あとちょっと。
伸ばした指が淡い木の根に透けそうになった刹那。
チリン、チリチリン
シャツの襟元からスルリと滑り出した十字架の、中央を飾る鈴が奏でる涼しい音。
その瞬間!
サアッと青い風が吹き抜けて、指に触れるのは固い木肌。
辺りを照らすのは、ランタン一つ。
いつもと何ら変わり無い、自分だけの秘密の空間を見回すと、カルは胸で揺れる十字架を見下ろして、む。と唇を尖らせた。
鉄のクロスに、銀の鈴。
ママからもらった、大切なお守り。
「カルヴィーーーン。My Boy!」
木立の向こうから、カルを呼ぶ優しい声がする。
もう眠る時間。
「どこにいるの? カル?」
甘い緑の香る秘密の小部屋を抜け出し走り寄る。
「ここだよ、ママ」
優しい腕。あたたかな胸に飛び込んだ。
カルの家には素敵な庭がある。
今夜の事は、ママにも秘密。
※月梨さん画。こんな子が月夜に一人歩きしちゃいけません…
(秘密の花園/了)
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