▼ 夏の思ひ出
- 拍手コメントでサリーさん相手に質問をいただきましたのでお返事を。
動物が良い味出してますね〜。サリーさんは大動物は大丈夫なのかな。獣医も苦手な動物がいるらしいので気になります♪
ヨーコ「……だ、そうですが。実際どうなのよ、サクヤちゃん? 馬とか、牛とか、グリズリーとか、バッファローとか!」
サクヤ「いや、無理に国際色出そうとしなくていいから」
ヨーコ「ヨセミテベアーとかワイリーコヨーテとかロードランナーとかバックスバニーとか……」
サクヤ「それ全部カートゥーンのキャラクターじゃない! 大動物は平気だけど……アレがちょっと……ね」
ヨーコ「あー……まだ苦手なんだ、虫」
※ ※ ※ ※
それは夏が来るたびに蘇るほろ苦い思い出。
夏休みにサクヤを連れて裏山に遊びに行った時、ヨーコはクヌギの木の一角が黒光りしているのに気づいた。
くん、と空気をかぐと、かすかにもわっとしたなまぬるい臭いが漂っている。
「ちょっと待っててね、サクヤちゃん」
「よーこちゃん、どこ行くの?」
「すぐもどるから」
履いていたビーチサンダルを脱ぎ捨てて木によじ上る。
着ていたのはお気に入りのミントグリーンのヒマワリのワンピース。ちょっと動きにくいけど、ゆっくり行けば平気。下にスパッツもはいてるし。
ちらっと下を見るとサクヤが心配そうに見上げてる。ぎゅっと拳を握り、唇をかんで。
「大丈夫だから!」
一声かけて、また登る。
二股に別れた木の表面には小さな裂け目があり、じゅくじゅくと樹液がしみ出していた。
そこにはカナブンやオレンジ色のチョウチョに混じって大きなツヤツヤした……そりゃあもう、立派なカブトムシが張り付いていた。
堂々たる角は、まさしく昆虫の王者だ。
「やった!」
そっとつまみ取るとポケットに入れ、急いで木から降りた。
サクヤがほっとした顔で駆け寄ってくる。
「よーこちゃん、だいじょうぶ? こわくなかった?」
「うん、大丈夫」
ぱしぱしと手足をはらい、ポケットから獲物を取り出した。
「ほーら、サクヤちゃん、これー!」
サクヤはぴくりとも動かない。
にゅっと顔の前にさし出された大きな大きなカブトムシを見つめたまま、硬直している。
「サクヤ………ちゃん?」
次の瞬間、わっと泣き出した。
「ああっ、ごめんねごめんねサクヤちゃん泣かないでーっ」
慌てるヨーコの手からカブトムシがぽとりと落ちる。
しばらくひっくり返ってもぞもぞしていたがすぐに起きあがり、羽根を広げてぶーんっと飛んで行った。
※ ※ ※ ※
ヨーコ「……それからしばらくの間、サクヤちゃんあたしのこと遠巻きにして……近づいてきませんでした」(ほろり)
サクヤ「虫はやっぱり宇宙からきたんだよ……」(ぶるぶるがたがた)
ヨーコ「そっかー、宇宙からの訪問者じゃしょーがないわよね」(わしゃわしゃわしゃ)
サクヤ「ってよーこさん、何、わしづかみにしてんの!」
ヨーコ「ん? クマゼミ。そこの街路樹にとまってた」
サクヤ「そ、そう……最近増えてきたよね……」(びくびく)
ヨーコ「普通のセミよりでかいから目立つよね、これ。地球温暖化の影響ってやつ?」
サクヤ「(わざとだ……絶対、わざとだ……)」
※ ※ ※ ※
さらに昔の思い出。
サクヤ2歳、ヨーコ5歳の夏。
その日、サクヤは前日の夜から熱を出して寝込んでいた。
庭に面した風通しのよい座敷に布団を敷いて横になっていると、にゅっと縁側からヨーコが入って来た。
「サクヤちゃん」
「よーこちゃん」
とことこと歩いてきて、ぺたんとサクヤの枕元にすわり込み、ぴとっとおでこをくっつける。
「んー、まだお熱あるね。おでこもあついし」
「うん」
言ってることの半分も自分で理解はしていない。自分の母や、サクヤの母がやってることのマネをしているだけ。それでもあくまでまじめな顔で。
赤い顔で、ぽーっとしているサクヤにヨーコは持参した四角い缶をさし出した。
緑色の地に赤い折り鶴の模様の印刷された缶。もとはおせんべいの入っていたもの。
「これ、おみまい。きらきらしてすごくきれいなの」
「………ありがとー……なに?」
「いいもの!」
にこにこしているヨーコを見て、サクヤは素直に缶のふたをかぱっと開けた。

缶の中には、セミの抜け殻が……ぎっしり、みっしり、てんこ盛り。
ひと目見てサクヤは凍りついた。
缶のふたで圧迫されていたセミの抜け殻が、圧力から解放されて……もぞり、とあふれる。
ぼとっとサクヤの手から缶が落ちた。
ざらざらとこぼれたセミの抜け殻は、風に吹かれてふわふわ、かさかさ、部屋中に散らばって行く。
ぎゃーっと声をあげてサクヤが泣き始める。
ヨーコはあわてた。
きれいだから見せにきたのに。サクヤちゃんを泣かせてしまった!
「サクヤちゃんないたーっ」
親、兄弟、友だち。幼い子どもはとかく身近な存在の感情に同調する。人でも、動物でも、同じように。
まして姉弟同然の二人である。覚醒こそしていなかったが、常ならぬ感覚を互いの母親から受け継いでもいた。
火のついたような泣き声に驚いたサクヤの母が部屋に飛び込んできた時は、二人は一緒になって大泣きしていた。
そりゃあもう、ひきつけでも起こしそうな勢いで。
後になってヨーコは自分の母親からみっちり叱られた。
「きれいだったの、だからサクヤちゃんにも見せたかったの」
「うん、それはわかった。でもあなたが平気なものでも、サクヤちゃんが平気とは限らないでしょ?」
「うん……」
「注意しなさい」
「うん……ごめんなさい」
※ ※ ※ ※
ヨーコ「セミの抜け殻ってなかなか機能美にあふれてると思わない? あたし高校の美術の時間に細密画の課題のモチーフにしたよ?」
サクヤ「そ、そう……」
ヨーコ「ほんと、どーしてこんなに虫が苦手になっちゃったのかな、サクヤちゃん……」
サクヤ「……………………」
風見「……その原因が自分だってこと自覚してない人って平和だよねぇ…」(深いため息)
ヨーコ「(む)」
風見「サクヤさん、そんな従姉を持ったのを宿命と思って強く生きましょう(T_T)」
ヨーコ「風ぁ〜〜見ぃ〜〜〜〜、ちょっと、こっちに来なさい」(にっこり)
風見「あ"」
(両者退場)
ランドール「ふむ………。蛇の抜け殻にしておくべきだったな」
サクヤ「蛇は、よーこさんが苦手だから。ワニ皮もトカゲ皮もダメです、彼女」
ランドール「そうなのか? は虫類、可愛いのに……因みに、君は寄生虫も苦手なのかい?」
サクヤ「院内で処置してる分には、何とか。がんばってとってます……ダニとか……ピンセットで、徹底的に!」
ランドール「仕事中にはできることも、プライベートだとアウトなのだな」
- と、言う訳でサリーさんは虫が苦手なのでした。

▼ 秘密の花園
- 夢見る青年社長ランドールさんの少年時代。
カルの家には素敵な庭がある。
ママが大切に育てる庭には、どこまでもずうっと向こうにまで広がるような木立と、自由気ままに咲き乱れる沢山のハーブ。
そして、ママが思い付くまま植えた色んな種類のバラの花。好き勝手に生い茂り、毎年きれいな花をつける。
ゆったりした空間に好きな物をいっぱい詰め込んだ、宝箱みたいな庭の奥。小花のバラが絡んだ背の低い木の下の、秘密の空間が、カルのお気に入り。
昼と夜のすき間。お日様が沈み、月が輝きを増すひととき。
毛布とランタンを持って潜り込むと、甘い緑の香りに誘われて、小さなお友達がやって来る。
それは透き通った鱗の小さな蛇だったり、何処から迷い込んだのか知れない、毛並みの綺麗な子猫だったり。
時には、蜻蛉の羽根を閃かせた、小さな小さな女の子だったり。
カルは毎日、新しく出会った友達の話を大好きなママにだけ、こっそり教えてあげては、内緒だよ、と念をおす。
「本当に本当に、内緒だよ」
ママは優しくほほ笑みうなずく。
「わかったわ。カルとママの秘密ね」
※ ※ ※ ※
それは6月の半ばを少しすぎた頃、月の綺麗な夜だった。
いつもの様に薔薇の下の秘密の部屋へ潜り込むと、低い木の根の檻の奥がほんのりと、明るく光っていた。
ふんわり優しく霞む明かりに近寄ると、向こうが少し、透けていた。
何だろう?
もっと近寄って目をこらす。
変だな。あの茂みの向こう側にはもう、石の塀しかない筈なのに……ずうっと広い、明るい野原が広がっている!
わくわくと胸が踊り始める。カルは一歩、また一歩とそちらへ近付いていった。
天井の低い茂みの中、膝をついて、両手もついて、兎みたいにひたすら前へ。
もう少し……あとちょっと。
伸ばした指が淡い木の根に透けそうになった刹那。
チリン、チリチリン
シャツの襟元からスルリと滑り出した十字架の、中央を飾る鈴が奏でる涼しい音。
その瞬間!
サアッと青い風が吹き抜けて、指に触れるのは固い木肌。
辺りを照らすのは、ランタン一つ。
いつもと何ら変わり無い、自分だけの秘密の空間を見回すと、カルは胸で揺れる十字架を見下ろして、む。と唇を尖らせた。
鉄のクロスに、銀の鈴。
ママからもらった、大切なお守り。
「カルヴィーーーン。My Boy!」
木立の向こうから、カルを呼ぶ優しい声がする。
もう眠る時間。
「どこにいるの? カル?」
甘い緑の香る秘密の小部屋を抜け出し走り寄る。
「ここだよ、ママ」
優しい腕。あたたかな胸に飛び込んだ。
カルの家には素敵な庭がある。
今夜の事は、ママにも秘密。

※月梨さん画。こんな子が月夜に一人歩きしちゃいけません…
(秘密の花園/了)
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▼ 【ex6】初めての贈物
- 高校時代のお話。レオン2年、ディフは1年、ルームメイトになってから最初のクリスマス休暇。
- レオンの誕生日は12月25日なのですが、この頃のディフはまだその事を知りませんでした。
- ヒウェルもこの頃はまだゲイに目覚める前だったりします。
記事リスト
- 【ex6-1】己の借りは己で払え! (2008-08-10)
- 【ex6-2】電話でメリー・クリスマス (2008-08-10)
- 【ex6-3】遅めのクリスマスプレゼント (2008-08-10)
▼ 【ex6-1】己の借りは己で払え!
12月になると、学内はそこはかとなくそわそわした空気に包まれる。
一週間も経つ頃には寮の中ではぽつりぽつりと帰省の準備が始まり、微妙に慌ただしい、せかせかした雰囲気が漂い始める。
クリスマス前のお楽しみ。誰も彼も喜怒哀楽、どんな表情にも潜在的に笑顔が混じるこの時期に、ディフォレスト・マクラウドは一人、浮かない顔をしていた。
クリスマス休暇中、寮は閉鎖されてしまう。否応無く実家に帰らなければいけない。
家族に会えるのはもちろん、嬉しい。両親にも。兄にも。伯父や叔母、数多い従兄弟やその子どもたちと過ごすクリスマスを思うと心が弾む。
だが寮を離れると言うことはその間、ルームメイトのレオンとも離ればなれになってしまうと言うことなのだ。
それが、唯一、寂しい。
どうやらレオンも実家に帰るのはあまり気が進まないらしい。
そこで昨夜、思い切って申し出てみた。
「俺ん家、くるか?」
レオンは控えめな笑顔でありがとう、と言ってから「いや……遠慮しておくよ」と付け加えた。
(そうだよな……いくらなんでも図々しかったよな。あいつにだっていろいろと予定があるだろうし)
本日、何度目かのため息をつきながら廊下を歩いていると、ばたばたと誰かがかけてきて、がしっと腕をつかんだ。
「うぉ?」
「たのむ、ディフ、かくまってくれ!」
「ヒウェル? 何やってんだ、お前」
リスのようにくりくりとした琥珀色の瞳、少女と見まごうような愛らしい顔立ちの美少年。だが口元に浮かぶこずるい笑みに気づいた瞬間、そんな幻想は木っ端みじんにくだけ散る。
「うっかりポーカーで負けがこんでさ。追われてるんだ。たのむ!」
「ポーカーって、お前、校内で賭け事なんかやってるのか!」
ぎりっと眉をつりあげ、怒鳴りつけるとヒウェルは首をすくめて情けない笑みを浮かべた。
「怖い顔すんなって。賭けてるのは現金じゃないよ。俺だって真面目な学生なんだよ?」
「む……」
いささか説得力に欠けるのはこいつのにやけた面構えのせいか。だが根拠なく友人を疑うのもよくない。
「じゃあ、何を賭けてるんだ? チョコレートか? ランチ一回分か?」
「……に、しときゃよかったよ」
目を半開きにしてため息ついてやがる。いったい何を賭けたんだ、ヒウェル?
首をひねっていると、ばたばたとクラスの女子数人が駆けてきた。
「あ、いたいた、ヒウェル!」
「や、やあ、ジャニス、カレン、ヨーコ!」
「逃げるなんて卑怯よ?」
「ルールはルールですからね。負けた分、きっちり支払ってもらうわよ」
背の高い浅黒い肌のジャニスが進み出て、びしっとヒウェルの額を指さした。ヒウェルは首をすくめてディフの背後に回り込み、がっしりした体格の友人を盾にした。
「おい、ヒウェル……」
「頼む、マックス。一緒に払ってくれないか、俺の借り……」
「あ、ああ、俺の払えるものならば」
「軽々しく請け負っちゃだめよ、マックス」
鈴を振るような声。
ヨーコだ。ジャニスの隣に立ってちょこんと首をかしげている。この二人、並んで立つと余計に身長差が際立って見える。
「ヒウェル。自分の借りは自分で払いなさい。他人を巻き込まないの」
さほど大声を出している訳じゃない。しかし声はあくまでクリアで迷いのかけらもなく、瞳の奥には強い意志の光が宿る。下手すれば中学はおろか、小学生に見えそうなヨーコに気圧されて、ヒウェルが首をすくめて縮こまる。
「潔く……」
すうっと目を細めると、ヨーコはびしっと人さし指をヒウェルにつきつけた。
「脱げ」
「う」
「脱げ?」
「そうよ」
改めて見ると、ヒウェルは既に眼鏡も上着も時計も身につけていなかった。靴も靴下も履いていないし、ジーンズのベルトも無い。
「もしかして、ポーカーってのはただのポーカーじゃなくて……」
にまっと笑うとヒウェルはきまり悪そうにこりこりと頭をかいた。
「そ。ストリップポーカーやってたの」
要するにルールはポーカーなのだが……その名の通り負けたら一枚脱ぐ。
腕輪やピアス、ネックレス、時計やベルト、眼鏡も有効。せいぜい脱いでも上着ぐらいで深刻なレベルまではやらないのが暗黙の了解だ。
本来ならば。
「あきれた奴だ。女の子と一緒にストリップポーカーだなんて! 下心見え見えじゃないか!」
「だってさあ。ここんとこ冷え込み厳しくってみーんな厚着になっちゃったろ? せめて潤いがほしかったんだよ。ブラジャーとまでは行かないから鎖骨ぐらいは拝みたいなと」
「貴様!」
くわっと歯を剥いてにらみつけると、ヒウェルはそっぽを向いてぐんにゃりと口の端を曲げ、見え見えのへ理屈を吐き出した。
「いーじゃん、参加した時点で同意したも同然でしょ?」
「でも、負けたんだな?」
「うん、ヨーコのほぼ一人勝ち……」
そう言えば他の子たちは眼鏡や上着、ピアスを片方だけ外していたりするのだが、ヨーコだけはざっと見て欠けがない。
「で、お前は次はシャツ脱ぐしかないわけだな?」
「それ以上に何回か負けが重なってね……頼むよ。お前さんも一枚ぐらい脱いでくんない?」
「なるほど、事情はわかった。そう言うことなら……」
ヒウェルの襟首をひっつかみ、ぽいっと放り出した。待ち受ける女の子たちの真ん前に。
「きっちり払え」
「うお、ちょっと、マックス!」
「サンキュ、マックス!」
「さーヒウェル、覚悟しなさい?」
ずるずると引きずられるヒウェルを見送ってからディフはくすっと笑って……それからまた小さくため息をついた。
しばらくの間、握った拳を口元に当てて考えていたが、やがてぱっと顔を上げ、ざかざかと大またで歩き出した。
寮の部屋に向かってまっしぐらに。
あいつはもう、部屋に戻ってるだろうか。いるといいな。
休暇の間会えないのなら、それまでの時間を無駄にしたくはない。できるだけ一緒に居たい。
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▼ 【ex6-2】電話でメリー・クリスマス
そして、クリスマス。
七面鳥のローストにクリスマスプディング、ミートローフにアップルパイ、フルーツケーキにエッグノック(ただし子どもはアルコール抜き)。
久しぶりに母の作ってくれたごちそうを喉まで詰め込み、遊びに来た伯父一家との団らんも一段落ついたところで……ディフは電話をかけた。
原則として家に居る時は携帯の使用は控える決まりになっていた。さらに厳格な父親は、彼が自分の部屋に専用の電話を引くのを許可してはくれなかった。
だから必然的に居間の電話から。
「おいたーん、あそぼー」
「ちょっと待ってくれ。これから友だちに電話するんだ」
「うー」
赤毛の甥っ子(正確には一番上の従兄の息子だが)は不満そうに頬をふくらませ、テレビの前にとことこと歩いて行き、ころんと床に転がった。
こっちに背中を向けたまま、もらったばかりのトレーラーのオモチャをガラゴロと所在なげに走らせている。
(……ごめんな、ランス)
心の中で謝ってから、番号を押した。緊張で指が少し震えた。数回のコール音の後、受話器を取る気配がした。
「はい。こちらローゼンベルクでございます」
大人の男の人の声だ。落ちついた口調、きちんとしたアクセントと丁寧な発音。聞いていて思わず背筋が伸びる。
レオンの親父さんか?
「あ、あの、俺、レオンと同じ高校の、マクラウドって言います。えっと……レオン居ますかっ?」
「はい。お繋ぎいたしますので暫くそのままでお待ちください」
「わ、わかりました」
受話器を持ったまましばらく硬直。
オルゴールの音が聞こえてくる。
何だっけ、この曲。「白鳥の湖」だったかな?それとも「アマリリス」だっけ? 確か聞いたことはあるんだ。知ってるはずなんだけど。
うーわー、記憶がわやだ。もう、わけわかんねぇ……。
ぷつっとオルゴールの音が途切れる。
「やぁ」
いつもの声だ。どっと体中の力が抜け、自然と顔中に笑みが広がる。
「あ……メリークリスマス、レオン! 元気かっ!」
「なんだか久しぶりだね。メリークリスマス」
(何だ、あいついきなり大声出して)
ジョナサンは思わず弟の方に視線を向けた。
後ろ姿しか見えないが、それでも嬉しそうな気配は伝わってくる。おそらく笑顔全開、尻尾があったら全力で振っている。そんな気がする。
(電話か? 妙に浮かれてるな……相手は女か? でもレオンっていってたな……いやでも女の子でもレオノーラとかレオナとかいるしなあ……)
話している当人は背後のギャラリーの反応など知る由もなく。楽しげにレオンとの会話に没頭していた。
「そうだな。学校のある時は毎日必ず顔合わせてるし……あ、一緒の部屋だから当たり前か」
「こっちは退屈だよ。何もなくて困る」
「そっか……あ、お袋がお前によろしくって、いつも世話になってるから!」
「何もしてないよ。むしろ食べさせてもらってる」
「……土産に何か作ってくよ。何食いたい?」
「テキサスから持ってこなくても、サンフランシスコに戻ってからつくったらいいじゃないか」
「……そうだな……」
どうやら、会話から察するにルームメイトと話しているらしい。
(何だ、男か)
さっくりと興味を消失すると、ジョナサンはまた読みかけのミステリー小説に戻っていった。
母はにこにこしながら末息子を見守り、父は『妙に長い電話だな』と首をかしげるがあえて口には出さない。
ランスはころんとカーペットの上にひっくりかえり、テレビを見るふりをしながらちらちらと『おいたん』の様子をうかがった。
(せっかく、遊べると思ったのに。早くおわんないかな、電話)
「もうじき俺も市内に戻るよ。寮が閉じてる間は、ホテル住まいになりそうだけれどね」
「そうか! いつ戻るんだ? ホテルの場所は?」
いそいそとホテルの場所と、日付をメモすると、ディフは電話を切った。じゃあ、またな、と陽気に告げて。
受話器を置くと、母がほほ笑みながら声をかけてきた。
「楽しそうだったわね、誰と電話してたの?」
「レオン!」
「……そう。やっぱりレオンだったのね」
「おいたーん」
たたたたっとランスが転がるようにかけてきて、ひしっと飛びついてくる。
「あそぼ?」
「ああ。待たせたな」
子犬みたいにかっかと体温の高くなった甥っ子を抱えてカーペットの上を転がる。その前に、しっかりと胸ポケットにメモをしまった。
※ ※ ※ ※
レオンは静かに受話器を置いた。部屋の中には彼一人、他には誰もいない。
卓上の銀のベルを鳴らすと、控えめなノックとともに忠実な執事が現れる。
「お呼びでございましょうか、レオンさま」
「ああ、アレックス。サンフランシスコ市内にホテルをとってくれないか。それから年が明けてからのスケジュールの調整を」
「……かしこまりました」
ホテルに移ったところで一人でいることに何ら変わりはないのだが、それでもこの広いだけの屋敷にいるより、ずっといい。
耳の奥についさっき聞いたばかりのディフの声が残っている。
『メリークリスマス!』
今日、何度その言葉を言われ、自分も口にしただろう。だが本当に意味があるのはさっき交わした一言だけだ。
※ ※ ※ ※
クリスマスの翌日、ディフは久しぶりに近所のショッピングモールに買い物に出た。同じアメリカでも、カリフォルニアとテキサスでは売っているものの種類やテイストが微妙に違う。
楕円形や金属の四角いプレートに細かな彫金を施したウェスタンバックルと呼ばれる大きめのバックルや、がっちりしたジーンズ、カウボーイの使うような幅の広いベルトなど。
ウェスタン系の小物は断然、こちらの店の方が品質もしっかりしているし、種類も豊富だ。
帰省のついでに買い込んでおくか、と行き着けの店に入る。
クリスマスシーズンを見越してか、かなりの数の新作が入荷していた。
鋭く白い輝きの銀製のバックルや、年月を経たセピア色に霞む色合いの美しいビンテージ品はさすがに手が出ないので見るだけで。
19〜20ドルの自分の手の届く範囲の物を中心にじっくりと物色する。
いろいろ迷ってから結局、楕円形のプレートに星のレリーフの入ったのを一つ買い求めることにした。会計を終えてから、ふと視線を横に滑らせる。
いつも自分の使っているものより一回り小さなバックルのコーナーにそれはあった。
ころんとしたシンプルな楕円形。縁をぐるりと取り囲む額縁状のレリーフ以外装飾はない。
けれどその額縁の両端が、よく見るとある動物の横顔を形作っていることに気づいた。
(これは……あいつにぴったりじゃないか!)
即座に心を決めた。
「……すいません、これもください。あ、ラッピングもお願いします」
一日遅れだったが、まだクリスマスのラッピングは受け付けてくれた。
※ ※ ※ ※
「父さん」
「何だ?」
「俺、予定繰り上げて少し早めにシスコに戻りたいんだ。いいかな」
ダンカン・マクラウドは新聞から顔を上げて息子を見た。
「まだ学校の寮は閉まってるだろう」
「うん、だから……郊外の牧場でバイトしようと思うんだ。オーブーさんとこで」
オーブリー。兄(つまりこの子にとっては伯父)の友人オーブリー・マッキロイの事だ。週末は彼の農場でバイトをしていると聞いた。
「住み込みで、か?」
「うん。従業員がちょうど休暇で帰っちゃってるから人が足りないって言ってたし。電話したら二つ返事でぜひ来てくれって」
もう電話したのか。やけに手際がいい。いったい、何だってこの子はそんなにサンフランシスコに戻りたがるのか……。
そんなに早く家族の元を離れたいのだろうか?
いや、ここ数日、息子の様子を見ている限りはそんな風には見えない。笑顔で家族と話し、兄弟仲も良い。親類の子どもたちとも全力で遊んでいる。心の底から楽しげに。
いささか警戒心が薄い傾向はあるが、ダンカン・マクラウドはこの赤毛の息子の快活でまっすぐな性質を好ましく思い、また信頼していた。
「暇な時は、馬に乗っていいって」
ああ、それなら納得だ。むしろ、それが目当てなのだろう。自分の兄の経営する牧場には、もうこの子の乗りこなせない馬はいないと言ってもいい。
もちろん彼の不在中に新しい馬も入ってはいたが、この息子ときたら全て休暇の間に手なづけてしまった。
ディーは丈夫な子だ。同じくらい、意志も強い。
何度振り落とされても決してあきらめず、地道な辛抱強さを発揮して待ち続ける。馬が自分を信頼し、主導権を委ねるその瞬間まで。
何があっても決してもの言わぬ動物を怒鳴ったり、増して暴力をふるうことはしない。
そんな事をするぐらいなら自分の心臓をえぐり出す方がマシだと考えている。
実に男らしく、勇敢で……誇れる息子だ。
新しい場所で、新しい馬を試したいのだろう。
「良かろう。くれぐれも先方に迷惑はかけるなよ?」
「うん!」
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▼ 【ex6-3】遅めのクリスマスプレゼント
年が明けるとすぐさまディフはサンフランシスコに戻り、マッキロイ牧場で住み込みのバイトを始めた。
仕事はいくらでもあったし、彼にとっては全て伯父の牧場の手伝いで慣れた作業だった。
馬の世話、厩舎の掃除、牧場を運営する上でのありとあらゆる面倒で力の要る仕事。全ての作業は最終的には楽しみに通じ、彼の若い体を鍛えるのに役立った。
毎日が楽しい。ただ、小さなランスだけは不満そうだった。
『もうシスコにいっちゃうの? 休みのあいだ、ずーっと遊べると思ったのに!』
『ごめんな、ランス……夏にまた来るから』
ふくれっつらをした甥っ子の、クセのある赤毛を撫でてテキサスを後にした直後は少しばかり胸が痛んだものだった。
バイトの合間にシスコ市内のホテルにレオンを訪ねた。
行ってみたら、これがまた……ガイドブックのカラーページに載っていそうな一流ホテルで、思わずポケットからメモを取り出し、確認した。
ホテルの名前。
番地。
「………………………………………まちがってないよな?」
中に入り、スニーカーを包み込むふかふかとした絨毯の感触にびびりつつ、ぴかぴかに磨き上げられたフロントに近づき、おっかなびっくりレオンの名を告げると……。
「こちらでございます」
何てこったい。てっきり部屋番号を聞いて上がって行けばOKだと思っていたのに、制服をぴしっと着たホテルマンが先に立って案内してくれる!
「あ……ありがとうございます…………………」
壁と柱は落ちついたアイボリーに統一され、値段の想像できないような陶器や絵、彫像が廊下の要所要所にひっそり置かれていた。
何もかも重厚で厚みがある。美術品の真偽などまるでわからないが、よくインテリアショップで見かける複製品とは核が違うと肌身で感じる。
別世界だ。
ジーンズにセーターにダッフルコートなんて、ラフな格好で歩いていいんだろうか?
案内されるまま乗り込んだエレベーターは、ぐいぐいと景気よく上昇して行く。ほとんど震動は感じないが一向に止まる気配がない。
(いったいどこまで上がるんだーっ!)
長い廊下を通り抜け、やがて大きな……他の部屋と比べて、明らかに格の違う、どっしりした造りのドアの前にたどり着いた。
ホテルマンが呼び鈴を押すと、きちんとスーツを着た男性が迎えに出た。髪の毛は銀色、目は空色。
(誰だ? レオンの親父さん……にしちゃ、ちと若いよな?)
頭の中がぐるぐるしてきた。顔がかっかと火照っている。このフロア、暖房ききすぎじゃないか? あ、いい加減コート脱いだ方がいいのかな。
悩んでいると、空色の瞳の男性が話しかけてきた。
「マクラウド様ですね、お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
言葉の詳細はわからないが、とにかく自分が呼ばれたのはわかった。こくこくとうなずき、ギクシャクと油の切れたブリキの木こりみたいに歩いて行く。
視界の隅にちらりと、空色の瞳の男性が自分を案内してきたホテルマンにチップを渡しているのが見えた。
(こんなにふかふかのじゅうたんを、すにーかーでふんでもいいのだろうか)
(どうしよう、やっぱり、くつぬいだほうがいいのか?)
うずまきができている。
頭の中にも、外にも。足元にも。もう、自分の見聞きしたものが上手く脳みその中で形にならない。言葉にならない。ただ色と光と音が通過して行くだけ。
くらくらと目眩にも似た感覚にとらわれながら広いリビングに入っていくと、椅子に座って本を広げていた少年が顔を挙げた。
その瞬間、うずを巻いていた世界がすーっと一点に定まった。
「やぁ」
「レオン!」
見た事のない別世界で、やっと出会えた見慣れた顔。すらりとした手足、明るいかっ色の瞳と髪、陶器の人形にも似た貴族的な顔立ち。
しばらくの間、自分の生活から欠けていたもの。ずっと、会いたいと願っていた。
たーっとボールを追いかける子犬のように駆け寄ると、ディフは思いっきり両腕でレオンを抱きしめた。
「……っと」
驚いて目をぱちくりさせているレオンの髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。
「元気にしてたかー。あいっかわらず本読んでばっかだなお前」
レオンは小さく笑うと目を細め、改めて友人の様子を観察した。
「君こそ、冬なのにまた日焼けしてる」
「うん。伯父さんの牧場に入り浸ってたし……こっちでも牧場のバイトしてっからな。表にいる時間のが長い」
「そうか、楽しそうで良かった。何か食べるかい」
カチャ、と陶器の触れあう音がした。振り向くと、さっき自分を部屋の中に案内してくれた男性がお茶の仕度を整えていた。
「うん! むっちゃくちゃ緊張したよ……お前、すげえとこに泊まってるんだな」
「ああ、祖父の知り合いのホテルなんだ。使ってくれって言われててね」
「そうか……」
(じーちゃんの知り合いなのか、そうなのか。すげー知り合いがいるんだな……知り合いだからやっぱり宿泊料は割引が利くんだろうか?)
「靴脱いだ方がいいのかどうか真剣に悩んだ」
「大丈夫だよ」
「安心した……」
リビングのテーブルの上に、フルーツとサンドイッチ、ケーキの入ったトレイが運ばれてきた。横に並べるのではなく、上に重なっている。
面白い形だなと思った。
「どうぞ、お召し上がりください」
「あ、ども」
サンドイッチはディフの基準からすれば小振りなものばかりだったが、パンも、中にはさまったキュウリもすばらしく美味かった。
わしづかみにして頬張り、あぐあぐと噛んで飲み込み、お茶を流し込む。
「わあ、これ美味い! キュウリのサンドイッチなんて食いごたえないんじゃないかって思ったけど……シャキシャキしてすごく美味い!」
レオンはカップを片手にディフの食べる姿をながめていた。
(こう言うのも久しぶりだな……)
お世辞にもマナーが良いとは言いがたいが、彼は実に美味しそうに、楽しそうに食べる。
時折フルーツをつまむ程度のレオンを見ながら、ディフは思っていた。
(相変わらず小食だな……きっと休みの間も本読んでばかりだったんだろうな。こいつ、もーちょっとしっかり食って動いた方がいいぞ)
旺盛な食欲で出されたものを平らげてから、ディフはちょい、ちょい、とシャツの端で手をぬぐい、コートのポケットから小さな平べったい箱を取り出した。
手のひらに収まるほどの大きさで、柊の葉をかたどった模様の捺された緑色の包装紙につつまれ、赤いリボンが結んである。
「だいぶ遅れたけど……これ、クリスマスプレゼント」
「え……俺に?」
あーあ、言っちまった。照れくさいが、出した以上はもう引っ込める訳には行かない。
しとろもどろになりながら、言い訳めいた台詞を口にする。
「な、何贈ったらいいのか、わかんなくって、その、自分の気に入ったものなんだけどな」
今更ながら心配になってきた。見つけた瞬間はこれしかない! って思ったのだが、今、ホテルの重厚な調度品の中に座ってるレオンを見ると……。
果たして、あんな安物をこいつに贈っていいものかどうか。気に入る入らない以前に、受けとってくれるのかどうかすら危うく思えてきた。
「ありがとう。………すまない、俺は何も用意してないんだ」
「いいんだよ、俺がしたくてしてるんだし!」
にかっと笑うと、ディフはぐいっとシャツの袖口で口元のパンくずをぬぐった。
「なんかお前の顔見ただけで十分な気がするし」
「……開けてもいいかな」
わずかに頬をそめて、こくっとうなずいた。
しなやかな指がリボンをほどき、包装紙を開いてゆく。中からは藍色の箱。ふたを開けると、銀色のバックルが静かに光っていた。
ころんとしたシンプルな楕円形。縁をぐるりと取り囲む額縁状のレリーフ以外装飾はない。
その額縁の左右の端に、小指の先ほどのライオンの横顔があしらわれていた。
「ああ、綺麗だね」
わずかな頬の赤みが、さーっとディフの顔全体に広がる。やや遅れて口元がむずむずと持ち上がり……笑顔全開。
「うん……きれいだから、お前にぴったりだと思ったんだ」
「使わせてもらうよ。大事にする」
「ほんとかっ? そうか、使ってくれるか!」
もしも彼が犬ならば。四つ足をフル稼働させて部屋の中で八の字を切って全力疾走していることだろう。ちぎれんばかりに尻尾を振って。
レオンが傍らに控えるスーツ姿の男性の方を振り返り、何気ない調子で言った。
「これがつけられるようなベルトを見繕ってみてくれ」
「かしこまりました」
「これ、こんな感じの」
ディフがセーターをまくりあげて自分のベルトを見せた。星のレリーフをほどこした、レオンに贈ったのよりすこし大きめのバックルが光っている。
あまり勢い良くまくったものだからセーターの下に着ていたシャツがめくれて、ちらりと割れた腹筋がのぞいている。
(また、そんな事して……)
レオンはわずかに眉をしかめた。しかし声はあくまでおだやかに。
「いつまでもお腹を出してると、冷えるよ?」
「おっと」
ごそごそとディフが服を直している間に、アレックスがシンプルな皮のベルトを持って戻って来た。
「こちらでいかがでしょう」
「あ、いいな、これぴったりだ」
「これは簡単につけかえられるのかい?」
「ああ、簡単だよ。ちょっと貸してもらえますか、それ」
ディフはアレックスからベルトを受け取り、しばらく調べてから、改めてレオンに向かって手をさしだした。
「それもだ、レオン」
素直にレオンはバックルを手渡した。
二人の見守る中、ディフはジーンズのポケットからスイスアーミーを取り出し、手際よくぱきぱきとバックルを付け替える。
いつもやってるから慣れたものだ。
「……ほら、できた」
「ありがとう」
できあがったベルトを受けとると、レオンは身につけていたベルトをしゅるりと腰から抜き取った。
(うわあ……こいつって、ほんっとに……腰細ぇんだなあ)
何となく見てはいけないものを見ているようで、ディフはそろりと視線をそらした。
真新しいライオンのバックルを着けたベルトをズボンに通して、くいっと引っぱって留めて。位置を整えてからレオンは首をかしげて問いかけた。
「どうかな」
アレックスがうなずき答える。
「良くお似合いです」
ディフはにやっと笑うとぐっと右の拳を握って突き出し、親指を立てた。
「……最高」
「ありがとう」
レオンはかすかに……それでも確かに嬉しそうに笑ってくれた。
ディフは嬉しかった。喜んでくれた。目の前で身につけてくれた。そのことが、ひたすら嬉しかった。
※ ※ ※ ※
そして、2006年現在。
寝室で着替えるレオンの姿をじっとディフは見守っていた。
タイを緩めて外し、腰からベルトを抜き取るその動作の何と艶っぽいことか。
「ん?」
ふと、外されたベルトのバックルに目が引き寄せられた。
10年近い年月を経て、少しばかりすり減ってはいたが……シンプルな楕円形、両端にあしらわれたライオンの横顔。
「あ」
小さな声が漏れた。さすがにベルトはあの時と同じものではないが、バックルは見忘れようがない。初めて贈ったクリスマスプレゼントだ。
「ん……ああ。今でも時々使っているよ」
「そっか………ずっと……使っててくれたのか………うん…………そっか……」
レオンは黙ってうなずいた。
実を言うとこのバックル、結婚式の時もひっそりと身につけていたのである。いささか花婿のタキシードには不釣り合いな代物だが、上着を着てしまえばわからない。
「あの時気づかなかったけど……お前、クリスマス生まれだったから、誕生日プレゼントを贈ってたんだな、俺。」
「そうだね。俺にとってはクリスマスも誕生日もあまり意味のないものだったけど。君が贈り物をくれたから特別になった」
「俺は……久しぶりにお前に会えて嬉しくて。喜んでくれたのが嬉しくて。有頂天になってたんだな………」
目を細める。あの時、自分はまだ15歳。ほんの子どもだった……レオンに対する想いにすら気づかぬまま、ただ彼と共にいられることが嬉しかった。
「まさか、その場で着けてくれるとは思わなかったし」
「だって君がつけてくれたからね。ベルトに」
「いや、だって俺、慣れてたし、しょっちゅう自分でやってたから」
「うん」
「正直言うと……な……ベルト引き抜いて付け替えてるお前の姿に……………」
今ならわかる。あの時、己の胸を内側から焦がしたもどかしさの正体が。
「み……見蕩れた」
消え入りそうな声で告白すると、レオンはふさふさとカールしたまつ毛をに縁取られた両目をぱちぱちさせて。それから、ぷっとふき出した。
「わ……笑うな……よ……」
言うんじゃなかった。ああ、もう、この後どうすりゃいいんだ。ぷい、と横を向いてから、そろそろと目線だけレオンに戻す。
「ごめんごめん。気にすることはないよ、俺も君が裸でうろうろするから目のやり場に困ってたし」
「そんな事、俺、やったか?」
「風呂上がりにね」
「う…………………」
記憶をたぐりよせる。
……確かにやっていた。
うっかり夏場に下着もつけずに風呂から出て、何度か説教を食らった。
その後はさすがにパンツは履くようになったが、それでもレオンはあまりいい顔をしなかった……ような気がする。
と、言うか本に没頭していて絶対にこっちを見ようとしなかった。あれは、目のやり場に困っていたからなのか!
「ごめん」
背後から抱きつき、腕をレオンの胸に回して耳元に囁く。
「ベルト引き抜いてるとこが色っぽいって思うのは、今も同じだからな?」
頬にキスをした。
前に回した手を握られる。引き寄せられるまま体を預け、そのままとさりとベッドに仰向けに転がる。
抱きしめられ、目を閉じるより早く柔らかな口づけが降ってきた。
「俺はもう目のやり場に困ったりしてないよ」
「……好きなだけ見てろ」
レオンの背に腕を回して抱き返し、応えた。
(初めての贈物/了)
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