▼ 夏の思ひ出
- 拍手コメントでサリーさん相手に質問をいただきましたのでお返事を。
動物が良い味出してますね〜。サリーさんは大動物は大丈夫なのかな。獣医も苦手な動物がいるらしいので気になります♪
ヨーコ「……だ、そうですが。実際どうなのよ、サクヤちゃん? 馬とか、牛とか、グリズリーとか、バッファローとか!」
サクヤ「いや、無理に国際色出そうとしなくていいから」
ヨーコ「ヨセミテベアーとかワイリーコヨーテとかロードランナーとかバックスバニーとか……」
サクヤ「それ全部カートゥーンのキャラクターじゃない! 大動物は平気だけど……アレがちょっと……ね」
ヨーコ「あー……まだ苦手なんだ、虫」
※ ※ ※ ※
それは夏が来るたびに蘇るほろ苦い思い出。
夏休みにサクヤを連れて裏山に遊びに行った時、ヨーコはクヌギの木の一角が黒光りしているのに気づいた。
くん、と空気をかぐと、かすかにもわっとしたなまぬるい臭いが漂っている。
「ちょっと待っててね、サクヤちゃん」
「よーこちゃん、どこ行くの?」
「すぐもどるから」
履いていたビーチサンダルを脱ぎ捨てて木によじ上る。
着ていたのはお気に入りのミントグリーンのヒマワリのワンピース。ちょっと動きにくいけど、ゆっくり行けば平気。下にスパッツもはいてるし。
ちらっと下を見るとサクヤが心配そうに見上げてる。ぎゅっと拳を握り、唇をかんで。
「大丈夫だから!」
一声かけて、また登る。
二股に別れた木の表面には小さな裂け目があり、じゅくじゅくと樹液がしみ出していた。
そこにはカナブンやオレンジ色のチョウチョに混じって大きなツヤツヤした……そりゃあもう、立派なカブトムシが張り付いていた。
堂々たる角は、まさしく昆虫の王者だ。
「やった!」
そっとつまみ取るとポケットに入れ、急いで木から降りた。
サクヤがほっとした顔で駆け寄ってくる。
「よーこちゃん、だいじょうぶ? こわくなかった?」
「うん、大丈夫」
ぱしぱしと手足をはらい、ポケットから獲物を取り出した。
「ほーら、サクヤちゃん、これー!」
サクヤはぴくりとも動かない。
にゅっと顔の前にさし出された大きな大きなカブトムシを見つめたまま、硬直している。
「サクヤ………ちゃん?」
次の瞬間、わっと泣き出した。
「ああっ、ごめんねごめんねサクヤちゃん泣かないでーっ」
慌てるヨーコの手からカブトムシがぽとりと落ちる。
しばらくひっくり返ってもぞもぞしていたがすぐに起きあがり、羽根を広げてぶーんっと飛んで行った。
※ ※ ※ ※
ヨーコ「……それからしばらくの間、サクヤちゃんあたしのこと遠巻きにして……近づいてきませんでした」(ほろり)
サクヤ「虫はやっぱり宇宙からきたんだよ……」(ぶるぶるがたがた)
ヨーコ「そっかー、宇宙からの訪問者じゃしょーがないわよね」(わしゃわしゃわしゃ)
サクヤ「ってよーこさん、何、わしづかみにしてんの!」
ヨーコ「ん? クマゼミ。そこの街路樹にとまってた」
サクヤ「そ、そう……最近増えてきたよね……」(びくびく)
ヨーコ「普通のセミよりでかいから目立つよね、これ。地球温暖化の影響ってやつ?」
サクヤ「(わざとだ……絶対、わざとだ……)」
※ ※ ※ ※
さらに昔の思い出。
サクヤ2歳、ヨーコ5歳の夏。
その日、サクヤは前日の夜から熱を出して寝込んでいた。
庭に面した風通しのよい座敷に布団を敷いて横になっていると、にゅっと縁側からヨーコが入って来た。
「サクヤちゃん」
「よーこちゃん」
とことこと歩いてきて、ぺたんとサクヤの枕元にすわり込み、ぴとっとおでこをくっつける。
「んー、まだお熱あるね。おでこもあついし」
「うん」
言ってることの半分も自分で理解はしていない。自分の母や、サクヤの母がやってることのマネをしているだけ。それでもあくまでまじめな顔で。
赤い顔で、ぽーっとしているサクヤにヨーコは持参した四角い缶をさし出した。
緑色の地に赤い折り鶴の模様の印刷された缶。もとはおせんべいの入っていたもの。
「これ、おみまい。きらきらしてすごくきれいなの」
「………ありがとー……なに?」
「いいもの!」
にこにこしているヨーコを見て、サクヤは素直に缶のふたをかぱっと開けた。
缶の中には、セミの抜け殻が……ぎっしり、みっしり、てんこ盛り。
ひと目見てサクヤは凍りついた。
缶のふたで圧迫されていたセミの抜け殻が、圧力から解放されて……もぞり、とあふれる。
ぼとっとサクヤの手から缶が落ちた。
ざらざらとこぼれたセミの抜け殻は、風に吹かれてふわふわ、かさかさ、部屋中に散らばって行く。
ぎゃーっと声をあげてサクヤが泣き始める。
ヨーコはあわてた。
きれいだから見せにきたのに。サクヤちゃんを泣かせてしまった!
「サクヤちゃんないたーっ」
親、兄弟、友だち。幼い子どもはとかく身近な存在の感情に同調する。人でも、動物でも、同じように。
まして姉弟同然の二人である。覚醒こそしていなかったが、常ならぬ感覚を互いの母親から受け継いでもいた。
火のついたような泣き声に驚いたサクヤの母が部屋に飛び込んできた時は、二人は一緒になって大泣きしていた。
そりゃあもう、ひきつけでも起こしそうな勢いで。
後になってヨーコは自分の母親からみっちり叱られた。
「きれいだったの、だからサクヤちゃんにも見せたかったの」
「うん、それはわかった。でもあなたが平気なものでも、サクヤちゃんが平気とは限らないでしょ?」
「うん……」
「注意しなさい」
「うん……ごめんなさい」
※ ※ ※ ※
ヨーコ「セミの抜け殻ってなかなか機能美にあふれてると思わない? あたし高校の美術の時間に細密画の課題のモチーフにしたよ?」
サクヤ「そ、そう……」
ヨーコ「ほんと、どーしてこんなに虫が苦手になっちゃったのかな、サクヤちゃん……」
サクヤ「……………………」
風見「……その原因が自分だってこと自覚してない人って平和だよねぇ…」(深いため息)
ヨーコ「(む)」
風見「サクヤさん、そんな従姉を持ったのを宿命と思って強く生きましょう(T_T)」
ヨーコ「風ぁ〜〜見ぃ〜〜〜〜、ちょっと、こっちに来なさい」(にっこり)
風見「あ"」
(両者退場)
ランドール「ふむ………。蛇の抜け殻にしておくべきだったな」
サクヤ「蛇は、よーこさんが苦手だから。ワニ皮もトカゲ皮もダメです、彼女」
ランドール「そうなのか? は虫類、可愛いのに……因みに、君は寄生虫も苦手なのかい?」
サクヤ「院内で処置してる分には、何とか。がんばってとってます……ダニとか……ピンセットで、徹底的に!」
ランドール「仕事中にはできることも、プライベートだとアウトなのだな」
- と、言う訳でサリーさんは虫が苦手なのでした。