▼ 【ex9-1】暴れん坊の虎神
これは南の国の物語。
ぽってりとした肉厚の葉っぱの木々が茂り、ねっとり甘い果実がたわわに実り、色鮮やかな花の香りが、優しく雨に溶ける森の奥。
険しい険しい崖の上に、半ば獣、半ば人の土地神様がおりました。
illustrated by Kasuri
虎の体に人の顔。風にたなびく赤い髪。
母なる女神から「この土地を治めなさい」と命じられ、天高く霧に煙る山の頂より、降りてきたのですが……。
何分、まだまだ若い神様で。気まぐれ、我がまま、ケンカ好き。早い話が血気盛んな暴れん坊。
「ここは俺様のなわばりだ、勝手なマネは許さねぇ!」
悪いモノが入ってくると追っ払う。
「もっと美味いものもってこーい!」
おそなえが気に入らないと暴れる。それでも一応、神様としての務めは果たしてくれるし。おいしいものをお供えしておけばご機嫌だったので、村の人々とはそれなりに上手く行っていたのですが……。
神様もお年ごろ。いつの頃からか「嫁をよこせ!」と暴れるようになりました。
仕方がないので村の娘を嫁入りさせることになりまして……。
満月の夜、村外れの神殿に花嫁はただ一人残されました。
真夜中を少し過ぎた頃、どうっと一陣の風が吹き抜け、黄金の毛皮に身を包んだ虎が現れました。
「おまえが俺の嫁か」
色鮮やかな花嫁衣装に身を包み、髪に花を飾り、美しく装った嫁を見て虎神様は上機嫌。
喜び勇んで背に乗せて、険しい崖を駆け上がり、巣穴に連れ帰りました。
「おまえは今日から俺の嫁だ。勝手に一人でふらふら出歩くなよ!」
半ば虎で半ば人。鋭い牙に炎のように赤い髪。目つき鋭く声は轟き、たくましい手にぞろりと生えそろう虎の鍵爪。らんらんと光る目にはたと見据えられた娘はたちどころに震え上がり、怯えてさめざめ泣くばかり。
「何だ、腹が減ってるのか。待ってろ、餌をとってきてやる」
ところが。
一人目の娘は、虎の留守に逃げ出そうとして、ガケから落ちて死んでしまいました。
仕方なく虎は亡骸を崖の下に埋め、青々とした葉っぱの茂る枝を挿しました。
二人目の娘は逃げる途中で獣に襲われ、虎が駆けつけた時はもう事切れていました。
仕方なく虎は亡骸をこんこんと澄んだ水の湧く泉のほとりに埋め、やっと見つけた甘い実を植えました。
三人目の娘には、将来を言い交わした恋人がおりまして。嫁入りの夜、震える手に山刀を握りしめ、神殿まで助けに来たのです。
「何だ貴様は。俺の嫁を横取りする気か?」
「横取りしたのはおまえだ! 彼女は俺の恋人だ! この世で一番、大切な人だ!」
「生意気なやつめ、引き裂いてやる!」
前足の一振りで、若者はあっさり吹っ飛ばされてしまいました。
牙をひらめかせ、虎が今しも若者ののど笛に食らいつこうとしたその時。
「まってください」
花嫁衣装をなびかせて、娘がひしと取りすがったのです。
「私はあなたについて行きます。だから、この人だけはお助けください」
「そんなにこの男が大事か」
「はい。この世で一番、大切な人です」
「………」
ぷいっと虎は横を向き、耳を伏せて座り込み。尻尾をぱたぱたさせて言いました。
「他の奴のモノなぞいらん。どこへなりと失せるがいい」
そこで娘と若者は手に手をとって、遠くの町へと駆け落ちしたのでした。
一人残された虎は、娘が髪に飾っていた花を巣穴の入り口に挿しました。
二人が帰ってこないので、村ではこんな噂が広まりました。「虎神様の怒りを買って、二人とも食われてしまったに違いない」
四人目はまだ幼い少女で、朝から晩まで泣いてばかり。
とうとう三日目の朝、虎は少女を背に乗せて、崖を下り、森を駆け抜けて村まで降りて行きました
「泣いてばかりの嫁はいらん。とっとと家に帰るがいい」
やがて時が流れて……
崖の下に青々とした葉が生い茂り、泉のほとりに甘い果実が実り、巣穴の入り口ににおいのよい花が咲いても。
泣いてばかりいた少女が美しい大人に成長しても、虎は独りぼっちのままでした。
「嫁をよこせー!」
次第に暴れっぷりが激しくなり、近ごろは家の屋根はぶち抜く、畑の作物を蹴散らす。道の真ん中に大岩を投げ込み、揚げ句の果てに、牛を一頭丸ごとお持ち帰り。
夜ともなれば村を駆け抜けて、雷の轟くような声で吠えたてるからたまったものではありません。
「嫁をよこせ! でないとお前ら、頭っからばりばり食っちまうぞー」
困り果てた村人は、天高く霧に煙る頂に住まう、母なる女神におうかがいを立てました。
すると、お告げが下ったのです。
『まもなく旅の戦士がやってくる。その者を嫁入りさせれば荒ぶる神は鎮まり、よき神になるであろう』
母なる女神のお告げ通り、翌日、勇敢な戦士が村を通りかかりました。
すらりとした手足に引き締まった肢体。涼やかな目元、明るい褐色の髪に瞳。だれもがほれぼれとするような美しい………男が。
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