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ローゼンベルク家の食卓

【ex6-2】電話でメリー・クリスマス

2008/08/10 19:00 番外十海
  
 そして、クリスマス。
 七面鳥のローストにクリスマスプディング、ミートローフにアップルパイ、フルーツケーキにエッグノック(ただし子どもはアルコール抜き)。
 久しぶりに母の作ってくれたごちそうを喉まで詰め込み、遊びに来た伯父一家との団らんも一段落ついたところで……ディフは電話をかけた。
 原則として家に居る時は携帯の使用は控える決まりになっていた。さらに厳格な父親は、彼が自分の部屋に専用の電話を引くのを許可してはくれなかった。
 だから必然的に居間の電話から。

「おいたーん、あそぼー」
「ちょっと待ってくれ。これから友だちに電話するんだ」
「うー」

 赤毛の甥っ子(正確には一番上の従兄の息子だが)は不満そうに頬をふくらませ、テレビの前にとことこと歩いて行き、ころんと床に転がった。
 こっちに背中を向けたまま、もらったばかりのトレーラーのオモチャをガラゴロと所在なげに走らせている。
 
(……ごめんな、ランス)

 心の中で謝ってから、番号を押した。緊張で指が少し震えた。数回のコール音の後、受話器を取る気配がした。

「はい。こちらローゼンベルクでございます」

 大人の男の人の声だ。落ちついた口調、きちんとしたアクセントと丁寧な発音。聞いていて思わず背筋が伸びる。
 レオンの親父さんか?

「あ、あの、俺、レオンと同じ高校の、マクラウドって言います。えっと……レオン居ますかっ?」
「はい。お繋ぎいたしますので暫くそのままでお待ちください」
「わ、わかりました」

 受話器を持ったまましばらく硬直。

 オルゴールの音が聞こえてくる。
 何だっけ、この曲。「白鳥の湖」だったかな?それとも「アマリリス」だっけ? 確か聞いたことはあるんだ。知ってるはずなんだけど。
 うーわー、記憶がわやだ。もう、わけわかんねぇ……。

 ぷつっとオルゴールの音が途切れる。

「やぁ」

 いつもの声だ。どっと体中の力が抜け、自然と顔中に笑みが広がる。 

「あ……メリークリスマス、レオン! 元気かっ!」
「なんだか久しぶりだね。メリークリスマス」

(何だ、あいついきなり大声出して)

 ジョナサンは思わず弟の方に視線を向けた。
 後ろ姿しか見えないが、それでも嬉しそうな気配は伝わってくる。おそらく笑顔全開、尻尾があったら全力で振っている。そんな気がする。

(電話か? 妙に浮かれてるな……相手は女か? でもレオンっていってたな……いやでも女の子でもレオノーラとかレオナとかいるしなあ……)

 話している当人は背後のギャラリーの反応など知る由もなく。楽しげにレオンとの会話に没頭していた。

「そうだな。学校のある時は毎日必ず顔合わせてるし……あ、一緒の部屋だから当たり前か」
「こっちは退屈だよ。何もなくて困る」
「そっか……あ、お袋がお前によろしくって、いつも世話になってるから!」
「何もしてないよ。むしろ食べさせてもらってる」
「……土産に何か作ってくよ。何食いたい?」
「テキサスから持ってこなくても、サンフランシスコに戻ってからつくったらいいじゃないか」
「……そうだな……」

 どうやら、会話から察するにルームメイトと話しているらしい。

(何だ、男か)

 さっくりと興味を消失すると、ジョナサンはまた読みかけのミステリー小説に戻っていった。
 母はにこにこしながら末息子を見守り、父は『妙に長い電話だな』と首をかしげるがあえて口には出さない。
 ランスはころんとカーペットの上にひっくりかえり、テレビを見るふりをしながらちらちらと『おいたん』の様子をうかがった。

(せっかく、遊べると思ったのに。早くおわんないかな、電話)


「もうじき俺も市内に戻るよ。寮が閉じてる間は、ホテル住まいになりそうだけれどね」
「そうか! いつ戻るんだ? ホテルの場所は?」

 いそいそとホテルの場所と、日付をメモすると、ディフは電話を切った。じゃあ、またな、と陽気に告げて。
 受話器を置くと、母がほほ笑みながら声をかけてきた。

「楽しそうだったわね、誰と電話してたの?」
「レオン!」
「……そう。やっぱりレオンだったのね」
「おいたーん」

 たたたたっとランスが転がるようにかけてきて、ひしっと飛びついてくる。

「あそぼ?」
「ああ。待たせたな」

 子犬みたいにかっかと体温の高くなった甥っ子を抱えてカーペットの上を転がる。その前に、しっかりと胸ポケットにメモをしまった。

 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 レオンは静かに受話器を置いた。部屋の中には彼一人、他には誰もいない。
 卓上の銀のベルを鳴らすと、控えめなノックとともに忠実な執事が現れる。

「お呼びでございましょうか、レオンさま」
「ああ、アレックス。サンフランシスコ市内にホテルをとってくれないか。それから年が明けてからのスケジュールの調整を」
「……かしこまりました」
 
 ホテルに移ったところで一人でいることに何ら変わりはないのだが、それでもこの広いだけの屋敷にいるより、ずっといい。
 
 耳の奥についさっき聞いたばかりのディフの声が残っている。

『メリークリスマス!』

 今日、何度その言葉を言われ、自分も口にしただろう。だが本当に意味があるのはさっき交わした一言だけだ。

 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 クリスマスの翌日、ディフは久しぶりに近所のショッピングモールに買い物に出た。同じアメリカでも、カリフォルニアとテキサスでは売っているものの種類やテイストが微妙に違う。

 楕円形や金属の四角いプレートに細かな彫金を施したウェスタンバックルと呼ばれる大きめのバックルや、がっちりしたジーンズ、カウボーイの使うような幅の広いベルトなど。
 ウェスタン系の小物は断然、こちらの店の方が品質もしっかりしているし、種類も豊富だ。

 帰省のついでに買い込んでおくか、と行き着けの店に入る。
 クリスマスシーズンを見越してか、かなりの数の新作が入荷していた。

 鋭く白い輝きの銀製のバックルや、年月を経たセピア色に霞む色合いの美しいビンテージ品はさすがに手が出ないので見るだけで。
 19〜20ドルの自分の手の届く範囲の物を中心にじっくりと物色する。

 いろいろ迷ってから結局、楕円形のプレートに星のレリーフの入ったのを一つ買い求めることにした。会計を終えてから、ふと視線を横に滑らせる。

 いつも自分の使っているものより一回り小さなバックルのコーナーにそれはあった。
 ころんとしたシンプルな楕円形。縁をぐるりと取り囲む額縁状のレリーフ以外装飾はない。
 けれどその額縁の両端が、よく見るとある動物の横顔を形作っていることに気づいた。

(これは……あいつにぴったりじゃないか!)

 即座に心を決めた。

「……すいません、これもください。あ、ラッピングもお願いします」

 一日遅れだったが、まだクリスマスのラッピングは受け付けてくれた。
 
 
 ※ ※ ※ ※

 
「父さん」
「何だ?」
「俺、予定繰り上げて少し早めにシスコに戻りたいんだ。いいかな」
 
 ダンカン・マクラウドは新聞から顔を上げて息子を見た。

「まだ学校の寮は閉まってるだろう」
「うん、だから……郊外の牧場でバイトしようと思うんだ。オーブーさんとこで」

 オーブリー。兄(つまりこの子にとっては伯父)の友人オーブリー・マッキロイの事だ。週末は彼の農場でバイトをしていると聞いた。

「住み込みで、か?」
「うん。従業員がちょうど休暇で帰っちゃってるから人が足りないって言ってたし。電話したら二つ返事でぜひ来てくれって」

 もう電話したのか。やけに手際がいい。いったい、何だってこの子はそんなにサンフランシスコに戻りたがるのか……。
 そんなに早く家族の元を離れたいのだろうか?
 いや、ここ数日、息子の様子を見ている限りはそんな風には見えない。笑顔で家族と話し、兄弟仲も良い。親類の子どもたちとも全力で遊んでいる。心の底から楽しげに。

 いささか警戒心が薄い傾向はあるが、ダンカン・マクラウドはこの赤毛の息子の快活でまっすぐな性質を好ましく思い、また信頼していた。

「暇な時は、馬に乗っていいって」

 ああ、それなら納得だ。むしろ、それが目当てなのだろう。自分の兄の経営する牧場には、もうこの子の乗りこなせない馬はいないと言ってもいい。

 もちろん彼の不在中に新しい馬も入ってはいたが、この息子ときたら全て休暇の間に手なづけてしまった。
 ディーは丈夫な子だ。同じくらい、意志も強い。
 何度振り落とされても決してあきらめず、地道な辛抱強さを発揮して待ち続ける。馬が自分を信頼し、主導権を委ねるその瞬間まで。
 何があっても決してもの言わぬ動物を怒鳴ったり、増して暴力をふるうことはしない。
 そんな事をするぐらいなら自分の心臓をえぐり出す方がマシだと考えている。

 実に男らしく、勇敢で……誇れる息子だ。
 新しい場所で、新しい馬を試したいのだろう。

「良かろう。くれぐれも先方に迷惑はかけるなよ?」
「うん!」

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