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ローゼンベルク家の食卓

【ex6-1】己の借りは己で払え!

2008/08/10 18:59 番外十海
 
 12月になると、学内はそこはかとなくそわそわした空気に包まれる。

 一週間も経つ頃には寮の中ではぽつりぽつりと帰省の準備が始まり、微妙に慌ただしい、せかせかした雰囲気が漂い始める。
 クリスマス前のお楽しみ。誰も彼も喜怒哀楽、どんな表情にも潜在的に笑顔が混じるこの時期に、ディフォレスト・マクラウドは一人、浮かない顔をしていた。

 クリスマス休暇中、寮は閉鎖されてしまう。否応無く実家に帰らなければいけない。
 家族に会えるのはもちろん、嬉しい。両親にも。兄にも。伯父や叔母、数多い従兄弟やその子どもたちと過ごすクリスマスを思うと心が弾む。
 だが寮を離れると言うことはその間、ルームメイトのレオンとも離ればなれになってしまうと言うことなのだ。

 それが、唯一、寂しい。

 どうやらレオンも実家に帰るのはあまり気が進まないらしい。
 そこで昨夜、思い切って申し出てみた。

「俺ん家、くるか?」

 レオンは控えめな笑顔でありがとう、と言ってから「いや……遠慮しておくよ」と付け加えた。

(そうだよな……いくらなんでも図々しかったよな。あいつにだっていろいろと予定があるだろうし)

 本日、何度目かのため息をつきながら廊下を歩いていると、ばたばたと誰かがかけてきて、がしっと腕をつかんだ。

「うぉ?」
「たのむ、ディフ、かくまってくれ!」
「ヒウェル? 何やってんだ、お前」

 リスのようにくりくりとした琥珀色の瞳、少女と見まごうような愛らしい顔立ちの美少年。だが口元に浮かぶこずるい笑みに気づいた瞬間、そんな幻想は木っ端みじんにくだけ散る。
 
「うっかりポーカーで負けがこんでさ。追われてるんだ。たのむ!」
「ポーカーって、お前、校内で賭け事なんかやってるのか!」

 ぎりっと眉をつりあげ、怒鳴りつけるとヒウェルは首をすくめて情けない笑みを浮かべた。

「怖い顔すんなって。賭けてるのは現金じゃないよ。俺だって真面目な学生なんだよ?」
「む……」

 いささか説得力に欠けるのはこいつのにやけた面構えのせいか。だが根拠なく友人を疑うのもよくない。

「じゃあ、何を賭けてるんだ? チョコレートか? ランチ一回分か?」
「……に、しときゃよかったよ」

 目を半開きにしてため息ついてやがる。いったい何を賭けたんだ、ヒウェル?
 首をひねっていると、ばたばたとクラスの女子数人が駆けてきた。

「あ、いたいた、ヒウェル!」
「や、やあ、ジャニス、カレン、ヨーコ!」
「逃げるなんて卑怯よ?」
「ルールはルールですからね。負けた分、きっちり支払ってもらうわよ」

 背の高い浅黒い肌のジャニスが進み出て、びしっとヒウェルの額を指さした。ヒウェルは首をすくめてディフの背後に回り込み、がっしりした体格の友人を盾にした。

「おい、ヒウェル……」
「頼む、マックス。一緒に払ってくれないか、俺の借り……」
「あ、ああ、俺の払えるものならば」
「軽々しく請け負っちゃだめよ、マックス」

 鈴を振るような声。
 ヨーコだ。ジャニスの隣に立ってちょこんと首をかしげている。この二人、並んで立つと余計に身長差が際立って見える。

「ヒウェル。自分の借りは自分で払いなさい。他人を巻き込まないの」
 
 さほど大声を出している訳じゃない。しかし声はあくまでクリアで迷いのかけらもなく、瞳の奥には強い意志の光が宿る。下手すれば中学はおろか、小学生に見えそうなヨーコに気圧されて、ヒウェルが首をすくめて縮こまる。

「潔く……」

 すうっと目を細めると、ヨーコはびしっと人さし指をヒウェルにつきつけた。

「脱げ」
「う」
「脱げ?」
「そうよ」

 改めて見ると、ヒウェルは既に眼鏡も上着も時計も身につけていなかった。靴も靴下も履いていないし、ジーンズのベルトも無い。

「もしかして、ポーカーってのはただのポーカーじゃなくて……」

 にまっと笑うとヒウェルはきまり悪そうにこりこりと頭をかいた。

「そ。ストリップポーカーやってたの」

 要するにルールはポーカーなのだが……その名の通り負けたら一枚脱ぐ。
 腕輪やピアス、ネックレス、時計やベルト、眼鏡も有効。せいぜい脱いでも上着ぐらいで深刻なレベルまではやらないのが暗黙の了解だ。

 本来ならば。

「あきれた奴だ。女の子と一緒にストリップポーカーだなんて! 下心見え見えじゃないか!」
「だってさあ。ここんとこ冷え込み厳しくってみーんな厚着になっちゃったろ? せめて潤いがほしかったんだよ。ブラジャーとまでは行かないから鎖骨ぐらいは拝みたいなと」
「貴様!」

 くわっと歯を剥いてにらみつけると、ヒウェルはそっぽを向いてぐんにゃりと口の端を曲げ、見え見えのへ理屈を吐き出した。

「いーじゃん、参加した時点で同意したも同然でしょ?」
「でも、負けたんだな?」
「うん、ヨーコのほぼ一人勝ち……」

 そう言えば他の子たちは眼鏡や上着、ピアスを片方だけ外していたりするのだが、ヨーコだけはざっと見て欠けがない。

「で、お前は次はシャツ脱ぐしかないわけだな?」
「それ以上に何回か負けが重なってね……頼むよ。お前さんも一枚ぐらい脱いでくんない?」
「なるほど、事情はわかった。そう言うことなら……」

 ヒウェルの襟首をひっつかみ、ぽいっと放り出した。待ち受ける女の子たちの真ん前に。

「きっちり払え」
「うお、ちょっと、マックス!」
「サンキュ、マックス!」
「さーヒウェル、覚悟しなさい?」

 ずるずると引きずられるヒウェルを見送ってからディフはくすっと笑って……それからまた小さくため息をついた。
 しばらくの間、握った拳を口元に当てて考えていたが、やがてぱっと顔を上げ、ざかざかと大またで歩き出した。
 寮の部屋に向かってまっしぐらに。

 あいつはもう、部屋に戻ってるだろうか。いるといいな。
 休暇の間会えないのなら、それまでの時間を無駄にしたくはない。できるだけ一緒に居たい。
 
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