ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

【4-15-1】おでかけ

2010/01/24 23:24 四話十海
 
 日曜日。風は冷たいが、よく晴れた日だった。
 カリフォルニアは温かい。いつもの年なら、冬とは言え深刻に冷え込むことは滅多にない。しかしこの年は一月に入ってから強烈な寒波に見舞われていた。

 コートよし、マフラーよし、手袋よし。
 念入りに夫の防寒装備を確認すると、ディフは改めてぽん、とレオンの背を叩いた。

「……うん、いい男だ。カリフォルニアで一番、いや、世界一いい男だ」
「大げさだよ」
「いや、俺が決めた。訂正するつもりはないぞ?」

 ほんの少し恥ずかしそうにほほ笑むと、レオンは広い背に腕を回しで抱き寄せ、キスを交わした。

「行ってくるよ」
「行ってこい。レイによろしくな」

 扉の前にはアレックスが控えていた。
 今日はロウスクールの同期生の親睦会が開かれるのだ。

(仕事絡みのパーティーは苦手だが、人脈は大事にしないとね……)

 渋々出かけるレオンを見送ると、ディフは小さくため息をついた。

「日曜なのに……な」

 足下にすりっとやわらかな温もりが触れる。屈みこみ、白い毛皮をなでた。

「ありがとな、オーレ」
「にゅ」
 
 休日なのにレオンと離れるのは寂しいが、だからこそできることもある。
 
 
 ※ ※ ※ ※
  
 
「あったかくしとけよ、今日は冷えるからな」
「大丈夫」
「気分悪くなったら言えよ」
「ディフこそ……」

 ケロっとした顔をしているけれど、彼が熱を出して寝込んでから、まだ四日しか経っていないのだ。

 コートを着て、手袋をはめて、仕上げにすっぽりと真新しいニットの帽子を被る。ディフが革ジャケットの下に着ているのはいつもの綿のシャツではなく、タートルネックの薄手のセーターだ。
 今日は三人で朝早くからお出かけ。ハンドルを握るのはディフ。オーレは家でお留守番。

 カリフォルニア通りを西に。ヴァン・ニース街を左折して、101号線を南へ南へ。
 見慣れたソーマ地区を離れて車は走る。双子は物珍しげに窓の外を見回した。
 やがて、広々とした15番街に入って行くと、右側にオレンジ色の建物が見えてきた。建物の土台の部分は青みを帯びた緑色。外側には同じ色の頑丈な柵。そばを通りすぎる時、庭木と柵の間からちらりと、芝生に覆われた庭が見えた。
 南北に細長く、かなり、広い。

「あれが、そう?」
「ああ。サンフランシスコ・アニマルケア&コントロールだ」

 ずいぶんと遠くまで来てしまったような気がする。でも手首に巻いた時計を確かめると、10分も経っていないのだった。

 建物の手前の駐車場では見覚えのある二人組が待っていた。
 車を降りると、かすかに犬の声が聞こえた。

 待っていたのは、サリーとテリー。さすがに寒いのか、テリーはきっちりとダウンジャケットを着込み、サリーはダッフルコートにニットの帽子とマフラーでもこもこだ。

「よっ! 元気か!」

 テリーは挨拶の途中でふと言葉を区切り、しみじみと双子の顔を見比べている。ニット帽で髪の毛が隠れた二人はそっくりで、ほとんど見分けがつかなくなっていたのだ。
 サリーが迷わず空色の帽子を被った少年に呼びかけ、次いでカフェオレ色の帽子に手を振った。

「おはよう、オティア、シエン」
「……そっか」

 小さくテリーはうなずいた。一度、見分けがつけば大丈夫。

(空色の帽子がオティアで、カフェオレ色がシエン、と……)

 今日はサリーとテリーの紹介で、サンフランシスコのアニマル・シェルターを見学に来たのだ。

 レンガ色の入り口には、白い文字でこう書かれていた。
 

San Francisco Animal care&control
CITY&COUNTRY OF SAN FRANCISCO
 
 
「ずいぶんおっきな建物なんだね」
「ああ、大所帯だからな」

 ガラスのはめ込まれた白いドアをくぐり、中に入る。受付カウンターに居た恰幅のよい女性がぱっと顔を上げた。ふっくらした顔全体に、人なつっこい笑みが浮かぶ。

「まああ、テリー先生にサリー先生」

 びっくりするほど声は高く軽やかで、まるで水晶のベルみたいによく響いた。

「今日は往診の日だったかしら?」
「いや、見学」
「俺たちじゃ、ないんですけど……この子たちが」

 双子は目をぱちくり。

 そうだ、テリーもサリーも獣医さんなんだ。
 わかっているはずなのに、改めて『先生(doctor)』と呼ばれてるのを聞くと、ちょっと不思議な感じがする。

「いらっしゃい。見学は大歓迎よ。あたしはマージョリー。マージって呼んでね」
「ども」
「こんにちは」

 挨拶を返しながらも双子はじりじりと後退し、ディフの傍らに寄った。シエンが内側に、オティアが外側に。いつもの外歩きのポジションだ。かろうじて傍ら、後ろに隠れてはいない。

(うん、努力している)

「あー、そっちの赤毛さんは見覚えあるわよ。確か、探偵さんでしょ」
「マクラウドです」
「そうそう、マクラウド探偵事務所!」

 マージは金髪の双子と赤毛の所長を見比べ、納得したようにうなずいた。

「ああ、なるほど、そう言うことなのね」

 ディフが説明しようと口を開く。だがそれより早く、水晶の声が朗らかに鳴り響く。

「実践訓練? 良いことね。迷子のペットを探すのなら、道はおのずとここに通じるもの!」
「うん、まあそう言うことで」
「それにしても、いつの間にこんな可愛い助手さんを雇ったの、マックス?」
「去年から……」
「双子の兄弟なのね。ひと目でわかるわ!」
「うん、双子だ。こっちがオティアで、こっちがシエン」
「そう、よろしくね」

 双子はまた、目をぱちくり。ディフが押されてる……。
 自分より10インチは背の低いおばちゃんに、小学生みたいにあしらわれてる。

「……よろしく」
「よろしくお願いします」
「OK,Kids. じゃあこのビジターカードを見える所に着けてちょうだい」
 
 プラスチックの入館証を渡され、名簿に住所と名前を記入する。

「さーてと。ケンネルに入る前にそこの消毒スプレーで手を消毒してね……はい、よろしい。ガイドは必要かしら?」
「いや、大丈夫」
「OK。一通り中を見て回ったら庭にいらっしゃい」

 マージはぱちっとウィンクした。
 
「散歩から帰ってきた犬たちに会ってやって。 アダブションまでに、できるだけ多くの人間に慣れさせたいから」
 
 
 ※ ※ ※ ※


「アダプションって、何?」

 マージのさえずりが遠ざかってから、シエンがようやく口を開いた。

「犬の譲渡会のことだ」

 すかさずテリーが答える。

「ここには、迷い犬や、ストリートで保護された犬が収容されている。飼い主の都合で飼育できなくなったペットも連れてこられる」

「そう言うペットたちが、新しい飼い主を見つけられるように……人間の中で暮らせるよう、訓練して。健康を管理する施設なんだ、ここは」
「健康?」
「ああ。避妊手術にワクチンの接種、保護された時に病気だったり、怪我をしていたら治療もする」
「ふうん……」
「もちろん、迷子になったペットは、飼い主の所に帰るのが一番なんだけど……ね」
「時には、虐待されている動物を保護する場合もあるんだ」
「どれくらいの犬が、連れてこられるの?」
「そうだな……だいたい平均して一日に39頭ぐらいかな」
「そんなに?」
「まあ、な……」

 うなずくテリーの動きには、何となく勢いが無かった。ほんの少し眉を寄せて、悲しそうな顔をしていた。
  
次へ→【4-15-2】ケンネルにて
拍手する