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ローゼンベルク家の食卓

バナーコレクション

2011/01/22 18:47 イラスト展示十海
  • 過去に使っていたサイトのバナー。イラストは全て月梨さん。
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↑双子とヒウェル

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↑レオン&ディフ。【3-13】★俺の天使に手を出すなの表紙絵とおそろい。

バナー3
↑オティアとヒウェル。一番最初に描いてもらったもの。

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↑双子とヒウェル、リアル頭身版
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【side14】パーマネントヒウェル

2011/01/22 19:07 番外十海
 
  • 2007年6月の出来事。
  • 徹夜明けに散髪に行った。あまりの気持ちよさについうっかり爆睡してしまい、目を覚ますと……
  • 2008年のサイト発足以来、黒髪直毛ポニーテールで通してきたヒウェルさん(26)。今、3年目のイメージチェンジ。

記事リスト

【side14-1】くりんくりん

2011/01/22 19:09 番外十海
 
 電話が鳴った。ジリリリリ、とけたたましく脳味噌を貫通する。誰からかかってきたかは分かっていた。
 速攻で受話器を取る。

「ハロー、ジョーイ?」
「やあ、ヒウェル! 原稿は無事受け取ったよ!」
「そうか! で、どうだ?」
「んー、そうだね、ひと言でいうと………」

 ええい、もったいぶるな。焦らすな、さっさと言え!

「没」
「う」
「書き直してね。今日中に。じゃあね!」

 ガチャリ。電話は無情にも切れた。

「……ちっくしょぉお」

 タイプライターから没原稿を引き抜き、腹立ち紛れにあもっとほお張る。
 もっしゃもっしゃ、もっしゃもっしゃ。
 
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 illustrated by Kasuri
 
「ちくしょー、ちくしょーっ」

 もっしゃもっしゃ。もっしゃもっしゃ。
 涙と一緒にかみ砕く。
 しょっぱ苦い没原稿をどろりとしたコーヒーで流し込み、しゃにむになってキーを叩く。なまじゼロから書き直すより時間がかかるんだよな、こーゆー時って。飲むのも食うのもトイレも忘れて書き通し、でき上がった原稿を二度、三度と念入りに読み直してから送り付けた。
 ざまあ見やがれ、ジョーイ。まさか4時間後に届くとは思わなかっただろう!

 ジリリリリリリリ!
 受話器に飛びつき開口一番言ってやった。

「どうだ!」
「OK!」
「バンザーイ!」
 
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 illsutrated by Kasuri
 
 両手をあげた姿勢のまま、ぱたっと前のめりに倒れる。つるつるの堅い床板が、今の俺には羽毛の毛布だぜ……

 PiPiPiPiPi!

 ってまた電話が鳴ってるよ。妙に軽い音だね、おい。
 はいはい、すぐ出ますから……あれ、手が届かないなあ。どこで鳴ってるんだ? どこで……

「メイリールさん。メイリールさん」
「お?」

 不意に電話のベルに名前を呼ばれ、意識がかしゃりとスイッチする。
 原稿を打ってるのはタイプライターじゃなくてパソコンだ。そもそも送るのはメールだ、ほとんんどプリントアウトはしていない。丸めて食うなんてできる訳ないじゃないか!
 現実との相違に気付いた瞬間、ぱちっと目が開く。

「終りましたよ」
「お?」

 座り心地のいい椅子に体を支えられ、首から下をぐるぅりっと布で覆われていた。
 そう、ここは俺の部屋じゃない。OKをもらってからその場にぶっ倒れて泥みたいに眠り続け、起き上がって鏡を見たらえらいことになっていた。無精髭がみっしり口の周りと顎を覆い、髪の毛はばっさばさのぼっさぼさ。顔は青白いを通り越して土気色。頬はこけ、充血した目の下にはばっちり青いクマどり。

 ヨレヨレぼろぼろのゾンビ状態から脱出すべく、馴染みの床屋にやってきて。あんまり気持ちいいから爆睡しちまったんだな。

「いかがでしょう?」

 後ろがよく見えるように、手鏡を見せてくれた。四角い鏡面の中に俺の顔が写ってる。合わせ鏡になっていて、背後の大鏡には後ろ姿がぼんやりと写ってるはずなんだが……

「……見えない」
「おっと、そうでした、これをどうぞ」
「さんきゅ」

 眼鏡をかけなおして、改めてじっと見る。
 
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 illustrated by Kasuri
 
「………………………だれ、これ?」

 真ん中で分けられた髪の毛が。根元から毛先まで、ぐりんぐりんの、くるんくるん。前も後ろもくまなくぐりんぐりん。

「やだなあ、ちゃんとリクエスト通りにやりましたよ?」
「俺……そんなこと言ったのっ?」
「はい。気分を変えたいっておっしゃるんで……」

 あー、なんか夢うつつにそんな会話、したような、しないような。
 
「たまには気分かえてみますか?」
「うん……」
「メイリールさんは直毛だからー、思い切ってくるくる巻いてみるとかー」
「うん……」
「じゃあやっときますね」
「うん」
 
 ……言ってました。
 
         ※

 ローゼンベルク家のドアの前で深呼吸する。毎日毎日、飯を食いに来てる部屋だ。通い慣れてる。知り尽くしてる。ほとんど自分の家みたいなもんだ。幸い、今んとこお出入り禁止も食らってないし、地獄の〆切デスパレードからも解放された。
 堂々と、心晴れやかに入って行けばいいじゃなか。
 いつものように。
 そう、いつものように!

 意を決して呼び鈴を押す。
 開いたドアに向かって、よっと片手をあげた。

「腹減った。今日の飯、何?」
「………」

 よりによって、オティアが立ってました。ドアノブに手をかけたまま、凍ってる。

「あー、その……」

 俺の声を聞いて、ふっと再起動。いつものように脇に寄って道を空け、目線で奥へと促してきた。「さっさと入れ」ってことだ。

「どーもー」

 無駄にほがらかな声で答えつつ、そそくさと中に入った。
 あ、ああ。見てるよ。ものすっげえまじまじと見てるよ。あれ? 何か今、眉と口んとこがピクっとなったような。

「何だ、それは」
「いっそ笑ってくれい……床屋で爆睡して起きたらこーなってた」
「いや、もうタイミング外した」
「そうか……」

 紫の瞳に微妙にこう、哀れんでるような色が感じられるのは気のせいか?
 リビングに入って行くと、オーレがこっちを見るなりしっぽをぶわっと膨らませ、背中を丸めてぴょっこぴょっこと斜めに歩いた。
 何事かと、室内の人間の目が一斉に向けられる。ヘーゼルブラウン、紫、柔らかな鹿の子色、そして入れたばかりの紅茶のように優しいライトブラウン。俺に焦点を結ぶなり、申し合わせたようにまんまるになった。
 予想より一人多い。来てたのか、ディーン。焼き立てのパンの香りで気付くべきだった。ちょうどごほうびのキャンディをもらったばかりらしい。かたっぽのほっぺたがぷっくりふくらんでる。
 一秒。二秒。三、四、五……沈黙のうちに時間が流れて行く。誰も動こうとしない。さっきからふーふー唸ってるオーレ以外は。

「……どうしたの、それ。何かあったの?」

 シエンが心配そうに声をかけてくれた。途端に凍りついた時間が一気に動き出す。

「床屋でうっかり爆睡して……『気分転換に巻いてみますかー』って言われたような……言われなかったような……」

 あーあ、と言う空気が漂う。ただ一人、ディーンだけはじっとこっちを見てる。興味しんしん目を輝かせ身じろぎもせずに凝視しておられる。よせ、たのむ、そんな目で見るなあっ!

「お、俺直毛で剛毛だから、シャワー浴びたら元通りになるって思ったら」
「お湯かぶったら、余計にくりんくりんになったんだろ?」
「うん」
「湿気を吸うと、巻きがきつくなるからな」
「おせーよ!」
「……何?」

 じろっとにらみ付けてきた。

「や、できればお湯かぶる前に教えてほしかったなーって」

 あ、やばいな。また技かけられるか? と思ったら、ディフの口の端がひくっと震えた。

「……………ぷっ、く、くくくく、あはっあはははははっ」

 腹かかえて爆笑。遠慮も気遣いもあったもんじゃないぜ、ちくしょうっ!

「スコティッシュテリアかと思ったぜ! しっぽもあるしなっ」
「どーとでも言え、こんちくしょーっ」

 レオンはぱちぱちとまばたきをして、顎に軽く手を当て、しかる後、極上の笑みを浮かべた。

「とても良く似合っているよ」
「ぐっ」

 何故だろう。
 この上もなくいい笑顔なのに。ほめられてるはずなのに。地道にいっちばんダメージがでかいのは。あああ、何か心折れそう……
 へたん、と膝をついたところに、とことこと四才児が寄ってきた。

「……………………」

 まじまじと見て、首をかしげて――手ー伸ばしてきやがった! 

「あ、こらよせ引っ張るな」
「くりんくりん!」
「あーそうだよ、くりんくりんだよっ」

 珍しいらしい。にゅうっともう一本手が伸びてきて、前髪をつかんでくいっと引っ張った。ディーンのじゃない。もっと大きい。成長してる。だけどレオンやディフほどごつくない。でかくない。

「オティア?」

 くいっとひっぱり、ぱっと離す。びにょんっと巻き戻り、反動でゆらゆらとゆれる。

「……バネみたいだな」
「わかった、もう好きにしろっ」

 どっかと床にあぐらをかいて座り込む。途端にディーンはぱあっと顔を輝かせた。くいくいっと引っ張って、ぱっと離す。びにょんびにょんゆれるのを、興味津々って顔で眺めてる。
 さらにもう一本、手がのびてきた。一房つまんで、指でくるくる。

「巻き毛はこうやって整えるんだ」
「……おお」

 レオン……あんたまでやりますか……

「さすが慣れてらっしゃいますなあ、ええ」

 ひきつり笑顔で切り返すが、さらっとスルーされた。
 ディーンはこくこくとうなずくと、ちっちゃな手でまねしてる。大人ほど上手くはできないが、一生懸命くるくる巻いている。かわいいじゃねえか。ええ、一途だねえ……
 なんてほのぼのしてたら、甘かった。四才児の行動力を見くびってました。

 いきなり、にっぱーって笑ったと思ったらディーンのやつ、両手で人の頭につかみかかってきやがった!
 きゃっきゃと上機嫌で笑いながら、わっしゃわっしゃとかきまわしてやがるよっ。

「うわ、た、よせ、こらっ」

 ぐしゃぐしゃにしてから、また一房ずつ指にとってくるくる巻いて。終ったらまたぐしゃっとやって……
 どうやらこの遊びがお気に召したらしい。オティアは飽きたらしくさっさと離脱、シエンといっしょにキッチンへ行っちまった。
 レオンなんざもう、こっちを見てやしねえし!

「そんなに面白いか俺の髪……」
 
 こくこくうなずいてるよ、四才児。
 
「……使うか?」

 にゅうっと目の前に、青いラインストーンのついたコームがさし出された。
 いつぞや俺がディフに押し付けたやつだ。

「いらねえよっ」
「さあ、ディーン。そろそろママが心配してるから帰ろうな?」
「うん」
「でもその前に」

 ディフはひょいっとディーンを抱き上げた。

「手、洗っておこうな」
「OK」

 のっしのっしと洗面所に歩いて行く。そーだね……パーマ液ってにおいきついからね……。

「あー、なんかどっと疲れた」

 ソファに腰を降ろして試合直後のボクサーみたいに肩を落としていると、レオンがぽそりとつぶやいた。

「パンがなければお菓子を食べればいい」
「誰がマリー・アントワネットですか!」
「いや、何となく」

 素知らぬ顔で新聞読んでやがる。あ、ちらっとこっち見たよ。

「いっそ次は軍艦でも乗せてみるかい?」
「や、さすがにそれは無理ですから! あ、でも……」
「でも?」

 確かに、気分は変わった。ついぞ見たことのないようなリアクションを、オティアから引き出すことができた。もっとインパクトを狙えば、次は笑ってくれるかもしれない。

「ドレッドヘアぐらいなら、挑戦してもいい……かな?」

 ぱしん!
 
 軽やかな、しかし容赦のない衝撃に視界がゆれる。

「おろ?」

 ぱしん。ぱしん、ぱしん!
 合間にちりん、と鈴の音が聞こえる。誰がやってるか。何が起きてるかは見なくてもわかるような気がした。

「オーレさんや……」
「うにゃあんぐるるる」

 首をひねってちらっと振り返る。ソファの背に座って、後足だけで立ち上がり、前足2本で交互にぱんちしてる。瞳孔は全開、ヒゲはつぴーんっと前ならえ。ものすごく楽しそうだ。

「お手柔らかにお願いします」
「んみゃっ」
 
 あきらめて、プリンセスの御心に身を委ねた。

「んびゃっ、んびゃびゃっ」


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【side14-2】ざっくり

2011/01/22 19:10 番外十海
  
 翌日、この季節のサンフランシスコに珍しく雨が降った。糸みたいに細い雨が朝から絶え間なく降り続ける。
 湿気を吸うと巻きが強くなるってのは本当だった。
 俺の髪の毛はポップコーンみたいにもわもわと膨れ上り、景気良くボリュームアップ。マリー・アントワネットからメデューサに進化を遂げた。どうにかこうにか手ぐしで整え、ぎっちり髪ゴムでくくる。

「うむ、いつも通り!」

 無理があるのはわかってるんだ。でも他にいい方法が思いつかないんだからしょーがないじゃないか!
 また、こう言う時に限って外に出る用事ばかりが続くもので。顔合わせるごとに言われた。

「誰かと思ったよ」
「どしたの、その頭」

 いちいち説明するのも面倒くさいんでその時それぞれに適当なことを答えておいた。
 心境の変化だよ。
 巻き毛も似合うだろ?
 実は今までずっとストレートパーマ当ててたんだ。

 何かと頭に意識の持ってかれる一日を終え、さて夕飯を食いに行こうかとエレベーターに乗ろうとしたら先客が居た。

「やあ、ソフィア」
「あらヒウェル」

 鹿の子色の瞳をまんまるにして、ぱちくりまばたき。

「似合うだろっ」

 ええい、もうヤケだ! 胸張って答えた瞬間。ぷちっと何かが弾ける音がして、頭のヘビどもが四方八方にぶわっと広がった。

「あら」
「………」

 ソフィアは慌てず騒がず床に落ちたゴムを拾い上げた。

「けっこうぼろぼろになってる。結び直すのは無理ね」
「あー……たいがいに引っ張られてたからなあ。今日は特に」
「そうだ、いいものがある。ちょっと後ろ向いて?」
「え、何でそんなもん持ってるの!」
「アレックスからのプレゼント。花束に結んであったのをポケットに入れっぱなしだったのよ……はい、できあがり」
「さんきゅ、ソフィア。助かったよ!」

 六階に上がり、ローゼンベルク家に入って行くと、オティアにぎょっとされた。何なんだ、その見知らぬ物体を見るようなまなざしは。昨日だって見てるはずじゃないか!
 シエンも明らかに当惑してる。

「えっと……その……かわいいね?」

 原因は髪形じゃなくて、これか。ソフィアが結ってくれた、ピンクのリボン。

「あ、これ……エレベーターに乗ってたら、ゴムが切れちゃって。ソフィアがそれ見て、結んでくれたんだ。どうだ、似合うだろ!」
「………にあわない」

 自覚はしてたけど、改めて言われると……

「すまん」

 何やら申し訳ない。
 このやり取りが聞こえたんだか聞こえてないんだか。レオンやディフにはさっくりスルーされた。これはこれで、何やらいたたまれない。いいさ、飯食ってる間だけの辛抱だ!
 自分に言い聞かせながら下を向き、黙々とスプーンを動かしていると。

 だしぬけにチリンっと鈴が鳴り、白くてすべすべしたしなやかな生き物が駆け抜ける。一拍置いて後、ばさっと頭上のメデューサが解放され、四方八方に広がった。
 やられた。
 オーレだ! 見覚えのあるリボンを口にくわえ、得意げな顔で鼻面をふくらませてる。

「………不覚」

 猫の目の前にリボンがひらひら。じゃれない訳、なかった。
 しかもタイミング良く飯食ってる真っ最中。不意打ちで広がった髪の毛が、いい感じにクラムチャウダーに浸ってやがる。

「おい、ヒウェル。大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」

 そうだ、俺だっていい大人なんだ。自分の面倒ぐらい自分で見られるさ。視線を感じながらすっくと立ち上がり、すたすたとシンクに向かう。蛇口を捻って、クラムチャウダーに浸かった髪の先を洗って、洗って、ペーパータオルで拭いて。
 一段と巻きのきつくなった髪の毛は、もはやふわっと自然に背後に流してる場合じゃない。どうにかして、まとめないと。

「ヒウェル」
「何」
「これ使え」
「いや、いい」

 さし出された赤い髪ゴムを華麗にスルーする。ディフがいつもキッチンに立つ時に使ってるやつだ。あいつの髪の色に合わせてある。そんなものを、レオンの目の前で使える訳ないじゃんっ! ってか俺、そこまで命知らずじゃないよ!

「これで十分」

 キッチン用の輪ゴムでくくり、無駄に爽かな笑顔で食卓に戻ると……飛び散ったクラムチャウダーはきれいにふき取られ、新しい皿が置かれていた。身繕いしてる間に、双子がやってくれたのか。自分のことに手いっぱいで気付かなかった。
 ああ、全然大丈夫じゃないよ、俺!

「あ……ありがとう」
  
 このままじゃ、いけない。どうにかしないと。
     
         ※
 
 食後の紅茶を飲み終わった所できっぱり宣言した。

「俺、明日もーいっぺん床屋行ってくるっ」

 一斉に見られた。

「お前、それ以上斬新な髪形にしてどーすんだ」
「どっからそーゆー発想にーっ! あれだよ。ストレートパーマあてて、元に戻すんだよ!」
「もったいないね。せっかく、かけたばかりなのに?」
「もったいなくないです! あれは、言うなれば不測の事態。事故なんですってば!」

 ぐっと拳をにぎり、己を奮い立たせてみる。有言実行、ここで言わないとくじけそうな気がして。

「昨日からこっち、ずーっと俺はこのくりんくりんヘアーに振り回されっぱなしだ。これじゃ、いかん!」
「なあ、ヒウェル」
「天然巻き毛は黙っとれ!」
「そうだ、俺のは天然だ。この髪の毛とつきあってもう二十年以上になる。だから、聞け」
「む……」

 確かに、ディフの言うことにも一理ある。ってか説得力がある。

「ストレートパーマってのは薬液で髪を伸ばして、熱でプレスして固定するんだ」
「ああ」
「縮らせるのと伸ばすの違いはあるが、要するに、パーマの上にもう一度パーマをあてるんだ。その分、髪がいたむぞ」
「…………」
「ジャニスに聞いたんだが、髪の毛が長いとそれだけ料金も割り増しになるらしい」
「そ、そうなのか」
「ああ」

 うーむ。それはそれで、お財布に厳しい。

「いっそ切ってしまったらどうだい?」

 にこにこしながらレオンが言った。

「短くしてしまえば、巻いてるのもそれほど気にならないだろう。分量も減るから、ふくらまないし」
「おお、その通りだ。かしこいなレオン」
「ディフも警察官だった頃は短くしていただろう。あれぐらいに!」

 レオンの言葉に双子は顔を見合わせた。

「あー」
「……」

 オティアの奴、うなずいてるよ。ちっちゃくだけど。

「いや、いや、いやいやいや」

 警官時代のディフ並って。ほとんど五分刈りの散切り頭じゃねえか! 冗談じゃない、あそこまで刈られてたまるかよ! ただでさえ貧弱なフェイスラインが、よけいにガリガリに見えちまう。それに、自慢じゃないけど目つきの悪さも際立つ。
 頬のこけっぷりとか、目のしたのクマとか、とにかく目立つんだよ!

「整える程度でいいんじゃないかな。ほら、耳のすぐ下あたりでボブっぽく!」
 
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 illustrated by Kasuri
 
「ふむ……」

 待てこら待て待て、なぜそこでお前が真剣に考え込むかな、ディフさんよ。あ、あ、どこ行くのかな。そっちは居間……ってかもしかして寝室まで行く気か?
 何しに行ったんだろう。どうして双子はさっさとテーブルを片づけているんだろう。この場にいる人間は全員、これから何が起こるかわかってるのに、どうして俺だけわからないんだろう?
 間もなく、のっしのっしと戻ってきたディフの手には、タオルとシーツと、そして……電気バリカンがにぎられていた。

「そこに座れ」
「ちょっと待てーっ! そのバリカンは何だーっ」
「俺がやる分にはタダだぞ」
「刈る気満々じゃねーかっ」
「心配するな、普通にカットもできる」
「……そうなの?」

 ちらっと双子を振り返ると、うなずいてる。
 何やら、ここで断ったら敵前逃亡、みたいな空気の流れになってきたぞ。どうしたものか。できれば早いとここのぐりんぐりんを何とかしたいのは事実だし。

「あー、それじゃお言葉に甘えちゃっても……いいのかな」
「構わないよ」

 レオンが腕組みしてにっこりしてる。
 この場を離れるつもりは欠片ほどもないらしい。見物する気か。って言うか、監視?

「じゃあ……」

 腹をくくってどっかと椅子に座った。

「よろしくお願いします」
「うむ。眼鏡外せ」
「OK」

 れっつ、まま床屋、開業。しかし作業を始める前に若干手間がかかった。輪ゴムを外そうとしたら、髪の毛が巻き込まれてひっかかってえらい目を見たのだ。

「いで、いででっ」
「だからこっちを使えと言ったんだ」
「いや、大したことない、ほら、もうとれたし!」
「抜けてるぞ、髪」
「Nooooooooooo!」

 とほほ。貴重な髪の毛がぁ。
 がっくりしてる間に首にタオルが巻き付けられ、さらにその上からシーツをぐるり。てるてる坊主状態で椅子に座ったまま、霧吹きをかけられる。何度も何度も丁寧にブラッシングされてから、いよいよバリカンのスイッチが入る。

「始めるぞ」

 ブィーンっと唸る音に混じり、ざりざり、ざざっと髪の切れる音が伝わってくる。切り離された髪の毛はシーツの斜面を滑り落ち、足下に敷いた新聞紙の上にぱさりと散らばる。
 お、お、結構上手いじゃないか。ちゃんと指定した長さに揃ってる。そうだよな、こいつ手先が器用なんだ。
 元は警察で爆弾を解体してたくらいだし。毎日、きちっと料理してるもんな……。

「あ、何かすげえさっぱりてる気がする」
「そうか」

 また一房、すすすすすっとシーツの上を滑ってく。何だか小動物みたいだな。ネズミとか、ハムスターがさささっと走ってくのに似てる。
 何てことを連想したその時。

「あっ」

 ちりんっと鈴が鳴り、強烈な跳び蹴りが肩にクリティカルヒット。
 
「うわっ」

 バリカンが跳ね、ざざざぁっと不吉な感触が走り抜けた。
 ディフの行動は素早かった。即座にスイッチを切った。だけど、それでも、被害はゼロにはならなかった。

「あ……」

 おそるおそる手を伸ばし、頭をさぐる。指先にもぞっとタワシみたいな毛先が触れる。何てこったい。
 よりによってど真ん中に一筋、ざっくり刈られたラインが通ってる! さながらトウモロコシ畑の間をどこまでも続く道のように真っ直ぐに。

「あーっ、あーっ、あーっっ!」
「なかなか斬新な髪形だね」

 オーレの姿は影も形もない。びっくりしてどこかに逃げ込んだらしい。オティアとシエンが走ってゆく気配が居間の方からする。察するにお嬢さん、ご自分のお城(キャットタワー)に退却したか。

 ディフはじーっと俺の頭を見て、それからおもむろに頭を下げた。

「…………すまん」

 その潔さに思い知らされる。本当に、もう、どうしようもない事態になっちゃってるんだ、と。
 ぷっちんと頭の片隅で何かが弾けた。のどがひくひくと震え、唇がひきつりつり上がり、気付くとうつろな声をたてて笑っていた。

「ふ、ふふふ、ふふふふ……くくくくっ」

 エリエリエリクサバクタニ。そうか、そう来るか。そう来ますか。上等!

「いっそ、全部刈っとくか?」

 どかっと椅子の上にあぐらをかいた。

「ああ、もう、この際だ。思いっきりざっくりやってくれい!」

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【side14-3】すくすく

2011/01/22 19:11 番外十海
 
 オティアは困っていた。

 しっぽをぶわぶわにしてソファの下に潜り込んだオーレをなだめすかして連れ出して、キャットタワーのお気に入りの場所に送り届けて食卓に戻ってみると。ヒウェルの頭が、刈ってから三日ほど経過した芝生みたいになっていた。
 
 zakuri.png
 illsutrated by Kasuri
 
 半端に伸びたクルーカットぐらいの長さなのだが、なまじ直前までぶわぶわ膨れ上ったのを見ていただけに、いきなりスキンヘッドにしたぐらいのインパクトがある。
 なるほど、まさに「警官時代のディフの髪形」だ。印象が鋭くなった。と言うか目つきの悪さが三割増し。加えてフェイスラインがむき出しになったせいか、妙に頬がこけているように感じる。

 油断していた。オーレはあの手の機械がぶんぶん唸る音が苦手なのだ。実際、自分たちが散髪している時はほとんど近寄ってこない。それなのに、まさかヒウェルに飛びつくなんて! シーツの上を滑り落ちる毛の塊を狙ったのだろうが、あそこまであいつが猫に格下扱いされていたとは……。

「できたぞ。久々に、お前の首筋が出てるの見たな」
「うひゃー、だいぶすっきりしちゃったなあ。スースーする」
「もうちょっと短くてもよかったんじゃないか?」
「そうか?」
「めっ、めっそーもないっ」

 一度オフにしたバリカンのスイッチに指がかかる。ヒウェルは両手で頭をガードしてシャカシャカと後ずさり。
 エビみたいな動きだ。
 
「あ、何か、頭が軽い」
「そりゃそうだろう。これだけ切ったんだからな」

 床に敷いた新聞紙の上には、渦巻く黒い髪がこんもりと山になっていた。パーマで膨張しているせいもあるが、元からけっこうな長さがあった。それを根元近くからばっさり切り落としたのだ。

「わー、なんか別の生き物みたいだ」
「ネズミ五匹分ぐらいはありそうだね」
「でかいネズミだな!」
「ネズミっすか……はは、そりゃあオーレも飛びつく訳だよなあ」

 きれいに刈り上げられたヒウェルの後ろ姿は、まるで他の誰かみたいだ。見ていると妙に落ち着かない。それに猫の責任は、やはり飼い主である自分が取るべきだろう。
 さすがに切られた髪を元に戻すことはできない。だが、前と同じ長さまで伸ばすことはできないだろうか? 要は細胞の増殖なんだから……試してみよう。
 じっとヒウェルの髪をにらみ、集中する。シエンが「あっ」と言う顔でこっちを見てる――大丈夫、これぐらい一人でやれる、多分。
 
「…………」

 だめだ。目標が細か過ぎて狙いがつけられない! 手応えがスカスカだ。まるで水を殴りつけてるみたいだ。
 ふうっと力を抜く。闇雲にやっても消耗するだけだ。もっとヒトの体毛の仕組みについて調べておく必要がある。さすがにこの家にはその種の専門書はないだろう。
 若干一名、専門知識のありそうな人間に心当たりがないでもないが……却下。くらげ眼鏡には、借りを作りたくない。断固として。絶対。
 次に図書館に行く時に探してみよう。

 ヒウェルはすっかり諦めたらしく、切り落とされた髪の毛と新聞紙をひとまとめに丸め、さくさくとゴミ箱に入れていた。
 しきりと首筋をなでている。やはり気になるらしい。

 考え込むオティアの背中を、シエンがじっと見ていた。
     
         ※
 
「エリック」
「ん、どうしたの?」

 あ、また口の端っこにマヨネーズつけてる。
 ちょい、ちょい、と手招き。顔を寄せてきたところを、ペーパーナプキンで拭きとった。渡すよりこっちの方が早いって最近気がついたのだ。

「あ……ありがとう」
「どういたしまして」

 昼休み、いつものコーヒーショップの片隅で一緒のテーブルに着き、コーヒーを飲む。すっかりおなじみになった、ゆったりとしたひと時。以前との違いは、店に来ている時はエリックから短いメールが入るようになったこと。ナイトシフトなのか、デイシフトなのか。どれぐらい一緒にいられるのか、あらかじめ知らせてくれるようになったことだろうか。

「髪の毛を早く伸ばすには、どんな物を食べればいいの?」

 最初はサリーに聞いてみようかと思った。けれどよく考えると微妙に専門外な気がしたし、何よりエリックは科学者だ。DNAの分析が得意だって言ってたから、きっといい知恵を貸してくれるだろう。
 果たして、金髪バイキングはタンブラーのコーヒー――泡多め、1ショット追加したソイラテをすすってから、すらすらと淀みなく答えてくれた。

「髪の毛の原材料、つまりケラチンとヨードを補給すればいいんだ。豆とか海藻類とか、貝類、魚、ナッツ類、あと芋類かな」

 さすが、専門家だ。

「豆に、海藻、貝類、魚……」

 ヒウェルは野菜はあまり好きじゃない。海藻類はちょっと難しそうだ。でもフィッシュ&チップスは大好きだし、豆やナッツもしょっちゅうポリポリ食べてる。

「日本食のバランスは理想的だね」
「ほんとだ。ミソは大豆だし、海藻もよく食べる。魚と貝も!」

 後でサリーに教えてもらおう。

「すごく助かった。本当にありがとう!」
「どういたしまして」

 良かった、シエンの助けになれた。ああ、弾けるような笑顔だ。何て可愛いんだろう!
 にこにこしながら、見蕩れながら、エリックは内心気にもなっていた。

(シエンがこんなことを真剣に聞いてくるなんて。いったい、誰が薄毛に悩んでるんだろう? センパイ……は、ないな。まさか、ローゼンベルクさん?)

 いや、いや、落ち着けエリック。それよりもっと有力な候補がいるじゃないか。
 一番、髪の毛の薄そうな人。後ろにぎゅーっと引っ張る髪形といい、直毛でペタンとした毛質といい、いかにも生え際が厳しくなりそうな人が。

(やっぱり……h?)

 慢性的な睡眠不足。昼夜逆転した不規則な生活リズム。ひっきりなしに吹かすタバコ、どろっとしたコーヒー。加えて締め切り直前の多大なストレス。考えれば考えるほど、ヒウェルの生活は薄毛の原因が凝縮している。

(長さはあるけど、密度は薄いものな、彼……ごそっと抜けちゃったのかな?)
 
 そして次の日。
 馴染みのデリにサンドイッチを買いに行ったエリックは、はからずしも自らの疑問の答えにばったりと出くわしたのだった。
  
「あー……」

 こいつはちょっと予想外。
 すみっこのテーブルに座り、背中を丸めてドーナッツをかじるヒウェルの頭にはしっぽが無かった。
 しみじみ観察し、ごく自然に何度もうなずいた。なるほど、これはシエンが心配するのも無理はない。
 いつもより、三割増し人相が悪い。うさんくささもほんのり増量、まるでテレビドラマのせこい悪役みたいだ。

 もしゃっと口いっぱいにほお張ったチョコレートドーナッツを飲み下し、ヒウェルはじとーっと三白眼でにらみ返してきた。

「言いたいことがあるなら、さっさと言え、バイキング」
「誰かと思いましたよ」
「や、それ、もう聞き飽きてるから」

 ごわごわの黒い堅い毛が、短く刈られてじゃきっと直立……しているはずなのだが、微妙にまとまりが悪い。毛先があっちこっちばらばらの方向を向いている。切れ味の悪い刃物で無理やり切ったんじゃないかってぐらいに乱れてる。
 気分転換? イメチェン? いずれにせよ、何だってまたこんなに落ち着きのない髪形にしたんだろう。
 視線に気付いているのか、いないのか。ヒウェルは猛烈な勢いでがも、がもとチョコレートドーナッツを平らげ、ぐうっとコーヒーで流し込んだ。

(あれ?)

 いつものブラックじゃない。

「メイリールさん、チリビーンズと豆サンド上がったよ」
「さんきゅ! ソイラテのお代わり頼むよ」

 チリビーンズに、豆サンドに、ソイラテ?

「見事に豆ばっかりですね」
「うん、豆いっぱい食べてねって言われたんだ。晩飯のメニューも最近、豆ばっかりだし……あと、魚?」

 なるほど、シエンは自分のアドバイスをきっちり実行してるんだ。こいつの為に。
 ちょっぴりムカついたので、言ってやった。

「どうしたんです、その頭」

 ひくっと口元が引きつってる。できるものなら、この話題はスルーしてほしいんだろうな。察しながらも敢えてぐりっと深くねじ込んだ。

「てっきり、出家したかと思いましたよ」

 オレ、今、最高の笑顔になってるんだろうなあ。自分でもわかる。

「誰が坊主かーっ!」

 さりげに痛い所を突いてたらしい。
 すっかり機嫌を良くしてエビサンドをかじるエリックに、ヒウェルは早口でまくしたてるのだった。

「だーかーら、そもそもこんなに短くするつもりなんか、俺には全然なくて。うっかり床屋で爆睡してたら、ぐりんぐりんにされちゃったんで、ちょっと整えるだけのつもりだったんだ。でもカットしてる最中に、オーレが飛びかかってきて、それで一気にぞりんっと行っちゃってーっ」
「そう言う時はですね。いっそスキンヘッドにしちゃえばいいんですよ」
「俺に、本物の坊主になれとっ!」
「その方が毛質の戻りは早いらしいですよ?」
「そうなのかっ」
「元通りに生えそろう保証はありませんけどね」
「そ、それは困る!」

 頭抱えて顔面蒼白になってる。やっぱ気にしてるんだろうな。あー、面白い。

「ああ。でも、そこまで短くしちゃったんじゃ、もう手遅れかも?」
「……怖いこと言うなよぉ」

 いいぞ。しばらくは、このネタで遊べそうだ。
 
         ※
 
『貝類と魚を使った日本食のメニューを教えて。あと海藻も!』

 ディフに電話してもらったら、すぐにサリーから、レシピがFAXで送られてきた。参考になるサイトのURLも教えてくれた。
 乾燥したワカメは以前、お土産にもらった分があるから早速、スープにしてみた。
 明日は土曜日、フェリーズビルディングで市の立つ日だ。あそこには、新鮮な貝類や魚が沢山売っていた。

「ディフ」
「ん、どうした?」
「明日はファーマーズマーケットの日だよね?」
「ああ。行くか?」
「うん! サリーに教わった料理を試してみたいんだ」

 そして週末。
 ローゼンベルク家の食卓には、新鮮な牡蛎の炊込みご飯と豆のサラダ、ワカメのスープが並んだのだった。
     
(パーマネントヒウェル/了)

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【エピローグ】気付かなかった男

2011/01/22 19:14 四話十海
 
  • 拍手お礼短編の再録。
  • 時間は前後しますが、第四話エピローグです。『食卓』の締めくくりは、やはり食卓から。
 
 コーヒーの香りに満ちた空気の中、眼鏡バイキングは目を細め、頬の筋肉をゆるませて。ほほ笑む口のすき間から、さっきまで食いしばっていたはずの白い歯をのぞかせた。

「ありがとう、オティア」
「……………さっさと行け」

 お前のためにやったんじゃない! 腹立たしさを視線に込めて、ずいとばかりに突きつける。

「うん。ありがとう!」

 するりとかわされた。
 クラゲ野郎め。こいつと居るだけでイライラする。さっさと失せろ、と言いたい所だがあいにくと今こいつが向かっているのは自分の『家』だ。
 
 エリックが店から出るやいなや、オティアはすっと立ち上がり、飲み終わったカップを捨てた。溶け残った氷と紙のカップとプラスチックの蓋をきちんと分けて。それからつかつかとカウンターに歩み寄り、『いつもの』コーヒーを一袋購入。紙袋は断り、シールを貼ったのを肩からかけたメッセンジャーバッグに入れて足早に外に出る。

 店の前にはチェーンで街灯にしっかり繋いだ青い自転車……去年のクリスマスプレゼントだ。時々、事務所までの行き帰りに使っている。
 近づくと、カゴに入れたキャリーバッグがごそごそと動いた。

「にーう!」
「……待たせた」

 チェーンを外し、サドルにまたがる。はるか向こうに、ひょろひょろ歩くトゲトゲ頭が見えた。やけにゆっくり歩いてるな……あれならすぐに追いつけそうだ。
 ペダルに足をかけ、勢い良くこぎ出す。足下でチェーンがこすれ、タイヤが回り、ジャーっと音がした。

 薄々予想はしていたが、隣をすり抜けた時、クラゲ野郎は全然気付いていなかった。そのまま全力で自転車を走らせ、ほぼ最短記録でマンションに着いたのだった。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
  
「……ただ今」
「にゃーっ!」
「お帰り。早かったな」

 キッチンでは、既にエプロンを着けたディフとシエンが野菜を刻んでいた。

「用事はもう済んだのか?」

 黙って買ってきたばかりのコーヒーの袋を見せる。

「ああ。デカフェの補給か」
「ん」
「ヒウェルが来る前に隠しとけ」
「了解」

 この二カ月と言うもの、ヒウェルが自宅で飲むコーヒー豆は秘かにデカフェ(カフェイン抜き)に変えられていた。きっかけはオティアの見つけた新聞記事だった。

『多量のカフェインを日常的に摂取していると、体が刺激に慣れてしまう。そうなると次第に効かなくなって行き、どんどん濃いコーヒーを大量に飲むようになる』
『カフェインの致死量は成人で5〜10g、コーヒーはおおよそ一杯で100mg』

 どろりとしたコーヒーを常飲し、明らかに胃の具合が悪そうなヒウェルの健康を案じてディフがデカフェを買って来た。受け取ったオティアが中味をヒウェルの家のコーヒー缶に入れた。以来、定期的にこうして補充している。
 袋の外側には、コーヒーの銘柄と一緒に大きく「デカフェ(カフェイン抜き)」と印刷されている。見られたら一発でばれてしまう。この頃は同じのを自分でも買おうとしているのか、『あれ、どこで買ったんだ』と度々聞かれるようになってきた。

『買い物のついで』『コーヒー飲みに行ったついで』etc,etc……はぐらかしてきたがそろそろ言い訳を考えるのも面倒くさくなってきた。
 いっそ奴の留守中にこっそり入れてやろうか。それとも、缶に詰め替えてから渡してやろうか?
 ひとまず別宅のキッチンに行き、食器棚にしまっておく事にする。

 そろそろ、眼鏡クラゲが着く頃合いだ。
 本宅に戻るとちょうどインターフォンが鳴った所だった。
 
「……どうした、バイキング? …………頼んだ覚えはないぞ? ………上がってこい」

 シエンは餃子の作成中だ。このタイミングなら、クラゲ野郎とも構えずに話せる。
 奴のうかつな一言で崩れてしまう危険性はあるが、何かあればディフがいる。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「腹減ったー。今日の飯、何?」

 オティアはちらっとこっちを見て、ぶっきらぼうにひと言。

「餃子」
「……だよな」

 食卓には蒸したの、スープに浮いたの、焼いたの。テイクアウトの中華に比べりゃいささか小振りな餃子が並んでる。
 付け合わせは春雨のサラダ、豆腐とブロッコリーのキャセロール、主食は炊いた米。
 並ぶ食器は当然ながらレンゲとハシだ。

「うまい。やっぱ餃子にはコメだよな!」
「よく言うぜ。フライドポテトと一緒にわしわし食ってた奴が」
「………」
「昔の話だよっ! 美味かったんだ。揚げものとの取り合わせが……」
「確かフィッシュ&チップスも好物だったんじゃないかな、ヒウェルは」
「ああ、こってりタルタルソースかけてばくばく食って。決まって後で胃もたれしてたよな」
「その食べ方、体によくないよ……」
「わかっちゃいるんだけどさ。揚物とタルタルソースの組み合わせが、これまた美味いのよ……背徳の味ってやつは甘美極まりないのさっ」

 微妙に固まる食卓の空気を、白い子猫が見守っていた。
 ……いや、そろそろkittenと呼ぶのは失礼にあたるかも知れない。体格こそ母猫に似て小柄ではあったが、今や手足はすらりと伸び、しっぽは優雅な曲線を描いてくるりと後足に巻き付く。この家に来て8カ月、オーレは均整のとれた成猫のプロポーションを備えつつあった。

「んにゃぎゅるるる」

 今日はシエンが小エビ入りの缶詰めを開けてくれた。何度も撫でて、『ありがと』って言ってくれた。
 理由はわからないけれど、うれしいからゴロゴロのどを鳴らし、お行儀良くエビをいただいた。

「俺さー、なんかこの頃体調いいんだよなー。何つーか、胃が、軽い」
「ほーう?」
「だけどスタバでいつものレシピでオーダーすると、飲んだ後でやけにずしっと来るんだ……頭の芯までピーンとつっぱる感じが抜けなくって」
「いい事じゃないか。頭をはっきりさせたくてコーヒーを飲むんだろう?』
「そーなんスけどね。物には限度がある訳で……仕方ないから、最近はエスプレッソのショット数減らしてるんです」
「一つ聞くがお前。普段は何ショット入れてたんだ?」
「……えーっと、一、二、三、四……」

 ごく自然に両手の指を動員して勘定するヒウェルをディフが遮った。

「わかった、皆まで言うな」
「このごろはショットの追加無しでも十分って感じなんだー」
「……いい傾向じゃないか。ようやく人間の飲めるコーヒーを口にするようになったってことだな」
「人を人外扱いすんじゃねーっ」
「違うのかい?」
「ちょ、レオン……そんな、あっさりサクっと……」
「ははは」

 ちらりとオティアはヒウェルの顔をうかがった。だいぶ血色もよくなってきているし、何より肌の内側から濁ったようなくすみが消えた。唇の荒れも治まっている。胃のコンディションは徐々に回復しているようだ。
 そろそろ教えてやるべきだろうか?

 レオンが食後の紅茶を入れ、シエンとディフがデザートの愛玉子のゼリーを用意している間にオティアは別宅に行き、食器棚からヒウェル用のコーヒーを取ってきた。

「ほい、これお前の分」
「……」

 ヒウェルからゼリーの盛られたガラスの器を受け取り、入れ違いにコーヒーを渡した。

「これ、いつものやつ」
「え、俺に?」
「そろそろ切れてるだろ」
「……ありがとう」

 袋入りの状態で受け取るのは始めてのはずだ。案の定、しみじみと観察してる。

「そっかー、スタバのコーヒーだったんだ。道理で親しみのある味だと…………!」

 気付いたらしい。
 あえて素知らぬ振りでゼリーに添えられたレモンをしぼってかける。愛玉子のゼリーにはほとんど甘みがない。普通はシロップをかけて食べるのだが、オティアはレモンだけで十分なのだ。

「オティア……あの……これ、デカフェって」
「ああ。そうだ?」
「ってことは……あれか?」

 かっくんっとヒウェルの顎が落ちる。

「つまり……その………」

 袋を持つ手がわなわなと震えてる。と、思ったらいきなりがばっと頭を抱えてつっぷした。

「俺は二カ月もの間、ずーっとカフェイン抜きのコーヒーを飲んでたのかーっっ」

 さっぱりした味わいのゼリーを口に運ぶ合間に、さらりとレオンが口を挟んだ。

「気がつかない程度の舌だってことだね」
「うぐぐぐぐ……」

 ぐうの音も出ないままデカフェの袋を抱え、へたれ眼鏡は真っ白に燃え尽きたのだった。
 

 ※ ※ ※ ※
 
 
 食事が終わり、後片づけも一段落し、双子はそろって部屋へと戻って行った。
 軽く一杯やろうかと大人三人で居間のバーカウンターへと場を移し、スコッチをグラスに注ぐ。
 琥珀色の液体を口に含み、舌の上で転がすように味わい、咽の奥へ。広がる木の香りを十分に楽しんでから、ディフがぽつりと言った。

「あのな、ヒウェル」
「ああ? 何?」

 方やこちらはデカフェがよほど衝撃だったのか。目を半開きにして背中を丸め、スコッチのソーダ割りをちびちび舐めている。その割には『いい酒を雑な飲みかたするのは許せない』とばかりに、がっちりボトルをキープしていた。
 実に、みみっちい。

「お前のコーヒーを、デカフェにしたのには訳がある」
「ほー? どーせ、ままのお気遣いってやつでしょ? オティアに持ってかせりゃ、俺が大人しく飲むからってんで……」

 へっと口を歪めてせせら笑うヒウェルの額を、こん、と軽くディフが小突いた。あくまで軽く。

「阿呆。考えついたのは、オティアだ」
「え?」
「新聞記事を見つけたんだよ。極端に濃いカフェインを日常的に摂取してると、体が刺激に慣れて覚醒効果が薄れてくる。だから余計に濃いコーヒーをがぶ飲みするようになる」
「あー……言われてみれば」
「なるほど。実際には効いていないのに、コーヒーを『飲む』行為で効いたつもりになっているんだね」
「ああ、そうだ」

 レオンはにこにこしながら、くいっと一口。スコッチを含み、ゆっくり飲み下した。滑らかなのどが上下する。

「それじゃあ、味も香りも、豆の焙煎の善し悪しも関係ないね」
「ぐっ」

 ヒウェルはぐんにゃりと口を曲げ、無意識に胃の辺りをさすった。

「あの子が言ったんだ。『飲んで効いた気になっているだけなら、中味がどうでも関係ない』って」
「つまり……それは、その……」

 ぱちぱちとまばたきする。

「お前があんまり無茶な飲み方するから、な」
「そ、そうだったのかっ」
「多分、デカフェって物があると知らなかったんだろう。最初の一回目は俺が買った。だがそれ以降は全部オティアが準備してるんだ」
「俺の……ために?」
「ああ、そうだ。空きっ腹に飲むより、何か食わせた方がいいって茶菓子まで用意して、な」
「そこまで……俺の体を気づかってくれたのか……」

 ヒウェルはかすかに頬を染めて両手を組み、感動に打ち震えた。

「オティアが、俺のためにっ」
「よかったじゃないか」
「ああ、よかったな……レオン、グラス出せよ」
「ありがとう」

 その手元からさりげなくスコッチの瓶を回収し、レオンとディフは心置きなくナイトキャップを楽しむのだった。

(気付かなかった男/了)

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