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ローゼンベルク家の食卓

モーニングアフター

2009/02/03 19:33 番外十海
 携帯が鳴っている。
 枕元の定位置にしては何だか遠い。夢うつつのうちに手を伸ばしてまさぐる……おや。
 何てことだ、ズボンごと下に落ちている。ひっぱりあげてポケットから抜き出し、開いて耳に当てる。

「ハロー」
「社長!」
「やあ、シンディ」
「やあ、じゃありません。まったく昨日から何度電話したと思ってるんです? また放浪ですか?」
「あ、いや……ちゃんとシスコにいるよ」
「安心しました。それじゃあ、今夜のクリスマスパーティーのことはお忘れじゃないんですね?」
「ああ、覚えているよ」
「ん……」

 傍らに眠るあたたかな体がすり寄って来る。ああ、すまないね、急に動いたからびっくりさせてしまったか。

「社長? おわかりとは思いますが、会社主催のパーティーに社長が不在ではしめしがつかないんですよ?」
「あ、うん、聞こえている。それじゃあ、また夜に」

 携帯を切って、はたと目を開ける。

(ここは、どこだ?)

「んん……」

 ヨーコが顔をこすって、目を開けた。良かった、かろうじて寝間着は着ているようだ。まだ完全に目が覚めてはいないらしい。とろんとした瞳でこっちを見上げて、にこっと笑った。
 こう言う時は、何て言うべきなのだろう?
 
「おはよう、カル」
「…………おはよう」
 
 まったく無邪気と言うか……無防備にもほどがある。頼むから君、私以外の男の前でこんなことをしてはいけないよ?
 
 
 ※ ※ ※ ※
 

 着替えを終えたヨーコはサクヤと2人、リビングで向き合っていた。風見とロイとランドールは下のコーヒースタンドへ食料を買いに行っている。
 サクヤはさっきからにこにこして何も言わない。透き通った瞳を直視できなくて何となく視線をそらす。

「おめでとう?」
「わかんない……まだ……」
「うん。でも、いいんじゃない」

 添い寝だけで実際には何もなかった、なんてことは今更口に出す前にわかっているし伝わっている。問題はもっと根本的な部分にあった。
 沈黙したままヨーコは天井を見て、床を見て、それから自分の手を見て、わきわきと握って、開く。そんな所に答えが書いてあるはずもない。
 ちらっと横目でサクヤの顔をうかがう。

「……………………………だって、だって、カルはゲイの人だし、私は女だしっ」

 一度言い出すと止まらない。ずっと心の中で目をそらしていたあれやこれやがぽこぽことあふれ出す。曖昧な形のまま放っておいたことが、口にした瞬間、はっきりと意味を備えた言の葉に変わる。

「昨日だって………きっと、どうせ触るなら私のお尻よか風見の尻がーとか思ってたし。私の裸よりテリーのヌードの方がいいって思ってる。それに、それに」

 こくん、とつばをのみこんだ。

「まだキスもしてないんだよ?」

 額や頬、手にするのとは別の物。友達でもない。弟でもない。お姉ちゃんとも違う。異性としてときめく相手に触れる特別なキスは、まだ一度だってしていないのだ。
 そんな乙女の心の葛藤を知ってか知らずか。さらりんさくりと返答される。

「してきたら?」

 あまりの率直さ、身もふたもないサクヤのお言葉にヨーコは口をぱくぱくさせるばかり。気分は酸欠の金魚か池のコイ。

「どうしたのさ、いつもポジティブシンキンの人のくせに」
「君の事は友達としてしか見られない、とか……妹だと思ってるとか…………答え聞くのが………………恐い」
「聞いてきてもいいけど」

 手加減無用、遠慮無し。変に気をつかってもってまわった言い方をしたところで何を言おうとしてるのかは互いに一目瞭然、昔からそうだった。
 質問を考えた時点で答えが見えてしまう。確認以上の意味が、ない。強く心の動く問題に関しては特にその傾向が強い。

「何となくこうなる気がしてたんだ」
「い……いつから?」
「うーん、最初にランドールさんから電話がかかってきた時?」
「なっ」
「確信したのは、昨日かな」
「……海岸で合流したとき?」
「ううん。ほら、ちっちゃくなった時、俺のアパートで一緒に寝たでしょ。3人でくっついて」
「うん」
「今朝起きてきたときのよーこちゃん、あの時と同じ顔してた」
「っ」

 図星。
 確かにあの時の記憶と感覚が残っていた。だからベッドの中にカルがいるのを見つけても、驚きこそすれ蹴り出そうと言う気には微塵もならなかった。

「限界まで疲れてる時に他の人とくっついて一緒に眠って、こんなに早く起きてくるなんて。しかもちゃんと動いてしゃべるなんて、あり得ないもの」
「そんなにレアな状況?」
「体を締め付けるからって服も全部脱いじゃうでしょ?」
「うん」
「でもランドールさんとくっついてるのはOKだったんだ」
「……………………うん」
「どうして自分で気づかないかな、よーこちゃん」
「だって、なんか……上原さんのときとは……微妙に違うんだもの………」
「相手も時間も違うもの。違ってて当然だよ」
「そ、そうかな」
「俺も、よーこちゃんがいいって言うならそれでいいって思ってるし」
「そうなの?」
「うん」

 なるほど、確かに変化しているのだ。自分も、サクヤも。
 
「曖昧なままで日本にもどったらたぶん、こじれるよ。こっちに居るうちにちゃんと言わなきゃ。ね?」
「う………」

 わかっている。
 けれど言ったらその瞬間、友情とも恋心ともつかない、だけどそれなりにあたたかくて心地よい今のつながりが失われてしまう。
 だったらこのままの方が……なんて安全ゾーンに逃げ込もうとした所にさくっと最後通牒を突きつけられた。

「よーこちゃんが言わずに帰ったら、俺そのうちランドールさんに言っちゃうかもよ?」
「うあああああん、そ、それだけはっ」
「だって単なる事実でしかないもの」

 意志疎通しすぎと言うのも便利なようで厄介だ。脅しじゃない、そのつもりもないとわかってしまう。
 そう、きっとサクヤちゃんは、言う。普通の会話の中で、さらりと言う。

「い、いい。自分で、聞く」
「うん」

 結果がどうであれ、伝えなきゃいけない。自分の言葉で、彼の目を見て……直接。
 困った顔するかな。
 驚くかな。
 怒る……かな。

「あ」
「どしたの」
「お腹…………すいた………」

 へにゃあっとヨーコの体から力が抜け、くたくたとソファに沈み込む。
 今の会話でかなり消耗しちゃったらしい。

「はい、キャラメル」
「……ありがとう。どしたの、これ?」
「風見くんが置いてった。先生がおなかすいたーって言ったらあげてくださいって」


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