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ローゼンベルク家の食卓

【side8-1】物は試しと夜会巻き

2008/12/19 22:34 番外十海
 面白いものを見た。
 でき上がった写真と原稿を出版社に届けに行った時のことだ。


「Hi,トリッシュ」
「あら、ヒウェル」

 やり手の女編集者は珍しく豊かな黒髪をふさふさと肩の上にたらしたままだった。

「ちょっと待ってね」

 彼女はデスクの上に置かれていた小さな金具を手にとった。
 
 kushi.jpg
 
 ラインストーンの飾りがついた金属の軸から、櫛みたいに細長い歯が伸びている。だが、櫛にしちゃ妙にその、何て言うか……歯の間隔が、広過ぎる。髪の毛とかすにはあまりにスカスカだよ。5本ぐらいしかない。
 しかも、全体的に半球状にゆるくカーブがかかっているし。
 何なんだ、アレは?

「……ブラッシングするのか?」
「いいえ」

 くすっと笑うと、トリッシュはくるくると髪の毛をねじりあげ、謎の金具をきゅっと挿して、くいっとひっくり返して、深く押し込んで……あっと言う間にいつもの見慣れたアップの髪型ができあがり。

 この間、10秒もかからない。

「……ちょっと待て、今、何があった?」
「夜会巻きって言うのよ、この髪型」
「いや、それは知ってる……俺が言いたいのは、その」
「ああ、最近は便利な道具があってね、これ一本で簡単にできちゃうのよ」
「へえ……それ、どこで売ってる?」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「ってな訳でアクセサリー売り場で買ってきてみたんだけどさ……俺だと、髪の毛の長さが足りなかったんだよね」
「買ったのか……」
「原稿書く時に、髪の毛まとめんのに便利だと思ったんだよ、そん時は! 輪ゴムよか気が利いてるし、くるくる、きゅって、えっらい簡単にまとまってたしさぁ」

 ディフはぎろっと三白眼でねめつけてきた。あ、あ、あ、お前、今心底呆れてるだろ。そーゆー顔してる。

「新しいモノを試したかっただけだろ」
「……うん、実は」

 小さな紙袋に入った夜会巻きコーム(と、言うらしい)と付属のマニュアルを食卓の上に乗せる。

「お前ぐらい長けりゃちょうどいいと思うんだよね」
「持ってきたのか……」
「うん。せっかく買ったのを無駄にするのもアレだしさ。写真の図解付きで説明書もついてるから、試してみろよ」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 ヒウェルが帰ってから、問題の紙袋を開けてみる。青い大粒のラインストーンのついたコームが入っていた。

「………あいつ……何考えてこんな、キラキラしたものを……」

 トリッシュの髪はふさふさと豊で、こしがあって量も多い。やわな髪飾りでは『ぱきーんって割れちゃうのよ』と笑いながら言っていた。
 こんなちっぽけな物で、ほんとに留まるのか?
 
 好奇心をおさえられず、コームを手にとり説明書を読む。
 ……ふむ。なるほど、こうやって、髪の毛をまとめて……ねじって……。

 最終的に固定するのと逆向きから束ねた根本に挿すんだな。で、こうやって裏返して、きゅっと押し込む、と。

「お」

 ほんとだ。できた。首筋から背中にかけてひろがってた髪の毛が、きっちり一つにまとまって大人しく固定されてる。試しに頭を左右に振ってみたが、ずれる気配はない。
 髪に挿したコームに手をやり、くいっとひっぱる。
 ばさばさと髪の毛が降りてきて、また元のように広がった。

 てのひらの中のコームはほっそりして、小さくて。こんな簡単な構造の物であそこまできっちりまとまるのが信じられない。
 中々に機能的な道具じゃないか。
 うん、気に入った。

 説明書には、他にもこのコームを使ってアレンジできる髪型が掲載されていた。
 本当に、こんな形になるんだろうか? 
 こうなると、全パターン試してみたくなる……。

 コームと説明書を持って洗面所に向かう。
 とりあえずこの「ハーフアップ」とか言うのを試してみるか。

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