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ローゼンベルク家の食卓

【ex13-7】旅人たちの帰還

2013/01/13 2:54 番外十海
 
 オーレは窓際に座り、じいっと下の通りを見つめている。背後では「おうじさま」と「へたれめがね」が電話をかけていた。

「……はい、こげ茶猫は飼い主が見つかりました」
「さっき迎えに来た所ですので、ご心配なく。はい、ありがとうございました!」

 ぴっと耳を伏せて、横目で睨む。どうしてあの「へたれめがね」は電話でぺこぺこするのかしら。
 誰もいないのに、ばかみたい!
 再び外に目を向ける。
 こげ茶色のお友達が、「とーちゃん」と一緒に帰って行く。ちょっぴりさみしい。兄弟たちと遊んでる時を思い出して楽しかったのに。また、遊びに来てくれないかな。

 どこからともなく、ふわふわの羽根が降りてきて鼻にくっついた。色はお友達と同じこげ茶色。
(あっ、お友達のにおいがする!)
 くんくんくん、くんくんくん。熱心に嗅ぎすぎて、うっかり吸い込みそうになる。

「くっしゅん!」

 盛大なクシャミが爆発。うっかり目をつぶってしまった。そのわずかの間に、お友達と「とーちゃん」の姿は見えなくなっていた。

「……にう」

 うつむいてると、ヒウェルがにやにやしながら声をかけてきた。

「ほい、お大事に。すっげえ派手なクシャミだったなあ」

 んもう、乙女が感慨にひたってる時にこのへたれめがねってばどんだけデリカシーがないのーっ!
 お尻をふりふり、へたれめがねに狙いを定めて……ダッシュ。ズボンを一気に駆け登る。

「いででっ、オーレさんやめて、お願い、爪は立てないでーっ」

     ※

 エドワーズ古書店に向う途中、サリーは小柄な男性とすれ違った。ふわっと漂う干した草とお日様と花の香りに懐かしい記憶が蘇る。
(何だか今の人、ゆーじさんに似てたな)
 足を止めて振り返ると、もう居なかった。ほんの少し寂しいような、残念なような気持ちになる。
(こんな所に居るはずないよね。ゆーじさんは日本に居るんだから)
 小さくうなずき、歩き始める。程なく行く手に、砂岩造りの建物が見えて来た。深みのあるドアベルの響きに迎えられ、中に入る。

「こんにちは、エドワーズさん!」
「ようこそ、サリー先生」
「みゃおう」
「こんにちは、リズ」

     ※

 ランドールとディフは、再会した恋人たちを温かく見守っていた。
 銀髪のシャルがくいくいとエミリオのローブの袖を引っ張る。エミルははっとしてようやく、思い出したようだ。この場所にいるのが自分たちだけではない、と。
 二人はそろってランドールとディフの方に向き直り、きちっとお辞儀をした。

「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
「もう離れるんじゃないぞ?」
「はいっ」
「わふっ!」

 しっかり腕を組んで、銀髪と黒髪のカップルが歩き出す。ふと途中で立ち止まり、シャルがエミルの頬に手を当てた。つま先立ちで伸び上がり、顔を寄せる。次に待ち受ける動作を予期して、大人二人はほほ笑ましい気持ちで目を細める。
 と、ちょうどその時。自転車に乗った小学生の一団がやって来た。ディフとランドール、そしてサンダーは道の端に寄ってやり過ごした。
 にぎやかな自転車軍団が通り過ぎた時、恋人たちの姿はもう、無かった。

「おや、もう行ってしまったのか。ずいぶんと健脚だね」
「ああ。何だか不思議な子たちだったな」

      ※

 召喚士ナデューはじっと目を閉じて跪いていた。場所は騎士団の砦の中庭。普段、詰襟の制服に身を固めた騎士たちが集合したり、馬術や剣術の稽古に励む場所だ。
 だが今はただ一人、目つきの鋭い金髪の男が腕組みをして、瞑目する召喚士を見守るのみ。
 ナデューは身じろぎもせずに集中している。
 その手には金色に光る糸が握られ、足元に描かれた魔法円……正確には、異界の存在を呼び寄せる『召喚円』の中に吸い込まれている。円の直径は1mほどだ。

「……よし、見つけた」

 くわっと目を開くなり、ナデューは糸を引いた。途端に円に沿って金色の光が走り、さらに……召喚円を囲むようにして外側に、二回り大きな円が浮かび上がった。あたかも、ナデューの引く糸に引っぱり上げられたように。高々と結い上げられた癖のない黒髪が、風もないのにふわりとなびく。前髪に一房混じる炎の赤が、ひときわ鮮やかに翻る。
 ナデューは素早く糸をたぐり寄せた。空中にひらめく糸がもつれ、絡み合い、文字を描き出す。
 形の良い唇から零れ出す呪文は簡潔にして短い。

『さまよえる輪よ、しばし留まれ。あるべき者をあるべき場所に還したまえ!』

 詠唱に合わせて円は一段と強く輝く。外側に浮かんだ第二の円が、糸車のようにくるくる回り始める。くいっとナデューは糸を引っ張った。途端に外側の円は編み目がほどけるように散り散りに分解し、光の粒となって飛び散った。
 小さな光の欠片が街のあちこちへと飛んで行く。その行く末を見届けて、ナデューはふーっと長く息を吐いた。

「これでおしまい。いなくなった人もそれぞれ、元居た場所に戻ってるはずだよ」

 ナデューは立ち上がり、額に滲んだ汗を拭った。

「お疲れ様です、ナデュー師」

 傍らで見守っていた騎士が歩み寄る。くすんだ金髪を首の後ろで三つ編みにした、灰色がかった紫の瞳の男。無駄の無い引き締まった体つきで、肩や腕にみしっと盛り上がった筋肉が身に着けた軍服の上からもうかがい知れる。
 襟元には銀の星が三つ輝いていた。

「ご助力感謝します。何分、今回のような事件では我々は手出しできないので……」
「うん、まさか街の中に『妖精の輪』が出現するなんてね。滅多にない事だから、私も驚いたよ」

 妖精の輪。
 異界とこの世界をつなぐ『門』の一種だが術師が意図的に開いたのではなく、自然に存在する天然ものだ。しかもふらふらと不規則に移動する困った性質を持っている。
 この為、アインヘイルダールの街のあちこちで人や物が消える事件が勃発、街を大混乱に陥れていたのだ。
 街の治安を預かる西道守護騎士団の隊長ロベルトは、魔法学院の教官であり優れた召喚士でもあるナデューに協力を要請。
 一計を案じたナデューは騎士の一人に『目印』を渡し、輪の追跡を命じた。出現したらすぐに飛び込むようにと指示して。
 そして向こう側に送り込まれた『目印』を手がかりにさまよう『妖精の輪』をたぐり寄せ、塞いだのであった。

「ディーテ……もとい、ダインくんならやってくれると思ったよ。彼は『妖精の輪』が目視できるからね」
「お役に立てたようで、光栄です」

 ロブ隊長は言葉少なに部下を評価された礼を述べた。
 爾来、騎士は魔法に頼ることを潔しとしない。
 ことに魔法を疎んじる傾向のある王都では、ダインの才能は忌むべき呪いとされ、疎まれていた。だがこの西の辺境では、違う。思い込みや因習に目を曇らせる事なく、まっすぐに受け止め、認める人々が存在する。

「ところでナデュー師」
「何だい、ロブ隊長?」
「ディーンドルフに渡した目印とは、一体何なのですか?」
「ああ、どんなに離れていても私が感知できるもの……私の最も信頼する『喚ばれし者』、ノーザンライトのたてがみだよ」
「なるほど」

 召喚士と『喚ばれし者』は、固い絆で結ばれているのだ。たとえ世界の境目を越えても。

「ロブ隊長ーっ!」

 砦の門から息せききって、黒髪のひょろりとした男が走ってくる。騎士団の制服に身を包んではいるが、小柄で細身。黒い髪に琥珀色の瞳の、どことなく齧歯類を思わせる風貌の男だった。

「どうした、ハインツ!」
「街のあちこちで、行方不明だった人たちが発見されたと言う報告が、相次いでいます!」
「ご苦労」

 うなずくロベルトの背後で、ナデューがしれっとした顔で首を傾げた。

「今回のケースは、異界門のクシャミみたいなものだからね」
「……クシャミ、ですか」
「何かのはずみで、また繋がっちゃうかも知れないよ?」
「なっ!」

 絶句する騎士二人を尻目に、ナデューはけらけら笑いながら歩き出した。いつの間にか傍らに控えていた、金髪の偉丈夫と腕を組んで。褐色の肌に分厚い胸板、背は高く腕も足もたくましい。さながら大型の馬のように。

「まあ、今回ほど派手なのは、そうそう起こらないとは思うけどね!」
「……勘弁してくださいよぉ」

 憮然として腕組みするロブ隊長の傍らで、ハインツは『たはっ』と情けない声を上げ、額に手を当て、肩をすくめるのだった。

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