▼ 【ex13-8】その夜のぱぱとまま★★
「……って言う事があったんだ、今日」
「なるほど、思わぬ所で人助けをしたんだね」
レオンハルト・ローゼンベルクは愛しい伴侶を見上げた。緩く波打つ赤毛が絹のカーテンのように流れ落ち、彼の背を、肩を覆っている。
「エミルの嫉妬深いとことか、すぐにシャルの事を考えてテンパってる所とか……暗黒面に落ちそうな程の独占欲を見てたら、何となく他人とは思えなくてな」
「ほう?」
レオンはわずかに眉をひそめた。
確かに自分は嫉妬深いし独占欲も強い。通りすがりの男がディフに色目を使っただけで、そいつの首に重りをつけて金門橋の下に沈めたい衝動に駆られる。だが極力、彼には悟られまいと抑えている……はずだ。
情熱と本能に身をまかせ、ベッドの中で愛を交わす時を除いては。
「お前が迷子になったらって想像したら……とてもじゃないけど俺、エミルを笑えなかった」
ああ、君って子は!
ほんのりと目の周りを赤らめている。
(恥じらってるんだな)
口元に笑みがにじむ。
「それは……嬉しいね」
「そうか」
ほっと安堵の息をつくと、ディフは手のひらでレオンの頬を覆った。
「再会したときの二人の喜びようったら、なかった。砂糖吐きそうなくらい甘くて、見ていて火が着きそうなくらいに熱くて……」
「それで、こんな事をしたと?」
ここはローゼンベルク家の夫婦の寝室。キングサイズのベッドに横たわるレオンの体をまたいでディフがのしかかり、その端正な美貌を見下ろしていた。
柔らかな素材の藍色のガウンの裾からは引き締まった素足が突き出し、襟元の合わせ目からはバランス良くついた筋肉の上を覆う雪花石膏(アラバスター)のような滑らかな肌がのぞいている。
こぼれかかる赤毛と相まって、ことさらにその白さが際立って見えた。
眺めているだけでレオンは指先がむずむずと疼くのを感じた。
今すぐに触れたい。布の内側に手を入れて、その唇から漏れる可愛い声を聞きたい。だが、ここは我慢だ。
「……そうだ」
ヘーゼルブラウンの瞳の奥にちらちらと緑色が揺れている。感情が昂ぶっているサインだ。
左の首筋に、薔薇の花びらそっくりの火傷の痕がくっきりと赤く浮かぶ。
そこに唇を這わせたら、どうなるか。思い起こすだけで血がたぎる。
「可愛いな」
つややかな髪に指を絡め、わざと毛先がうなじを掠めるようにかきあげる。
「あっ」
小さく声を上げ、ディフが身をすくませる。その隙にガウンのベルトをほどいてしゅるりと引き抜いた。
「っ、こら、何をっ」
ガウンの前が開く。
布の間から形の良い乳首も。引き締まった腹も、くびれた腰も、きゅっと上がった尻までつぶさに眺める事ができた。
「やっぱり下に何も着てなかったんだね? いけない子だ」
頬を包む手がぶるぶる震えている。前をかき合わせたいのを必死でこらえているのだろう。ちらりと視線をそらし、低い声で言い返して来る。
「指輪は着けてるぞ」
「では指輪だけになってくれ」
「……」
真っ赤になって小刻みに震えている。乳首の薄紅色がさらに濃くなり、存在を主張する。まだ触れてもいないのに。
辛抱強くレオンは待った。触れるか触れないかの距離を保ち、みっしりと筋肉のついた太ももを撫で回しながら。
「はっ……はぁ……っ、何、さわってっ」
「何か問題があるかな。ここはベッドの中だし今は夜なんだよ?」
焦れったいながらも幸福なひと時だった。最愛の人の恥じらう姿をたっぷりと堪能できるのだから。
(君に触れていいのは、俺だけだ)
やがて、きゅっと唇を引き結ぶとディフはガウンの襟元に手をかけ、肩から滑り落とした。
「ああ……とても、よく似合うよ」
「言うなっ、今にも溶けて、バターになりそうな気分なんだっ」
「それは大変」
背中に腕を回し、刻まれたライオンと翼をなぞる。
「あ……」
さざ波のように走る刺激にディフの表情が蕩け、唇から切なげな吐息が漏れる。
ゆっくりと時間をかけてなで下ろし、魅惑的な曲線を描く腰に腕を巻き付け、引き寄せた。
「わっ」
素早く体勢を入れ替え、逆にのしかかった。ゆるやかに波打つ髪がシーツの上に広がる。
「しっかり、捕まえておかないとね」
「言ってろ、ばかっ」
憎まれ口を叩く唇をキスで封じる。
程なく、艶めいた吐息と短いAの音がこぼれ落ち、夜の空気に溶けて行った。
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