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ローゼンベルク家の食卓

【ex11-8】★★★夢のあと

2010/07/26 1:00 番外十海
 
 いつになく激しい営みの後、夢を見た。
 とびっきり怖くて綺麗な極上の悪夢を。
 鳥も通わぬ絶海の孤島の、高い高い塔のてっぺんに、君と二人きりで暮らす夢だ。
 誰にも会わせない。あの子たちにも。ヒウェルにも。あらゆる全ての存在から切り離して鎖で繋ぎ止め、永遠に君を独り占め……。
 
 俺だけのものに。
 
(その気高い心臓をじりじりと、時間をかけて少しずつ引き裂こう。流れる血を余さず啜り、優しいヘーゼルの瞳が空っぽになるのを見守ろう。そして壊れた君を凍えた胸にかき抱いて生きて行くのだ)

 それでも君はほほ笑んで、「愛してる」と答えてくれるだろう。
 けれど。

(日の光の下、力強い声が。弾けるような笑顔が俺を呼ぶことは、二度とない)

 滴り落ちる血が戒めの鎖を赤く染める。ゆるく波打つ髪よりもなお赤く。

『レオン』
『………レオン』
『レオンっ!』

 息苦しさに怯えて目を覚ます。

「……どうした、レオン?」
「あ……あぁ……」

 髪をなでる優しい手に、忌まわしい鎖はなかった。

「何でもない」

 包み込む腕に、肩に、くっきりと赤い爪の痕跡が浮いている。首筋には歯の痕が。
 今夜は何度君の悲鳴を聞いただろう。手首をつかんでねじ伏せ、「許してくれ」とすがる声が聞こえなくなるまで責め続けてしまった。あまつさえ背後からのしかかり、髪をつかんで涙と汗で汚れた頬に口づけて……唇にねじ込んだ指先で舌を捕らえ、首筋に浮かぶ『薔薇の花びら』に歯を立てた。
 その行為が君の中にどれほどの恐怖を呼び覚ますか、誰よりも良く知っているはずなのに!
 抑えがまるで効かなかった。

 すっかりしゃがれて、かすれた声が囁く。

「大丈夫だよ……俺は、ここにいる」
「うん」
「レオン」
「うん」
「レオン」
「うん……」

 俺は。
 俺はあやうくこの手で、君の翼を折ってしまう所だった……。

「レオン?」
「………愛してる」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 

「レオン」

 愛しい人。
 
「レオン」

 生涯添い遂げると誓った唯一の男。

「レオンっ」

 誇りも尊厳も全てむしり取られ、心と体もろとも引き裂かれ。絶望のどん底を這いずりながらも忘れなかった、ただ一つの名前。

「……どうしたんだい、ディフ?」
「も……許してくれ……気が狂い……そう……だ……」

 息も絶え絶えにどうにか言葉を絞り出す。
 視界を覆っていた柔らかな布が取り去られる。間近に見下す笑顔は凄まじいほど美しく、脊椎を直に、鋭いナイフで削がれるような心地がした。

「壊れる君が、見たい」

 交わしたキスはかすかに血の味が混じっていた。噛みしめた唇からにじんだのか。あるいは、肌に走る赤い筋をなめた舌から移ったのか。
 その時思ったのだ。
 彼は飢えている。乾いている。
 ならば捧げよう……この血の最後の一滴、この身の最後の一片にいたるまで。

「いいよ……好きなだけ、俺を壊せ」

 レオンはあどけない子どもみたいな顔でこくっとうなずくと、俺の肩を掴み、乱暴にひっくり返した。
 うつぶせにベッドに叩きつけられる。もう、声も出ない。
 背後からしなやかな体がのしかかり、深々と貫かれた。

「くっ、あ、あっ」

(何度目だろう?)

 ぐい、と髪をつかんで引き寄せられる。汗に濡れた肌と肌の密度が増し、篭る熱に息をするのも忘れる。

「愛してるよ、ディフ」

 優しい囁きが耳をくすぐり、頬にキスされた。胸板に手のひらが押し当てられ、なで回された。いじり回された。ぷっくりと堅く尖った突起を交互にひねり上げられ、呼吸が次第に荒く、短くなって行く。あらゆる場所の皮膚が泡立ち、与えられるわずかな刺激にもピリピリと電流が走る。
 甘美な火花が皮膚から肉へと流れ込み、体内を貫くうねりとなる。
 全力疾走した犬みたいに、はっ、はっと口を開け、息をしていると……。
 じりじりと指先が胸から喉元、顎へとはい上がり、唇にねじ込まれた。

「うっ」

 さらに奥へと侵入し、舌を掴む。

「う。くぅう……」

 呻く暇もあらばこそ。首筋に牙が食い込む。火傷の痕に、きりきりと。

「っ!」

『愛してるぜ、マックス。お前はもう、俺のモノだ』

 忌まわしい記憶が意識を塗りつぶし、叫んでいた。だが、舌を封じられ、呻くことしかできない。

「う、う。うぅうっ!」

 もがけばもがくほど、歯が食い込む。深々と薄い皮膚を食い破る。
 奥底に打ち込まれた肉の楔は否応にも固さと熱を増し、容赦なく抉る。
 ああ、咽まで突き抜ける。腑(はらわた)を引きずり出されそうだ……。
 レオン。
 レオン。
 せめて名前を呼ばせてくれ。
 恐ろしい。こんな事をされながら、悦びに震える自分がおぞましい。

(レ、オ、ン………っ)

 荒れ狂う快楽と苦痛の濁流に飲み込まれ、視界が白く焼き尽くされた。

 
「………………………………………………あ……」

 意識を取り戻して初めて、失神していたことを知る。
 足の間がべっとりと粘ついている……いつ果てたのか、覚えていない。体の中も、外も、汗以外のものがねっとりとこびりついている。

(洗わない……と……)

 ぼんやりと思ったが、動けない。手も足も鉛を詰めたように重い。 

「く……う……」

 わずかに動いただけで至る所の皮膚が。筋肉が引きつれる。背骨を伝わり脳天まで、鋭い針で逆さまに掻きむしられるような感触が駆け抜ける。体の真ん中に鈍い痛みが居座っている。腑をえぐり出され、すっかり食われちまったみたいだ……

「う、うう、うっ」

 呻いているのは俺だけではなかった。瞬時に意識の焦点が合う。必死で重力の戒めを振り切る。全身の力を振り絞って瞼を押しあげ、口を開けた。

「……どうした、レオン?」
「あ……あぁ……」

 怯えた瞳でしがみついてきた。ただ受け止め、髪をなでた。骨肉をむしばむ痛みを忘れた。肌にまとわりつく汚れも忘れた。レオンのことだけを見た。思った。

「大丈夫だよ……俺は、ここにいる」

 レオンはほんの少し震えて、胸に顔を埋めてきた。

「うん」
「レオン」
「うん」
「レオン」
「うん……」

 ああ、可愛いな。
 愛しさがあふれ、干からびた魂が息を吹き返す。
 うなずく仕草が、くすぐったい。自然と笑みがこぼれちまう。
 撫でる手のひらに。抱きしめる腕に、ふと、彼の身体が強ばる気配が伝わってきた。

「レオン?」
「………愛してる」
「ああ……」

 額に口付け、汗に濡れた茶色の髪に顔をうずめた。
 彼の匂いがした。

「俺も、愛してる」

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