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ローゼンベルク家の食卓

【ex11-3】白いドレスの…

2010/07/26 0:54 番外十海
 
 旧校舎の三階。一般の教室や特別教室から離れたこの一角は、文科系クラブの部室として使われていた。
 とりわけ廊下のとっつきにある「民間伝承研究部」(一月からめでたく部に昇格した)通称「伝研」の部室は隣が物置と言うこともあり、ひときわぽつん、と隔離された感が強かった。
 あまり人に聞かれたくない話をしたり、見られたくないことをするにはうってつけ。むしろその為にこの部屋は使われていると言ってもいい。
 今、部室の一角はカーテンで仕切られ、即席の更衣室になっていた。カーテンの前には、眼鏡の女生徒……もとい、女性がちょこんと椅子に座り、首をかしげて待っている。

「もーいーかーい」
「ま……マダデス」
「もうちょっと」

 カーテンの向こうでは、生徒二人がもそもそ、ごそごそと着替え中。制服から体操服に、あるいはその逆なら慣れている。剣道の稽古着だってお手の物だ。何故にこんなに手間取っているかと言うと、今、二人が袖を通している服が、着慣れていないものだからだ。

「何だったら手伝おっかー?」
「遠慮しますっ」
「ケッコウですっ」

 羊子はくすっと笑って足を組んだ。

「慌てるなよ? ストッキング伝線しちゃうからな!」

 悪夢に苦しむシエンを救うため、結城神社の守護獣『獏』の出動が決まった。
 しかし、ここで一つ問題があった。現代の『獏』であるぽちは、大の男嫌い。ちょっとでも機嫌をそこねたら、さっさと自主的にドリームアウトしてしまう。そこで、チームの司令塔、羊子が考えた作戦が「全員で女装する」ことだった。

「現実世界で『女装の感覚』を掴まないと夢の中でイメージを結ぶことができないよ? 着るべきコスチュームのイメージも練っておかないとね!」」

 よーこ先生のお言葉により、放課後、ロイと風見は部室でせっせと女装のお稽古の真っ最中。なお伝研のメンバーであり、ハンターでもある遠藤は……

「あ、俺、これからバイトがあるんで!」
「外せないのか?」
「ヒーローですから! 俺を待っているちびっ子たちを裏切る訳にはいかんのですよ!」

 きらっと歯を光らせ、さっそうと逃げて……いや、去って行った。無駄に爽かな笑顔を残して。

「もーいーかーい」

 ざっとカーテンが開き、ロイと風見が出てきた。

「おお」

 羊子先生があらゆる手を尽くして各位方面から調達してきた衣装から、日本を愛するロイが選んだのは『キモノドレス』。
 振り袖の袖口や襟元にたっぷりレースがあしらわれ、下はぽんっと広がったスカート。レースたっぷりのヘッドドレスのおかげで多少髪の毛が短いのも気にならない。仕上げにふわっとしたエプロンを装着すれば、気分は和風アリス……?

 片や風見光一は、白いフリルたっぷりの落下傘みたいなスカートに、白いレザーのコルセット、ぽうん、と膨らんだ風船みたいな袖。コルセットを締めるのは黒の革ひも。頭にはちっちゃな丸い帽子を留め、首には黒いベルベットのチョーカー。ゴスロリファッションに身を包んでいる。

「いーじゃん、いーじゃん、似合ってるじゃん!」

 ぱちぱちと羊子は拍手した。
 風見とロイは顔を見合わせ、ほっと一息ついた。

「上手い選択だよ。どっちもふわふわのフリフリが、上手い具合にごっつい体型をカバーしてくれてる」
「かたじけない」
「ありがとうございますっ」
「ただ、なあ風見よ。ニーソまで履いたってぇのに、靴が上履きのまんまってのはいただけないなぁ」
「しぃまったあ!」
「足踏ん張って仁王立ちだし。ロイを見習え。完璧だ」

 確かにロイはきゅっと膝を寄せて見事な女の子立ち。足下も、底の分厚い白いメリージェーンシューズで決めている。

「くっ、不覚……」

 風見は唇をかみしめ、拳をにぎって小刻みに震えた。
 確かにロイの女装は完璧だ。化粧もしてない、ウィッグすらつけていないのに、ちゃんと仕草からして女子に見える。

(俺もがんばらなければ!)

 たかが女装、されど女装。今回の夢魔狩りに必要なことだ。大切なことなのだ。

「ロイ、教えてくれ。どうやったら女の子になり切れるんだ!」
「ど、ドウって……」

 ロイは目をそらした。そらさずにはいられなかった。本来の武骨さを絶妙な割合で残したコウイチのゴスロリ姿に、既に彼のハートは限界寸前、肋骨をつきやぶって飛び出さんばかりに高鳴っている。

(ああっ。両足ふんばって仁王立ちしていても……最高にキュートだよ、コウイチ!)

「やっぱり、まずは立ちかたからか? こう、きゅっと膝をあわせて」
「う、うん、そうだネ」

 風見はロイに教えを請うのに夢中だった。そして、ロイは風見の女装姿に気もそぞろ。だからこの部屋で唯一、そのことに気付いたのは羊子先生ただ一人だった。
 とっとっとっと近づいてくる、軽やかな足音に……。

「あー、夢の中で着るんだから、ドリームイメージの服装の上から『重ね着』できるの選んでね?」
「着る前に言ってくだサイ!」
「今回の狩りに、三上さんや蒼太さんは参加しないんですか?」
「どっちも本職が忙しいらしくて。って言うか、見たいか? あいつらの女装」
「あー、それは……」
「ちょっと……」
「ぽちが引きつけ起こしたら困るし」
「わあ、容赦ない」
「現役僧侶と神父に女装させるのはしのびなくって」
「思いっきり付け足しっぽい理由ですね」
「えへ♪」

(じゃあ、ランドールさんは?)
(現役の社長さんに女装させるのは有りなのデスカっ!)

 秘かに心の中で二人が突っ込みを入れた瞬間。
 ノックとともに、からりと部室の扉が開いた。

「よーこせんせー! これ、調理実習でマドレーヌ焼いたんです。一緒に食べま……」
「あ」
「ア」
「よ、藤島!」

 ほこほこと甘いにおいのする紙袋を抱えたまま、藤島千秋は硬直した。

「こ…………………光一?」
「や、やあ、千秋」
「こ…………………コスプレ?」
「いや、その、えっと…………部活なんだ、部活!」
「ゴスロリのどこが民間伝承研究?」
「服装文化史の実体験だ……さんきゅ、藤島!」

 とことこと千秋に歩み寄ると、羊子はひょいっと紙袋を受け取り、さらりと続けた。

「アメリカには男女逆転デーって催しがあってね。男女逆の扮装をすることで、両者の違いや共通点について学ぶんだよ」
「あー……そう……なんだ」
「だから、これはれっきとした部活なんだ。趣味じゃないから、心配すんな!」
「は……はい」

 授業中さながらによどみない声で説明しつつ、羊子はさくさくと机に皿を並べ、マドレーヌを盛った。二枚貝の形をした、金色の焼き菓子。かすかにオレンジの香りがする。

「うはっ、美味しそう! 風見、お茶入れて」
「はい!」

(助かった!)

 風見光一は電気ケトルを片手に、部室を飛び出した。

 ゴスロリのまま。
 スカートのまま。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 一方そのころ、サンフランシスコでは。
 カフェで食事を共にしつつ、サリーがランドールに女装作戦を説明していた。

「女装……か、なるほどね」
「すみません、ぽちは男の人が苦手なんです」
「いや、構わないよ。ハロウィンやエイプリルフールの余興と思えば……」

 ランドールはくすっと思いだし笑いをした。

「なつかしいな。大学時代の寮の馬鹿騒ぎを思い出すよ。私は参加するつもりはなかったんだが、ルームメイトに、半ば強引に引っ張り込まれて……」
「男子寮ですか? それとも男女共用?」
「男子寮だ」
「それは……さぞかし……」

 手加減無し、そりゃあもう凄まじい悪のりっぷりだった事だろう。

「現実世界での体験があるなら、それを思い出せばOKです」
「そうか」

『カルはきれいな黒髪だから、絶対これが似合うヨ!』

 そう言って、チャーリーが用意してくれたのは白雪姫のドレスだった。しかも、ちゃんと自分が着られるサイズの。

「何事も経験しておくものだね」

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