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ローゼンベルク家の食卓

【4-7-1】晴れた日に教会で

2008/11/10 0:13 四話十海
 
 十月の太陽は金の色をしている。

 夏の盛りに比べれば、真昼でもどこか夕方に近いような控えめな気配があるんだが、その分、細かく砕いた金砂みたいなマイルドなきらめきが混じっている。

 空気の質も変わる為か、レンズ越しの花婿の白いタキシードも八月とは違った風合いを見せていた。
 隣に寄り添う花嫁はスレンダーな体をマーメイドスタイルのすとんとしたシンプルなウェディングドレスに包んでいる。
 鹿の子色のカールした短い髪はいつもの三角巾ではなく、白く薄い布を被せただけの聖母マリアのような形のヴェールの下に。
 傍らには3歳の息子が黒のタキシードに身をかため、この上もなく真剣な表情で、びしっと背筋を伸ばしてつきそっていた。

 本日はアレックスとソフィアの結婚式。俺は前回同様、カメラマン役を買って出た。今回はベストマン役はロスから出てきたアレックスの弟がいるのでカメラに専念。教会の片隅にしゃがみ込み、花婿の入場も花嫁の入場もあまさず写した。
 ちなみにローゼンベルクの本家に仕えるご両親は多忙につき、祝いの言葉と花束を次男夫婦に託したそうな。

 新婦側の客席からはそこはかとなく美味そうな香りがほこほこと漂ってくる。先入観から来る錯覚ではなく、実際に。
 ソフィアから聞いた話じゃ、今日の披露宴のために花嫁のパパとママ、そして従業員一同総出でパンを焼いたそうだ。で、そのまま着替えて式に出席したと。
 フラワーガールはソフィアの従姉の娘が勤めたんだがこれがえらく勢いのあるお嬢さんで、手にしたバスケットから楽しげにぱっ、ぱっと花びらを空中にばらまいていた。
 景気良くまき過ぎてしまいにゃ花びらが無くなって、むーっと口をへの字に結んでいたのがまた可愛らしかった。

 新郎側の客席には、盛装したジーノ夫妻、恋人トリッシュをエスコートした堂々たる巨漢弁護士レイモンド……眼鏡の奥で目をうるうるさせている。
 そう言や彼はレオンとディフの結婚式の時もこんな感じだったっけ。
 あの時結ばれた新郎新婦は今回は客席だ。
 黒のタキシード姿のレオンとその傍らに寄り添うキルト姿のディフ。その隣にはネイビーブルーのタキシードを着た金髪に紫の瞳の少年が一人だけ。

 招待されたのは二人一緒、だけど出席したのはシエンだけ。

 喜びに満ちあふれる空気の中、フィルムを取り替えながら意識がふっとノブヒルのマンションに飛んで行く。

 オティアは今頃、どうしているのだろう。お姫様が一緒だから一人きりではない。それがせめてもの救いなのだけれど。
 あいつはアレックスに懐いていた。きっと、祝いたかったはずなのに。

 かしゃっとカメラの裏蓋を閉める。
 わかってる。原因は、これだ。

 皮肉なもんだ。こいつがあるから報道の仕事に進んだ。新聞社に入って、フリーになって、そして行方不明の里子の記事を担当することになって、オティアに出会った。
 オティアが何故、写真を厭うのか、理由は痛いほど知っている。

 それでも俺は……写さずにはいられない。目の前を通りすぎて行く二度と戻らぬ時間の面影を、追いかけずにはいられない。

「アレックス・J・オーウェン。あなたは病める時も健やかなる時もこの女性を愛し、共に歩むと誓いますか?」
「はい、誓います」
「ソフィア・ルーセント。あなたは病める時も健やかなる時もこの男性を愛し、共に歩むと誓いますか?」
「はいっ!」

 母親が答えるより早く、力一杯、3歳児のお言葉が教会の中に響き渡った。控えめな笑いのさざ波がさやさやと聖堂の中に広がってゆく。
 ディーンはきょとんとした表情で首をかしげ、アレックスとソフィア、そして牧師の顔を順繰りに見渡した。

 ぼく、何かおかしなこと言った?

 めいっぱい見開かれ、黒目が大きくなった瞳がそう語っていた。
 ソフィアはにっこりほほ笑むと、白いサテンの手袋をはめた手でそっと息子の髪をなで、それから改めて誓いの言葉を口にした。

「はい、誓います」

「この婚姻に異議ある者は申し立てよ、さもなくば永遠に沈黙するように……それでは、誓いのキスを」

 執事は緊張した面持ちで白いヴェールを両手でつまんで持ち上げる。
 ソフィアがそっと目蓋を閉じた。クローズアップしてみると執事の手がほんの少し震えているのがわかった。
 二人の唇が触れあう瞬間を狙って……よし、撮ったぞ。
 首に下げたデジカメから素早く銀版カメラに持ち変える。親父にもらった古い一眼レフ。大事な風景は全てこいつで写してきた。
 祭壇の前では、誓いのキスを終えたアレックスとソフィア、そしてディーンの3人が手をとりあっていた。
 ほほ笑みを交わす3人を古いカメラのファインダーに収め、シャッターを切る。電子音の代わりにカシャっと硬質の音が響いた。

 このかけがえのない一瞬を、永遠に。
 
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