ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

【4-21-4】今日はイースター

2010/11/06 16:51 四話十海
 
 ホット・クロス・バンズ
 ホット・クロス・バンズ

 1つで1ペニー、2つで1ペニー

 ホット・クロス・バンズ

 ディーンが歌いながら部屋の中を跳ね回っている。もこもことズボンに包まれたお尻をふりふり、テーブルの下やソファの後ろ、カーテンの影に潜り込む。動きが止まったな、と思ったらすっくと立ち上り、ほこらしげに右手を掲げて胸を張る。

「あったー!」

 ちっちゃな手のひらには、くっきりしたブルーとピンクのだんだら模様に塗られたイースター・エッグがしっかりと握られていた。レオンとディフ、アレックスとソフィア、そしてヒウェル。見守る大人たちが惜しみなく賞賛の拍手を送る。得意そうに戦利品をバスケットに収めると、ディーンは再び、果敢にクエストに挑んでいった。

 今日は4月8日、イースター。アレックス一家を招いての昼食会、食事の前に「卵探しゲーム」が開催された。
 しましま模様に水玉、顔を描いたり花やハート、ウサギを描いたり。派手に塗られた卵は昔は本物の卵や、卵形のチョコレートが使われていたが、今はプラスチックのカプセルに取って代わっている。中にお菓子や玩具を入れて、大人が隠し、子供が探すのが基本ルール。
 だがオティアはきっぱりと、シエンは遠慮しながらも辞退し、隠す方に回った。

「どこに隠してあるか、すぐわかっちゃうから」
「ああ……」

 探しているのはディーン一人。

 嬢ちゃんがいないのなら、坊ちゃんにあげとくれ

 1つで1ペニー、2つで1ペニー

 ホット・クロス・バンズ

 片手に抱えた黒ウサギのぬいぐるみは、縫製の微妙な歪みのせいでやさぐれているような、にらみ付けているような、とにかく兎相のよろしくない顔つきをしていた。だがディーンはいたってお気に入り。しっかり抱えて一緒になって卵を探している。さらに、その後を白いしっぽが追跡していた。ちりちりと鈴を鳴らしてしなやかに。
 オーレだ。
 ぴーんとしっぽをたてて後をついて行く。ひげを前ならえにして、ひゅるんひゅるんとディーンの手足の間をすりぬける。
 卵を隠している時はオティアの後になり先になり、とくいげに家中飛び回っていたのに……今はすっかり探すのに夢中だ。
 子猫と子供は熱心になりすぎて、だんだん隠した場所とはずれた方向へ。大人たちが予測もしないようなすき間へと潜り込んで行く。
 現に今も、ぷりっとした丸いお尻がソファの下にもそもそと……さすがにウサギは入らなかったのか、床に置いてある。

「ストーップ、ディーン、ストップ、ストップ!」
「へ?」

 慌ててヒウェルがズボンの裾をつかむ。その間にディフが素早くウサギを移動させた。

「ウサギが、あの辺が怪しいって言ってるぜ?」

 ディーンはもこもこと後じさり、鼻のてっぺんやおでこに綿ぼこりをくっつけたまま、ちょこんと首をかしげた。
 褐色の瞳が怪訝そうに部屋の中を見回し……キャンディポットの前にちょこんと座ったウサギを見つけた。

「そこかーっ」

 普段は棚の高い位置に置かれた蓋つきのホウロウのツボが、珍しくローテーブルの上に置かれている。いつもは触っちゃいけないと言われている禁断の場所なだけに、感心にも手をつけなかったらしい。
 たーっと走り寄って手を伸ばし、ディフの顔を見上げた。

「開けていい?」
「どうぞ、どうぞ」
「本当に?」
「今日は特別だ。イースターだからな」

 ほっとした顔でディーンは厳かにツボの蓋に手をかけて、慎重に持ち上げると中をのぞきこんだ」

「おお!」

 ずぼっと手を突っ込み獲物を掴むなり、顔を輝かせ、高々と掲げた。

「最後の卵、ゲットだぜ!」

 金色に塗られた十二個目の卵。これにてコンプリート、ゲーム終了、昼食へ。
 ディフと双子、そしてソフィアが腕を振るった料理がイースターの食卓を飾る。ラム肉のロースト、ディーン用にミートローフ、豆のサラダに茹でたジャガイモ。ワンタンと春雨のスープはシエンが担当した中華風。
 シエンの「作品」はもう一つあった。白いふかふかの生地に食紅で描いたぽちっと赤い瞳、きゅっとつまんだ長い耳、うずくまった兎そっくりの形の蒸し饅頭。中味は卵で作ったしっとりなめらかな黄身の餡、イースターにぴったりだ。蒸かしたてのあつあつの兎まんは好評で、瞬く間に無くなった。
 そして忘れちゃいけないホット・クロスバンズ。
 ソフィアは万事心得ていて、二種類のパンを焼いてきてくれた。オティアも食べやすいように、リンゴ抜き、甘さ控えめのパン。伝統的なドライフルーツと砂糖をたっぷり効かせたパンは、ディーンとヒウェルが大喜びでかぶりついた。

 昼食の後、ディーンは意気揚々と戦利品のチェックにとりかかり、卵を開けるたびにチョコレートや、キャンディ、ちっちゃなロボット、ポケモンのカードに歓声を挙げた。

「これはオプティマス・プライムだよ。これはピカチュウ!」

 一つ一つ取り出してテーブルに並べ、相棒の黒ウサギに説明している。オーレがちょろりと手を出して、すかさずオティアに止められた。
 一方、大人たちはメールボックスから回収してきたイースターのカードを選り分けていた。クリスマスの時より、微妙に枚数が増えている。それだけ、双子が外の人たちと関わる機会が増えたからだ。
 家族全員に宛てて、ディビットとレイモンドから。さらに一通、テキサスから届いたカードがあった。

「あ……母さんからだ」

 何故かカードには、お決まりのウサギでもなく、卵でもなく、茶色いクマのぬいぐるみの写真が貼り付けてあった。

「これは……クマ?」
「クマだな」
「クマだね」

 かなり年季が入っているらしく、元は茶色だった毛皮はだいぶ色が抜けてカフェオレ色に近くなっている。黒いボタンの目もおそらく何度もつけ直しているのだろう。そして、なぜか左の耳は青いギンガムチェックの布でできていた。
 ディフは恥ずかしそうに頬を染め、しぱしぱとまばたきした。

「うん……クマだ」

 はるばる海を越えて、日本から届いたカードもある。ヨーコとロイ、コウイチから連名で。卵色の紙に、うずくまって幸せそうに眠る鼻の長い生き物が描かれている。それを見た瞬間、レオンも、ディフも、シエンも、オティアも、何故かほわっと柔らかな毛布にくるまれたような、幸せな気分になったのだった。
 ソーシャルワーカーのヨシカワさんから贈られたカードは卵の形に鮮やかな縞模様。サリーからは、雪の中にちょこんとうずくまるウサギの絵。オムレツみたいなアーモンド型に、ぽちっと木の実でできた赤い瞳、耳は細長い緑の葉っぱだ。

「これ、雪でできてるのかな」
「多分そうだな。雪だるま(Snow man)のウサギ版ってとこか」
「じゃあ雪ウサギ(Snow rabbit)?」
「だ、な……あれ?」

 ヒウェルは二枚のポストカードを並べて、しみじみと見比べた。ヨーコから届いた分と、サリーから届いた分。

「これ、もしかして同じ文字じゃないのか?」
「本当だ、形が同じっぽいな」
「日本のイースターの挨拶か?」

 レオンはじっと文字を見て、ゆるやかに首を横に振った。

「いや、日本にはイースターの風習はないんじゃないかな」
「春の挨拶か?」
 
 残念ながら、この場に日本語の読める人間はいなかった。協議の結果、後でサリーに聞いてみよう! と言うことになる。
 二枚のカードに書かれていたのは、悪夢を祓い、健やかな眠りを祈るおまじないの言葉だった。

『見し夢を 獏の餌食となすからに 心は晴れし 曙の空 悪夢退散 安眠祈願』

 そしてテリーからは、一面の黄色をバックにオレンジのワンピースを着た、白い小さなウサギの絵。

「あ……なんか懐かしいの来た」

 ひょいとのぞきこむなり、ディーンが嬉しそうに叫んだ。

「みっふぃー!」
「そうね、ミッフィーね」
「でも、何で、ミッフィー?」
「おや、こっちのも何か、やけに可愛いの来たぞ?」

 ピンクのカードには、エプロンドレスを着た金髪の少女と白いウサギが描かれている。まるで砂糖菓子みたいな色合いだ。

「俺と、オティアとシエン宛てだな」
「誰からだ?」
「マージョリー・ドナ・スミス」
「マージだ」

 ぽつりとオティアが言った。

「アニマル・シェルターの」
「ああ!」
「何、ボランティアの女子大生?」
「いや、最古参のオバちゃんだ」
「わお……」

 オーウェン家からは、卵型に切り抜いた画用紙にクレヨンで彩色した手書きのカードが一枚、アレックス自らがうやうやしく銀のトレイに載せて配達した。描いたのはもちろん、ディーン画伯だ。

「ウサギ、か」
「ウサギだよ!」

 カードの真ん中に描かれた黒いウサギは、手足がひょろ長く、とてもとても目つきが悪い。

「あ、このウサギもしかして」

 大人たちの目が一斉に、ディーンの抱えたぬいぐるみに向けられた。

「いえーっす!」

 ディーンは満面の笑みを浮かべて、やさぐれウサギをたかだかと両手で掲げる。その姿を見守りながら、ヒウェルは妙に嬉しそうににまにまと笑っていた。

「っと……これはオティアとオーレ宛だな。そら」
「Thanks」

 受け取る前から、誰から届いたのかは大体予想がついていた。
 白い封筒には、きちんと並んだEの署名。Mr.エドワーズからだ。
 封を開けると、中には卵の形に切り抜かれた白い紙が入っていた。さらっとした手触りは、おそらく和紙だ。以前、サリーからもらったことがある。カードの表面には細い筆で、流れるような筆致で、黒の濃淡だけで描いた兎の絵が描かれていた。どことなくサリーやヨーコたちのカードに似ている……おそらく日本の絵なのだ。
 両手で細い草を振り回してるのが一匹。ころんとひっくり返ってるのが一匹。二匹とも楽しそうだ。
 シンプルだが、実に奥深い。

 オーレに見せると熱心ににおいをかぎ、くいくいと顔をすり寄せた。
 
次へ→【4-21-5】そして四月に手紙を書いた
拍手する