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ローゼンベルク家の食卓

卵とパンとやさぐれ兎

2009/04/20 0:35 短編十海
 
  • ちょっとだけ時間を先取りして、07年4月のイースターのお話。
 
 よ、元気かい?

 俺の方はちまちまと、小商いに精を出しつつそれなりに元気でやってるよ。何せ食生活は充実してるからね。

 そっちじゃそろそろ、新学期か。

 こっちではイースター(復活祭)だった。キリストさんが十字架で磔されてから三日後に復活したのを記念した日らしい。
 今年(2007)は4月の8日だった。
 俺にしてみればウサギと卵のチョコレートが大量に売り出されるハッピーな日だ。一応、祝日だから会社も学校も休みになるんだが、そもそも俺の場合はフリーだからあんまり関係ないしな。

 イベント関係の取材が入るから、かえって忙しいくらいだ。ほら、誰だってすきこのんで休みの日に働きたくないだろ?
 ま、こーゆーすき間があるから俺みたいな外注の書き物屋もどうにか食って行けるって訳だよ。
 
 アメリカのイースターのお楽しみと言えば、まず卵探し。
 カラフルに塗ったくった卵形カプセルの中に、ちっちゃなおもちゃを入れた『イースターエッグ』を部屋の中だの、庭に隠して探すんだ。
 隠すのは大人、探すのは子供。
 ま、要するにお子様のお遊びだね。

 去年は裁判の準備やら調査やらで忙しかったが、今年はやりましたよ? ローゼンベルクさんとこでも!

 とは言え金髪の双子ちゃんたちにとっては、どこにあるのかなんてすぐ分かっちまうだろうからほとんど意味がない。あいつら、とにかく勘がいいからな。

「さあ、探してごらん、見つかるかな?」

 なーんてこっちがわくわくしながら言ったところで、すたすたと一直線に隠し場所に歩いて、取り出すのがオチだ。
 面白くも何ともない。『子供だまし』にもなりゃしない。そもそもオティアは乗り気じゃなかったし、シエンも準備する方に回ってた。(賢明な判断だよ、うん)

 ほとんどディーンのためにやったようなもんだね。
 目ぇきらきらさせて、リビングやキッチン、食堂の中をあちこち嗅ぎ回って。エッグを見つけるたびに歓声をあげて、得意になって見せに来た。

 可愛いったらありゃしない。

 そうそう、白い尻尾のお姫様も、目を輝かせて、鼻面ふくらませて。尻尾をぴーんと立てて部屋中駆け回ってたよ。卵隠す時もひげを前ならいさせて、「おてつだい」気分全開であちこち先導して回ってたくせにな。
 
 このイースターエッグ、昔はチョコレートでできていたんだが、法律で「食べ物の中に玩具を入れちゃいかん!」ってことになってね。今じゃプラスチック製なんだ。
 毎年、この時期になると一斉にどこの店でも卵形のカプセルが売りに出される。あらかじめ、お菓子やおもちゃが中に入ってるのもあれば、空のカプセルだけ買って来て、家で詰める場合もある。
 
 卵と並ぶイースターの主役と言えば、兎だ。
 つっても食うんじゃないぞ。
 ぴょっこぴょっこ跳ねる兎は生命力の象徴だそうで。この時期、やっぱりあちこちの店先に山のように並ぶんだ。
 兎のカードとか。兎の形のパンとか。チョコレートとか、ぬいぐるみがね。

 ヨーロッパだと羊もイースターの主役になるらしい。山のように並ぶ羊のぬいぐるみ。
 ちょっと怖いね。
 いや羊は悪くないんだ、悪くないんだよ? でもあれを見てるとつい思い出しちまうんだよな……あのちっこい日本生まれの魔女を!(あ、これ本人には言うな、絶対言うなよ? 男と男のお約束だ)
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 イースターの二日前、卵に仕込むちっちゃなプレゼントを買いにショッピング・モールに行った。
 雑貨屋の前のワゴンには、例に寄ってウサギのぬいぐるみが山積みになっていた。白いの、黒いの茶色いの、ぶちのやつ、ピンクのやつ、黄色いやつ。

 大きさはだいたい12インチ(30cm)ってとこかな。ちっちゃな子供が抱えるのにちょうどいいサイズだ。

 その中に一匹だけ、縫製のせいなのか。それとも目に縫い付けたビーズの角度のせいなのか。えっらい目つきの悪い兎が混じっていた。
 微妙に三白眼で、しかも目がつり上がり、口元もそこはかとなくゆがんでいる。
 工場で大量生産される安物だ。この程度の歪みは誤差のうちだろうが、どうしてもやさぐれてガンたれてるようにしか見えない。

 翌日、仕事のついでに何となく気になってその店の前に行ってみた。
 案の定、やさぐれ兎はしっかり売れ残っていた。相変わらずふてぶてしい面構えのまま、からっぽのワゴンに一匹だけ、ぽつりと転がっていやがった。

 しかも、今、まさに店員のお姉さんが、白いふかふかの可愛い兎を一山、ワゴンに追加しようとしてるじゃねえか。

 いかん。
 このままでは、こいつは確実に売れ残る!
 いや、ひょっとしたら去年のイースターから売れ残ってるのかも知れない……。
 
 つい、ほだされて、拾い上げていた。

「すいません、これください」
「いいんですか? こっちにもっと可愛いのがありますけど」
「いいんです、これで!」

 財布を取り出しつつ、思い出して付け加える。

「あ、贈り物なんで包んでください」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 マンションに戻ってから、やさぐれ兎を抱えて上にあがる。
 まだ「卵探し」の開始時間までには早いけれど、先に渡しておこうと思ったんだ。
 呼び鈴を鳴らすと、ソフィアが出迎えてくれた。

「あら、いらっしゃい、ヒウェル。ちょうどパンが焼けた所なのよ」
「ウサギ形? 卵形? それとも、ミックスフルーツの入った十字架の切れ目の入ったやつ?」

 ちょこまかと顔を出したディーンが、ずいっと胸をはってほこらしげに言った。

「全部!」
「そうか、全部か」
「お歌もうたえるよ!」

 ディーンはちっちゃな手をパチン、パチンと打ち鳴らしながら歌い始めた。

 ホット・クロス・バンズ
 ホット・クロス・バンズ

 1つで1ペニー、2つで1ペニー

 ホット・クロス・バンズ

 嬢ちゃんがいないのなら、坊ちゃんにあげとくれ

 1つで1ペニー、2つで1ペニー

 ホット・クロス・バンズ

 年季の入った、堂々とした歌いっぷりだった。(まだ三歳だけど)

 ホット・クロス・バンズは十字架の切れ目の入った、ミックスフルーツの入った丸いパン。イースターの期間中に食べる菓子パンだ。ルーセント・ベーカリーでも日がな一日、この歌が流れてるんだろう。

 惜しみなく賞賛の拍手を送ってから、抱えて来たプレゼントを進呈した。

「本年度のイースター最高の歌手に、敬意を表して……どうぞ、お受け取りください」
「ありがとーっ!」

 包みを開けた途端、ディーンは目を輝かせた。

「すっげえ! 黒ウサギ、かっこいー! ありがとー、ヒウェル、ありがとー!」

 yasausa.jpg

 かっこいい、と来ましたか。
 うんうん、さすが男の子だよ。

「お気に召して、何より」

 その後、卵探しゲームの時もしっかり小脇に抱えていたよ。
 三歳の子供の記憶ってのはおぼろげにしか残らないらしい。

 何年かして、あの子が今の双子ぐらいの年齢になったとき、ふと、部屋の片隅であの兎を見つけて思うんだろうな。

 何でこんなものがあるんだろうって。
 それとも、その頃は他の誰かが大事に抱えてるのかな?

 ……ってなことを考えてる自分にちょっと驚いた。今、自分が立ってる時間の流れのその先を、こんな風に想像するなんてね。

 あらゆる意味で、新鮮なイースターだった。
 
 らしくないって? うん、自分でもそう思う。
 
 それじゃ、そろそろ仕事に戻るとするよ。
 近いうちに、またな。

Hywel-Maelwys

(卵とパンとやさぐれ兎/了)

※ぬいぐるみ作成:月梨

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