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ローゼンベルク家の食卓

【4-21-5】そして四月に手紙を書いた

2010/11/06 16:52 四話十海
 
 テーブルの上には、最後の一通が残っている。
 レオン宛ではない。ディフに届いたのでもない。家族全体でもなければ、オティアに宛てたものでもない。

 宛名は『シエン・セーブル』。差出人は、ハンス・エリック・スヴェンソン。

 メールはあまり好きじゃないって言っていた。住所は知っている。だから手紙を書こう。
 返事が来なくてもいい。来れば嬉しい。
 しかしながら、犯罪者相手に一歩も引かないバイキングの末裔が手紙一通書く勇気を振り絞るまでに、実に一カ月もの時間がかかってしまったのだった。

 そして今、シエンはテーブルに置かれた封筒を遠巻きに見ていた。近づくことも、のぞきこむこともせず、ただ見ているだけ。
 ディフは「シエン宛てだぞ」と言ってテーブルに置いただけで、さほど気にする風もなく。今は静かに自分宛のカードを読んでいる……あくまで、表面上は。
 どいつもこいつも、焦れったい。
 オティアはすっと封筒を手に取ると、つかつかとシエンに歩み寄り、黙って手渡した。

「……ありがと」

 シエンは丁寧に封を切った。中にはイースター用のカードではなく、ごく普通のコピー用紙が入っていた。折り紙のような正確さできちっと折り畳まれている。開くと現れたのはボールペンで丹念に描かれた絵。文字は一つも書かれていない。
 
 眼鏡をかけたのっぽのウサギがぽつんと一匹で、紙コップに入ったコーヒーを飲んでいる。背景は実に正確に描写されていて、ひと目でどこかわかった。

(あの店だ……)

 まだエビの人としか知らなかった彼と出会って、コーヒーを飲んで、話した場所。ディフの昔の写真を見て、オティアがパソコンの中味を消してしまって、それから……。

 シエンはウサギの絵を部屋に持ち帰り、大切にしまった。
 ピスタチオグリーンの手袋と一緒に、机の引き出しに。
 

 ※ ※ ※ ※
 

 アレックス一家が帰ってから、オティアはディフに声をかけた。

「ディフ」
「どうした?」
「Mr.エドワーズに、イースターカードの返事を書きたい」
「……わかった」

 ディフはすぐにシンプルなカードを持ってきてくれた。事務所で返礼用に使っているのと同じ、クリーム色のシンプルなカードだ。
 Happy Easter(イースターおめでとう)と、金色で文字がプリントされているだけ。卵も、兎も描かれていない。
 
「これでいいか?」
「これでいい。ありがとう」

 キッチンテーブルに腰かけ、首を捻る。挨拶の言葉は既に印刷されている。さて、何を書こう? 名前以外に。
 Mr.エドワーズも、エリックも、兎の絵を描いていた。黒一色の線だけで、あれだけ表現できるのだ。実に興味深い。
 試してみよう。あいにくと家に兎はいない。だが白くてふわふわした生き物なら、オーレがいる。Mr.エドワーズも、兎よりオーレの絵の方が喜んでくれるはずだ。

 カードに描く前に、まず試作を試みる。ノートにいくつか試し書きをしてみた。猫の姿は見慣れている。覚えている通り、正確にペンで線を引けばいいと思ったのだが、今一、うまく行かない。耳があって、髭があって、丸い体に長いしっぽ、足が四本、胴体の左側に少しゆがんだ丸いぶち。確かにオーレの特徴を描いているはずなのだが、どうにもこう……実物通りにならない。何が足りないのだろう?

「お、猫、描いてるのか?」

 ヒウェルがのぞきこんできた。むすっと黙ったまま、うなずく。

「オーレか?」
「そうだ」
「なるほどね……あ、一枚紙、もらうよ」

 ヒウェルはポケットからライムグリーンの万年筆をとりだし、さらさらとノートに走らせた。

「骨格を見ながら描くんだ。だいたい、こんな感じだな。ここが首で、胴体。肘、踵、と……」
「………」
「猫ってのは基本的に、丸の集まりだ。骨組みの上に丸を肉付けして行くといい……こんな感じに」

 何てことだ。ざっと無造作にペンで線を引いただけなのに、確かに猫に見える。しかも自分が描いたのより、しっかりした構造をしている。

「……ふむ」

 ため息をつくと、オティアはノートを閉じた。
 
「あれ、描くのやめちゃうのか」
「ん」

 正確に猫を描くのに、付け焼き刃では難しそうだ。こっちは後で練習するとしよう……こいつの見てない所で。
 それはそれとして、Mr.エドワーズへの返事をどうするか、だ。
 白紙のカードを前に考えていると、オーレがふにっと手首に鼻をくっつけて、においをかいできた。

 そうだ。カードよりオーレを直接、連れて行った方がいいかもしれない。9月にこの家に来てから7カ月、すっかり大きくなった。Mr.エドワーズはこの間事務所に来たけれど、リズはそうも行かない。
 きっと、喜んでくれるだろう。
 
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