▼ 【4-14-8】まぼろしの遊園地
うとうとしていると、ドアが控えめにノックされた。
「どうぞ」
シエンが顔をのぞかせる。
「ディフ、夕食。食べれる?」
「……あ……いいにおいだ……少し……もらおうかな」
「うん!」
ほっとしたようにほほ笑み、ベッドサイドのテーブルにトレイを置いてくれた。
スープカップに入った「おかゆさん」。ちゃんと考えてくれたんだな、俺が食べたがってるものを。
「薄味にしてあるから……足りなかったらまたもってくるよ」
「………いや、これで十分だよ」
ゆっくりとベッドの上に半身を起こすと、肩にふわっとブランケットがかけられた。
「食べ終わったら、薬も飲んでね」
「ああ……。シエン」
「ん?」
優しい紫の瞳がのぞきこんでくる。
「……夢ん中で、お前が迷子になって……探して、探して……見つからなくて……」
不覚にも声が詰まる。
「……大丈夫だよ」
illustrated by Kasuri
小さな手が。それでも最初に会った時よりはずっと伸びて、大人のバランスに近づいた指が、頬に触れてきた。
少しひんやりしているように感じるのは、今は俺の方が体温高いからか。まだ熱が残っているらしい。
「ああ……」
昨日の夜、そして今日。熱にうなされている間、何度あの夢を見たことだろう。
まぼろしの遊園地。うつろに響く回転木馬の音楽。すぐ目の前にいるはずなのに、遠ざかるシエン。間に立ちふさがる透明な冷たい壁に阻まれ、為す術もなく膝をつく。
目を覚ましてから、自分の肩を抱えて震えて……時間も忘れ、思わずレオンに電話しそうになったのも一度や二度ではなかった。
「どこにもいかないから……ね」
「うん………うん………」
目を閉じて、頬に触れる指先の感触に身を委ねる。何の思惑も、意図もなく、ただ、そこにある優しさに。
ゆっくりとまぶたを上げた。
「……いっといで。俺はもう、大丈夫だから」
「うん」
シエンを見送ってから「おかゆさん」を口に入れる。
あたたかい。
体中に染みわたって行く。
少し涙が滲んだ。あわててまばたきをして紛らわせようとした。
(っ、何やってるんだ、俺は?)
この部屋には、自分一人しかいないってのに。何を隠す必要があるんだろう。己の感情をねじ伏せ、強がる必要がどこにある?
つーっと一筋、あたたかな滴が頬を伝い落ちる。
あの子たちと暮らすようになってから、すっかり涙もろくなった。
最初のうちは自分が弱体化するようで心細かったが、今はそれも悪くないかなと思うようになってきた。
こう言う泣き方ができるのは……きっと、しあわせなことなんだ。
次へ→【4-14-9】音の出るリンゴ