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ローゼンベルク家の食卓

【4-14-8】まぼろしの遊園地

2009/11/22 2:44 四話十海
 
 うとうとしていると、ドアが控えめにノックされた。

「どうぞ」

 シエンが顔をのぞかせる。

「ディフ、夕食。食べれる?」
「……あ……いいにおいだ……少し……もらおうかな」
「うん!」
 
 ほっとしたようにほほ笑み、ベッドサイドのテーブルにトレイを置いてくれた。
 スープカップに入った「おかゆさん」。ちゃんと考えてくれたんだな、俺が食べたがってるものを。

「薄味にしてあるから……足りなかったらまたもってくるよ」 
「………いや、これで十分だよ」

 ゆっくりとベッドの上に半身を起こすと、肩にふわっとブランケットがかけられた。

「食べ終わったら、薬も飲んでね」
「ああ……。シエン」
「ん?」

 優しい紫の瞳がのぞきこんでくる。

「……夢ん中で、お前が迷子になって……探して、探して……見つからなくて……」

 不覚にも声が詰まる。

「……大丈夫だよ」
 
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 illustrated by Kasuri
 
 小さな手が。それでも最初に会った時よりはずっと伸びて、大人のバランスに近づいた指が、頬に触れてきた。
 少しひんやりしているように感じるのは、今は俺の方が体温高いからか。まだ熱が残っているらしい。

「ああ……」

 昨日の夜、そして今日。熱にうなされている間、何度あの夢を見たことだろう。
 まぼろしの遊園地。うつろに響く回転木馬の音楽。すぐ目の前にいるはずなのに、遠ざかるシエン。間に立ちふさがる透明な冷たい壁に阻まれ、為す術もなく膝をつく。

 目を覚ましてから、自分の肩を抱えて震えて……時間も忘れ、思わずレオンに電話しそうになったのも一度や二度ではなかった。

「どこにもいかないから……ね」
「うん………うん………」

 目を閉じて、頬に触れる指先の感触に身を委ねる。何の思惑も、意図もなく、ただ、そこにある優しさに。
 ゆっくりとまぶたを上げた。

「……いっといで。俺はもう、大丈夫だから」
「うん」

 シエンを見送ってから「おかゆさん」を口に入れる。
 あたたかい。
 体中に染みわたって行く。

 少し涙が滲んだ。あわててまばたきをして紛らわせようとした。

(っ、何やってるんだ、俺は?)

 この部屋には、自分一人しかいないってのに。何を隠す必要があるんだろう。己の感情をねじ伏せ、強がる必要がどこにある?

 つーっと一筋、あたたかな滴が頬を伝い落ちる。

 あの子たちと暮らすようになってから、すっかり涙もろくなった。
 最初のうちは自分が弱体化するようで心細かったが、今はそれも悪くないかなと思うようになってきた。

 こう言う泣き方ができるのは……きっと、しあわせなことなんだ。

 
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