▼ 【4-13-8】★お早うのキスは?
いつもよりゆっくりシャワーを使って上がって来ると、ベッドの上に犬がうずくまっていた。
ゆるく波打つ赤い毛並みの大型犬が一匹。膝をかかえてしょんぼり背中を丸めている。
近づくと、びくっと顔あげた。ほんのつかの間、嬉しそうな表情が浮かび、すぐに元の申し訳なさ一杯のしょげた顔に戻る。
(ああ、君って子は。こんな時にさえ、そんなに嬉しそうにして……)
近づき、ベッドに腰を降ろす。ディフはじーっと上目遣いに見上げてから、ちょっとだけ目を伏せた。
「すまん……また……勝手に……客呼んで………」
そこまで言うのが、精一杯だったらしい。
「悪かった」
言い終わる頃には声はほとんど消え入りそうにかすれ、完全にうつむいていた。
「誘う前に、教えてくれると嬉しいね」
こくっとうなずく。力一杯目を閉じて、肩がわずかに震えている。
(ごめん、レオン)
(次からは、友だち呼ぶ時は次からは絶対絶対教えるーっっっ)
思っても。何を言ってもそらぞらしくなりそうで。声に出せず、ただ震えるばかり。
「君が人を呼びたいと言うなら反対はしないさ……ここは君の家だ」
そろりとディフの手が伸びてきた。もそもそとシーツの上を探しまわり、やがてレオンを探り当て、手を握る。
おずおずと顔をあげた。まぶたが上がる。ヘーゼルの瞳はわずかに緑を帯び、今にもこぼれ落ちそうにうるんでいた。
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「お前の家だ。知ってたはずなのに……ごめん、レオン」
「訂正しよう。今は俺達の家だった」
(少し、意地悪しすぎてしまったかな)
「君の友人なら、俺も慣れなきゃいけないな………」
怒ってる顔も可愛いとか、ほほ笑む余裕すら無くしてしまうなんて。
握り合わせた手にキスをする。
「すまない」
ぷるぷる首を横に振ると、ディフは両手でしがみついて来た。それこそ大きな犬が全身で甘えて、すり寄ってくるようにして。
ベッドに入り、ゆるく波打つ赤い髪をかきわけ、額にキスをすると、ふるっと震えて手のひらにキスを返してきた。
抱き合ったまま、眠った。
他の選択肢は無かった。
※ ※ ※ ※
朝。
とろとろと心地よい微睡みの中をさまよいながら、いつものように腕の中の愛しい人の髪に顔をうずめる。
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「……おはよう」
声を聞いた刹那、一瞬で昨夜の出来事を思い出した。
(俺、レオンを怒らせてしまった!)
申し訳なくて、どうしても、おやすみのキスを唇にすることができなかった。抱き合って眠ったはずなのに、今はレオンをしっかりと自分の胸に抱きしめている。
まるでクマのぬいぐるみのように。
「お……おはよう……」
気まずくて目をそらし、ごそごそと離れようとすると。くいっと背中に手が回され、引き戻される。
「キスさせてくれないのかな」
「……」
ちろっと見る。
笑ってる。
「そんなわけ……ないだろ」
遠慮しながら顔を寄せる。いつものようにおはようのキスをしてくれた。
「ん………」
自分からも腕を回し、舌をさしいれる。浅く唇を重ねたまま、互いの口の中を出入りさせる。
次第にキスが深くなる。
どちらからともなくまさぐり、絡めて舐め合った。腕で抱きしめるだけでは足りない。追いつかない。
良く晴れた朝だった。にもかかわらず、ぴちゃぴちゃと雫の滴る音が響く。
さらさらした明るい茶色の髪を思う存分なで回し、耳の後ろをくすぐる。頬から顎、首筋のラインを確かめる。
「っ、ディフ?」
思わずレオンは声を漏らした。
「……夕べの分も、込みだ」
がっしりした指が、そろりと顎の下をくすぐる。頬にも、首筋にもほんのりと紅がさしていた。
ヘーゼルブラウンの瞳は半ば緑に蕩け、早くも左の首筋には『薔薇の花びら』がひとひら、紅く浮かび上がっている。
(ああ、ベッドから出たくないな……)
このままでは、起きられなくなりそうだ。自制心を振り絞ると、レオンは耳元にささやいた。
首筋に吸い付きたいのを、かろうじてこらえて。
「そろそろ起きないと……朝食の仕度が遅くなってしまうよ」
「………そうだな」
もう一度、軽くキスを交わす。
大股で浴室に歩いて行く背中を見送りながら、レオンは密かに心に決めていた。
平日だけど。
まだ、木曜だけれど。
今夜は早く帰って来よう。いざとなったら、残務はレイモンドに押し付けてでも。
(バイキング来訪/了)
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