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ローゼンベルク家の食卓

【4-13-8】★お早うのキスは?

2009/10/18 2:33 四話十海
 
 いつもよりゆっくりシャワーを使って上がって来ると、ベッドの上に犬がうずくまっていた。
 ゆるく波打つ赤い毛並みの大型犬が一匹。膝をかかえてしょんぼり背中を丸めている。
 
 近づくと、びくっと顔あげた。ほんのつかの間、嬉しそうな表情が浮かび、すぐに元の申し訳なさ一杯のしょげた顔に戻る。

(ああ、君って子は。こんな時にさえ、そんなに嬉しそうにして……)

 近づき、ベッドに腰を降ろす。ディフはじーっと上目遣いに見上げてから、ちょっとだけ目を伏せた。

「すまん……また……勝手に……客呼んで………」

 そこまで言うのが、精一杯だったらしい。

「悪かった」

 言い終わる頃には声はほとんど消え入りそうにかすれ、完全にうつむいていた。

「誘う前に、教えてくれると嬉しいね」

 こくっとうなずく。力一杯目を閉じて、肩がわずかに震えている。

(ごめん、レオン)
(次からは、友だち呼ぶ時は次からは絶対絶対教えるーっっっ)

 思っても。何を言ってもそらぞらしくなりそうで。声に出せず、ただ震えるばかり。

「君が人を呼びたいと言うなら反対はしないさ……ここは君の家だ」

 そろりとディフの手が伸びてきた。もそもそとシーツの上を探しまわり、やがてレオンを探り当て、手を握る。
 おずおずと顔をあげた。まぶたが上がる。ヘーゼルの瞳はわずかに緑を帯び、今にもこぼれ落ちそうにうるんでいた。
 
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「お前の家だ。知ってたはずなのに……ごめん、レオン」
「訂正しよう。今は俺達の家だった」

(少し、意地悪しすぎてしまったかな)

「君の友人なら、俺も慣れなきゃいけないな………」

 怒ってる顔も可愛いとか、ほほ笑む余裕すら無くしてしまうなんて。
 握り合わせた手にキスをする。

「すまない」

 ぷるぷる首を横に振ると、ディフは両手でしがみついて来た。それこそ大きな犬が全身で甘えて、すり寄ってくるようにして。
 ベッドに入り、ゆるく波打つ赤い髪をかきわけ、額にキスをすると、ふるっと震えて手のひらにキスを返してきた。

 抱き合ったまま、眠った。
 他の選択肢は無かった。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 朝。
 とろとろと心地よい微睡みの中をさまよいながら、いつものように腕の中の愛しい人の髪に顔をうずめる。
 
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「……おはよう」

 声を聞いた刹那、一瞬で昨夜の出来事を思い出した。

(俺、レオンを怒らせてしまった!)

 申し訳なくて、どうしても、おやすみのキスを唇にすることができなかった。抱き合って眠ったはずなのに、今はレオンをしっかりと自分の胸に抱きしめている。
 まるでクマのぬいぐるみのように。

「お……おはよう……」

 気まずくて目をそらし、ごそごそと離れようとすると。くいっと背中に手が回され、引き戻される。

「キスさせてくれないのかな」
「……」

 ちろっと見る。
 笑ってる。

「そんなわけ……ないだろ」

 遠慮しながら顔を寄せる。いつものようにおはようのキスをしてくれた。
 
「ん………」

 自分からも腕を回し、舌をさしいれる。浅く唇を重ねたまま、互いの口の中を出入りさせる。

 次第にキスが深くなる。
 どちらからともなくまさぐり、絡めて舐め合った。腕で抱きしめるだけでは足りない。追いつかない。
 良く晴れた朝だった。にもかかわらず、ぴちゃぴちゃと雫の滴る音が響く。
 さらさらした明るい茶色の髪を思う存分なで回し、耳の後ろをくすぐる。頬から顎、首筋のラインを確かめる。

「っ、ディフ?」

 思わずレオンは声を漏らした。

「……夕べの分も、込みだ」

 がっしりした指が、そろりと顎の下をくすぐる。頬にも、首筋にもほんのりと紅がさしていた。
 ヘーゼルブラウンの瞳は半ば緑に蕩け、早くも左の首筋には『薔薇の花びら』がひとひら、紅く浮かび上がっている。

(ああ、ベッドから出たくないな……)

 このままでは、起きられなくなりそうだ。自制心を振り絞ると、レオンは耳元にささやいた。
 首筋に吸い付きたいのを、かろうじてこらえて。

「そろそろ起きないと……朝食の仕度が遅くなってしまうよ」
「………そうだな」

 もう一度、軽くキスを交わす。
 大股で浴室に歩いて行く背中を見送りながら、レオンは密かに心に決めていた。

 平日だけど。
 まだ、木曜だけれど。

 今夜は早く帰って来よう。いざとなったら、残務はレイモンドに押し付けてでも。
 

(バイキング来訪/了)

→そして木曜の夜

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