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ローゼンベルク家の食卓

【4-13-7】事後承諾

2009/10/18 2:31 四話十海
 
「ただ今」
「お帰り」

 レオンが帰宅したのは、22時すぎ。既に双子たちはそれぞれの部屋に引き上げていた。
 二人きりだと思うと、お帰りのキスも、抱擁も自然と長くなる。

 名残を惜しみつつ、ようやく体を離すと、ディフはポケットから腕時計を取り出した。ずっしりした金色のロレックスを本来の持ち主の手に乗せ、両手で包み込むようにして握りしめる。

「今日、自分の時計が戻ってきたから……」
「ああ」

 がっしりした左の手首には、持ち主に相応しい頑丈な時計が巻かれていた。

(そうか……あの事件の証拠品が、返却されたのか)
(まずは、一段階前進、か)

「長いこと、ありがとな」
「いや。君の役に立ったのならそれでいいよ」

 受け取った時計を、試しにレオンは自分の手首に巻いてみた。
 ……ゆるい。
 明らかにベルトが余っている。

「お前って、案外腕、細かったんだな」
「君が、太いんだ。骨組みからして俺とは作りが違う」
「そうかな?」
「……そうだよ」

 そう、決してレオンが華奢な訳ではない。ヒウェルがつければ、余裕で肘のあたりまでずり落ちるだろう。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「これは……?」

 夕食のメニューをひと目見るなり、レオンは首をかしげた。いつもと微妙に雰囲気が違う。
 見事なまでの、エビづくし。

 シエンが台所に立つようになってから、食卓に中華料理が上る回数も増えた。
 サリーが昼食を披露してくれてからは、和食も登場するようになった。
 いずれもレオンの好みとは少々外れていたが、問題ない。ディフが作ってくれるのなら、彼としては何でも良かったのだ。

 そう、重要なのは何を作るかではなく、だれが作るか。

 ルームメイト時代から、とかくディフの料理は卵の茹で方、ベーコンの焼き方一つとっても全てレオンの好みに合わせられていた。
 そもそも彼が料理を始めたきっかけは、レオンに食べさせるためだった。

 双子が来てからは、ひたすら子どもたちが食べやすいように工夫を凝らし、そして、今日の食卓は……。

 自分でもない。
 双子でもない。
 増して、ヒウェルでもなければ、サリーでもない。

 見知らぬ第三者のために、作られている。

「ひょっとして、だれか、お客が来た……のかな」
「あ……うん。署内で後輩に会ったんだ」

 ちりっと胸の奥が引きつる。
 署内。
 後輩?

 まさか。

「飯食う時間がなくて、半分溶けたアイスクリームなんかすすってやがったから、ついほだされて、な」
「それで、夕飯に招待した、と」
「うん」

 知らず知らずのうちに、レオンの声のトーンは下がっていた。もちろん、ディフがそれを感じとれないはずもなく……口調こそ変わらぬものの、自然と彼の声も小さく、弱くなって行く。

「お前も知ってるだろ? 鑑識のハンス・エリック・スヴェンソンだよ」

 …………あいつか!

(また、事後報告か)
(しかもよりによって、"あの"エリック。君に懸想していたあの……)

「色々世話になってるから、その、お礼を兼ねて………感謝祭の週末には、シエンが酔っぱらいに絡まれたのを助けてくれたし」
「……」

 レオンの顔から、笑みが消えた。

(なるほど、そう来たか、バイキング)
(シエンをダシにされても……ね)

 次第に二人とも口数が減って行き、沈黙のままレオンは夕食を終えた。

「ありがとう、美味しかった」
「……そうか……うん………」

 口では言っているものの、ほとんど味わっているようには見えなかった。それこそ、双子やヒウェルには読み取れない。ディフにしか分からないほどの微細な変化ではあったが。
 その差が、きりきりとディフの胸に突き刺さる。

(レオンが、怒ってる)

「……一杯やるか?」
「いや、明日もあるし、はやめに休むことにする」
「そうだな……その方がいい……」

 食卓を立つ愛しい人に追いすがり、きゅっと袖を握った。本当は、抱きしめたい。だけど、今はそれが精一杯だった。
 視線を合わせることすらできず、うつむいて震える声を絞り出した。

「ごめん、レオン…………ごめん」
「謝ることはないよ」

 穏やかな声。穏やかな言葉。でも、怒っている。恐る恐る顔をあげた。

「本当にそう思ってるのか?」

 微笑みが返される。陶器の人形のように整った、この上もなく美しい……冷たい微笑が。

「じゃあ、俺が怒ってると思うなら。何が原因か、自分で考えてみたらいい」
 
 papaemi.jpg
 illustrated by Kasuri/フレーム素材:月色すわろ
 
 ぎくっとした。
 ひやりとした火花が胸の底で散る。

(レオンは、本当に、怒ってるんだ……)

 袖をつかむ手から力が抜け、滑り落ちる。

「先にシャワーを使うよ。ゆっくり考えてくれ」

 こっくりとうなずくディフを残して、レオンは食堂を立ち去った。
 
 
 ※ ※ ※ ※

 
 皿を洗いながら考える。
 レオンの使った食器を一枚一枚丁寧に、自分の手で洗った。何故か、食器洗浄機なんかに任せたくなかった。

『じゃあ、俺が怒ってると思うなら。何が原因か、自分で考えてみたらいい』

 高校時代、よく、あんな顔をしていた。ヒウェルが部屋に遊びに来た後に。

「あ………」

 そうだ。レオンは自分の部屋に……と、言うか自分のテリトリーに知らない人間が入ってくるのを嫌がっていた!

 自分の家に招待するつもりで気軽にエリックを呼んでしまったが、ここはレオンの家じゃないか。
 そう言えば、クリスマスにヨーコたちを招待した時も、事後承諾だった……
 遡って一昨年の11月にサリーを呼んだ時も。

(俺って奴は……)

 レオンが嫌がることを、勝手にやらかして。しかも後になってからあいつに報告していた。
 それでも、あいつは穏やかに、快く許してくれた。そんなレオンに甘えて回数を重ねてしまった。
 
 増してエリックは警察官だ。俺にとっては親しい友人だが、レオンにとっては日々神経をすり減らして渡り合う相手じゃないか!
 
「…………ごめんって言った程度じゃ……足りないよな………」
 

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