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ローゼンベルク家の食卓

【4-13-6】やっぱりエビが好き

2009/10/18 2:29 四話十海
 
「腹減ったー。今日の晩飯、何?」

 今日に限っては聞くまでもなかった。玄関を開けた瞬間から、家中に漂っていたのだ。

 エビの香りが。

 そして、俺をリビングで出迎えたのは実に意外な人物だった。まるきり知らない顔じゃないんだが、居るべき場所が違う。

「あ」
「やあ、H」

 ハンス・エリック・スヴェンソン。ディフの警察の後輩、誇り高きバイキングの末裔。
 この男が本来いるべきなのは、現場か、そうでなけりゃサンフランシスコ市警のCSIラボ。百歩譲ってバイキング船の甲板だろうに。
 何だって、こいつがローゼンベルク家のリビングで。
 しかも、のんびりソファに座って猫をじゃらしてるんだ?

「どーしたバイキング、残業か? 出張か?」
「招待されました」
「招待って……夕食に?」
「はい」

 だれが招待したかは、大体想像がつく。と、言うかディフ以外にあり得ない。
 エリックの膝の上ではオーレがころんとひっくり返り、バイキングの腕を両手で抱え込んで後足キックを繰り出している。
 あれはしょっちゅうやられている。一見愛らしい仕草だが、意外に強烈なストロークで骨に響くし、ちっちゃな爪は鋭く細く、衣服を簡単に突抜け皮膚に刺さる。

 それなのに。

「ははっ、元気だなあ」

 ……余裕かよ。こいつ、痛覚鈍いんじゃねえのか? ってかお前、手が傷だらけだよ?
 どこから突っ込めばいいのか、呆然としてると、キッチンから張りのあるバリトンが飛んできた。

「飯、できたぞ」
「はい、センパイ」

 満面の笑みを浮かべていそいそと食堂に向かう、バイキングの背中を見ながら思ったね。

(また、勝手に客呼んじまったのか……しかもよりによってこいつ!)

 口にこそ出さないが、態度を見れば一目瞭然。この男がディフに片想いしていたのは、わかりすぎるほどわかっていた。
 レオンの奴、どんな顔してるのか……考えただけで背筋が凍る。

 だが、幸か不幸か、食卓の皿は5人分。『まま』と双子と俺、そしてエリックの分だけだった。

「あれ、レオンは?」
「ああ、今日は遅くなる」
「そっか……」

 ってことは、少なくとも俺は現場に居合わせる心配はないってことだ。レオンが盛大に機嫌を損ねる瞬間には。
 ほっと胸をなで下ろす。

「にうーっ」

 足元を、すべすべした柔らかい生き物が走り抜けた。オーレだ。顔全体を口にして、尻尾を高くして走り回っていらっしゃる。
 行く手の床の上には、ちゃんと猫用の皿が用意されていた。

 オティアがかがみ込んで缶詰の中味を開けている。
 今日は、王女様のメインディッシュも小エビ入り。感心なもので、オーレは自分の分があると人間の食べ物は欲しがらない。

 テーブルの上には、クロワッサンにエビのすり身カツを挟んだサンドイッチに、小エビのサラダ、エビフライにエビのフリッターにエビのチリソース煮、エビの塩焼き。小エビとクリームソースのパスタに、エビのピザと、見事にエビづくし。

 さすがにスープは普通にコンソメだったが、浮いてるワンタンの中にうっすらと赤い色が透けている。
 まさか、デザートもエビじゃなかろうな……。

「エビのフルコース……安かったのか?」
「まあ、な」
「うわぁ、夢みたいだ」

 エリックが歓声を挙げた。
 嬉しそうな顔しちゃってまぁ……つまり、あれか。本日のメインゲストのためにエビづくしになったってことか。
 ああ。
 レオンの渋い顔が……
 いや。

 満面の笑みが、目に浮かぶようだぜ。
 と、思ったら、すでにうっすらと渋い顔をしてる奴が約一名。
 どうした、オティア。めずらしく、こいつの基準にしては、かなりはっきりと『しかめっ面』をしてる。
 しかも、対象は俺でもない。ディフでも、シエンでもない。

「あったかいご飯食べるの、2週間ぶりですよ」

 こいつだ。
 でも、何で?

「相変わらずハードワークなんだなあ。もうちょっと食事のバランス考えた方がいいぜ、バイキング」
「あなたに言われたくありません」
「……言うね」

 食事が始まるやいなや、エリックはエビチリに真っ先に口をつけた。器用にハシでつまんで、ぱくっと口に入れる。
 
「ん?」
「どうした、辛かったか?」
「いえ……美味いです、すごく」

 そのまま、猛烈な勢いでぱくぱくと口に入れる。

 シエンがエビチリをがっつくバイキングをじっと見つめている。心無しか、表情が柔らかい。そう、気をつけて見ていなければわからなくいらいに、かすかに。
 作った料理をほめられて、嬉しいらしい。

「はふ………」

 瞬く間にエリック、エビチリを完食。北欧系特有の白い頬に、ほんのり桜色のマーブル模様が浮かぶ。中央は赤く、縁に行くにつれてぽやっとピンク色に霞んでいる。
 いったいこいつに何が起きたのか。

 シエンがぽつりと言った。

「ソース、ついてる」
「え、あ、ほんとだ」

 エリックの奴、妙に嬉しそうにナプキンでくいくいと口を拭ってる。
 その様子を見て、オティアがますます眉をしかめた。
 そうか、原因はシエンか。確かに今、明らかに二人の間だけに通じる何かがあった。

「そんなにエビチリ、好き?」
「うん。大好き」
「おかわりあるよ?」
「ありがとう。でも、他の料理も食べたいな」
 
 しかし……それにしても、わからん。
 この二人、いつ、どうやって知り合ったんだ?

 首をかしげながらスープをすする。ぷかぷか浮いてたワンタンの中味は、やっぱり小エビだった。

「ハシの使い方、上手いね」
「慣れてるからね。ほら、ピンセットと感じが似てるだろ?」
「全然ちがうよ」
「そうかな?」

 何にせよ、シエンが夕食の食卓に居て。ちゃんと、会話してるのが嬉しかった。
 しかめっつらのオティアを気にしつつも、ディフも嬉しそうだ。

 黙々とパスタを口に運ぶ横顔を見ながら思った。

 徹底的に人を拒絶するあの凍えるような表情ではなく……どことなく、拗ねているような顔をしている。
 拒むのではなく、開いている。無視するのではなく、存在を認識している。
 人とのつながりがある、それ故に起きる、ポジティブな変化。
 
 
 ※ ※ ※
 
 
 エビづくしのディナーの締めは、グレープフルーツとレモンのシャーベット(当然自家製)だった。
 果汁本来の甘みを活かし、さっぱりした酸味が、魚介類の生臭さをいい具合に消してくれる。

「ごちそうさまでした。はぁ……美味しかった」
「余ってる分、持って帰れ。しばらく食いつなげるだろ?」
「はい! ありがとうございます! あ、そうだ」

 ぽん、とバイキング野郎は軽く手を叩いた。

「お皿洗うの、手伝いましょうか?」

 双子とディフが同時に答える。

「No!」

 やや間をおいて、シエンが小さく付け加えた。

「……thank you」と。
 
 
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