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ローゼンベルク家の食卓

【4-12-5】ちいさなパン屋さん

2009/07/24 0:10 四話十海
 
 プレゼントの交換が終ると、室内の空気が一気にほどけた。さあ、するべきことは終った、あとはご自由におくつろぎください! と、言うわけだ。

 テリーはさりげなく日本から来た高校生2人と、オティアの中間の位置をキープしていた。
 オティアとは何度かサリーと一緒に訪れた探偵事務所で顔を合わせていたし、風見とロイとは一昨日も会ったばかり。
 何気ない口調で両方に話しかけ、にぎやかにとは行かないにしろ、それなりにゆったりしたペースで会話を成り立たせている。

 おかげでオティアが孤立することもなかったし、保護者であるヨーコ先生から離れた風見とロイが、ほぼ初対面の人々の中で疎外感を感じることもなかった。
 テリーは『お兄ちゃん』として年少者の世話を焼くことが習慣になっているのだ。別段、気負ってそうしている訳でもなく、ごく自然に。

「そう言や、あのちびさんたちは元気か?」
「え、う、あ、その……げ、元気ですよ」

 オティアが怪訝そうに首をかしげる。それまで楽しげに話していた風見とロイの口調と表情が変化したのを感じ取ったのだ。

(どうしたんだ、こいつら。何あせってるんだ?)

「今は、ちゃんと居るべき所にもどってます」

 ロイが微妙に持って回った言い回しで答え、コウイチがこくこくとうなずく。2人とも嘘は言っていないらしい。しかし、何だってサリーとヨーコの方をチラチラ見てるんだろう?

「ご飯、ありがとうって言ってましたよ、テリーさん」
「そっか。おまえらも大変だったよな、せっかくサンフランシスコにまで遊びにきたのに、子守りだなんて」
「?」
「一昨日、サクヤの親戚の子が来てたんだよ。それで、こいつらベビーシッターしてたんだ。な?」
「あー、その、えーと……」

 コウイチはしとろもどろに言葉を探しているようだ。(彼はあまり英語が得意ではないらしい)

「ヨーコ先生に……ちゃんと、あの子たちのめんどう見るって約束したから……ね」
「そうか」

 慣れない英語で、必ずしも全て正確に言い現せている訳ではないようだが、彼なりに一生懸命『あの子たち』の世話をしたらしいのは分かった。
 おそらく、ヨーコやサリーのために。

 部屋の一方の隅では、ヨーコとディーンがころころとじゃれあっている。まるで猫の子みたいに楽しげに遊ぶ2人を、少し離れてシエンが見るともなしに見ていた。

(ヨーコ、高校の先生って言ってたけど……本当……なのかな)

 頭では、それは事実なのだとわかっている。何より証拠に教え子である風見とロイが一緒に来てるし、あの2人と話す時はちゃんときりっとした大人の人の顔つきになっている。
 
 だけど、今は……夏に来た時と比べて何だかものすごく子どもっぽい。大人の女の人って言うより、中学生の女の子みたいだ。着てるもののせいだろうか。それとも、ディーンが一緒だから?

「あ」

 カツン、と小さな堅いものの落ちる音がして、何かがキラキラ光りながら床に落ちた。
 しゃがみ込んでひろいあげる。ラインストーンを散りばめたコーム。さっきまでヨーコの髪の毛に挿してあったものだ。
 
「はい」
「ありがとう」

 結い上げていた髪の毛がほどけて、全部肩の上に降りている。

(やっぱり女の子だ……)

「ヨーコ、ちょっとこっちにいらっしゃいな」
「はい?」

 ソフィアに連れられ、ヨーコはキッチンへと歩いて行く。
 遊び相手がいなくなってディーンはちょっとの間がっかりしていたが、すぐに次の遊びを見つけていた。

「シエン、シエン、これ!」

 うれしそうにプラスチックのフタつきバケツを見せてくれた。
 黄色いフタをかぱっと開けると、中にはぎっしりと、色とりどりのやわらかいしっとりした塊が入っている。クレヨンかな? でもそれにしては太い。

 バケツには丸みのある文字が踊っていた。

『プレイ・ドー 小さなお子様が口にいれても安心 小麦でできたねんど』

「どうしたの、それ?」
「クリスマス・プレゼント! ママにもらった!」
「そう。きれいだね」

 答えながらくすっと笑っていた。
 ソフィアって、こう言う時でも小麦なんだなあ。

「あ、こむぎねんどだ。なつかしー」

 ひょい、とヨーコが顔を出す。
 髪型が変わっていた。サイドからすくいあげた髪の毛をこまかく編み込んで最後に頭の後ろで一本に。
 まるでバスケットでも編むようにきっちりとまとめられている。

「あれ? それ……」
「ああ、ソフィアが編んでくれたの」

 首の後ろでぴょこぴょこゆれるお下げ髪に触れると、ヨーコはにこっと笑って肩をすくめた。

「自分一人じゃ、とてもじゃないけど無理!」
「そっか……」

 長い髪の毛がきっちりまとまっていて、すごく動きやすそうだ。ディフにもやってあげようかな……。
 あ、やっぱりだめか。首筋が見えてしまうとレオンが怒る。顔には出さないけれど、すごく機嫌が悪くなる。

「ヨーコ、ヨーコ」
「ん、どしたの、ディーン」
「いらっしゃいませ、本日はどんなパンをお探しですか?」
「そっか、ディーンはパン屋さんなのね」

 ルーセント・ベーカリーの孫息子は胸をはってほこらしげに答えた。

「Yes!」
「それじゃ、メロンパンをくださいな」
「OK」

 真面目な顔で粘土を混ぜ合わせてこねている。

「おー、さすがいい手つきしてますねー」
「うん」
「プロですねー」
「うん!」
 
 
 ディーンと遊ぶヨーコを見守りながら、ソフィアはうっとりとつぶやいた。

「いいわね、女の子って……」

 おやおや。
 アレックスはわずかにぴくりと眉を動かした。
 Missヨーコはマクラウドさまやメイリールさまと同級生だ。実際にはソフィアからはたった3つ、年下なだけなのだが……やはりサイズの問題なのだろうか?

「娘がほしくなっちゃった」

 なるほど、そう言うことなら納得だ。アレックスは静かに妻の肩を抱き寄せた。
 

「どうぞ、メロンパンです」
「わあ、おいしそう、ありがとう」

 できあがった小麦粘土製のメロンパン(底面の茶色が濃く、上の丸い部分は黄色みの入った白。ちゃんと編み目もついていて、色も形も3歳児の作にしてはかなり正確に再現されている)を受け取ると、ヨーコはポケットから何かを取り出す仕草をして、ディーンの手のひらにのせた。

「はい、どうぞ」
「まいどありー」

 あ、そうか、お金渡したんだ。ディーンはパン屋さんだから、パンを買ったんだ。そうか、これそう言うルールなんだ。

「あむあむ……んー、おいしー。外側はかりっとしてて中はふんわり。さすがいい仕事してるね、ディーン」
「やったー」

 ぴょんぴょん飛び跳ねると、ディーンは今度はにこにこしながらシエンの方を見上げてきた。

「いらっしゃいませ、本日はどんなパンをお探しですか?」
「えっと……」

 今度は俺がお客さんなんだ。何て答えればいいんだろう?

「んーっと……」

 困っていると、ヨーコがさらりと言った。

「サンドイッチとか?」
「あ、うん。サンドイッチ」
「OK。パンは白パン? それともライ麦? 全粒粉のパンもあるよ?」

 そんなに種類があるんだ……。

「白パンで」
「具は?」

 え、そこまで決めないといけないの?

「エビ……かな?」
「OK!」

 ディーンは真剣な顔で白い粘土を四角く薄く伸ばしている。
 どうやら白パンらしい。次に緑色の粘土を薄く薄〜く引きのばす。(レタス?)
 さらに赤い粘土に白をまだらに混ぜて、細長く紐状に。それから短くちぎって、くいっと曲げて。

「あ、エビ」
「うん、エビ!」

『小エビ』と『レタス』、さらに黄色い粘土を白い『パン』にはさみ、しあげにヘラでさくっと二つに切った。

「あ」

 なるほど、確かにエビのサンドイッチ。断面図がそっくりだ。

「すごいな、ディーン」
「毎日、見てるうちに覚えちゃったのね」
「エビのサンドイッチ、おまたせしました!」

 ポケットから『お金』を出してお会計をすませて、あむあむ、と食べる真似をした。

「いかがですかー」
「おいしいよ」
「えへっ」
「これ点心も作れそうよね。春巻きとか、餃子とか」
「あ、ほんとだ……ディーン、ちょっと貸してくれる?」
「うん」

 白い粘土はぷるぷるしていて、確かに練った小麦の手触りがする。
 丸めて、薄く伸ばして皮を作り、緑の粘土と茶色を混ぜて包む。

「はい、餃子」
「すごい、きれいにギャザー寄ってる。ね?」
「うん、すごいー。シエンすごいー」

 ディーンが目を輝かせてぱちぱちと手をたたく。

「もーいっかい見せて」
「うん、いいよ」

 粘土を手にのせて、丸めながらあれっと思った。
 最初はディーンとヨーコが遊んでいるのを静かに見てるだけのつもりだったのに、いつの間にか一緒になって遊んでいる。
 しかも、自分から新しい『作品』を作ってるなんて。

 二つ目の餃子を作りながら、ちらっと隣のヨーコに視線を向ける。

 不思議だ。
 この人と一緒だと、自分からしゃべりかける必要がほとんどない。ほとんど何も言わないうちから聞きたいこと、伝えたいことを察して動いてくれてるみたいだ。

『ああ、ソフィアが編んでくれたの』
『自分一人じゃ、とてもじゃないけど無理!』
『サンドイッチとか?』
『これ点心も作れそうよね。春巻きとか、餃子とか』

 さっきから一緒にいるのに、自分に直接話しかけたのはほんの数回。普通だったら寂しい、そっけないって感じるかもしれない。

(今は……それがかえってありがたい。って言うか、楽)

 
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