▼ 【4-11-7】王子さまお城を作る
「ひいらぎ飾ろう ファララララーララララ」
2006年12月24日、クリスマスイブ。
たかだか1年経っただけで、プレゼントを贈る相手も、パーティーをする相手も増えた。
選ぶ手間も増えるがこれはこれで楽しい。
レオンにはカゴいっぱいにグレープフルーツ。何かと飲む機会の増えるこの季節、出番は多かろう。双子が来てからは滅多にぐだぐだになるまで飲んだくれることはなくなったが油断は禁物。
ディフにはぬいぐるみ用のクリーナーを買った。年期の入ったクマのぬいぐるみも、白いライオンもこれでぴっかぴかだ。
同じ店でディーン用にレゴの詰め合わせセット。大人になって自由になる金のできた今、思いっきり買ってみたかったんだ、このレゴキャッスルってやつを!
あれにしようか、おや、これもいい。箱も人形もやたらとできがよくて、あっちこっちに目移り。
『ロイヤルキング城』……いっそ、これにするか?
巨大なお城を手にとり、値段を確認。はたと理性を取り戻す。落ち着け、落ち着け、いくらなんでもこれは。
財布とも相談した結果、『モルシアの城』を買ってみた。
ちょっと(かなり)自分の趣味が入ったことは認めよう。
シエンには結局、中華街でジャスミンティーを1箱調達してきた。気合いを入れて、いつも土産に買ってるのより上のランクの奴を。ちっちゃなサイコロみたいなピンクの紙箱に入れて、赤と緑の細いリボンでラッピンクしてもらった。
ソフィアにはコットンの大きめのバンダナを。ギンガムチェックにストライプ、三角に折って、鹿の子色のくるくるカールした短い髪の毛をきゅっとくくるのによさげなやつを何枚か。ハンカチよりは出番が多かろう。
おそろいの柄のエプロンをアレックスに贈ることにした。こう言う形のペアルックも有りだよな?
ここまでは割とさくさく決まった。だがここから先が問題。
一番、気になる奴のプレゼントは、とうとう今日になるまで思いつけなかったんだ。試行錯誤してあちこち迷走しまくった挙げ句、発想を転換することにした。
「晴着に着替えて ファララララーララララ」
つまり、その、アレだ。オーレが喜べば、結果的にオティアも喜ぶってことだよ、うん。
そうと決まれば後は早い。朝一番にPetco(アメリカのペット用品専門の大型チェーン店)に車を飛ばして乗りつけた。
似たような発想をする奴はどこにでもいるらしい。ペット用品店も、これでもかってくらいにクリスマスカラー一色だった……。長靴とかサンタの形をした猫じゃらしとか。スノーマンの形のネコじゃらしとか。なかなかに楽しげだが、なまじ細かくふんわり作られているだけに強度がいささか足りないっぽい。
オーレの猛攻にどれだけ耐えられるかたいへん疑わしい。クリスマスケーキ型のペットベッドなんてのもあったが、オティアがあまり甘いもの好きじゃないしなあ。
第一、あまりクリスマスクリスマスしたデザインのものは、シーズンが過ぎたらほんのり間抜けだ。流行に左右されない、飽きのこないものの方が望ましい。
さて、これらの条件を満たしてなおかつ、今のオーレに一番必要なものは一体何だ? できれば缶詰とかドライフードとか消えもの以外で……。
「お」
エビ型の猫じゃらし発見。しかも、厚手のフェルトをしっかり縫い固めていてかなりかっちりした造りだ。中にキャットニップが入ってるのか……よし、とりあえず一つめはこれだな。
さて、もう一つは。
※ ※ ※
結局、午前中いっぱいPetcoの中をさまよった。レゴを物色したときの比じゃなかった。けっこうな広さの店の中をぐるぐるぐるぐる歩き回っていい加減、膝ががくがくしてきたところで腹を決めた。
かなり大物だが。やはり、これで行くか。
「すいません、これください!」
「カードでお支払いされますか? それともキャッシュで?」
「キャッシュで!」
後には小銭しか残らなかった。
「キャロルを歌おう ファーラ ラーラ ラララ」
そして今、買ってきたものを台車に乗せてガラガラと、マンションの廊下を運搬中。
歌い慣れたクリスマスキャロルを口ずさみつつ……どうせ5階から上には知った顔しか住んでいないんだ。聞かれた所でどーってことない。
これでもガキの時分は聖歌隊で歌ってたんだ。けっこう聞けるレベルになってると思うんだ、うん。
「楽しいこの時 ファララララーララララ」
ちょうど一節歌い終わった所でオティアの部屋に到着。呼び鈴を押すと、開ける前に俺だと分かっていたんだろうか。すぐにドアが開き、白い子猫を肩に乗っけた金髪くんが顔を出した。
「よう、オティア」
「……何しに来た」
胸に手を当てて膝をかがめ、うやうやしく一礼する。
「プレゼントをお届けに参りました」
「にう!」
答えたのは猫、飼い主はリアクション無し。でも、こっちを見てくれている。
さすがにでかすぎて包める紙はなかったものの、かろうじて上辺にリボンが貼付けてあった。とりあえずクリスマスプレゼントだってことは理解してくれたらしい。
ばかでっかい箱にあっけにとられてるように見えなくもないが。
「入っていいか?」
「……ん」
こくん、とうなずき、すたすたと部屋に戻って行く。がらがらと台車を押して後に続いた。
リビングに入って見回す。窓際の一角に目をつけて、床の具合を確かめる。
「うん、やっぱりここかな、日当りもいいし」
「?」
怪訝そうな顔をして、オティアは一番根本的な質問を口にした。
「何なんだ、それ」
「キャットタワーだよ。知ってるだろ?」
「ああ」
注意深く箱を床に降ろして段ボールの解体に取りかかる。
「ほら室内で飼ってる猫だから、運動不足になると困るだろ? 専用の居場所を作ってやれば、部屋のすみっこに潜り込むことも減るだろうし……」
言ってるそばからオーレは興味津々。
外したリボンをちょいちょいと前足でつつき、続いて段ボールの空き箱にもぐりこもうと尻尾をくねくね。
体をひくく伏せて狙っていらっしゃる。
「こらこら、まだ箱から出してないんだから」
「にう」
オティアは、と言うと、いつの間にか組み立て説明書を手にとって熱心に読んでいる。
さすが本の虫、活字への反応は早い。一瞬、中味よりそっちが気に入ったらどうしよう、と心配になる。(ほら、犬とか猫でもよくあるだろ。中味そっちのけで包み紙に大喜び、とか!)
気を取り直して片っ端から部品を取り出して床の上に並べる。
爪がかりのよさそうな丸い木のステップ台が4つに、麻のロープを巻いた柱が2本、全体を支える台座、そして猫一匹が潜り込むのにちょうどいいサイズの箱形ログハウスが一つ。
そして、各部品を止めるためのネジが一袋。
「っと、これネジで組み立てるんだよな。ドライバー、あるか?」
「セットになってる」
言われて見てみると確かに、ネジの入った袋の中にねじ回しらしきものが入っている。
「ほんとだ。便利だな」
「ここに書いてある」
「そうか」
「箱の表面にも」
「……おや?」
オティアはぱたりと説明書を閉じた。一度読めば十分らしい。
「貸せ」
「おう」
深く考えず、ネジの袋を手のひらに乗せる。一瞬触れた指先の温かさ、柔らかさに、とっくん、と。肋骨の内側で心臓がスキップした。
(うわぁ)
むずがゆいような、温かいような波紋が広がる。
こっちの動揺を知るよしもなく、オティアはてきぱきとねじ回しとネジを取り出し、さくさくと組み立てに取りかかった。ときめきの余韻にとらわれて一瞬、出遅れる。
「手伝うよ」
「……?」
何で、って顔してる。
「組み立ててネジをとめる間、だれかが押さえていた方が楽だろ?」
「……ああ」
「支柱は、床から天井まで立てなきゃいけない訳だし。背の高さが必要だろ」
微妙に不満そうな顔をしているが、とにかく納得してくれたみたいだ。
(良かった……ここでディフとかアレックス呼ばれなくて。自分でできるからもういい、とか言われなくてっ!)
ちょっぴりどきどきしながら共同作業で猫タワーを組み立てる。
オティアは時々「ここ押さえて」「それ、とってくれ」とか、短く指示を出しながら熱心に組み立てている。
表情は動かないがすごく楽しそうだ。
なるほど、こいつはお前にとっては、巨大なレゴブロックみたいなものなんだな。当初の予想とは微妙にズレてるような気もするが……喜んでもらえてよかった。
もちろん、オーレも熱心にお手伝いに加わった。
空き箱に潜る係とか。
紐にじゃれる係とか。
空いた袋に頭から突進する係とか。
ネジを前足で転がす係……
「ちょっと待て、それはやめーいっ」
「にゃふっ」
右手の甲にちっちゃな針でひっかいたような傷ができたものの、無事にネジを回収することに成功した。
しばらくヒリヒリしていたが、タワーの組み立てが終るころには収まっていた。
………ってか、傷そのものがきれいさっぱり消え失せてる。いったいいつ治してくれたんだ?
視線で問いかけても本人は知らん顔。もくもくと段ボールを畳んで紐でくくっていらっしゃる。
そらっとぼけちゃってまあ。今、この部屋にいるのは俺とお前の2人だけじゃないか。お前以外のだれにこんな真似できるって言うんだ?
ったく、可愛い奴。
にやつきそうになる口元をひきしめる。意志の力と顔の筋肉をふりしぼってどうにかこうにか普通の顔をとりつくろった。
「資源ゴミの回収日っていつだったっけ」
「火曜」
「ああ、休暇中だから年が明けてからだな」
「……む……」
「使ってない部屋、あったろ。あそこに置いといたらどうだ?」
「そうする」
「俺はビニールと発泡スチロールをまとめとくから」
「ん」
ゴミをまとめてリビングに戻ってみると、オーレの姿が見えない。
「あれ、どこ行った?」
「そっちにいないのか」
「ああ」
「……オーレ」
オティアが呼ぶと、頭の上でチリン、と澄んだ鈴の音がした。見上げると……
「にゃ!」
猫タワーにとりつけた猫用ログハウスの中からにゅうっと白い子猫が顔を出し、尻尾を一振り。
するするとタワーの一番上の足場に飛び乗り、優雅な仕草で寝そべった。
まるで100年も前からそこにいるような馴染みっぷりで。
「お気に召していただけたようで……」
青い瞳がじっとこっちを見下ろしている。得意げなまなざしが雄弁に語る。
『当然でしょう? 王子様の作ってくれた私のお城なんだから!』
買って来て、ここまで運んできた俺のことは眼中にないらしい。
やれやれ。これだから猫って奴は!
「あ、そうだ、これもオーレに」
ポケットからエビの猫じゃらしを取り出した。こっちは赤と緑のちいさな袋にちゃんと収まってくれた。
「メリー・クリスマス」
「……まだイブだぞ?」
「日本時間で?」
「阿呆か」
小さく肩をすくめると、オティアはぷいっとそっぽを向いてしまった。それから小さな声でぽそりとひとこと。
「…………ありがとう」
「どういたしまして」
『輝くこの夜 ファララララーララララ』
『ハープに合わせて ファララララーララララ』
頭の中で高らかにクリスマス・キャロルを歌い上げたその瞬間。
頭上から音も無く真っ白な獣がフライング・ボディアタック。どすっと俺の顔面に蹴りを入れて方向転換、オティアの肩に鮮やかな着地を決めた。
「重い」
「にゃーっ」
加速度と言い、蹴りの角度と言い、今までより段違いにパワーアップしてやがる……。
ずれた眼鏡をかけ直しながら思ったね。
俺はもしかしたら、敵に要塞を与えてしまったのかもしれない。
(ホリディ・シーズン1/了)
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