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ローゼンベルク家の食卓

【4-10-3】七面鳥の日

2009/02/27 22:27 四話十海
 
 11月の第四木曜日は休みだった。夕食の献立はぎっしり詰め物をした七面鳥の丸焼きとパンプキンパイに根菜のスープ、野菜サラダにコーンブレッド。久しぶりにディフと一緒にキッチンで夕食を作った。
 大きな七面鳥は2、3日前からずっと冷蔵庫に入っていて何に使うのかと思ったけれど(クリスマスにしてはまだ早いし)この日のためだったんだ。

「冷凍のをゆっくり時間をかけて解凍したんだ」
「冷蔵庫で?」
「ああ。去年のクリスマスんときは流しのすみで1日置いといたけどな。じっくり時間かけた方がいいらしい」
 
 中味を洗って溶かしたバターをしみ込ませ、ダイス型に切ったパンときざんだタマネギ、パセリをつめこむ。

「本当はセロリを使うんだけど、食えない奴がいるからな」
「ん」
「代わりにこいつを入れる」
「ジンジャー?」
「ああ。肉のくさみがいい具合にとれるし、ニンニクと違って息が臭くならない」
 
 詰め物をした七面鳥を焼き網を敷いたロースターに入れてオーブンへ。焦げないようにアルミホイルでみっちり包む。
 手羽とももの部分は火の通りが早いので二重にぐるぐる巻き付けて、最初の一時間は強火で。あとは弱火でじんわりと。焦らず、じっくり焼き上げる。中に仕込まれた目印が弾けて飛び出したら出来上がり。

「まだ昼間だよ? 早くない?」
「焼き上がるまでに5時間かかる」
「そんなに?」
「去年のクリスマスもそれぐらいかけただろ?」
 
 確かにその通り。七面鳥の丸焼きなんてめったにしないから忘れていた。
 それに……。
 去年のクリスマスから今までの間に、あまりに多くのことが起きた。大きな変化があった。住む場所、眠る部屋、一緒に居る時間の長い人。変わらないものもあれば、表面だけ同じに見えてがらりと中味が変わってしまったものもある。

「よし、次はパイとコーンブレッドだ」
「うん。今日はオーブンたくさん使うね」
「ああ、大活躍だ」
「熱くなってきちゃった」
「熱量が半端じゃないからな」

 大きなカボチャをざくっと切るのはディフの仕事だ。わしゃわしゃと種をかき出し、刻んで茹でる。

 料理をするのは好き。作り方を教わるのも楽しい。だけどそれ以外のことはほとんど話さない。
 暗い、冷たい湖の上に張った氷の上。今いる所はかろうじて持ちこたえているけれど、次の一歩が無事に体を支えてくれる保証はない。いつ、踏み抜くかはわからない。

 茹でたカボチャをせっせと裏ごしするシエンの隣で、ディフがざっかざっかと猛烈な勢いでパイ皮を折り曲げる。
 どこか危うい静けさの中、ひたすら手を動かした。
 
「ただいま」
「お帰り」

 レオンは相変わらずカレンダーの休みもおかまい無しに休日出勤。だけど今日は珍しく帰りが早かった。
 七面鳥を真ん中に久しぶりに5人で食卓を囲む。
 11月23日、第四木曜日は感謝祭。七面鳥ととうもろこし、カボチャでお祝いする日。

 焼き上がった七面鳥を食卓の上で薄く切り分け、ソースを添える。一口じっくり味わってから、ヒウェルが偉そうに感想を述べた。

「ふむ。去年のクリスマスよか上達したな。ちーとばかし皮が焦げっぽいが」
「言ってろ。今年のクリスマスにはもっと上達してやる」

 レオンが静かにほほ笑んだ。

「期待してるよ」
「……うん。がんばる」

 まだ乾杯のワインにほんの一口くちをつけただけなのにディフは耳まで赤くして、うれしそうに目を細めた。こんな風に顔全体で笑うのは久しぶりに見るような気がした。

「骨はこっちの皿に避けとけ。無理にかじるな」
「うん」
「味足りなかったらソース足せよ。塩もある」
「大丈夫。美味しいよ」
「そうか」

(この人たちは今はこんな風に笑いかけてくれる。でもいつ自分に背を向けるかわからない)
(明日、捨てられちゃうかもしれない)

 シエンはまだ理解できずにいた。心細く思うのは、失いたくないからだと。
 親なんかいらない。必要なのは安定した生活を送るための後ろ盾。レオンも、ディフもただそれだけの存在でしかない。かたくなにそう思っていた。自分に言い聞かせていた。

 愛想の良い笑顔。快活な笑顔。可愛らしい笑顔。素直さ、従順さ、人なつっこさ。繕うことをやめ、ほとんど『素の顔』を晒しているにも関わらず自分が受け入れられている。その事実を、認められずにいた。

 すがったら、負ける。

 藁の中の七面鳥。
 干草の中の七面鳥。
 転げよじれてぐるぐるごろごろ。
 藁の中の七面鳥。

(負けるって、何に対して?)
(勝ち負けの基準って何?)

 すがりたい。でもすがれない。拒まれるのが怖いから、その必要はないのだと切り捨てる。
 ここは自分の本当の居場所じゃないんだ、と。

 それでもあたたかい焼きたてのコーンブレッドを口に運ぶとほっとした。何故なのかはわからないけれど。
 
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