ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

全員集合

2009/02/03 21:10 番外十海
 
 電話を切るとランドールは二階の窓を開けた。
 やっと大人の手が通り抜けるぐらいに細く。テリーはまだ目を覚まさない……幸い。念のため通話記録を消去して、元通り携帯をデスクの引き出しにしまった。

「……ありがとう。感謝しているよ」

 軽く唇を重ねてお休みのキスを贈り、窓から外に出た。夜の空気の中をひらひらと薄い丈夫な皮膜の翼が泳ぐ。
 町中にいるにしては少々、サイズの大きなコウモリが東を目指して飛び立った。

 
 ※ ※ ※ ※
 

「先生、質問」
「どーした、風見?」
「……結婚式って、だれの? ランドールさんも一緒だったんですか?」
「うん。マックスのね。八月にあのレストランでやったの」
「あー、はい、あそこに見えるお店ですね……そっか、所長さん、奥さんいたんだ」
「うんにゃ。どっちかっつーと彼が嫁」
「え?」
「ええ?」
「旦那は高校の先輩でね。カルの会社の顧問弁護士やってる人で、レオンハルト・ローゼンベルクっつーの」
「ああ、それでMr.ランドールも招待されてたんデスネ」
「そゆこと。サクヤちゃんも一緒だったんだよ」

 どう言うことなんだろう。ヨーコ先生とロイはさらっと話してるけど……何か今、すごいこと聞いちゃったような気がする。

「えーっと、えーと、つまりそのマクラウドさんが結婚した相手って」
「要するにMrとMrの結婚式だったんデスネ」
「そゆこと……ロイ。あれの準備して」
「了解」

 てきぱきとサクヤとランドールを誘導する準備を進めるヨーコとロイを見ながら風見光一は一人、目を点にして立ち尽くしていた。
 
 
 ※ ※ ※ ※


 サンフランシスコの夜空をコウモリが飛ぶ。
 南からはフクロウが。
 どちらも目指すは同じ場所。

 ロイは静かに目を開いた。

「……来ました。羽音が二つ……鳥と、コウモリです」
「OK。ロイ、合図を」
「御意!」

 ぱしゅっと地面に立てた小さな筒から、光玉が一筋夜空に上がった。

「たーまーやー」
「花火ちがいマス! これは煙玉です!」
「光ってるけどな」
「No! 由緒正しいニンジャ道具なのデス!」
「あー、はいはい……あ、来た」

 フクロウが地面に舞い降りる。翼を収めたと思ったら、すっとサクヤが立ち上がった。

「サクヤちゃん!」
「よーこさん………」
「無事でよかった」

 2人は静かに抱き合った。

「冷たっ、よーこさんずぶ濡れだよっ?」
「あー、ちょっくら海で禊してきたから!」

 やや遅れてコウモリが地面に舞い降り、すっくと立ち上がる。素早くロイが紳士服の詰まったリュックサックを差し出した。

「Mr.ランドール、これを」
「……ありがとう」

 社長が着替える間、四人は例に寄って行儀良く目をそらしていた。

「もーいーかーい?」
「……お待たせ」

 
 ※ ※ ※ ※


「ハロー、蒼太?」
「羊子さんっ! 元に戻れたんですね?」
「ええ。力になってくれて……ありがとう」
「良かった、本当に」
「和尚、そこにいる? ダイブの許可をもらいたい」
「その件ならもう許可をもらってる。存分にやってこい、とさ」
「ありがと。それじゃ、行ってくるね」

 通信を終えるとヨーコは一同の顔を見渡した。
 昨夜と同じ五人がそろった。
 ただし、今度はダイブの行き先が違う。

「今回の犠牲者は、私たち自身。自分の夢にダイブすることになる。おそらく、私たちか、親しい誰かの心の闇を利用して襲って来る……それが、ナイトメアの手口」
「親しい人?」
「友人や家族。特に今回の相手は絡め手がお好きなようだから、心してかかって」

 緊張した面持ちでうなずく。

「もしもの時は風見、ロイ」
「はい」
「ハイ」
「私の指示を待つ必要はない。己の判断で動け。OK?」

「………」

 風見とロイは互いに目を見合わせた。わずかに不安の色が走るがそれも一瞬。

「わかりました!」
「お、きれいに声がそろったね。頼もしい……それじゃ、サクヤちゃん」
「うん」

 ぱしぃん。
 サクヤとヨーコは同時に両手を打ち鳴らし、祝詞を唱え始めた。

「掛まくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」

 黄泉の国から戻ったイザナギノミコトが海で禊をした故事に基づく祝詞。
 波打ち際は常世と現世の交わる所。浜辺に打ち上げられるものは寄りモノと呼ばれ、海の彼方より訪れる神の寄代とされた。

「禊祓へ給ひし時に成り座せる祓戸の大神等 諸々の禍事 罪 穢有らむをば」

 しゃらりと神楽鈴が鳴り、五色のひれが宙を舞う。

「祓へ給ひ 清め給へともうす事を」

「祓へ給ひ 清め給へともうす事を」

 リン、リン、リン。サクヤもまた、自らの首にかかった小さな鈴を振った。

「聞し食せと 恐み恐みもうす………」

「神通神妙神力……」

 大小二つの鈴の音が互いに響き合い、幾重にも重なり溶け合って一つの音色を奏でる。

「加持奉る!」

 空気が揺れる。
 ほんのわずかな揺らぎ。

 まばたきよりも早く、狩人たちは境目を越えた。

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