▼ やっぱ魔女だ…
角の生えた金の目の女はもういない。どうやって? どこへ? 知ったことか。ようやく現実が戻って来たんだこれ以上、得体のしれない女のことなんざ考えたかねぇ。
あー、なんかくらくらしてきたぞ……くそ、俺としたことが逃げ時を見失うなんて。ついでにこの傷も夢になってくんねぇかな。
心中密かに悪態をついていると、何やら弾力のあるあったかいものに包まれた。それはあまりにも小さくて、到底俺の全身を包み込むには足りなかったけれど……。
背中に回された手はとてもあたたかくて。すり寄せられた頬からは子ども特有のほのかに甘い香りがした。
「ヒウェル……ありがとう」
ヨーコがちっちゃな手を広げて抱きしめてくれていた。あーあ、そんなにひっつくなよ、服が汚れちまうぜ。
口の端を引っ張り上げて笑いかける。
「どーいたしまして……そんな面すんなよ。大丈夫、これぐらいの傷、痛くもかゆくもないさ」
「うそ」
すうっと傷の上をなでられた。
(このちび魔女は! Sか。絶対どSだろお前!)
襲って来るであろう痛みと皮膚の内側をこすられる感触を覚悟して身構えた。が。
「う……え? あれ?」
痛くない?
おそるおそる手を触れる。
傷が……ほとんど塞がっていた。皮膚にうっすら引っ掻き傷が残っているけれど、それだけだ。あんなに血が出てたのに。
「ふぅ……」
ふらっとヨーコの体がゆれる。慌てて抱きとめた。
「おい、しっかりしろ!」
「お願い……携帯……貸して……一刻を争うの」
息も絶え絶えにささやかれる。慌てて携帯をひっぱりだし、血で汚れた小さな手に握らせた。
「ああ、わかったよ、携帯でも何でも使えってんだ、そら!」
「さんきゅ」
いきなり目をぱっちり開き、あっと思ったらもう慣れた手つきでぷちぷちやってやがる。
※月梨さん画「やっぱ魔女だ」
もっしもーし、お嬢さーん。さっきまでぐったりしてたくせにやけに元気じゃねーか。
「……もしもし? そう、あたし。今どこ? ……OK。けっこう近いね。じゃ、このまま動かずにいるから」
日本語でしゃべってる。くそ、これじゃ何話してんだかほとんどわかりゃしねえ。
「ロイ、わかった? うん。待ってる」
ぷちっと切って、しばらくいじくってから差し出してきた。
「サンキュ、ヒウェル。助かった」
確認したらしっかり発信履歴は消してある。これじゃだれにかけたかわかりゃしねえや。
だが、逆にこの抜け目のなさ故に一層、とある確信を強めた。
「やっぱりお前ヨーコか? ヨーコなんだなっ」
「え? 何のこと?」
小首かしげてイノセントに笑いやがって。だがもうごまかされないぞ。
「ホットドックのレシピが同じだった。それにさっき君、俺の怪我治したろう。高校ん時、マックスの傷を治したのと同じだ……」
「あー、そんなこともあったねえ」
「やっぱり! 同姓同名の別人じゃなくてヨーコ・ユウキ本人なんだな?」
ついっと顎をなでられた。サクランボみたいな唇をすぼめて何とも艶めいた表情を見せる。
参ったね。もし、俺が女に恋するタイプの男だったら……全身を貫く甘美な期待にうち震えていたことだろう。婉然とほほ笑むそのちっぽけな唇が、ごほうびにキスの一つもしてくれるんじゃないかって。
ったく、シャレにならんぞ、こんな年端も行かぬ少女に手玉にとられるなんて。
何とも背徳的じゃないか。ええ?
「……ヒウェル。これは夢だよ。ぐっすり眠って、朝起きたらすぐ忘れなさい。OK?」
「……」
素直にうなずく。ゲイで良かったよ、つくづく。
「あ、おむかえがきたー。それじゃね!」
キィイ、とタイヤのきしる音に顔を上げる。高校生ぐらいの男の子が2人、自転車に乗って走ってきた。金髪のと、黒髪のと。
息せき切って駆けつたって感じだな。吐き出す息がぽわぽわと白い。
「先生!」
「ご無事でしたカ!」
ヨーコはてててっと走って行くと、黒髪の方の後ろにちょこんとまたがり、手を振って来た。
「Bye、ヒウェル! よいクリスマスを!」
ぽかーんとして手を振り返した。
ちび魔女を載せた自転車が遠ざかる。黄昏の闇の中、徐々に藍色にとけ込み霞んで行く。やがて角を曲がって見えなくなった。
ああ、まったく夢を見てる気分だ。早いとこ帰ろう。その前に、濃いブラックコーヒーを一杯やりたい気分だ。
本は無事……フィフもちゃんと表紙に居る。
だがダウンジャケットは引き裂かれ、中身がはみ出し見るも無惨な有様に。おまけに血を吸ってずっしり重たい。やれやれ、買ったばかりの新品なのに。
ひっくり返った自転車を起こしてまたがった。何てこったい、帰りは上り坂だ。
よれよれとペダルを踏みながら考える。
一日分の料金を払ってこいつを借りた訳だが、もう用済みな訳で。早めに返却したらレンタル料金……返してくれるだろうか?
次へ→【ex8-20】グローイングアップ!
あー、なんかくらくらしてきたぞ……くそ、俺としたことが逃げ時を見失うなんて。ついでにこの傷も夢になってくんねぇかな。
心中密かに悪態をついていると、何やら弾力のあるあったかいものに包まれた。それはあまりにも小さくて、到底俺の全身を包み込むには足りなかったけれど……。
背中に回された手はとてもあたたかくて。すり寄せられた頬からは子ども特有のほのかに甘い香りがした。
「ヒウェル……ありがとう」
ヨーコがちっちゃな手を広げて抱きしめてくれていた。あーあ、そんなにひっつくなよ、服が汚れちまうぜ。
口の端を引っ張り上げて笑いかける。
「どーいたしまして……そんな面すんなよ。大丈夫、これぐらいの傷、痛くもかゆくもないさ」
「うそ」
すうっと傷の上をなでられた。
(このちび魔女は! Sか。絶対どSだろお前!)
襲って来るであろう痛みと皮膚の内側をこすられる感触を覚悟して身構えた。が。
「う……え? あれ?」
痛くない?
おそるおそる手を触れる。
傷が……ほとんど塞がっていた。皮膚にうっすら引っ掻き傷が残っているけれど、それだけだ。あんなに血が出てたのに。
「ふぅ……」
ふらっとヨーコの体がゆれる。慌てて抱きとめた。
「おい、しっかりしろ!」
「お願い……携帯……貸して……一刻を争うの」
息も絶え絶えにささやかれる。慌てて携帯をひっぱりだし、血で汚れた小さな手に握らせた。
「ああ、わかったよ、携帯でも何でも使えってんだ、そら!」
「さんきゅ」
いきなり目をぱっちり開き、あっと思ったらもう慣れた手つきでぷちぷちやってやがる。
※月梨さん画「やっぱ魔女だ」
もっしもーし、お嬢さーん。さっきまでぐったりしてたくせにやけに元気じゃねーか。
「……もしもし? そう、あたし。今どこ? ……OK。けっこう近いね。じゃ、このまま動かずにいるから」
日本語でしゃべってる。くそ、これじゃ何話してんだかほとんどわかりゃしねえ。
「ロイ、わかった? うん。待ってる」
ぷちっと切って、しばらくいじくってから差し出してきた。
「サンキュ、ヒウェル。助かった」
確認したらしっかり発信履歴は消してある。これじゃだれにかけたかわかりゃしねえや。
だが、逆にこの抜け目のなさ故に一層、とある確信を強めた。
「やっぱりお前ヨーコか? ヨーコなんだなっ」
「え? 何のこと?」
小首かしげてイノセントに笑いやがって。だがもうごまかされないぞ。
「ホットドックのレシピが同じだった。それにさっき君、俺の怪我治したろう。高校ん時、マックスの傷を治したのと同じだ……」
「あー、そんなこともあったねえ」
「やっぱり! 同姓同名の別人じゃなくてヨーコ・ユウキ本人なんだな?」
ついっと顎をなでられた。サクランボみたいな唇をすぼめて何とも艶めいた表情を見せる。
参ったね。もし、俺が女に恋するタイプの男だったら……全身を貫く甘美な期待にうち震えていたことだろう。婉然とほほ笑むそのちっぽけな唇が、ごほうびにキスの一つもしてくれるんじゃないかって。
ったく、シャレにならんぞ、こんな年端も行かぬ少女に手玉にとられるなんて。
何とも背徳的じゃないか。ええ?
「……ヒウェル。これは夢だよ。ぐっすり眠って、朝起きたらすぐ忘れなさい。OK?」
「……」
素直にうなずく。ゲイで良かったよ、つくづく。
「あ、おむかえがきたー。それじゃね!」
キィイ、とタイヤのきしる音に顔を上げる。高校生ぐらいの男の子が2人、自転車に乗って走ってきた。金髪のと、黒髪のと。
息せき切って駆けつたって感じだな。吐き出す息がぽわぽわと白い。
「先生!」
「ご無事でしたカ!」
ヨーコはてててっと走って行くと、黒髪の方の後ろにちょこんとまたがり、手を振って来た。
「Bye、ヒウェル! よいクリスマスを!」
ぽかーんとして手を振り返した。
ちび魔女を載せた自転車が遠ざかる。黄昏の闇の中、徐々に藍色にとけ込み霞んで行く。やがて角を曲がって見えなくなった。
ああ、まったく夢を見てる気分だ。早いとこ帰ろう。その前に、濃いブラックコーヒーを一杯やりたい気分だ。
本は無事……フィフもちゃんと表紙に居る。
だがダウンジャケットは引き裂かれ、中身がはみ出し見るも無惨な有様に。おまけに血を吸ってずっしり重たい。やれやれ、買ったばかりの新品なのに。
ひっくり返った自転車を起こしてまたがった。何てこったい、帰りは上り坂だ。
よれよれとペダルを踏みながら考える。
一日分の料金を払ってこいつを借りた訳だが、もう用済みな訳で。早めに返却したらレンタル料金……返してくれるだろうか?
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