▼ 【side16-5】みんなでたべました
調理OKの公園だ、バーベキューをやっているグループがいくつもあった。
オティアとシエンは珍しそうに眺めていた。こんな時でもなければ、他所の家の料理のやり方を見るチャンスはなかなか、ない。
「あ」
「……うん」
近くのグループに日本人の一家がいた。サリーに気付いて(サリーも後半はディーンにせがまれて、日本語で歌っていたのだ)互いに日本語で挨拶をしている。
彼らの作っている料理は、双子にとって見慣れたものだった。ひき肉と、刻んだタマネギ、パン粉と香辛料を混ぜてこねる。ミートローフかミートパイだなと思った。
屋外で、こんな手のかかる料理を作るなんて。オーブンもないのに、どうやって焼くのだろう?
気になって見ていると、料理のプロセスが予想外の方向に進み始めた。滑らかになるまで捏ね合わせたひき肉を、手のひらほどの団子に丸めて。続いて、ぺっちん、ぱっちんと叩いて平べったくしている!
「え」
「ええっ?」
「どうした」
「ディフ。あれ」
「……お?」
目を丸くする三人にサリーが説明した。
「日本風のハンバーグだよ。ああやって小分けにして、平らにしてフライパンで焼くんだ」
「なるほど! 熱が通りやすくなるんだな」
「バーガーの中味と同じだね」
「種はミートローフなんかと同じだから、元は同じ料理だったんじゃないかな」
にこにこしながら、サリーはさらりと恐ろしいことを言ってのけた。
「半分に切った、ピーマンに詰めて焼いても美味しいんだよ」
「やーめーろぉおおっ」
若干一名限定の恐怖だったが。
大鍋いっぱいにぐらぐらとお湯を沸かしているグループも居た。
「焼くだけじゃないんだ」
「煮るのかな。茹でるのかな」
パスタでも茹でるのかと思いきや。出てきたのは、殻のあるシーフード!
「おー、ここで来るかシーフード」
「さすがサンフランシスコだねー」
一同、のんびりと感心する中で若干一名、恐怖に引きつる奴がいた。
「か……か……カニーっっっ!」
「ヒウェル。さっきからうるさいぞお前」
「だってお前、カニ、カニだぞっ!」
「見なきゃいいだろ」
「ってか、眼鏡外せ」
「ううっ、そーゆー問題じゃないんだよ……そこにあると思うと……」
そうこうするうちに、かまどの上にかかった二つの鍋からは、ケーキの焼けるいいにおいが漂い始めた。
甘い香りは、珍しい。
この場で茹でているのも、焼いているのも、揚げているのも、どれもこれも食事(meal)のしょっぱい香りだから尚更に。
一同が見守る中、ディフがおもむろに鍋のフタをずらし、すき間から竹串を刺した。まず中華鍋。次いでフライパン。
「どう?」
眉間に皴を寄せつつ、じっと見る。竹串には二本とも、粘つく滴はついていなかった。
途端にディフは破顔一笑。にかっと白い歯を見せてうなずいた。
「OK!」
「やったあ!」
かたずを呑んで見守る中、かぱっとフタが外される。
ディーンは身を乗り出した。
黄色いケーキがぽっこりと、半球状に盛り上がっている。
「おお……おおおおおおっ」
ディーンはばばっと絵本を開き、目の前にかざした。はっふはっふと息が荒く、頬が赤く、全身からかっかと熱を放っている。サーモグラフィで見たらきっと体中真っ赤だろう。
「おんなじ! おんなじだーっ!」
「ふふんっ」
いつの間にか復活したへたれ眼鏡が得意げに胸を張っていた。
「よーし、ディーン。そこに並べ」
おもむろに携帯を掲げて、ぱしゃっと記念撮影。サリーとテリーが後に続いた。
「じゃ、俺も」
「俺も」
あっつあつのパンケーキ。甘い湯気をまとう憧れのパンケーキが厳かに切り分けられ、ピクニック用の紙皿に乗せて配られた。
「ディーンの分は充分さましとけよ」
「おう」
「絶対あいつ、手づかみしたがるから」
ヒウェルの予言通り。
「そら、あついから気をつけてな」
「さんくす!」
ディーンはきらきらと目を輝かせて両手で黄色いパンケーキを抱え、ベンチに座ってあぐっとかぶりついた。
「お……」
「どうした?」
卵と、小麦粉、砂糖、バターの味が溶け合って、ふっかふっか、もわもわと口の中いっぱいに広がる。
余計な物は入ってない。いつものパンケーキと同じ。同じはずなんだけど……。
一瞬フリーズした表情が、一転して笑顔全開。大輪のひまわりが咲き誇る。それもどわっと一面に、サンフランシスコの斜面全部を埋め尽くすほどに盛大に。
「おいしーーーーーーいっ」
「な?」
ヒウェルは『どうだ!』と言わんばかりの顔をして、絵本のページを叩いた。
そこには、正にぐりとどらが、焼き上がった黄色いふわふわのパンケーキを、両手で持って食べる姿が描かれていた。
「絶対やると思ったんだ!」
はしゃぐ彼にそ、とシエンがパンケーキを差し出した。もちろん、皿には乗せず、ペーパーナプキンで包んだだけのを。
「さんきゅっ! やりたかったんだ、これ!」
甘い香りに誘われて、近くでバーベキューをしていた人たちが徐々に集まって来た。
フライパンの中のふわふわしたパンケーキを指さし、口々に言う。
「わお、これって、もしかして、ぐりとどらのアレ?」
「イエス!」
「素敵! ほんとに作ったんだ!」
大人も子供も、目をきらきら輝かせている。
幸い、特大サイズのフライパンで二つも焼いたから、量はたっぷりあった。
「試食いかがですか?」
「ありがとう! お返しにソーセージをどうぞ」
「さんきゅ!」
「七面鳥のフライはお好き?」
「あ、懐かしいなあ。故郷(テキサス)の伝統料理だ」
「カニ茹でたんだけど、食べる?」
「カーニーーーーっっ!」
「ヒウェル、うるさい」
こうして、森の中で、みんなでパンケーキをたべました。
「同じだ! ぐりとどらのパンケーキだ!」
ディーンは目を輝かせて大喜び。ウサギといっしょにぴょんぴょん跳ねる。
「な? 演出が大事だっつったろ?」
「うん……」
「ありがとうございます、メイリールさま」
「ありがとう、ヒウェル!」
アレックス夫妻にお礼を言われて、さすがにヒウェルも照れたのか。顔を赤らめ、くしくしと頭をかいた。
「いやあ、実は俺も、すっげえ憧れてたんだ、このパンケーキ」
パンケーキ。その一言をきっかけに、居合わせた人々が一斉に口を開いた。
「え、蒸しパンじゃないのか?」
「ホットケーキじゃなかったっけ?」
「カップケーキだと思ってたわ?」
「色はコーンブレッドに似てるよね」
そんな中、サリーと日本人の一家は顔を見合わせた。
「カステラ……なんですよね、確か、日本語の絵本では」
「ですよね」
カステラは、和菓子です。
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