ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

【side16-5】みんなでたべました

2011/12/21 0:31 番外十海
 
 調理OKの公園だ、バーベキューをやっているグループがいくつもあった。
 オティアとシエンは珍しそうに眺めていた。こんな時でもなければ、他所の家の料理のやり方を見るチャンスはなかなか、ない。

「あ」
「……うん」

 近くのグループに日本人の一家がいた。サリーに気付いて(サリーも後半はディーンにせがまれて、日本語で歌っていたのだ)互いに日本語で挨拶をしている。

 彼らの作っている料理は、双子にとって見慣れたものだった。ひき肉と、刻んだタマネギ、パン粉と香辛料を混ぜてこねる。ミートローフかミートパイだなと思った。
 屋外で、こんな手のかかる料理を作るなんて。オーブンもないのに、どうやって焼くのだろう?

 気になって見ていると、料理のプロセスが予想外の方向に進み始めた。滑らかになるまで捏ね合わせたひき肉を、手のひらほどの団子に丸めて。続いて、ぺっちん、ぱっちんと叩いて平べったくしている!

「え」
「ええっ?」
「どうした」
「ディフ。あれ」
「……お?」

 目を丸くする三人にサリーが説明した。

「日本風のハンバーグだよ。ああやって小分けにして、平らにしてフライパンで焼くんだ」
「なるほど! 熱が通りやすくなるんだな」
「バーガーの中味と同じだね」
「種はミートローフなんかと同じだから、元は同じ料理だったんじゃないかな」

 にこにこしながら、サリーはさらりと恐ろしいことを言ってのけた。

「半分に切った、ピーマンに詰めて焼いても美味しいんだよ」
「やーめーろぉおおっ」

 若干一名限定の恐怖だったが。

 大鍋いっぱいにぐらぐらとお湯を沸かしているグループも居た。

「焼くだけじゃないんだ」
「煮るのかな。茹でるのかな」

 パスタでも茹でるのかと思いきや。出てきたのは、殻のあるシーフード!

「おー、ここで来るかシーフード」
「さすがサンフランシスコだねー」
 
 一同、のんびりと感心する中で若干一名、恐怖に引きつる奴がいた。

「か……か……カニーっっっ!」
「ヒウェル。さっきからうるさいぞお前」
「だってお前、カニ、カニだぞっ!」
「見なきゃいいだろ」
「ってか、眼鏡外せ」
「ううっ、そーゆー問題じゃないんだよ……そこにあると思うと……」

 そうこうするうちに、かまどの上にかかった二つの鍋からは、ケーキの焼けるいいにおいが漂い始めた。
 甘い香りは、珍しい。
 この場で茹でているのも、焼いているのも、揚げているのも、どれもこれも食事(meal)のしょっぱい香りだから尚更に。

 一同が見守る中、ディフがおもむろに鍋のフタをずらし、すき間から竹串を刺した。まず中華鍋。次いでフライパン。

「どう?」

 眉間に皴を寄せつつ、じっと見る。竹串には二本とも、粘つく滴はついていなかった。
 途端にディフは破顔一笑。にかっと白い歯を見せてうなずいた。

「OK!」
「やったあ!」

 かたずを呑んで見守る中、かぱっとフタが外される。
 ディーンは身を乗り出した。
 黄色いケーキがぽっこりと、半球状に盛り上がっている。

「おお……おおおおおおっ」

 ディーンはばばっと絵本を開き、目の前にかざした。はっふはっふと息が荒く、頬が赤く、全身からかっかと熱を放っている。サーモグラフィで見たらきっと体中真っ赤だろう。

「おんなじ! おんなじだーっ!」
「ふふんっ」

 いつの間にか復活したへたれ眼鏡が得意げに胸を張っていた。

「よーし、ディーン。そこに並べ」

 おもむろに携帯を掲げて、ぱしゃっと記念撮影。サリーとテリーが後に続いた。

「じゃ、俺も」
「俺も」

 あっつあつのパンケーキ。甘い湯気をまとう憧れのパンケーキが厳かに切り分けられ、ピクニック用の紙皿に乗せて配られた。

「ディーンの分は充分さましとけよ」
「おう」
「絶対あいつ、手づかみしたがるから」

 ヒウェルの予言通り。

「そら、あついから気をつけてな」
「さんくす!」

 ディーンはきらきらと目を輝かせて両手で黄色いパンケーキを抱え、ベンチに座ってあぐっとかぶりついた。

「お……」
「どうした?」

 卵と、小麦粉、砂糖、バターの味が溶け合って、ふっかふっか、もわもわと口の中いっぱいに広がる。
 余計な物は入ってない。いつものパンケーキと同じ。同じはずなんだけど……。

 一瞬フリーズした表情が、一転して笑顔全開。大輪のひまわりが咲き誇る。それもどわっと一面に、サンフランシスコの斜面全部を埋め尽くすほどに盛大に。

「おいしーーーーーーいっ」
「な?」

 ヒウェルは『どうだ!』と言わんばかりの顔をして、絵本のページを叩いた。
 そこには、正にぐりとどらが、焼き上がった黄色いふわふわのパンケーキを、両手で持って食べる姿が描かれていた。

「絶対やると思ったんだ!」

 はしゃぐ彼にそ、とシエンがパンケーキを差し出した。もちろん、皿には乗せず、ペーパーナプキンで包んだだけのを。

「さんきゅっ! やりたかったんだ、これ!」

 甘い香りに誘われて、近くでバーベキューをしていた人たちが徐々に集まって来た。
 フライパンの中のふわふわしたパンケーキを指さし、口々に言う。

「わお、これって、もしかして、ぐりとどらのアレ?」
「イエス!」
「素敵! ほんとに作ったんだ!」

 大人も子供も、目をきらきら輝かせている。
 幸い、特大サイズのフライパンで二つも焼いたから、量はたっぷりあった。
 
「試食いかがですか?」
「ありがとう! お返しにソーセージをどうぞ」
「さんきゅ!」
「七面鳥のフライはお好き?」
「あ、懐かしいなあ。故郷(テキサス)の伝統料理だ」
「カニ茹でたんだけど、食べる?」
「カーニーーーーっっ!」
「ヒウェル、うるさい」

 こうして、森の中で、みんなでパンケーキをたべました。

「同じだ! ぐりとどらのパンケーキだ!」

 ディーンは目を輝かせて大喜び。ウサギといっしょにぴょんぴょん跳ねる。

「な? 演出が大事だっつったろ?」
「うん……」
「ありがとうございます、メイリールさま」
「ありがとう、ヒウェル!」

 アレックス夫妻にお礼を言われて、さすがにヒウェルも照れたのか。顔を赤らめ、くしくしと頭をかいた。

「いやあ、実は俺も、すっげえ憧れてたんだ、このパンケーキ」

 パンケーキ。その一言をきっかけに、居合わせた人々が一斉に口を開いた。

「え、蒸しパンじゃないのか?」
「ホットケーキじゃなかったっけ?」
「カップケーキだと思ってたわ?」
「色はコーンブレッドに似てるよね」

 そんな中、サリーと日本人の一家は顔を見合わせた。

「カステラ……なんですよね、確か、日本語の絵本では」
「ですよね」
 
 カステラは、和菓子です。

次へ→【side16-6】ぼくらのなまえは
拍手する