▼ 【side16-6】ぼくらのなまえは
こうしてディーンのお誕生パーティーは、大成功を収めたのだった。
同じケーキを、部屋の中で食べたらここまでは盛り上がらなかっただろう。森の中で焼いて、皆で食べた。大事なのは演出、しかしながら、この試みは若干の『余韻』が残った。
全員、ディーンの歌っていた「ぐりとどら」の歌が頭から離れなくなってしまったのだ。
サリーも。テリーも。
オティアも、シエンも、ヒウェルも。ディフもレオンも。
もちろん、アレックスとソフィアも。
何しろケーキが焼けるまでの間、ずーっと歌い続けていたものだから……気がつくと、ついつい口ずさんでしまう。
「ぼっくらーのなーまえは」
帰る道すがら、ケーブルカーを待ちながら、つい。
「ぐーりとーどらー」
家に帰ってからも、つい。
「ぐり、どら、ぐり、どら」
夕食の仕度をしながら、つい。
(……え? あれ?)
(こんな歌だったかな)
上機嫌でディフが歌うのを聞きながら、シエンとレオン、そしてヒウェルは首を捻っていた。
なるほど、歌詞は同じだがメロディも音程もまるで別もの。
そもそもこれ、歌なのか。
呪文じゃないのか、いやむしろ読経!
思っても、誰も何も言わない。本人が楽しそうなんだから、それでいいじゃないか、と。
それでも念のため、オティアは小さく小さく声に出して確認してみた。
「……り、どら、ぐり、どら」
(お?)
気がついたのはヒウェルだけ。唇が読めて、いつだってオティアの事を一番気にしているヒウェルだけ。
※
「……って言うことがあったんだ」
明けて月曜日の昼休み。事務所の近くのスターバックスで、シエンはエリックに報告した。
二人の手元にはいつものようにソイラテが、そろいのMyタンブラーに入って並んでいる。
「ぐりとどらのパンケーキかあ。俺も憧れたなあ」
「うん、ディーンがすっごく喜んでた」
シエンはこくっとソイラテを一口含み、小さくため息をついた。
「それでね。隣で、大きな鍋で丸ごと七面鳥を揚げてた人たちがいたんだ。ピーナッツ油の中にだぽんっと浸けて」
「あー……あれか……」
「ものすごいダイナミックだった! ぼわあんって炎が上がってびっくりした。味見させてもらったんだけど、美味しかったよ、ローストした時は違った味わいで、何って言うか、フライなのにしっとりしてて! テキサスの伝統料理なんだってね!」
「いや、まあ、確かにテキサスの方でよくやるみたいだけど、伝統……? いや、ある意味確かに伝統なのかな」
「あれ、いっぺんやってみたいなあ……」
頬をつやつやと赤く染めて、シエンはうっとりと目を閉じた。
エリックはにこにこしながら、額にじっとりと冷たい汗をにじませていた。
どうしよう。
この先、食事に誘ったその時に『七面鳥の丸揚げしたい』って言われたら、どうしよう……。
「最初は、わかんなかったんだ。何でそんなにパンケーキに憧れるのかなあって。でも今ならわかるよ、ディーンの気持ち」
両手を握り合わせてシエンはほうっと息をついた。
「料理に憧れるって、こう言うことなんだね!」
その瞬間、エリックは腹をくくった。
いつもより早めに職場に行き、パソコンの前に座って検索を始めたのだった。
「よ、エリック。どうした、今日は早いな」
「うん、ちょっと調べたいものがあってね」
何気なく画面を見た同僚のキャンベルは、思わず凍りついた。
「七面鳥の丸揚げ用鍋(ターキー・フライヤー)?」
「うん。やっぱり専用の鍋を使った方が失敗は少ないと思うんだ」
「何に使うんだ、んなもん」
「何って、決まってるじゃないか、キャンベル」
エリックはのそっと顔を上げて、眼鏡の位置を整えた。
「七面鳥を揚げるんだよ!」
「……まあ、そりゃそうだよな、うん」
「フェイスガードと、耐熱手袋……あ、消火器もそろえておいた方がいいな」
真剣な表情で、ああでもない、こうでもないとネットショップを検索する友人を見ながら、キャンベルは思わずにはいられなかった。
どこに行こうとしてるんだ、バイキング。
エビならともかく七面鳥。この間はギョウザだった。
「お」
「どうした」
「この鍋、カニも揚げられるらしいよ」
「カニもか!」
その瞬間、エリックはにやり、とほくそ笑んだ。液晶画面の明かりを白く眼鏡に反射させて。
「うん、やっぱり一つ買っておこう」
(あこがれのパンケーキ/了)
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