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ローゼンベルク家の食卓

【side16-6】ぼくらのなまえは

2011/12/21 0:32 番外十海
 
 こうしてディーンのお誕生パーティーは、大成功を収めたのだった。
 同じケーキを、部屋の中で食べたらここまでは盛り上がらなかっただろう。森の中で焼いて、皆で食べた。大事なのは演出、しかしながら、この試みは若干の『余韻』が残った。

 全員、ディーンの歌っていた「ぐりとどら」の歌が頭から離れなくなってしまったのだ。
 サリーも。テリーも。
 オティアも、シエンも、ヒウェルも。ディフもレオンも。
 もちろん、アレックスとソフィアも。

 何しろケーキが焼けるまでの間、ずーっと歌い続けていたものだから……気がつくと、ついつい口ずさんでしまう。

「ぼっくらーのなーまえは」

 帰る道すがら、ケーブルカーを待ちながら、つい。

「ぐーりとーどらー」

 家に帰ってからも、つい。

「ぐり、どら、ぐり、どら」

 夕食の仕度をしながら、つい。

(……え? あれ?)
(こんな歌だったかな)

 上機嫌でディフが歌うのを聞きながら、シエンとレオン、そしてヒウェルは首を捻っていた。
 なるほど、歌詞は同じだがメロディも音程もまるで別もの。
 そもそもこれ、歌なのか。
 呪文じゃないのか、いやむしろ読経!

 思っても、誰も何も言わない。本人が楽しそうなんだから、それでいいじゃないか、と。
 それでも念のため、オティアは小さく小さく声に出して確認してみた。

「……り、どら、ぐり、どら」

(お?)

 気がついたのはヒウェルだけ。唇が読めて、いつだってオティアの事を一番気にしているヒウェルだけ。

     ※

「……って言うことがあったんだ」

 明けて月曜日の昼休み。事務所の近くのスターバックスで、シエンはエリックに報告した。
 二人の手元にはいつものようにソイラテが、そろいのMyタンブラーに入って並んでいる。

「ぐりとどらのパンケーキかあ。俺も憧れたなあ」
「うん、ディーンがすっごく喜んでた」

 シエンはこくっとソイラテを一口含み、小さくため息をついた。

「それでね。隣で、大きな鍋で丸ごと七面鳥を揚げてた人たちがいたんだ。ピーナッツ油の中にだぽんっと浸けて」
「あー……あれか……」
「ものすごいダイナミックだった! ぼわあんって炎が上がってびっくりした。味見させてもらったんだけど、美味しかったよ、ローストした時は違った味わいで、何って言うか、フライなのにしっとりしてて! テキサスの伝統料理なんだってね!」
「いや、まあ、確かにテキサスの方でよくやるみたいだけど、伝統……? いや、ある意味確かに伝統なのかな」
「あれ、いっぺんやってみたいなあ……」

 頬をつやつやと赤く染めて、シエンはうっとりと目を閉じた。
 エリックはにこにこしながら、額にじっとりと冷たい汗をにじませていた。
 どうしよう。
 この先、食事に誘ったその時に『七面鳥の丸揚げしたい』って言われたら、どうしよう……。

「最初は、わかんなかったんだ。何でそんなにパンケーキに憧れるのかなあって。でも今ならわかるよ、ディーンの気持ち」

 両手を握り合わせてシエンはほうっと息をついた。

「料理に憧れるって、こう言うことなんだね!」

 その瞬間、エリックは腹をくくった。
 いつもより早めに職場に行き、パソコンの前に座って検索を始めたのだった。

「よ、エリック。どうした、今日は早いな」
「うん、ちょっと調べたいものがあってね」

 何気なく画面を見た同僚のキャンベルは、思わず凍りついた。

「七面鳥の丸揚げ用鍋(ターキー・フライヤー)?」
「うん。やっぱり専用の鍋を使った方が失敗は少ないと思うんだ」
「何に使うんだ、んなもん」
「何って、決まってるじゃないか、キャンベル」

 エリックはのそっと顔を上げて、眼鏡の位置を整えた。

「七面鳥を揚げるんだよ!」
「……まあ、そりゃそうだよな、うん」
「フェイスガードと、耐熱手袋……あ、消火器もそろえておいた方がいいな」

 真剣な表情で、ああでもない、こうでもないとネットショップを検索する友人を見ながら、キャンベルは思わずにはいられなかった。

 どこに行こうとしてるんだ、バイキング。
 エビならともかく七面鳥。この間はギョウザだった。

「お」
「どうした」
「この鍋、カニも揚げられるらしいよ」
「カニもか!」

 その瞬間、エリックはにやり、とほくそ笑んだ。液晶画面の明かりを白く眼鏡に反射させて。

「うん、やっぱり一つ買っておこう」


(あこがれのパンケーキ/了)

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