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ローゼンベルク家の食卓

【side16-4】おりょうりだいすき

2011/12/21 0:30 番外十海
 
「よし、じゃあ作るぞ、パンケーキ。準備はいいか、ディーン!」
「イエス!」

 ディーンは白いエプロンを着けて大張り切り。
 大きな卵を握って、がこんっとボウルの縁にぶつける。ヒビが入ったけど、まだ割れない。

「むー」

 顔をしかめて、もう一度、がこん、がこんっと卵をぶつけるディーンを、ソフィアははらはらしながら見守った。

「あ、あ、あ。殻が入っちゃう!」

 一方で男性陣はのんきなもの。

「平気平気。入ったんなら、後で出せばいいだろ」
「でも」
「ちっちゃいのが多少混じってたって、気にしない気にしない」
「そ、カルシウムだよな、カルシウム!」

 三度目で、さしものガチョウの卵もかばっと割れた。

「われたー!」

 つるっと卵が滑り出し、ボウルの中に落ちた。

「おみごとー」
「おっきい」
「うん、黄身も白身も、鶏の卵よりずっとでかいな」
「一個で目玉焼き三人分は作れそうだね」
「四人かも」
「並べてみるか?」
「持ってきたのか!」
「うん」
「このために」
「うん!」

 かぽんと追加で割入れられた鶏の卵は、ガチョウの卵と並んでまるで雪だるまみたいに見えた。

「さらに、比較のためにうずらの卵を……」
「ヒウェル!」
「お前って奴は……」

 ガチョウの卵と鶏の卵、そしてうずらの卵。三つまとめてかしゃかしゃ混ぜた。

 さらに、あらかじめ分量を量っておいた粉と、軽くあっためて柔らかくしたバター、砂糖と牛乳を加えてヘラでぐしゃぐしゃかき混ぜる。多少ダマになっても気にしない。
 ディーンが熱心にぐるぐるぐる混ぜたから、しまいには全部溶けてしまった。

「トラはぐるぐる回ってるうちにバターになってしまいましたー!」
「……なんか別の絵本混じってるし」
「鍋の準備できたぞー」

 かまどの上には、分量外のバターを塗った鍋が載せられていた。巨大な鋳物ホーローの鍋。

「中華鍋かよ」
「家にある中で、一番でかいの持ってきた」
「むー……」

 ディーンはしかめっ面をして腕組みしている。中華鍋の取っ手は二つ。だが、ぐりとどらの絵本の「フライパン」は取っ手が一つなのだ。

「大丈夫! ディーン、大丈夫だ」

 ディフは笑顔でさっと鍋をもう一つ取り出した。こちらは取っ手が一つの、フライパン。
 ぱあっとディーンの顔が輝いた。

「これだ!」
「な、持ってきといて正解だったろ?」

 ここぞとばかりに、ヒウェルがまた得意げな顔でふんぞり返る。

「こだわりがあるんだな……」
「細かい所までな!」

 ガチョウの卵はすごく大きい。さらに鶏とうずらの卵まで追加したからケーキの種もいっぱいできた。
 大きなフライパンで一つ。大きな、大きな中華鍋でもう一つ。流し込んで、フタをして、火にかける。
 焼き上がるまで、1時間。じっとがまんの1時間。

「さて、待ってる間、何をやる?」

 ヒウェルの問いかけに、ディーンはきっぱり即答した。

「歌う!」
「よし!」

 二人は木のベンチに座って肩を組み(だいぶ身長差があるおかげで、ディーンの腕はヒウェルの腰までしか届かなかったけれど)、歌いだした。

「ぼっくらーのなーまえーはぐーりとーどらー」
「このよーでいっちばんすっきなのはー」

 ご機嫌で歌う二人を見守りつつ、ひそひそと大人たちは言葉を交わす。

「まさか、あれ、焼き上がるまでずーっと歌ってるつもりか?」

 シエンが絵本を開いて確認する。

「この本では、そうなってるね」
「マジかよ……焼けるまでどんぐらいかかるんだ」
「1時間ってとこかな」
「声涸れない?」
「って言うか、飽きるだろ、さすがに」

 確かに途中で水を飲んで、ちょっと休憩はした。だがディーン一向に飽きる気配を見せない。

「ぼっくらーのなーまえーは」
「ぐーりとーどらー」

 4歳児のパワー、恐るべし。
 しかしながら大人はそこまで体力がもたない。特に持久力のないほぼ引きこもり物書き屋はついていけない。
 じきにヒウェルの声が枯れ、息が切れる。

「タ……タッチ」
「まかせろ」

 続いてテリーが歌いだす。

「ぼっくらーのなーまえーはー」

 さすが『お兄ちゃん』なだけあって慣れたもの。持久力もヒウェルとは段違いだったが、さすがに歌い通しはちょっときつかった。

「サリー……頼む」
「うん」

 今度はサリーの番。前の二人より高く澄んだ声で浪々と歌い上げる。
 しかし、やはりのりにのった4歳児のパワーには及ばない。徐々に息切れしてきたところで、アレックスがすっと水の入ったコップを差し出した。

「後は私が」
「あ、ありがとう」
「パパ!」
「ディーン。パパと一緒に歌おうか」
「うん!」

 アレックスが歌う「ぐりとどら」は、さながら盛大なオペラのようだった。声量も声の質も堂々としていて、音に濁りがない。

「うお、アレックスすげえいい声……」
「ああ、彼は確か声楽の心得もあるそうだよ」
「さすがだ」

 最初のフレーズを歌い終わり、一息ついた所で周囲から拍手の嵐がわき起こった。

「ブラボー!」
「お見事!」

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