▼ 【side16-3】森の中、大きな卵
6月23日、土曜日。
夏を先取りしたように空はかきーんっと青く、朝早くから眩しい太陽が、くっきりと濃い影を作っていた。
ディーンは朝からそわそわしていた。
だって今日は特別な日。四才の誕生日なのだ! 朝ご飯はいつもの通りだった。昼ご飯はどうなるだろう?
お気に入りのウサギのぬいぐるみを抱えても落ち着かない。
大好きな絵本を読んでも、そわそわしすぎてまるで頭に入らない。
「ディーン」
ママに呼ばれて、ぴょんっとソファから立ち上がる。
「お天気もいいし、今日のランチは、外で食べましょう」
「うん!」
やっぱりそうだった!
ディーンは目を輝かせて、ウサギを抱えた。
「行くぞ、ぐり! お外でランチだ!」
ぐりとどらは二人一緒。だからディーンはウサギと一緒。その日の気分によってウサギはぐりになったり、どらになったりするけれど、いつも一緒。それが大事。
パパの運転する車に乗って出発だ。だけどあれあれ、道が違う? いつも行く公園を通り過ぎてしまった。
「どこまで行くの?」
「いい所よ」
着いた所は、ディーンが初めて来る公園だった。いつもの公園よりもっとたくさん木が生えていた。
駐車場から降りて歩き出す。木と木の間を抜ける、細い道を。奥に向かって進むほど、木はもっともっと増えて行く。
「森だ! 森の公園だ!」
珍しくてきょろきょろしながら歩く。森の中では、あちこちで火が炊かれていた。たくさんの人たちが、コンロやかまどを使って料理をしていた。
いいにおい。
美味しいいにおい。
鼻をひくひくさせながら、ずんずん、ずんずん歩いて行く。知らない道は、どこに続いているのか、いつ終わるのか分からない。
風が吹いた。
頭の上で、ざ、ざざざ……と枝が鳴る。ちょっぴり心細くなって来た
大丈夫。大丈夫。パパもいるし、ママもいる。どらも一緒(あれ、ぐりだったかな?)だから怖くない。パパの手をきゅうっと握り、ウサギを抱える腕に力を入れる。
「よっ、ディーン!」
「ヒウェル!」
初めて見る光景の中に、見慣れた人が立っていた。友だちのヒウェルだ。大人だけど友だち。いつも一緒に遊ぶ友だち。
途端にディーンの額から、頬から、顎から力が抜け、笑顔が花開く。
「待ってたぜ。来いよ!」
「うん!」
ヒウェルの後を着いて行く。森の中をくねくねと曲がる細い小道を、なおも奥へと進んで行くと……
急にぱあっと目の前が開けた。
池だ! 満々と水をたたえた池。そのほとりには、キャンプ用のテーブルが並んでいた。
上には白い布がかかっている。
石を組んで作ったかまどもあった。上には大きな大きなフライパンが乗っていて、その周りにはディフがいた。レオンも一緒だ。オティアとシエンもいる。
嬉しいことにサリーとテリーも居た。
みんながこっちを見て、一斉に口を開く。
「お誕生日おめでとう、ディーン!」
ぽん。ぽぽぽーん!
パーティーポッパー(クラッカー)が弾ける。赤に緑に黄色にピンク。細い紙テープと銀色の紙吹雪が散った。
ディーンは目をまんまる。でもすぐに顔いっぱいに口が広がり……笑った。
「びっくりパーティーだ!」
「そうそう! よく知ってるなー」
「ぜんっぜん気がつかなかった! ほんとだよ?」
「うんうん。そうだろうとも!」
ヒウェルはずいっと胸を張った。ものすごく得意そうだ。
「いやあ、大変だったぜー、ここまで、秘密で準備するのは!」
背後でぽそりとオティアがつぶやく。
「……おとなげない」
「ほっとけっ! ちょっとぐらい達成感にひたってもいいだろ!」
「はいはい」
「……とにかく、気を取り直して、行くぞ!」
こほん、とヒウェルは咳払い。ペンギンみたいな足取りでもっちもっちとテーブルに近づき……
「これが、俺たちからのっ、プレゼントだーーーーっ!」
ぱっと上にかかった白い布を取り去った。
「わあ!」
テーブルの上には、大きな卵と、バターと、粉と、お砂糖、ミルクにベーキングパウダー、バニラエッセンス。ケーキの材料が並んでいた。そう、ディーンにはすぐ分かった。「ぐりとどら」の絵本と同じだったから。
ほら、絵本もちゃんとテーブルに乗っている!
「卵だ! おっきな卵だ!」
「ガチョウの卵だよ。ファーマーズマーケットで買ってきたんだ」
「ほんとはダチョウのにしたかったんだけど、さすがにあれは使い切れないからな」
「一つあたり重さ1200gだものな」
ディーンは答えない。
「……ディーン?」
一言も喋らず、ウサギのぬいぐるみを抱えたまま、無表情でぷるぷる震えている。
このリアクションには見覚えがあった。去年のクリスマスにレゴのお城をもらった時も、こんな顔をしていた。
嬉し過ぎて、固まっている。ディーンの最上級の喜びの表情だ!
「よっしゃ!」
ジャンプして一歩踏み出し、膝を折り曲げ、オーバーアクションでガッツポーズを繰り返す。そんなウェルを見ながら、その場に居合わせた一同は同じことを考えていた。
『やっぱり4歳児と同レベルだ……』と。
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